アイデンティティを掴め 6

 チームメイト発表の後、最初は妬みから陰口を言う者もあった。しかし毎日のようにレイフがウィルの部屋にやってきて自主練に誘ったり色んな話をしに来たりするので、それもそのうち減っていった。

「ウィル、今日もこのあと個人訓練か?」

「ああ」

「キミはこの合同訓練が終わったら、今よりずっと強くなるんだろうな」

「そう願いたいけどね」

 ロッカールームで着替えながらヒューズと会話を交わす。汗で重くなったTシャツを豪快に脱いだ。

「Tシャツが何枚あっても足りないな」

「もういっそ変える必要ないんじゃないの?」

「いや、ベックフォード隊長の拳を、こんな重身で避けられる気がしない」

「油断していい相手じゃないもんね」

 ヒューズがからからと笑う。人の良さそうなその笑顔に、ウィルも思わずつられて笑った。

 ヒューズはウィルが周りから妬みを買っても、なにも変わらずそばにいてくれた。ウィルのことを悪く言う者がいても、「僕は純粋に凄いなと思う」などと交わし、ぶれることなくウィルのそばにいてくれた。ウィルにとって、ヒューズとの縁は理不尽な妬みや嫉みの多いここで生きていくための糧となるほどだった。

「でも、自分より強い人と戦うことで、最近よけ方を学べてる。敵わないと思った相手には、素直に引くことが大事だって教えてくれたんだ」

「確かに、最近の立ち回りみてるとそんなところあるかも。足腰鍛えてるよね?」

「ああ。元々スナイパーだし、上半身より下半身の方が鍛えられていたからな。それをみて隊長が避けられたら次は下から攻撃してみろって。水平の攻撃だと上半身の筋肉量が響くけど、下からなら下半身の筋肉を使って攻撃出来るからね」

 ヒューズはなるほど、と頷いた。スナイパーはしゃがんだり地面に這ったりしながら狙撃をすることが多く、装備の殆どを下半身に纏めている。地面に胸をつけることが多いから上半身にはつけられないのだ。そのせいで下半身が重くなる。それに相応する筋肉もつくから、それを利用して攻撃するのが得策だとレイフは考えたのだろう。

 着替えが終わってもまだ話し足りないらしくヒューズはベンチに腰掛けた。

「すごいなぁ、レイフさんはそんなことも考えてくれてるんだ。キミにあった戦い方だね」

「ああ。じゃ、僕は先に寮戻ってるから、個人訓練頑張って」

 ヒューズはうんと背伸びをしてベンチから立ち上がった。

「ありがとう」

 ウィルの方をぽんぽん、と叩き、それから手を振ってロッカールームを出て行ってしまった。


 数時間後。今日のトレーニングを終え、口頭で夜間訓練の作戦会議を始める。

「お前は狙撃が強いからな。今回の夜間訓練では、近接格闘が不得手なのはハンデにはならないだろう」

 格闘練習の合間にとった休憩で、レイフは汗を拭きながらウィルに言った。

「今回はそうかもしれませんが、実戦ではそうもいきません。今は下半身だけでも戦える戦い方を教えていただきましたが、ゆくゆくはもっと幅を広げないと。体格が良くないと、敵にも見下されてしまいますし」

 ウィルはそういって自分の姿を壁の鏡に映した。奥に見えるレイフと比較すると、とても弱く見える。

「そうだな。クリーチャー相手でも格闘は必要になる」

「クリーチャー……ウイルス感染した生物兵器ですよね」

 ウィルはスポーツドリンクを飲み干した。身体のエンジンがかかりっぱなしになっている。とめどなく汗は流れ、床にも滴り落ちている。

「ああ、我々BSOCの相手だ。もちろん噛みつかれたら感染するから近接格闘は避けたいところだが、集団で居ることが多いから格闘になることも多いんだ」

「……怖くないんですか? 噛まれたら感染するなんて、かなりハイリスクなんじゃ……」

 ウィルは恐れず本当のことを聞きたいと思った。きっと感染した仲間も少なくはないだろう。それに恐怖を感じないなんてことが、あるのだろうか。

「……ああ、怖いときもあるさ。でも俺たちが戦うのをやめたときの世界を考えると、もっと怖いんだよ。愛する人や家族同然に接してきた仲間がやられるのは、俺が感染するよりも怖い」

 ウィルははっとした。今まで何日も一緒に訓練や練習をこなしてきたから、出会った日に手足が震えたあの感覚が薄れてしまっていた。けれど、いま目の前にいる人は確かに、幼い頃から自分が憧れていたレイフ・ベックフォードなのだ。

「……ベックフォード隊長、もっと俺の格闘術の練習相手になってください」

「ああ。嫌と言うくらい付き合ってやるさ」

 ウィルはタオルを傍らの椅子に投げ、グローブをはめる。レイフも立ち上がって、肩を鳴らした。

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