アイデンティティを掴め 9
「残り人数は九名か……バディを失ったのが何人かいるというわけだな……」
「そうですね。ここから探し出せるでしょうか」
二人は大きな崖下で束の間の休息を取っていた。いいサイズの岩に向かい合って腰掛ける。広い土地の中から九人を探し出さなくてはならない。この夜間の視界で、どう探し出すというのだろう。
「だが、探し出すしかないだろう。じゃなきゃナンバーワンは獲れない」
「……ええ」
ウィルは内心不安だった。この闇の中でどこから狙っているかもしれない敵に気を巡らせるのに疲れてきたのもある。ナイトビジョンがいっそ眼球にも付いていたらいいのにとさえ思う。
神経を尖らせていると、隣からつつ、と肩をつつかれ振り向いた。
「実はその……、この間の合同演習のときエリオットに聞いたんだが、……陸軍に誇りを持てないんだって?」
「……ええ。俺は国益を守るために戦うんじゃないと、思っています。でもこの国は、俺たちを海外との交渉の手段にする」
ウィルは躊躇いなく吐き出した。合同演習からつもりに積もったものがあったのだ。口にしてみると思いのほかその事実が重くのしかかり、現実味を帯びてくる。
レイフは顎に手をつけながらうんうんと頷いている。そしてひと呼吸置いてからウィルに投げかけた。
「……そうだな。そうかもしれない。お前は、何がしたいんだ?」
「……俺は、ずっと軍人家系で育ってきたから、軍人になるのは当然だと思ってきました。……でも、それは当然ではなかったし、目的がないまま進むのは困難です。現に、いまの俺は成績も水平を保ったまま上がりも下がりもしない」
誰にも相談できないまま、ここまでズルズルきた。ヒューズは弱音を吐かないウィルを褒めてくれたから、ヒューズには何も言えなかった。そしてたまに帰省しても、陸軍での活動を聞かれるだけでやはりなにも言えない。そんな自分が、本当にやりたいことは何なのだろう。いつか訓練のあと、一人でトレーニングをしている間に考えた。それは。
「……俺にとってはまだまだ大きすぎる夢ですが、……ちゃんと世界を守りたい」
口にしてみると、とても呆気なく、馬鹿馬鹿しく思えた。ウィルはその響きが消えるのを黙って耐えた。レイフがなんと言うか、それを聞きたくない。だが、ウィルのそんな心中をよそに、レイフが大きく息を吸った。
「……ウィル」
「……はい」
「……俺と一緒に、BSOCに来ないか?」
目があったと同時にウィルに投げかけられた言葉は、とても一度では理解しうるものではなかった。ウィルは目を逸らすことも、理解することもできず、しばらく無言で息を止めた。
「……急だったよな、すまない。ただ、お前ほどの人間をここに置いておくのは勿体無いと思って。……こんなことを言ったら、陸軍に失礼かもしれないが」
そう言って首を振るレイフを、ウィルはいまだに黙って見つめている。さすがにおかしいと思ったのだろう、レイフがウィルの名を呼んだ。
「……あの、ベックフォード隊長」
「ん?」
「……すみません、もう一度言って頂けますか? オレ、うまく理解できなくて……」
ウィルが戸惑った表情で言う。それをみてレイフは軽やかに笑った。そして、ウィルの頭を撫でながらその目をしっかりと見つめ。
「ウィルフレッド・ブラッドバーン、俺と一緒にBSOCに来い」
「……Yes,sir」
ウィルの返事を聞くのを待たずにレイフからの熱烈なハグを受けた。ウィルもつられて熱い抱擁を交わす。
「良かったよ、お前からその言葉が聞けて。お前を引き抜くのは大変だったんだぞ? 何せ陸軍のエーススナイパーだからな。全く、何度ドミニク所長に掛け合ったことか」
レイフが盛大に笑いながら教えてくれる。そう言われてみればウィルにも思い当たる節があった。
この夜間訓練の前、一度所長に呼び出されたことがあったのだ。名目は成績優秀者との語らいだったがその際、ドミニクはウィルにこう問うたのだ。
「いまの陸軍のあり方と、本来あるべきあり方と、おまえがなりたい理想像はなんだ」
それにウィルは迷うことなく、先ほどレイフに返したものと似た回答をした。陸軍にケチをつけることを快く思わないことは承知だった。だが、そのウィルの予想に反して所長は柔らかく微笑んだのだ。そして「自分の思うようにしなさい」と言ってくれた。そのことが、ここに繋がっていたのだ。
「……ベックフォード隊長、ありがとうございます。言葉が足りなくて……こういうときなんて言ったらいいか……」
「そんなものはいい。とにかくこの夜間訓練で首位を取らなきゃ、ドミニク所長に顔向け出来んからな。行くぞ」
「はい!」
ウィルは目の前を走るレイフの背中を隠しきれない笑みのまま追った。
翌日、生還者として二人の名前が挙げられたのは言うまでもない。
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