第46話 人口増加

現在、四千人が暮らすこの天海街のキャパは八千人くらいだ。


もっと人がいても良い。


建物は空き家だらけのスカスカ状態だ。


まるで老人の口の中みたいな有様。歯抜けってことだな。


人手も足りず、本来は勉学に励むべき少年少女達も、働かざるを得ない状況。


アフリカかな?


教育レベルの低下は長い目で見ると悪手だ。


しかし、労働階級は貴重だからな……。


長野の暫定首都も、救助活動を積極的に行って、労働階級を集めているらしい。


長野には今、十万人程の人々が集まって、農耕や畜産を中心に、兵器の開発や生産、モンスターの情報を集めたレポートの作成、モンスターから得た素材の使い道の研究を中心に、製薬などの加工品の生産も細々とやっているらしい。


こんな状態になっても、加工貿易で栄えた日本は、新技術の開発を急いでいるとのこと。


今の世の中で、一体どこに輸出するんだ?


いや、自国の強化か?


まあ、その辺は好きにやれば良いだろう。




そんな訳で、天海街も、まともに働ける人間を集める為に、救助隊を結成。


平均三十レベル程の警備隊チームから、百人くらいが県外に旅立つ。


迂闊なことのように感じるが、この大胆な行動の原因の一端は俺にある。


俺には、錬金術(最上級)のスキルがあった。


錬金術スキルは、ポーションを中心に、魔導具の製作ができるスキルだ。


鉛を金に変えることも余裕。


最上級にもなると、蘇生薬なども作れる。素材は割高だが。


アーニーの魔導書製作のスキルは、魔法のスクロールや魔導書などに特化していて、俺の錬金術はポーションを中心に広く浅くと言った感じだ。


魔導具の製作に特化した、魔導具製作というスキルは、うちのシーマが持っている。


また、魔法がかかった武器や防具などのマジックウェポンの製作については、ヴォルフが魔装具製作のスキルを持っている。


つまり、俺はある程度のマジックアイテムが製作できるのだ。


それにより、沢山の水を生む水筒と、100キロくらい物が入るリュックなどを作って、ダンジョンから取ってきましたみたいな雰囲気で持ってきたら、天海街は、これらの装備を使って遠征をしようと計画を立て始めたのだ。


まあ、良いんじゃない?


勝手にやれば?




そして先月から今月まで、一ヶ月ほどの遠征で二千人程集まった。


それも、働き盛りの若い世代がたくさんだ。


どうやら、他の街や村を解体して呼び込んだらしい。


天海街には広大なダンジョン農地があるからな。その上で、肉も食えるし、多少の娯楽も楽しめる。


その上、最近では、ダンジョンから無限に取れる石材を積んで、城壁も作った。


あんまりにも早いスピード建築だが、レベル三十の人間は、普通の人間の数十倍くらいの身体能力を持つので、ハイスピードで城壁が積めた。


今は、俺が作った柵の外側に、高さ三メートルくらいの城壁が街の周りをぐるりと囲むように配置されている。


将来的には、更に大きな城壁の設置も検討されているらしい。


新しい住人達も、この厳しい世界を五ヶ月間生き抜いてきた生存者なので、甘ったれた奴はそうそういない。


皆、よく働く人材のようだ。


共同生活に適応できなかった奴、わがままを言って暴れる奴、働かない奴。そういう奴らはどんどん死んでいったからな。


さて、めでたく城塞都市にランクアップした天海街は、独自の文化を築き、発展しつつある。


その最たるものが、「冒険者」の誕生だ。


冒険者とは、業務内容に戦闘を含む日雇い労働者のことである。


いつのまにか、天海街で発行している通貨である金貨、銀貨、銅貨……、紙幣とミスリル硬貨。通称「新日本円」は、日本各地のコミュニティで貨幣として正式採用されるようになっていた。


紙幣の信用ではなく、金貨であるという貨幣そのものの価値が信用になるという、過去の世界の通貨方式へと転換されたのだ。


この新日本円は、新たな首都である長野に鋳造権を委託してあり、日本政府が新しく発行している。


この新日本円を得る為に、モンスターの退治や、素材の剥ぎ取り、ダンジョン内の宝箱から魔導具や魔導書、魔法薬などを手に入れてくる日雇い労働者を、ファンタジーかぶれの誰かが冒険者と呼ぶようになったのが始まりだ。


日本各地で、同じように冒険者が生まれ始めているらしいな。これがシンクロニシティか。


そして、そんな冒険者から中抜きをする代わりに、仕事の斡旋や受付などをする事務仕事、「冒険者ギルド」が作られ、日本各地のコミュニティで貨幣経済の復活が始まった。


もちろん、天海街にも、兼業、専業問わず冒険者が数百人規模で存在し、金銭と引き換えにモンスターの退治や、畑の警備、素材の収集などをしている。


スキルの普及も、冒険者の増加の理由の一つだな。


鍛治魔法の使い手は、原材料の鉱石を冒険者に取って来させる。


錬金術の使い手や、魔導具製作、魔導書製作などの生産系のスキル持ちが、原材料であるモンスターやダンジョン内の素材を、冒険者に集めさせている。


そして、生産者達は、別の人間に自ら生産した物品を売り捌く……。


海にはモンスターが少ないので、海運にて、日本は各国から税金を物納で納めてもらう……。


このような形になっているみたいだ。


このような世界になって、危険性やら副作用よりも効果の高さが重視されるようになり、ダンジョンから出土した薬品も平気で使うようになった。


銃刀法もクソもなく、ダンジョンから出土したり、モンスターから奪った剣や弓矢をぶら下げた人間が我が物顔で街を歩く。


むしろ、女子供でも自衛の為に武器を持ち歩いている。


それに伴い、治安も悪くなった。


モンスターを倒したことによるレベルアップで、身体能力が上がって調子に乗っている奴も多い。


まあ、そんな風に調子に乗っている奴らは、治安維持部隊にボコられて街から追い出されるんだが。


例えば、レベル三十くらいの奴が調子に乗って街を支配したとしよう。


レベル三十の人間は、平均レベルが十くらいの普通の人間じゃ銃器を持ってても勝てない。


簡単に街が支配でき、女を犯して、農民を働かせて、好き勝手ができる。


と、思うだろうが、この世界にはモンスターが溢れている。


モンスターへの対応の為に、近隣のダンジョンの破壊、間引きをしなければならない。


それには、戦力がいる。


つまり……、強い奴が一人だけでは、街を守ることはできない。必然的に、強い奴に匹敵しうるような戦力がいる。


となると、強い奴の立場は盤石ではない。自分に匹敵するような兵士に囲まれて、暴虐な真似ができるのかといえば、無理だ。


なら、強い奴らがグループで街を支配したらどうなるか?


簡単だ、国が介入してくる。


街を一つ支配できるほどに強い戦力を持った集団がいるコミュニティは、基本的に政府からの干渉がある。


抜き打ち審査的に現れる政府の視察から、圧政をしていないか監視されるのだ。


こんな世界になっても人権が尊重されるらしい。


また、交易や行商人なども現れ始めたので、悪いことをやっているコミュニティはすぐにバレる。


なら、国や外部とは切り離された独立国家になるか?というと、それも不可能だ。


元々、人間は弱い生き物だ。


群れて、衛生的で、バランスの良い食事と、質のいい睡眠など、自然界で生きていける動物じゃない。


人口が百分の一程に減少した日本において、丈夫な家、衛生的な上下水道、しっかりとした食事、防寒防暑、薬、安全……、こういったものを確保することは最早ほぼ不可能だ。


国による援助がなければ、どのコミュニティも成り立たない。


特に、今は夏であるということがあまりにも厳しい。


今年もバッチリ猛暑で、冷蔵庫も水もない。


冬になれば降雪と食糧不足で人がどんどん死ぬだろう。


そんな世界じゃ、人間は生きられないのだ。


つまり、今生き残っているコミュニティは、大きいものが殆どだということだな。


そんなコミュニティの様子を、俺はスキルの究極地図で見ていく……。

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