第31話 アーノルド・ガルシアの場合 その1

ふと、自分の髪を見る。


長めの黒髪を髪留めで結んでいるタツとは違って、薄黒い、癖のない金髪をストレートで伸ばしている僕の髪。


……何であいつは髪留めなんてつけているんだろうか。女装癖?それは謎だけど……、気にしない。


僕は周りから散々言われてきたけど、金髪なんだよね。


ガルシア、と言えばスペイン系。スペイン系ならば黒髪だろうと言われるんだ。


でも、僕の祖父がスペイン系であって、他はみんな茶髪や金髪の家系。


僕はたまたま金髪の遺伝子を持って生まれたってだけの話だよ。


それに、この混血の遺伝子のせいなのか、髪の色は燻んだ金色。ハリウッド女優のような明るい金髪じゃないのさ。……あれは染めてるんだろうけど。


まあ、これはこれで気に入ってるんだけどね。




そう、それで……、クソ忌々しい株主共がモンスターの腹の中に入って、僕がフリーになり、世界がサバイバル系オープンワールドゲームになって早数ヶ月。


世界中の人間がひいこら言って……、いや、ひいこらってレベルじゃないね、断末魔の叫び声を上げているレベルだね。


まあ、世界中の人間が色々と苦労している中、僕は。


コミックブックを読みながらコーヒーを楽しみ、時にテレビゲーム、時にアニメ、時に映画を楽しみ、美味い食事をして、たまに散歩をし、たまにセックスをして、たまに友人と遊ぶ。


余生を楽しんでいた。


漫画はアメリカ国内外の、レアものを含め多数、小説も山程、ゲームも沢山、映画もマイナーどころから不朽の名作まで幅広く、アニメも目一杯確保。ゲームセンターのゲーム機まで取り揃えている。


少なくとも百年は遊べるね。


いやあ、僕は特にローグライクゲームが大好きでね!延々とレベルや能力値を上げて、武器や防具を厳選して、魔法を覚えて……、そういうの大好き!


大体百年分の娯楽があれば、百年目を迎えた頃には、最初の一年目にやった娯楽を忘れていて、新鮮な気持ちで楽しめるだろうね。


ループだよ、ループ。


それに、友達とTRPGをやったり、酒を飲んで馬鹿騒ぎしたり……、そう言うのは飽きないだろ?


それに、最近はダンジョンの攻略も楽しい。


ゲーム感覚でモンスターを殺し、ダンジョン内から価値のあるものを掻き集め、ダンジョンコアを破壊してスキルを得る。


こんなに楽しいことがあるかな?


今の日常は気に入っている。


経営者をやっていたあの頃よりも充実しているのさ。


いやあ、世界滅んでよかったなあ!


僕はね、他人が必死に働いている中で休むのが好きなんだ。


僕が酒やタバコでふわふわして良い気持ちになりながら、漫画やゲームを楽しんでいる時に、他の人々が必死に働いている……。


そんな状況こそ……、本当に素晴らしい時を過ごしていると感じられないかな?


周りが必死であればあるほど、余裕のある自分の生活がより尊いものと思える。


思い出して欲しい。


子供の頃……、ジュニアスクールを休んで行った家族旅行は楽しかっただろう?大学の授業をサボって遊びに行ったのは気持ちよかっただろう?


周りが頑張っている中サボるというのは、優越感に浸れて気持ちが良いんだよ。


さて、それじゃあ、現在に至るまでの出来事を僕の視点から語らせてもらおう。


………………


…………


……


「ハハハ。あぁー、クソムカつくね!プログラミングのプの字もわからない老害が株主権限で手出ししてきやがる!死ね!fuck!!!」


「荒れないのアーニー」


「ボス、お気の毒に……」


「ボス……」


「僕もう今日は帰る!帰ってふて寝する!あとは任せたよローラ!」


アメリカ南部、テキサス州中央のオフィス街、ハリアルシティ。


昔は田舎だったけど、ここ数十年で都市化が進み、アメリカでも有数の近代都市になったビル街だ。


しかし、郊外の方はまだまだ田舎で、自然も豊かだよ。


少し郊外に行けば、畑や牧場があり、海と接する場所では漁業も盛んだ。


そんなハリアルシティは僕の育った街だけど……、十六で飛び級進学した先はスタンフォードにある大学。ここでプログラミングと数学について学んで……、二十歳にはハーバードでビジネススクールに通い。


シリコンバレーの著名なIT企業で数年働きつつも株式投資などで稼ぎ、その後は、それを資本金として起業して、データを統計処理する機械学習システムの開発設計を行う企業を作ったんだよね。


数年で国内のシェアを伸ばし、業界でも有数の企業にまで押し上げたんだけど、株主どもは何も分からないくせに意味のない口出しだけして仕事をした気になって、利益を掻っ攫う。


取引先も無能揃いで、我が社の革新的な技術を理解できないからといって無価値だと断じる老害や、学のないくせにコネで偉くなったようなアホを相手にするのは苦痛以外の何物でもない。


おっかしいなー、僕はみんなが苦労している最中、昼から酒が飲みたいから経営者になったんだけどね?


休みは多いがなんか違うよね、おかしいね!


僕は苦労したくないのに、苦労が舞い込んでくる。おかしい、これはおかしい。


まあ、秘書のローラに色々と丸投げしてるけどさあ……。


ローラ……。


ローラは僕の……、秘書で、愛人?みたいな?


まあ、このままいけば普通に結婚するんだと思うよ。


僕もローラとなら結婚しても構わないよ。


まあ、お互いにまだ若くて仕事も忙しい時期だから……、30歳くらいになれば正式に式を挙げようかなー、なんて話をしている。


彼女は素敵な女性さ、しっかり者で有能、働き者で……、僕との身体の相性も良い。


ローラに色々と任せてあるから、僕は安心して休めるのさ。


それで……、休日に、親友からの電話がきた訳だよ。




羽佐間義辰……、タツからの電話がね。




タツは有能だし、小器用でなんでもこなせるタイプだ。だけど、人間のクズで、その上強引なところがある。


ヴォルフは堅物だけど心優しく穏やかで強い男だ。少々引っ込み思案だが。


シーマは凛々しくて賢い女だが、苛烈で性格が悪い。


そんな親友たちに久しぶりに会ったというのに、突然フルオートのショットガンを渡されて、山奥の洞窟に潜る羽目に。


勘弁してくれ、ローグライクは好きだけど現実はそうもいかない。


僕は君らみたいな野蛮人とは違って文化人だよ?空手もマーシャルアーツもシステマもやってない。戦えないんだ。


それなのに、ゴブリンの群れの前に出される。


勘弁してくれ、本当に。


ゴブリン……、まさか本当にいるとは。


コミュニケーションを取ることも不可能なようだ。言葉も通じない。その上突然噛み付こうとして来たからね。


仕方なく、僕は自分の命を守るためにゴブリンを撃ち殺した。


僕もね、アメリカ人だからね。自らの生命と財産を守るためなら戦うよ。


すると。


《レベルアップ!》


脳内に声が響いた。


これは何かとタツに聞いても、「レベルが上がったんだよ」としか答えない。


釈然としないけど、そのままゴブリンを殺しながら先に進み、奥にいるでかいゴブリンを倒し、祭壇のようなものにそびえる、虹色の水晶の様な人間の頭程ある石を叩き割ると。


《称号:セカンドエクスプローラー獲得!》

《ダンジョン踏破ボーナス!スキル:属性魔法(最上級)獲得!》

《第二のダンジョンクリア者ボーナス!スキル:結界魔法(最上級)獲得!》

《第二のダンジョンクリア者ボーナス!スキル:回復魔法(最上級)獲得!》

《第二のダンジョンクリア者ボーナス!スキル:補助魔法(最上級)獲得!》


僕の頭に、多くの知識が流れ込んできた。


それは、魔法の知識だった。


僕は……、この日から。


魔法使いになったのだ。




タツの話によると、たまたまダンジョンを見つけ、破壊して、スキルを得たらしい。


そのスキルで、二、三ヶ月に一回くらいのペースで、世界のどこかにダンジョンができていることを知った……。


ダンジョンを破壊すれば、スキルを得られる。


モンスターを倒せば、レベルが上がる。


「ハハハハハ!なんだいそれは!最高じゃないか!!!」


愉快だ。


あまりにも愉快だよ。


先程までは「リアルローグライクゲーム」なんてゴメンだと思ってたけど、魔法が、戦う力があるのなら話は別さ!


確かに喧嘩は大の苦手さ、今までの人生で殴り合いで勝てた試しがない。


だけど、魔法なら負けないさ。


この時決めたんだ。


僕は世界一の魔法使いになってやる、ってね。

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