死の消えた世界

XX

ゾンビはっせいちゅう

 ある日、この世から死というものが消えてしまった。


 どっかの有名宗教家は「あの世がパンクした。死者の漏洩現象だ」って言ったんだけど。

 そんなことはどうでもいい。


 もう1回言う。

 その日以来、死が無くなったんだ。

 あらゆる生き物が死ななくなった。


 スーパーで売ってる豚肉の切り落としはビクビク動き。

 タラの切り身も動きまくる。


 煮ても焼いてもそれは変わらず、煮物もステーキも動くようになった。


 まあ、それだけならさ、気持ち悪いだけで終わる話なんだけど。


 ……人間も、そうなんだよね。

 人間も、死ななくなった。


 それの何が問題なの? 良いことじゃん?

 そう思った人、あなたは甘い。


 死ななくなっただけなんだよ。

 老化はするんだよね。


 ……で、老衰もあるのよ。


 ハッキリ言おう。

 身体の方は、死ぬのよ。


 だけど……魂が肉体から離れないんだな。

 この現象を表現する場合、ピッタリなのはこれだろう。


 病院で「おじいちゃんが心停止して脳波も停まり、死亡確認された」としよう。

 今の世の中、それでもそのおじいちゃんは活動するんだな。


 で、そのまま腐っていく。

 意識があるまんま。


 防腐剤を使えって言う人いるかもしれないけどさ。

 内臓の問題あるからね。


 事実上、止められないんだよな。


 一回、思い切って身体を切り開きまくって、身体中に防腐剤を入れた人がいたんだけど。

 その人、手術が終わった後、正気じゃ無くなっててさ。


 意味不明の呻き声しか上げられなくなってた。


 ……麻酔薬効かない状態で、それに耐えて頑張ったはずなんだけどな。


 そう。薬が効かなくなるんだよね。

 身体が死亡してしまうと。


 そのくせ、痛覚だけは残ってる。


 火葬なんて恐ろしくて出来ないよ。

 燃え残った骨に意識が残ってるかもしれないし。

 それ以前に、焼かれる苦痛に耐えないといけない。


 この世は地獄だ。

 消えたい……!


 そう、思っていたある日。


「あなたのこと、気に入ったわ。一緒に生きて行きませんか?」


 俺に、手を差し伸べてくる人がいた。

 偶然、酒場で知り合った女性だったんだけど。


 話してみるとウマが驚くほど合って、最高相性の人だと思った。


 そして今の世の中、無責任な最低行為として数えられている行為をしてしまった。


 平たく言うと一夜を共にしたんだ。


 そのときに、言われた。


 俺は、彼女といれば「終わる日」の恐怖が忘れられるかもしれないと思い、彼女の提案を受け入れた。


 そしたら次に「この世の地獄から抜け出す方法を教えてあげますよ」って言ってくれたんだよな。

 最初、何かの比喩というか、誤魔化しの方法かと思ったんだけど。


 違った。


 彼女曰く「苦行」っていう方法らしい。


 古くは古代インドの伝説で語られる修行法らしいんだけど。

 自分で自分の身体を痛めつける。


 そうすると、その自然の摂理に反する行動が宇宙のバランスを壊すので、大宇宙が見返りを引き渡すから止めて欲しいと言って来る。


 彼女はそこで「朽ちない肉体をください」と願ったらしい。


 そんな馬鹿な、と俺はちょっとだけ思ったが。

 俺は彼女を心から愛するに至っていたので、信じた。


 彼女を疑うなんてありえない。


 なので……言われるままに。


 俺は自分で自分の首をのこぎりで斬り落とし、それを火にくべて、こんがりと焼いたんだ。

 致命傷を負った時点で、何故か俺の身体は「脳と筋肉との電気的接続」という、普通のルールの外にある存在になった。


 なので、そんなことが出来てしまったんだ。


 すると……


 本当に世界のためにその行為をやめてくれというお願いが、脳内に響いたんだよな。

 そこで俺は彼女同様、「朽ちない肉体をくれ」と願った。




 その後。


 同じ方法で他人を救ってあげられないかなと思い、何人もの人々にこの解決方法を伝授してあげようとしたんだけど。


 ……誰も信じてくれなかったんだよな。

 苦行の傷は、願いが叶った時点で消えてるので証拠が無かったし。

 だからまぁ、当然かもしれない。


 やったら取り返しつかないし、明らかにありえないもの。


 なので、全く意味が無かった。

 エビデンスを見せればいいのかもしれないけど、もう1回同じことやれと言われても「嫌」としか言えないし。

 口だけでなんとか納得して貰うしかないのよな。こっちとしては。 


 そんな感じで数年間頑張ったけど、それ以上は俺のモチベが続かず。

 最終的に諦めて、俺たちは2人で世界の傍観者を決め込むことにしたんだ。


 見ていると。


 まず、犯罪を犯す者が大量に出て来た。

 それも殺人だ。


 犯人は死にたてのヤツがほとんど。

 道連れが欲しいんだろうな。


 昔は拡大自殺って言って、人生詰んだヤツが自分の破滅に他人を巻き込むために無差別殺人をする。

 これが主流だったけど。


 今の世の中だと……本質は変わらないけど……やってるヤツが死んでるからな。すでに。


 拡大ゾンビ化、って命名した人が居たけど。


 適当だろうか?


 ……そして傍観していたら。


 なんと、核兵器を持ってる国が、自国の中でそれを使い始めたんだよね。

 自国民を一か所に集めて。


 地上に太陽を出現させる核兵器なら、苦しまずに肉体の存在を消してしまえる。

 そこに思い当たった人がいたんだと思う。


 日本には核兵器が無かったから、超大国で同じ事業をはじめてくれないかなと言い出す人が居たり。

 日本でも核兵器を作って、皆で逝こうという声をあげる人が出始めた。




 ……そして100年の月日が流れて。


 俺たちの周囲から、人間が居なくなった。

 少なくとも、俺の目の届く範囲では。


 彼女以外の人間は、ここ10年ほど見ていない。


「……死ぬことが無くなるって、古代から人類の夢だったはずなのにね」


 彼女は言った。

 一緒に誰も居ない街を歩きながら


「実際、本当に死ななくなると、今度は死にたくなるなんて」


 俺は彼女の言葉に対し


「いや、これはゾンビになるのが嫌だからじゃないか?」


 そう返答すると

 彼女は首を振って


「そうじゃないと思うよ……生きてると辛いことが積み重なって、消えたくなる頻度が少しずつ上がっていくはずだもの」


 ゾンビ化はただのアクセルで、最終的にこうなっていたと私は思うな。

 そこに気づいたのは最近だけど。


 彼女はそう言った。


 ……そうだろうか?


 少なくとも俺は、彼女と居れれば寂しくないけど……


 でも確かに、これまでに死んでいった他の人を想って、空虚な気分になるときはあるかもしれない。


 あと、自分が重ねた罪とか。

 苦行という解決法を、もっと本気で伝えてあげるべきだったんじゃないか、とか。

 もう死んでしまった人に、酷いことをしてしまったんじゃないかとか。

 そういう、罪の意識。


 これも、結構辛いんだ。


 ……こればかりは、彼女の言ってることが間違いであって欲しい。

 俺はそう思った。

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死の消えた世界 XX @yamakawauminosuke

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