君が大人になってしまう前に 1
およそ一ヶ月後。ウィルはBSOC北米支部の寮に来ていた。
「今日から北米支部、アルファチームに所属されることになったウィルだ。自己紹介を、ウィル」
「はい。元陸軍第一小隊所属、本日からアルファチームに入隊しましたウィルフレッド・ブラッドバーンです。宜しくお願いします!」
チームメンバーたちが歓迎の拍手をくれる。その中には合同演習で世話になったエリオットの姿もあった。みんなが心からウィルを歓迎してくれているのを感じで、ウィルはほぐれた笑いが浮かぶ。
「いいですね、最近アルファには若いのが入らなかったから」
「そうだな」
まるで子供でも見守るかのようにチームの雰囲気は暖かい。
BSOCは陸軍ほど大所帯ではない。ここにいるチームアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコーの五部隊とHQ(本部)に分かれており、さらに本部には医療チームとバックオフィスを担うサポートチームが置かれている。人数としては約一〇〇名規模である。
「しばらくはエコーチームの訓練生と一緒に訓練をさせる。BSOCのやり方を学んでもらわなくちゃな」
「はい」
レイフにそう言われ、ウィルに少し緊張が走る。同じ年代の訓練生たちだ。引けを取るわけにはいかないが、自信はなかった。BSOCというチームの特殊性をよく知っている。
「じゃあ、次はHQ(本部)に挨拶に行こうか。訓練中すまないな」
「自分が引き抜いたからって、みんなに自慢して歩くんだろ?」
「それじゃ孫が可愛い親父さんじゃねえか」
ブラボーのキャプテン、マルコとブラボーキャプテン補佐のダドリーが笑う。その発言には思わずレイフも苦笑いを漏らした。
「とにかく、HQのとこ行ってくるからオペレーション頼むな」
「はいはーい」
和気あいあいとしたムードの中、ウィルは一人耐えず緊張していた。朝この制服を着るのも手が震えた程だ。
「じゃ、行くか」
「はい」
レイフに緊張を見抜かれたのか、肩をぽんと叩かれた。HQに向かう廊下は長い。
「この辺りと三階より上は、医療チームの研究室になってる。まぁ大学病院と研究所がくっついたようなものだと思ってくれればいい。で、あの角を曲がるとHQがあって、その横にサポートチームがある」
「広いですね、覚えられるかな」
「そのうち慣れるさ。慣れるまでは誰かに連れて行ってもらえ。みんな気のいいやつだ」
ウィルは辺りを見渡しながらひとつひとつを目に焼き付けた。ここで生活をするこの先を想像しては胸の中が光で溢れるような高揚感に満たされる。
「おお、ベックフォード隊長!」
前方からいい体格の男が歩いて来たかと思うと、レイフに向かって大きく手を振り挙げた。
「オズウェルさん! 連れて来ましたよ、ウィルです」
「そうか、君があれだけ粘った男だね」
そう言ってオズウェルは、ウィルにその大きな手を差し出した。
「オズウェル・ダスティンだ。HQで指揮をとっている」
「ウィルフレッド・ブラッドバーンです。宜しくお願いします」
オズウェルはハグでウィルを迎えてくれ、背中を優しく叩いてくれる。
「若き英雄の卵だ。君の働きに期待しているよ」
その言葉にどきりとする。気の利いたことも言えない自分に比べ、オズウェルは一回り以上違う男にも尊敬の念をきちんと示すことができるのだ。
レイフも満足そうに微笑んでそれを見ていた。
「本当なら仲間を紹介するところだが……サポートチームのことは規則上、紹介してやれないんだ。申し訳ないね」
「規則、ですか……?」
「ああ。サポートチームは部隊編成などの事務手続きを行うから、不正がなされないよう部隊メンバーと個人的な関係をもたせてはならないんだ。だからお互い、顔も知らない。もっとも、彼は隊長だからその規則には例外だが」
わざと作る困った表情もよく似合っている。
「それで、頼んでおいた手続きは済ませてくれましたか?」
「ああ。寮の紹介はエリオットに任せておいた。君は後進たちの指揮を取らなくちゃいけないだろう?」
「ええ、助かります」
そうレイフが頭を下げる。そしてそのまま、ウィルにアイコンタクトをして去ってしまった。
「よしウィル、こちらへ来なさい。エリオットに引き合わせよう」
「はい」
そこからエリオットと合流し、三人で寮の利用について、一日の流れやその他の諸々の手続きを行った。それだけで時刻は夕方になってしまった。エリオットが飯を奢るとオズウェルに別れを告げ、二人で食堂へ向かう。
「よく来てくれたな、ウィル」
「いえ、俺の方こそこの場にいられるのが奇跡みたいに嬉しいです」
笑顔を向けるウィルを見て、エリオットは思わずといった様子で吹き出した。
「隊長が、お前を引き抜くために散々手を尽くしてたよ。断られるの怖いから打診して来てくれ、なんて俺に頼んだりしてな。全く、ああ見えて臆病なとこあるんだよあの人」
「それは知らなかったです。精神的にもとてもタフな人なのかと…」
そういうとエリオットは盛大に笑った。
「昨日もそわそわしてたよ、お前が来るって言うんでな。さ、ここ曲がったら食堂だ。先に行ってメニュー選んどけ。ちょいと電話するとこがあるんでな」
「わかりました」
申し訳ないと思いつつも電話を聞くのも憚られて頷いた。食堂へ向かう角を曲がった瞬間、大きな破裂音がしてウィルは思い切り目をつぶった。
「BSOCへようこそウィル!!」
目を開けたのはその言葉が耳に入ったからだ。その後もいくつかクラッカーの音が鳴って、眼前には部隊のメンバーたちが律儀に三角のコーン帽を被って出迎えてくれていた。
「え……」
「みんな、お前が来るのを楽しみにしてたんだよ」
肩をトンと叩かれ振り返ると、口角を上げ満足気な笑みを浮かべるエリオットがいた。手に端末を持っていて、わざと振る仕草を見ると騙されたのだろう。
「さ、今日は隊長の奢りだからどんどん食え!」
「本当ですか! レイフ隊長、頂きます!」
「こういうのは主催者の奢りって決まってんのよ!」
マルコと、ウィルが来るまで最年少だったというエコーチームのエリスがテンポよく掛け合う。
「お、おい……いや、まあいいか今日くらい」
「はい、お許しでましたー! みんな食べて食べてー」
ウィルの後ろからエリオットがさらに盛り上げる。部隊のメンバーたちは大はしゃぎだ。エリオットはレイフの横を通る際、ぽんとその肩を撫でて行った。それにウィルは気づかない。
食堂のテーブルはパーティ会場のように綺麗に飾られており、あちらこちらにパーティプレートが置かれている。きっとウィルが来るのを楽しみにしてくれていたというのは嘘じゃないのだろう。
ウィルの胸に、熱くこみ上げるものがある。そのウィルに寄って来たのは、主催者のレイフだった。
「ど、どうした……? こういうの嫌いか……?」
「いや……嬉しくて……」
レイフが少しだけ自分より背の低いウィルに視線を合わせた。ウィルは俯く。
俯いたウィルに、レイフが慌て出したのが露骨に伝わってくる。それでもウィルは顔を上げられない。満面の笑みでこの人を安心させてあげないといけないと強く思う。それでも、この目頭が熱くなる感覚は、きっとそうなのだろう。
しかもレイフの後ろで部隊の仲間たちがこちらを気にして静かになっているのがわかる。単に騒ぎたいだけではないのがわかって余計に胸が詰まった。
「……すいません、俺、頑張ります。皆さん、お力を貸してください、俺強くなりますから」
「その言葉待ってたぜ、ウィル」
飛んできた言葉はエリオットのものだった。それに続いてみんなが頷く。
「さ、今日からここがお前の居場所だ。一緒に腹を満たして、明日から訓練頑張ろうな」
レイフがそういってウィルの頭を撫でた。
「はい!」
ウィルはその手を受けて大きく頷く。BSOCというウィルの人生で最も長く濃厚な時間が始まった。
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