第3話・これが男になって生まれて初めての●●?

 登校開始日の二日前──早朝にルチエの部屋に置いてある、キザムを呼ぶ手持ちベルがけたたましく鳴り響いた。

 慌ててルチエの部屋に入ったキザムが、ベットでパジャマ姿で上体を起こしているルチエに訊ねる。

「どうしました?」

 ルチエが少しかすれる声で言った。

「なにか、声が変ですの……声が出にくいような……あーっ、あーっ……あぁ?」

 いきなり、ルチエの声が男性の声に変わった。

 爽やかな男性声優の声に。

「な、声が女声から男の声に変わってしまいましたわ?」

「〝声変わり〟ですね……どんな男声になるのか、わかりませんでしたけれど。爽やかな男性声優の声に変わりましたね」


 キザムは「失礼します」と断りを入れてから、ルチエのパジャマの裾をめくり、腕の体毛を確認して言った。

「やっぱり、少し濃くなりましたね……どうしますか? 脱毛しますか?」

「だ、脱毛? わたくし、一度も脱毛なんて……どうして、脱毛するのですか?」

「女体の時は、魅力的な飴色の産毛で、それほど体毛は気になりませんでしたけれど……男性になって、声変わりすると体毛も少し濃く……もっとも、セイさまの体毛は薄そうですが……どうしますか? 全身脱毛しますか?」


「殿方は全身脱毛しているのですか?」

「はい、多くの男性は……わたしは、していませんが」

 脱毛処置をしている男のルチエを見たいがための、キザムのウソだった──男性のすべてがメンズエステで、脱毛をしているワケでは無かった。


 キザムが内心、笑いをこらえながらルチエに訊ねる。

「これから、男として学園で生きていくのなら、着替えで肌を見せる機会も増えるでしょう……その時のコトを考えたら脱毛はしておいた方が」

 顔を赤らめながらルチエが小声で言った。

「わかりましたわ、全身脱毛しますわ」

「シモの体毛はどうしますか? 脱毛しますか?」

「シモの体毛?」

 キザムがルチエの耳元で囁く、真っ赤になるルチエ。

「そ、そんな場所の体毛も殿方は脱毛するのですか⁉」

「はい」

 うつむき加減で答えるルチエ。

「お任せしますわ」

「では、隣のわたしの部屋に来てください……準備しますから」


 隣の部屋に入ると、アスナルが紅茶を飲んで休憩していた。

 アスナルが部屋に入ってきた、ルチエを見て言った。

「あれ? セイさまどこか体の具合でも悪いんですか?」

 キザムがアスナルに言った。

「これから、セイさまの全身脱毛を処術します、アスナルも手伝ってください」

「アスナルゥゥ?」


 服を脱いで全裸になったルチエが、股間を布で隠してベットに仰向けで横たわり、顔を赤らめていると。

 キザムは木箱から、何やら青白く発光しているスライム状のモノを取り出した。

「それは?」

「わたしが、コチの世界から持ってきた〝脱毛スライム〟です……これを使って全身脱毛を行います。アスナル、この脱毛スライムでセイさまの体を撫で回してください」

「ボクがやるんですか?」

「わたしが処術するより、女性のアスナルが行った方がセイさまも安心でしょうから」


 アスナルは脱毛スライムを手にすると、ベットに横たわる男体のルチエに近づき、ルチエの頭にスライムを押しつけようとした。

 慌てるルチエ。

「な、なにをするつもりです?」

「なにって、頭髪と眉毛から脱毛しようと思いまして」

「脱毛するのは、首から下です!」


 アスナルが、青白く発光している脱毛スライムで撫でられたルチエの体の部分の体毛が、スライムに食べられて脱毛されていく。

 ルチエは生まれてはじめてのスライムの、感触に思わず変な声を発した。

「あぅぅ、はうぅ」

 全身脱毛を進めるアスナルが、ルチエの腰に掛けてあった布を外してルチエに訊ねる。

「ここの体毛はどうするんですか?」

 ルチエが答えるよりも先に、キザムが答える。

「思いきってやってあげなさい、邪魔な立っているモノは少し倒して」

「わかりました、えいっ」

 一番、恥ずかしい箇所にスライムを押し当てられたルチエは、変な声を発しながら背中を浮かして仰け反った。

「あぅぅぅぅぅぅっ」


  ◇◇◇◇◇◇


 登校開始日一日前──明日の登校準備をしているルチエの部屋にやって来た、キザムが言った。

「今、学園の方から連絡がありまして……この部屋にはルームメイトとして男子生徒が一人、同室になるそうです」

「そんなの聞いていませんわ、わたくしはてっきり一人部屋かと」

「贅沢を言わないで下さい、男子寮で一人部屋なんてこの部屋だけですよ……いい機会じゃないですか、男性の生態を間近に観察できて」

「そういう考えもありますわね……わかりましたわ、同室になる殿方をじっくりと監察して、婚約者の『ネトラレ・ザマ』さまを奪った泥棒ネコ女の対策に役立てますわ」


 キザムが言った。

「それには、まず今の話し方から変えていかないと……わたしやあすなるだけの時は、その話し方でもいいんですが……男の話し方も学ばないと」

「どうすればよいのですの、レクチャーをお願いしますわ」

「まず、男らしく自分のコトは『オレ』と話してください」

「オレ……ですわ」

「ですわは、いりません……わたしに続いて言ってみてください堂々と胸を張って『オレは男だ!』」

「オレは男だ!」


「『男のオレは女が好きだ!』」

「男のオレは女が好きだ! ち、ちょっと待ってください。それって何か変じゃありません?」

「どうしてですか?」


「だって、わたくし……じゃなかった。オレはカレンに復讐するために男になったのですから」

「今のセリフは言い直しです『オレはカレンに復讐するために男になったんだぜ』……はい、テイク2」

「オレはカレンに復讐するために男になったんだ……ち、ちょっと待ってください。どう考えても何か変です……違和感があります、わた……オレはいったいなんなんですか?」

 ルチエは男になって復讐をするという、行動の矛盾に気づき頭を抱えた。


  ◇◇◇◇◇◇


 登校開始日の一日前──午後、ルチエの部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 パンツを前方に引っ張って午後の自分のシンボルの状態を確認していた、ルチエはてっきりキザムかアスナルだと思って、いつもの口調でドアに向かってい言った。

「カギは掛かっていまませんわ、ちょうど自分の男性シンボルのメインとサブの状態を確認していたところですわ……あっ、サブがキュッと縮みましたわ。意識を集中すると縮む、不思議な光景ですわ」


 ドアが開く音が聞こえ、視線を向けたルチエは赤面した。

「ザ、ザマさま⁉」

 そこに立っていたのは、ルームメイトとして荷物を持ってやって来た。ルチエの婚約者で貴族の子息『ネトラレ・ザマ』だった。

 下着を引っ張って、自分のモノを見ているルチエの姿にザマは、見てはならない場面を見てしまった表情で軽く咳払いをしてから言った。

「部屋に入ってもいいかな? 今日からルームメイトになるネトラレ・ザマです。君が長い間、遠縁に預けられていたというルチエの双子の弟のセイくんかな?」

「は、はい……わた、じゃなかったオレがセイだ……ぜ。よろしくな、ザマさま」


 ルチエは、完全に動揺していた。

(なんというコトでしょう、カレンに奪われた婚約者のザマさまと、今日から同じ部屋で二人で生活……これは、カレンからザマさまを奪い返して、復讐を果したのと同じでは?)


 ザマは眼の前にいるのが、男になったルチエだと気づかずに荷物をベットの近くに置くと話し続ける。

「それにしても、失踪したお姉さんのルチエによく似ている……そっくりだね、今日からよろしく」

「こちらこそ、よろしく……ですわ」


 今まで一度も体験したコトが無かった男性と同じ部屋、それも婚約者と一緒に生活するの状況にルチエは完全に、のぼせ上がっていた。

(ザマさまと同じ部屋、ザマさまと同じ部屋)

 ルチエは、この絶好の機会にザマに告白した。

「ザマさま、好きです」

 困惑した表情の、ネトラレ・ザマ。

「気持ちは嬉しいが、わたしはそういう趣味は……ちょっと」

 ルチエは現実に引き戻されて冷静になる。


(わたくし、カレンに復讐するために男になりましたが……いったい、何をすれば復讐が成立するので?)


 ルチエの頭の中では、ネトラレ・ザマを奪い返して、悔しがるカレンの顔を眺めながら男同士で結婚している場面や。


 ハラグロ・カレンが悔しがるかも知れないほど、学園の女子生徒たちから好意を持たれて、学園でモテモテになっている殿方の姿や。


 ハラグロ・カレンに近づいて、交際した後に一方的に振って。その後にカレンからしつこく、つきまとわれているかも知れない自分の姿を想像して頭を抱えた。


(正しい復讐の方法が、わからなくなりましたわ)

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