アイデンティティを掴め 5
演習開始から二時間ほど経っただろうか、エリオットチームの侵攻班近くで銃声が響いた。
「銃声だな……。ウィル、索敵班の動向もよくチェックしておけよ」
「ハイ」
索敵班のネビックとヒューズ、スナイパーとスポッター(観測手)として後方支援のウィルとエリオット、侵攻班のダンとデリク。それぞれ二名ずつ一つの班になって戦場での役割を担う。
索敵班は敵の位置を探り、仲間が負傷することのないようアシストするのが仕事だ。接近攻撃の要となる侵攻班はその情報を元に歩を進め、スナイパーは遠距離射撃を行い、スポッターはスナイパーが狙撃に集中できるよう突撃銃を持って近くで見張りを行う。後方支援とはいえ、専門として侵攻班とともに双璧をなす重要任務だ。
索敵班は主に侵攻班のアシストを行うため、スナイパーは自ら安全な場所を確保しなくてはならない。そのため逆読みをして、索敵班の現在位置から敵の位置を割り出す能力も要される。
「そろそろ敵が来る頃合いだが」
ウィルはスナイパーを構えながら、エリオットの気配を感じていた。一時たりとも警戒を解かない研ぎ澄まされた集中力である。
多くの場合、スポッターはスナイパー経験のある者が行う。各チーム、作戦は異なるが、今回は隊長であるエリオットを中軸に、戦場から距離をおいたスナイパーメインの戦法が中心になっている。
耳元の無線がザザ、と音を立てて通信を拾った。
”こちら索敵班ヒューズ、エリオット隊長、ウィル、敵の一部がそちらに気付いて狙いに行った模様です。ご注意願います”
「はいよ。ウィル、移動するぞ」
「わかりました」
少し進んだところでエリオットがピタリと歩を進めるのをやめ、少し離れたところにいるウィルにハンドサインで敵在りと示した。そして手にしていた突撃銃を構える。ウィルも動揺に、ライフルを構えた。
撃て、の合図を見てすぐさま引き金を引いた。いくらペイント弾とはいえ、ライフルの銃声は耳に痛いほどだ。
遠くから見ても、蛍光ピンクのペイント弾の色は派手に見える。それが動いて、こちらの銃撃が相手を射ぬいたことを知らせてきた。
「幸先よし、だな」
エリオットは満足げに口角を釣り上げた。
「おい、ウィル。向かいの山にイチョウの木が見えるか? 群生している一番手前の」
「はい、見えます」
エリオットの指差す先には、たしかに周囲の濃緑よりも浮いた明るい緑の木が見えた。目算ではあるが、1,300m近い距離がある。
「残りの弾数は?」
「9発です。ストックはまだたくさんありますが」
「OK。じゃああの木の枝それぞれに、いくつそのペイント弾を当てられるか、見せてくれないか?」
エリオットは、自分の持っているフィールドスコープをちらつかせた。これで判定してやる、ということらしい。
「……当てたら、なんかいいことでもあるんですか?」
「ああ~そうだな、BSOCから直々にオファーが来るってのはどうだ?」
「だったら頑張らないと」
冗談めいたエリオットの言いように、ウィルもふざけながら応じる。しかし、次の瞬間目標を睨んだ瞳は、鋭く真剣だった。
「周囲は俺が警戒しておく。思うように撃て」
その言葉にうなずいてから地面に伏せ、スコープを覗いてまずは一発。銃声とともにスコープを覗いたエリオットが嬉しそうに口角を上げた。
「大当たり、だな」
嬉しそうにするエリオットを横目に、残りも一発一発撃ち込んでいく。
「なぁウィル。ちょっといいか?」
「はい」
残り5発というところで、スコープを覗いていたエリオットが声をかけてきた。見上げると、立ってくれと手で指示される。
ライフルを抱いて立ち上がると、エリオットはイチョウを指差した。
「そのまま、狙えるか?」
「あれをですか? 立ったまま?」
「そうだ」
ウィルは内心、無茶を言うなと思った。ペイント弾とはいえ、立ったままの姿勢で撃てば弾道が乱れる。反動も大きいため、基本的には立ち姿勢での射撃は行わないのが普通だ。
「……やってみます」
それでも、ウィルの中の矜持がNOと言うのを許さなかった。
結局、9発のうち伏せで撃ったのは4発中3発、立ちで撃った5発のうち2発が狙い通りに命中した。
「なかなかだな。これならうちでもやっていける」
「まさか。それにしても、立って撃てなんて、BSOCではそう教えられるのですか?」
「んー、教えられる……っていうとちょっと語弊があるかも知れねーが。うちではみんな、そう扱うのに慣れていくんだ。相手が人間じゃねーからな」
「やはり、人間相手のときとクリーチャー相手のときは、かなり違いますか?」
「ああ。奴らの動きは予測できない。確かに狙いはブレるかもしれねえが、俺らの敵相手じゃ動きの素早い奴もいるし、どこが安全かなんてわかりゃしない。だからわざわざ接地して使うよりずっと効率性も安全性も高いと俺は個人的に思ってるんだけどな」
「……俺もあなたみたいになりたいです」
「BSOCに来てくれるなら、考えるんだけどなー」
ニヤニヤと試すようにエリオットが笑う。そうしていてもあたりに神経を巡らせているのはウィルにもわかった。
「こんなこと言うのはいけないことだってわかってますが、……俺は国防、国益のために戦う陸軍より、世界の安全を守るために戦うBSOCへの尊敬の念の方が大きいです」
躊躇いがちに口にしたのは本音だった。自分の実力ではほど遠い夢だが、最も尊敬するのはBSOCだった。
「言ってくれるねー。そんなBSOCも偉いモンじゃないが、でも人には恵まれてると思うよ」
そう語るエリオットの表情は柔らかい。それは本音なのだろう。ウィルはさらにBSOCへの憧れを強めるのだった──。
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