アイデンティティを掴め 4
炎天下の下、全員微動だにしない体勢で陸軍中部支部長の話を聞く。
「本日このような合同訓練の機会を与えて下さったレイフ・ベックフォード隊長に感謝して、挨拶の締めとさせて頂こう」
長い挨拶が終わり、合同訓練の時間が近づくにつれて一層訓練兵たちの熱気が上がっていく。ウィルはそれを肌で感じて、自身も言葉に出来ない高揚感に満たされていくのがわかった。
開式を終え、その場で待つように訓練生たちに指示が飛ぶ。ここからはそれぞれのポジションによって分かれて訓練を行うため、ヒューズとはここでお別れのようだ。
「……フレディ・マックス、ウィルフレッド・ブラッドバーン。よし、これで全員だな」
点呼をとったのは、BSOCのエリオットだった。紙に印をつけると、それをぐしゃぐしゃに丸めてポケットに突っ込んだ。それを見て、陸軍では許されないようなその態度に一瞬うろたえたのを、ウィルは今でも覚えている。
「俺はBSOCアルファチーム所属のエリオット・アッカーソンだ。チームでは君たちと同じように後方支援を行うポジションを担っている。これからの訓練の責任は俺が負うから、怪我はするなよ」
エリオットは頼れる兄貴分といった風体で、豪快に笑った。7名のスナイパーたちはみな恐縮し切っている。
「じゃあまずは射撃場へ移動しよう。っと、地図は一応もらったんだが、それよりも詳しい奴らを先導して歩く趣味はない。誰かわかるやつ……ウィルだったか。このA-58の射撃場へ行きたい、案内してくれ」
「はい」
案内したA-58の射撃場は遠方射撃専門の射撃場であるため、縦に長くほかの訓練場から少し離れたところにある。到着するとそれぞれ自分のライフルを取り出して、列をなすようにエリオットの前に並んだ。
「じゃあ、……とりあえずお手並み拝見ということで、見せてもらおうか」
一同が声を揃えてハイと答えると、エリオットは訓練兵たちが真面目なのを面白がるように笑った。
「全く、陸軍ってのはみんな真面目なのかねえ。よし、じゃあまずはそれぞれ1セットやってもらおうか」
そういうと訓練生たちはそれぞれのレーンにライフルとともに入った。動く的を遠距離から狙撃する。15分間で100の的が入れ替わり現れるので、それを何発当てられるかを競う訓練だ。
「みんな準備できたか?」
エリオットの声に、全員が声を揃えて返事をした。エリオットはまたそれに少し笑いながら、レバーを引いた。
レバーを引くと全員の的の表示にカウントダウンが表示され、0になると同時に射撃演習が始まる。
「よし、君たちの健闘を祈る!」
その声と共に、一斉に射撃が始まった。
そのあといくつかの訓練をこなし、午前はすべての行程を終えた。風のような速さで昼食をとり、13時になると、午後から行われるペイント弾を使用した実践演習のために、最初いたグラウンドに一同集合していた。ここからは異なる役割を持ったメンバーを揃え、実践と同じように隊を組んで演習を行う。
「これからうちの者が該当者を呼びにいくから、それまでその場で少し待機しておいてくれ。悪いな、不手際ばかりで」
レイフがマイクでアナウンスをした。陸軍の訓練生たちは言われたとおり、じっとその場で待機している。そこへBSOCから派遣された隊員たちが、訓練生のフルネームを呼びに来て、呼ばれたものから各部隊に入る形だ。
「ウィルフレッド・ブラッドバーン」
緊張の中、姿勢を崩さないように待っていると今日よく聞いた声が自分の名前を呼ぶのに気づいた。顔を上げて返事をすると、エリオットが人懐こく笑いながら近づいてくる。
「また俺で悪かったな。よろしく頼むぜ」
「いいえ、まさか! またご一緒できて嬉しいです。こちらこそお願いします」
午前の訓練で見せてくれたエリオットの狙撃の腕は、スナイパーとして訓練を積む8人にとって憧れそのものになった。狙いを定める速さ、確実に急所を見定める知力、そして必ず仕留めるその腕は、さすがBSOCのメンバーと言わざるを得ない。
「じゃ、この名簿にあるメンバー集めて来てくんねえかな、ちょっと打ち合わせがあるもんで」
そう手渡された紙には同じ陸軍の隊員たちの名前が並ぶ。そこにはヒューズ・ブライアントの名前もある。
「一緒のチームだって?」
「ウィル! やったね、楽しくなるよ」
「訓練だってのに? それより、エリオットさんからメンバー集めてこいって、この紙渡されたんだけど。手伝ってくれる?」
「もちろん」
それからメンバーに声をかけ、もう一度ヒューズのもとへ戻ってくる。しかし、まとめ約であるエリオットの姿がない。
「エリオットさんは?」
「打ち合わせに……」
訓練兵が全員集まったところで辺りを見回す。するとレイフと話をしているエリオットを見つけた。
「あ、まだ打ち合わせ中かもしれないな……」
そう言ったところで、こちらをふと見たエリオットと目があう。エリオットも全員集まったのに気がついたのか、レイフに挨拶をしてこちらへ駆け寄って来た。
「悪いな、遅くなって。改めて自己紹介をしよう。俺はエリオット・アッカーソン、BSOCのスナイパーだ。これからの演習では稚拙ながら、この部隊の隊長を務めさせてもらうから、宜しくな」
「ハイ!」
集められた訓練兵5名は皆揃えて返事をした。それを見てまた、エリオットが笑う。
「じゃあまずは、それぞれの自己紹介を頼む。この中で訓練生同士、知らない奴らはいるの?」
「いえ、全員顔見知りです」
ウィルが率先して答える。
「そっか、なら俺に向けてになっちまうな……。悪いけど簡単に宜しく。合コンじゃないしキメる必要ないからな? ラフに、こう自然体に頼むよ。じゃ、君からいこうか」
「ハイ! ヒューズ・ブライアント、陸軍第一小隊所属──」
「ちょい待ち。さっき言ったこともう忘れたか? ほら、ヒューズ、もっと気楽に行こうぜ。背中任せるモン同士仲良くなくちゃ、信頼も出来ねえだろ? 名前と年齢、あと……なんか一言つけ足してくれ」
エリオットに背中をポンと叩かれると、ヒューズは照れて笑った。そして大きく息を吸ってもう一度言い直す。
「ヒューズ・ブライアント、22歳です。えっと……22年間、恋人はいません!」
「よしよし。次、ネビック?」
手元のリストを見ながら、エリオットが指名する。
「はい! ネビック・ゲイリー、同じく22歳で恋人は枕です!」
エリオットは笑いながら楽しくそれぞれの自己紹介を聞いているようだ。エリオットには人に好かれる気の良さと後輩を惹きつける安心感がある。ウィルは、将来自分もこんな風にして後輩をもてなすことができるだろうかと考えた。鼓舞したり叱咤したりする以外の方法で、後輩と信頼関係を築く方法を見せてくれるエリオットが、酷く尊い存在のように感じる。
「ほら、最後。ウィル?」
「ハイ。ウィルフレッド・ブラッドバーン、22歳。恋人はライフルです」
「ハハ! お前らしいな! そうでなくちゃ」
エリオットから特大の笑いを引き出すことに成功したようだ。エリオットがぐっと背伸びをして訓練生たちの顔を一通り見た。
「じゃ、行くか」
ウィルはその場であたりを見回したが他のどの隊よりも足並みが揃ったように感じたBSOCのメンバーはレイフだけでなく、みなカリスマ性を持っているように見える。自分もそんな風になりたいと、さっきから羨望や憧憬、それに類似した感情が胸に押し寄せて耐えない。それは幸せでもあり苦しくもある。
「じゃあ、まずは戦略でも練っていきましょうかね」
エリオットの声に一同が引き締まる。ウィルも真剣に告げられる動きに耳を傾けていた。
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