アイデンティティを掴め 2
ウィルフレドの所属するトリステル合衆国陸軍の合同射撃訓練は、初秋に行われる。
今回合同演習の相手として選ばれたのは、例年とは異なり同盟国の陸軍ではない。この国でクリーチャーを相手に戦う対バイオテロリズム特殊作戦部隊、通称BSOC(Bioterrorism Special Operations Command:)であった。
防弾ベストやヘルメットを身に着けナイトビジョンスコープを取り付けた訓練用の銃を持ち、バディと共に林間に放り出される超演習型の訓練である。
実践と同じ経口の訓練弾を用い、生き残りをかけた全3日間の合同射撃訓練は、陸軍の訓練の中でもっとも過酷で実践に近い。
「合同訓練のバディ今日発表だったよな」
「うん。ウィルは誰とだと思う?」
「いや……想像もつかないな。未だにあの組み合わせがどんなロジックで決定されるのかわからないし」
相部屋のヒューズと他愛もない話をしながら、ウィルは中央廊下を歩いていた。
正直このタイミングで合同訓練とはついていない。士官学校では優秀な成績をおさめ、陸軍特殊部隊訓練生に選ばれたところまでは順調だったものの、最近になってウィルは戦う目的に疑問を抱きつつああった。
今のような生半可な気持ちで取り組めば、落ちぶれた成績を取って自身のモチベーションを削ぐのは目に見えている。これまでは慢性的に訓練をこなしてきたし、厳しい訓練に打ち込むことでその疑問から目をそらしてきた。自身の家系は軍人として生きてきた者ばかりで、このようなことを相談する相手もいない。
陸軍に入る際、入隊試験を受けようと思っていたトリステル合衆国を代表する組織になら憧れの人はいるけれど、陸軍で地位を得ることを家系に背負わされたウィルに迷いは許されなかった。その結果として、いま陸軍としての自分の命に疑問を抱いているのだから、落ちるのも時間の問題だとウィル自身薄々感じている。この年度末には特殊部隊隊員への昇格試験もあるというのに。
バディ発表の掲示は、教官室の前で行われる。教官室は寮と教官棟を結ぶ中央廊下をまっすぐ行って、北の方角に曲がったところにある。
もう発表の時間を過ぎているから、人だかりになっていることだろう。
「僕はシーズさんとがいいな。すごくよくしてくれてるし、射撃の腕もいいから」
ヒューズのいうシーズさんとは、年上同期のことだ。射撃の腕前を高く評価されており、普段からヒューズもよく慕っている。
「シーズさんに守ってもらう前提か?」
「僕はそれでいいんだよ。キミみたいにデキる男じゃないからね」
ヒューズが空笑いをしながら言う。ウィルは眉間に少しシワを寄せた。ヒューズは謙遜しすぎる節がある。近接格闘術の筋も悪くないし、小柄な体格を存分に生かした身のこなしにはウィルも感心することがある。
「本当にお前は勿体無いよ。もっと本気だせ」
「ウィルくらいだよ、そう言ってくれるのは」
案の定、バディ発表の掲示板の前には大きな人だかりが出来ていて、様々な反応が上がっていた。
「あ~……、緊張するよ、神様……!」
「大袈裟だな、ヒューズは」
神に祈るヒューズの隣でウィルはくすりと笑った。そしてヒューズと共に、掲示の前に立つ。
006隊 シーズ・マーキュリー
ヒューズ・ブライアント
「ああ! シーズ先輩とバディだ! ウィル!!」
ヒューズは自分の名前を探しているウィルの背中に飛びついた。
「うわっ」
「シーズ先輩とだよ、ウィル! ああ神様ありがとうございます、ありがとうございます!」
ウィルは勢いでヒューズを背負ってしまった。ヒューズは、ウィルの背中でガッツポーズを取ったり神に祈りをささげたりと忙しそうだ。
「ヒューズ、ちょっと大人しくしてくれ。オレの名前が探せない……」
ウィルは隊につけられた番号と名前を目で一つずつ追っていく。
「あった」
059隊 ウィルフレッド・ブラッドバーン
レイフ・ベックフォード
自身の名前とともにあったのは、先輩の名前ではなかった。しかし、それは自分が軍人として焦がれるほどに憧れる人の名前。
「レイフ・ベックフォード……?」
「oh,God...」
「ヒューズ!」
「ああ、なんだいウィル」
まだ神への祈りをやめないヒューズを背中から降ろして話を聞かせる。
「レイフ・ベックフォードと同姓同名の先輩はいるか?」
「えっ、レイフ・ベックフォードだって!? あのBSOCの精鋭の!?」
「わからない。彼に憧れた教官が、タイプミスをしたのかも」
的を得ないヒューズの反応はウィルの耳を右から左へ通過していった。ウィルの脳裏を様々な憶測が飛び交う。
「でも、夏にBSOCとの合同演習もあったし、もしかしたらそこで目をつけられたのかも」
「そんなわけない。あのときは特に何の功績も──」
「ああ、ウィルいたね。こちらへ来い」
担当教官に呼び出され、ウィルは素直に従った。ヒューズは眉をあげてアイコンタクトに頷く。後で詳しく聞かせて、ということだろう。
(タイプミスについての説明か、あるいは……)
先を歩く教官が応接室に入って行くのを見て心臓が飛び跳ねた。扉を開けた先にいたのは──。
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