第32話 アーノルド・ガルシアの場合 その2
魔法使いになって数ヶ月。
嫌な株主や取引先も、「ああ、こいつらも僕の魔法を使えば骨も残らないんだな」という事実が優越感とともに心の安定をもたらしてくれている。
強いとはこんな気持ちなんだね。
僕が好きなアメコミヒーロー達も、こんな気持ちで日常を生きているのかな。
そうして、何度かダンジョン攻略を繰り返す日々を過ごすうちに、多彩なスキルと装備を得た。
そしてしばらくの時が流れて。
「『クリムゾンフレア』!!!」
「『空間崩壊』!!!」
「『剣操術』……、射出!!!」
「『攻性防壁』射出!!!」
四人それぞれ、必殺の技を放つ。
「「「「死ねェ!!!!!」」」」
『グ、オオオオオオオオオーーー!!!!強い、な、勇士達よ……』
八十レベルを超えるダンジョンを、タツの空間操作によるワープでショートカットしつつ、最下層の浮遊大陸に到達した。
そこにいたダンジョンのボスはドラゴンだった。
ゲイルドラゴンの『エルギス』……。
三時間の死闘の末にやっと倒せた。
僕達も何度も死にかけたが、その度に回復魔法をかけて再生し、殺し合った。
『勇士達よ……、我が血肉を、骨を、爪を、牙を、そして魂を……、全てを持って行くが良い。それで、武具を作り、使ってくれ』
そう言い残して死んだエルギスを解体して、死体を加工して、僕達の装備にする。
因みに、加工するのは鍛治魔法と錬金術のタツと工作と付与魔法のシーマの二人だ。僕も付与魔法などを手伝ったりする。
そうして作ったドラゴン爪の武器はタツが、ドラゴン革の防具は全員に配布された。
もちろん、タツの複製で予備も複数手に入れた。
これで、僕の武器はユグドラシルの柄とフェニックスの嘴の穂先を持つ槍のような杖……、銘は『セレネイド』と名付けたもの、これと、八十レベル相当のキングキャタピラーという超巨大な芋虫型モンスターが吐く糸で編んだ服、そしてドラゴンの革のローブと靴、ウィッチハット、エンチャントがかかったフェニックスの尾とミスリルでできた首飾り、それとミスリルの指輪、予備にミスリルの短剣……。
それに、腰のポーチに小物とタツが錬金術で作ったポーションを二つ……、回復用、魔力回復用の特殊な割れにくい透明な瓶に入った水薬を二つだ。もちろん、アイテムボックスに予備は沢山ある。
因みに、タツの鉾槍は『レクイエム』、ヴォルフの斧は『ラプソディー』、シーマの剣は『ロンド』と『ワルツ』と言う。自分達で名付けた訳ではなく、鑑定とかそういうことをするとそうなっていたので、神の思し召しということにしておいた。
……あー!
実に良いよね!最高!
実に冒険者っぽい!
それっぽい!
MMORPGの高レベルキャラみたいだ!
楽しい……、人生が楽しい。
確かに命の危険はあるし、痛い思いもした。
けれど、心踊る冒険を、気の置けない親友と共に楽しめるだなんて最高じゃないか。
むしろ、金なんて一生暮らすだけなら問題ないくらい既に稼いでいることだし、僕もタツみたいに会社畳んで専業冒険者になろうかな……、なんて思っていた。
まあ、それは流石に、僕を信じてついてきた社員達に悪いし……。うーん、でも、自分の人生だし……。
そんなことを考えていたら、タツが言った。
「最近、ダンジョンが生まれるペースが早くなってるなあ」
と。
僕は冗談まじりでこう返した。
「じゃあ、いずれ、世界中にダンジョンが溢れて、世界の終わりでも来るんじゃないかな?」
と。
それを聞いたみんなは……、僕も含めて黙り込む。そして。
「「「「あり得る」」」」
……みんな、口を揃えてそう言った。
そう、そうだ。
今までスルーしていたけれど、そもそも、世界にダンジョンなんてものが現れている時点でおかしいんだ。
僕達がスキルとレベル欲しさに破壊して回っているけれど、僕達が動かなかったら、その時は、世界中が混乱していただろう。
レベル四十を超えれば現代兵器はほぼ通用せず、八十を超えると核ミサイルですら有効打にならない……。
そんな化け物が存在している。
今はダンジョンが生まれるペースより、僕達が破壊するペースの方が早いが……。
もしも、ダンジョンが生まれるペースがもっともっと早まれば?
……なんてこった、世界の終わりだ。
僕は、私財を擲って、終末へ向けた準備を進める。
まず僕は、ハリアルシティ郊外の土地を購入した。
湖と川、広大な農地がある土地だ。近隣には森もある。
それと、近くにあった、金持ちの別荘用に建てられた大きな洋館も買い取る。
この洋館は一括で買ったので値引きされ、三百万ドルくらいで買えた。
そして、館にはソーラーパネルと風力発電機を購入して設置……、一つ買えば、複製のスキルを持つタツが増やしてくれるので、出費は抑えられる。それと大型の浄水器もだ。
そして……、油や炭などの燃料、食料、武器、弾薬、娯楽本やゲーム、衣服、タオルなど布類、紙、洗剤、電子部品、薬、粉ミルクなど……、必要と思えたものを兎に角買い集め、タツに増やしてもらう。
幸いにも、現在の保存技術は進歩しており、十年以上保存できる缶詰なんかが沢山ある。
そして……。
「ママ、パパ、もう仕事はリタイヤしたんだよね?だったら、僕が最近買った土地で農業でもしてみないかな?」
「おお、良いのか?私はやってみたいところだが、ママはどう思う?」
「アーニーが私達のために土地と家を買ってくれたのよ、息子の好意に甘えちゃいましょう、パパ」
「他にも、親戚のみんなを呼んで酪農とか農業とかやらない?兎に角、土地がいっぱい余ってるんだ」
「それはもちろんやりたいところだが……、しかし何故急にそんなことを?」
「お金が余っていてね。お金のまま持っているより、土地や建物に変えた方が良いと思ってさ」
「そうなのか?経済の話とかはよく分からないんだが……、良い大学を出たお前がそう言うならそうなんだろうな。それじゃあ、親戚を呼んで、皆でここに農園を作ろうじゃないか!」
「ママはね、昔は会計士やってたのよ!パパは弁護士の資格もあるから、経営は任せてね、アーニー!」
「ありがとう、パパ、ママ。リチャードおじさんやジェシカばあさんも呼んでさ、みんなで暮らすと良いよ」
両親を丸め込み、親戚を避難させることに成功した。
牛や鶏、羊に豚、馬なんかもオスメス両方買って、親戚に管理を任せる。
元々、ハリアルシティより少し遠いところで農場をやっていた親戚なども多く、運営には問題がないようだ。
この洋館自体も、特大の業務用冷凍室に、地下保存庫、大型車庫と兎に角沢山のスペースがあるので、そこに非常食やら水やら薬やらをぶち込むよ。
「アーニー、倉庫が保存食でいっぱいだ!」
「あー……、そう、実はこの洋館を、災害時の社員達の避難所にしようと思ってね。保存食も、他の会社との付き合いで格安で購入したものさ。余ったら捨てるか人にあげれば良いだろ?」
「ふむ、まあ、そうだな」
表向きにはそういうことにしてある。
そして、社員達にも、災害時はこの洋館に逃げ込むように周知しておいた。
実際、この辺りにはハリケーンが来ることもある。
ハリケーンが来た時には、停電とか流通が滞ったりとかするからね。ここに食料や水、燃料、薬を大量にストックしてあることを伝えておく。
「分かりました、何かあったら、家族と一緒にそこに逃げ込みますね、ボス」
「ああ、そうしてくれ」
「にしても……、急な話ですね。終末論者にでもなったんですか?」
「ハハハ、いやいや。ただ、この前、付き合いで行ったパーティに強烈な終末論者のサバイバルグッズ屋の社長がいてね。その人に押し切られて随分と沢山買っちゃったんだよ」
「ボスは割と押しに弱いですからね、気をつけてくださいよ、詐欺とか」
「詐欺じゃなかったって!売ってる物は良かったから、社員用に買っても良いかと思ってさ」
適当に誤魔化し、知り合いという知り合いに避難先を伝えておく。
株主と気に入らない取引先の連中には何も伝えない。死んで欲しい。
さあ、できる限りの準備はした。
来ないに越したことはないが……。
終末よ、かかってこい!
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