アイデンティティを掴め 7
そして、夜間訓練当日。
夜間訓練のために専用のバスで移動し、訓練地についたのが18:00、それからすぐに朝礼台の前に全体が整列した。まだ空は薄明るいが、森から虫の鳴く声がする。
「第168回、夜間射撃訓練を開始する」
朝礼台に立った総責任教官がマイクを使わず胸を反らせながら言い放つ。
ウィルはレイフの隣でかすかに緊張していた。まだ全身の筋肉痛は取れないし、レイフにやられたときの背中の痛みや関節の痛みも残っていたが、そんなことは殆ど思考に上らなかった。レイフは肩を回すなどして準備万端といった様子だ。
「ここで、今回特別に参加してもらうことになったBSOCのレイフ・ベックフォード隊長から一言頂きたい。レイフ隊長、壇上にいらしてください」
何も聞かされていないウィルは驚いてレイフを見たが、レイフは堂々とした態度で前に向かって行った。
「陸軍特殊部隊訓練生のみんな、合同訓練以来だな、レイフ・ベックフォードだ。俺がここに来たのは、みんなを鼓舞するためでも、一人一人に檄を飛ばすためでもない。今回の夜間射撃訓練は厳しいものだと聞いている。我々BSOCとフィールドは違えど、仲間と共に戦うという点では変わりはない。いいか、隣にいるバディは君たちの命綱であり心臓だ。互いに生還させる義務を負う。どんな戦場でも、君たちが生きて帰り、希望の襷を次へ受け渡すことが使命だ。俺はいつもそう思っている。俺が訓練をともにすることで、みんなの士気が高まり、より良いパフォーマンスが出来るようになればいいと思っている。健闘を祈る。以上」
一人一人に語りかけるような口調で流暢に話し終えると一礼して、朝礼台から身軽に飛び降りた。そしてウィルの隣まで戻ってくる。
「すごかったです、ベックフォード隊長!」
「すごいものか。いつも戦場の若い奴らに言ってることそのままだ」
レイフは笑って肩を竦めた。
「これより三十分間は、発砲禁止とし各チーム拠点への移動とする。三十分後、各自に無線で射撃開始の連絡を送る。それより先に発砲した者は即時リタイア扱いとするから気をつけなさい。では、始め!」
朝礼台の前から散会し、しばらく歩き続けたのち。
「よし、この辺りを拠点としよう」
レイフは近くの岩に腰を下ろすと、端末で時間を確認した。
「あと4分ですね」
ウィルも隣に腰掛けライフルに弾を補填し始める。その手つきを眺めていたレイフが、ふいに真剣な表情に変わった。
「ウィル、俺は甘やかさない、特に見込みのある奴は。だから、ついて来い。いいな?」
レイフの厳しく強い眼差し。ウィルはそれを受け止め、強い決意で見つめ返した。
「はい。お願いします」
”各位へ告ぐ。これより発砲を許可する。繰り返す、これより発砲を許可する”
「ウィル」
名前を呼ばれ振り向くと拳をこちらに向けたレイフの姿。
「やるからにはナンバーワンを目指す。いいな」
「はい」
拳をぶつけ、共闘を誓う。これから、長い三日間が始まろうとしていた。
「あまり銃声も聞こえませんね」
「まだ互いの様子を探っているんじゃないか?」
ナイトビジョンを装着しながらウィルが囁く。ナイトビジョンであれば暗闇でも敵は白く浮き上がって見えるが、それもない。レイフも裸眼であたりを伺っているようだ。
「ウィル、攻めてもいいか?」
「……勿論。どこまでもついていきます」
そういうとレイフはわざと上空に向けて発砲した。二発撃つと、そのままウィルにしゃがめと指でサインを示す。陸軍の所長がレイフの参加を快諾したのも、こういう刺激を催すためだろう。陸軍の訓練生は守りに入ることが多い。
「お前はここでライフルを構えていろ。俺は少し侵攻する」
「わかりました」
ウィルはスコープの端にレイフを捉えながら辺りを見回した。遠くに一人、こちらを狙う同じくスナイパーの影を見つける。素早くレイフに無線を飛ばした。
「こちらウィル、狙撃許可をください。前方2時の方角です」
「わかった。そちらへ俺も侵攻する。背中は任せたぞ」
「任せてください」
「いい返事だ」
ウィルは答えながら的確にナイトビジョン内にいた敵の頭を撃った。そしてその向こうに見えた影も正確に撃ち抜く。その音に気付いて寄ってきたのか、レイフの侵攻方向の先にもう一人いるのを見つけた。
「ベックフォード隊長、その奥にもう一人います!」
「ありがとう、そいつは任せろ。逆の方角にいないか確認を頼む」
「俺の位置から確認できるのは、あと隊長の眼前の敵だけです!」
「了解だ。こちらへ集合してくれ」
「Yes,sir」
ウィルは急いでライフルを担ぐと崖を滑り降りた。
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