第51話 夏の一幕
さてさて……、世界崩壊から五ヶ月が過ぎた訳だ。
今は八月、真夏、猛暑。
天照大神やらアポロンやらが頑張り過ぎちゃっているギンギラギンの太陽の下で仕事をすると、流石に人が死ねるからな。
就業時間は、早朝と夕方に移行して、昼間は家で涼むようにと御触れが出ている。
ああ、いや、俺が御触れを出した訳じゃない。
俺は単なる喫茶店のマスターで、街に対する影響力なんてものは一切ないからな。ああ、一切ないとも。
揚羽の親父、大学の学長、天海街の警察署の署長の三人が、この天海街を運営していて、あのおっさん達が指示を出している。
いや、名前は覚えていない。おっさんの名前なんざ一々覚えてられん。
今回の御触れについても、気温三十度を超える天海街を見て、室外での昼間の仕事はやめとこうという話になったらしい。
まあ、俺の洋館はクーラーガンガンで製氷機に冷蔵庫もガンガン稼働してるから、むしろ寒いくらいなんだがね。
さ、て。
このクソ暑い中、外に出るのは業腹なんだが、俺も週に三回は喫茶店を開きたいし、たまには冒険者ギルドに自作の魔導具や魔法薬を売りに行きたい。
前も言ったが、貨幣活動が復活しているので、金を稼ぐ必要があるのだ。
ぶっちゃけた話、趣味でやってる喫茶店はまるで収入になってない。
なので、数週間に一度くらいのペースで売る魔導具と魔法薬が主な収入源だ。
前までは、適当に食えるモンスターを狩って来てたが、それよりも魔導具やらを売った方が楽だし、効率もいい。
日本には数億円分の資産……、現金では億足らずが銀行口座に入っていたはずだが、そんなものはもう使えないな。俺の貯金とは何だったのか。
まあ、それでも、魔導具や魔法薬は馬鹿売れするから、俺が財布の心配をする日は来ないだろうな。
そんなことを考えつつ、俺は顔を洗って、髪を整え、縛り、ヒゲを剃ってから、朝食を作る。
シーマと月兎はうちにいるが、あいつらはどうせ午前中は寝ていやがる。良いご身分だぜ。
あいつらの昼飯を用意して、俺が朝のトーストとコーヒーを楽しんだ後に、ラフな半袖のアロハシャツに、これまたラフなカーキーのクロップドパンツを履いて、軽くアクセサリーを一つ二つ身につけ、サンダルを履いて外に出る。
「おっおふ」
洋館の扉を開けた瞬間に、外から入ってくる、潮臭さの混じった熱気を浴びて、心底不快な気持ちになる。
日本の湿気は本当に嫌になる。多少は海外旅行なんてことをしてきたが、夏のこの「茹だるような」暑さは日本特有のものだな。
これが更に、昼にはもっと暑くなるのだから、夏というものは本当に害悪だな。
信心深い方ではないが、夏と冬は神様が人間を殺しにきてるとしか思えない。今の世の中は大分殺されて数が減ったんだから、もう少し加減してほしいもんだ。
「よいしょっと」
入れたものの重さを十分の一にするリュックサック(大正ロマンな時代の学生が持ってそうな、四角い革製の、ベルトで開け閉めするタイプのものだ)に魔導具や魔法薬を詰め込んで、それを背負って冒険者ギルドへ出向く。
因みに、この、重さを十分の一にするカバンは、サイドポーチ型のものも開発され、冒険者達の中では「魔導鞄」の通称で、皆がほぼ必ず持っている。
開発はシーマだ。
重さが十分の一とは?と思われるかもしれないが、そのままの意味で、魔導鞄内に入ったものの重さを減らす『ライトネス』の魔法がエンチャントされたカバンだな。
基本的に、このくらいの簡単な魔導具なら、周囲にある滞空魔力を吸う魔法陣を書き入れるだけで十分に稼働する。
シーマ調べの結果、魔導鞄くらいのエネルギーなら、小型の、20g程の魔石を魔法陣に嵌め込むことで半永久的に稼働させられるそうだ。
まあ、なんだ?つまり、この魔導鞄は、ゴブリンの魔石くらいで作れる、安価でポピュラーな魔導具な訳だな。
冒険者の初期装備は、武器と万能ナイフにこの魔導鞄、そして初級回復ポーションに丈夫な服と靴……、などと、この鞄は大分、多くの人に親しまれているそうだ。
そのせいか、開発者であるシーマの名前は日本全国に広がっており、「天海街にはスゲー魔導具と魔法薬がある」という噂の一端を担っている。
あ、因みに、スゲー魔法薬の噂の出所は俺だな。
別に「目立たないように生きたい!」みたいなアレは一切なく……、そもそも既に特殊作戦群を訓練したり、政府にダンジョンの情報を渡したりなど、普通に目立っているからな。
そもそも、この狭い日本で、人口が十分の一くらいになれば、嫌でも俺の存在は目につく。
俺の理想は、友人と愛人(?)と楽しく暮らして、趣味程度に喫茶店をやってのんびりと女学生の尻を眺めることだ。
錬金術師や冒険者としての名声は要らない。
だが、少なくとも、「不用意な干渉をしてきたら地獄を見せるぞ」という警告はしておきたいんだよな。
それでいて、万能で最強、なんでもできる神様だ、などとは思われない程度に……、それこそ、不発弾のようなものだと思われればいい。
現在、日本では、俺とシーマはアンタッチャブルな存在として認識されており、俺に手出ししてくるような奴らは相当なアホだと言う話になっている。
「あー、やっと着いた……。クソが、洋館はもっと都市部に建てりゃ良かったな、冒険者ギルドが遠い……」
冒険者ギルド。
天海街の冒険者ギルドは、世界崩壊前には公民館として使われていた建物を改造してできている。
と言っても、温泉街である天海街の公民館は、普通の人が思い浮かべるような四角い石造りの建物ではなく、瓦の屋根の武家屋敷のような、和風なデザインになっている。
駐車場は、車が二十台は停められるような大きさで、公民館の建物自体も割と大きい。
崩壊前は老人の溜まり場や、子供の為のレクリエーションなどに使われていたらしいが……、今では、いかつい冒険者が出入りしているのが少し笑えるな。
冒険者ギルドは、冒険者への仕事の割り振りや仲介、各種素材の買取、魔導具の買取などを行う施設だ。
まあ、あれだよな、日雇い労働者の就業補助って、あいりん地区的な……。
だが、冒険者の仕事は命がけであるからして、戦闘が絡むような仕事は十万円からが相場らしい。
一日で十万円、かなり儲かる仕事だな。
主に冒険者をやっているのは、崩壊前に格闘家、自衛隊員だった者、ボディビルダー、体育会系の人間を中心に集まった……、のだが、魔法使いは理系が向いているし、今では様々な人間と、亜人も来ている。
天海街の冒険者は、質と量のバランスが良く、天海街でやっていける冒険者は一流とされている。
確かに、暫定首都長野にも、質の良い冒険者は揃っているが、ここ天海街よりかは劣るらしい。
長野県長野市が、今の日本の中心地なのだが、実質的な日本の中心街は天海街ではないかと囁かれている。
そうだな、例えるなら、ワシントンD.C.よりニューヨークの方が栄えているよね、みたいなアレだと思われる。キャンベラよりシドニーの方が都会だよね、みたいな。
よし、じゃあ、冒険者ギルドに魔導具とポーションを卸して、金もらって帰ろうか。
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