アイデンティティを掴め 3

「ああ、わざわざすまない」

 ソファに座っていた男が立ち上がる。身長は181cmの自分より幾分も高く感じる、おそらく180cm後半はあるだろう。かなり鍛えているようで、教官と比べてもいくらか頑丈そうに見えた。

 しかしその醸し出すオーラとは裏腹に人懐っこい笑みを頬に浮かべ、ウィルに握手を求めて手を差し出してくる。

「ウィルフレッド・ブラッドバーン、この度の合同射撃訓練、君のバディとして組ませてもらうレイフ・ベックフォードだ」

「……ウィルフレッド・ブラッドバーンです」

 自己紹介をしただけでも声が震えた。軍人家系で育ったウィルにとって、軍や政府要人警護のエージェントとして活躍する人の名前を覚えるのは、幼児が積み木で遊びを覚えるのに等しい行為であった。

 その人物の名前だけでなく、どのような功績を立てた人なのかも覚えていたから、余計に緊張の糸は張り詰めた。

「ウィル、君は以前BSOCと合同でやった訓練を覚えているか?」

「はい、忘れもしません」

 夏の合同訓練。先のヒューズの話にもあった日のこと。

 あのとき、憧れのレイフ・ベックフォードとの合同練習というだけで、訓練の発表されたその日からひどく舞い上がっていたのだ。

 その割には何の功績も残せず、ただ悔いが残る結果となったはずだが──。

「あのときに見た君のスナイパーの腕が見事だったんでな。もう少し一緒に訓練をしたいと思ったんだ。そしたら全日射撃訓練があるというんで、無理を言って君のバディとして組ませてもらった」

 ヒューズが神に祈った気持ちがいまのウィルには痛いほどわかった。神は迷いのある自分にも、こうして手を差し伸べてくれるのだ。

「お褒めに預かり、恐縮です」

「俺とバディを組んでくれるか?」

 レイフが片眉をあげて首を傾げる。ウィルは震える手と心臓を落ち着かせようと深呼吸をしてから、その右手を自身の両の手で握り返した。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 強く握り過ぎたかと慌てて手を離そうとすると、レイフの力強く大きな手がさらに強い力で握り返してきた。

「ありがとう、マイバディ」

 その言葉の響きに目眩がした。憧れのレイフ・ベックフォードがここにいる。

 世界的英雄とまで言われたあの男が目の前にいて、しかも訓練をともにしてくれるというのだ。ウィルはレイフの力強い手のひらを強く握り返しながら、夏に行われた合同訓練を思い出していた。

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