第48話 Sランク探索者、剣聖登場!
「どうやら、アマテラスの時代より盟約を交わした友ではなかったようじゃな。……まあ、よかろう」
一瞬、何が起こったのか理解が追いつかなかった。
突然、悪魔と化した男が消えたかと思えば、入れ替わるように小柄な少女が立っていた。
彼女は派手な髪色と黒い眼帯を身につけている。体格に合わない黄金の大剣が、見る者の目を引く。
探索者として活動するみみちゃむは、当然彼女のことを知っていた。
Sランク探索者にして、日本最強パーティの一つ、【
なぜなら、【
めんどくさいことが何よりも大嫌いな彼女が、【墳墓の迷宮】にやって来るというだけでもネット界隈はざわついていた。
間違っても、彼女はこのような事件に首を突っ込むタイプの人間ではない。
「そっちのは死にかけておるの。ほれ、飲ませてやるといい」
「え、あ……ありが、とう」
戦場堂我は腰袋から取り出したポーションを投げ渡し、みみちゃむはあたふたしながらも何とかキャッチした。
「かな姉」
みみちゃむは最上を床に横たえ、ゆっくりとポーションを飲ませながら、周囲の状況を確認していた。
鬼助と国東の二人も、予想外の大物の登場に目を見開いている。
そして、肝心の拝村はというと、
「ぶわ゛ぁあああぁぁッ……ぐぅうッ」
数十メートル先で蹲り、ドバドバと血を吐き出していた。まるで蛇口をひねったかのように吐き出された血液が、またたく間に血溜まりを形成していた。
その姿は、誰の目にも重症であることが明らかだった。
――たった一撃で!? 嘘でしょ!?
「ば、がなぁ……あ、ありえな、いっす……」
戦場堂我の一撃を顔面でまともに受けたにもかかわらず、拝村は立ち上がろうとしていた。生まれたての小鹿のように震える脚に力を込め、彼ははるか前方で大剣を肩に担いだ少女を睨みつけた。
「な、なんなんすかてめぇは――――ッ!」
空気砲のような音が響き渡り、戦場堂我の前髪がふわりと揺れた。
「おおっ! なんかカッコイイ」
風になびく前髪が気に入ったのか、戦場堂我はにっこりと口角を上げる。
「き……聞いてるんっすかぁ!」
「……なんじゃ三下。貴様、悪党の分際で我のことを知らんのか? 史上最強の剣聖とは余のことじゃ」
鬼助は厨二病全開のポーズを取る彼女に対して、一人称が『我』なのか『余』なのかどっちなんだ? と困惑して眉を寄せる。
「キャラがブレブレでござるな」
お前が言うなと思ったが、あえて口にはしなかった。
「う、うぅん……」
「かな姉!」
「最上!」
「最上殿!」
最上が目を覚ましたところに、鬼助と国東も駆けつける。
「これ……一体どういう状況だい?」
意識を取り戻した最上の目の前では、噂に違わぬ剣聖が高らかに笑いながら立っていた。その前方には、自身の腹に穴を開けた少年が、ボロ雑巾のような姿で立っている。
「なにが史上最強だぁッ! 自分は旦那の一番弟子になったんすよ! くだらない人間なんてやめた悪魔なんすよ! その自分が、くだらない人間なんかに負けるわけないじゃないっすか!」
「確かに貴様の格好はなかなかにセンスが良い。どちらかと言えば我の好みじゃな。しかし、貴様のその髪色が気に食わん! 我と若干かぶっておるではないかっ! 髪を染め直せっ!」
みみちゃむ達は、そこがキレるポイントなのかと唖然としていた。
「あとな、きしゃんがくだらん事件ば起こしてくれたおかげで、アンデッドマンがまったく【墳墓ん迷宮】に現れんのうなったやなか! これやと何んためにうちが博多からわざわざ出てきたかわからんやなか!」
――あ、素になった。
戦場堂我渚が興奮すると博多弁になることは、彼女の動画を見ている人なら誰もが知っている。一部の視聴者の間では、むしろ博多弁を話す彼女が見たいという声が多い。
「こん責任、どげんして取ってくれると! 今すぐアンデッドマンばここしゃぃ呼んで来んしゃい。しゃものうば、こんスーパーファナイナル超絶ジャスティスパーフェクトエクスカリバーん錆にするばい!」
身の丈ほどある大剣を軽々と持ち上げた戦場堂我は、その切先を拝村に向けて突きつけていた。
「自分を、あんまり怒らせない方がいいっすよ!」
拝村が握りしめる短剣から黒い霧のようなものが噴出し、あっという間に周囲を黒く染めていく。
「気をつけて! あの黒い霧を吸い込むと、ステータスがどんどん下がっていくのよ!」
みみちゃむの忠告を聞いた戦場堂我は、にやりと笑みを浮かべた。
「なるほどのぉ〜。デバフとは、実に弱者らしいくだらん戦法じゃな」
「何だとっ!? 言っておくっすけど、息を止めたって無駄っすよ。これは耳や鼻、お尻の穴に毛穴からだって入っていくっす。一度ステータスが下がると、しばらくは元に戻らないっす。そこの女のステータスはゴミクズ同然っすよ」
口元の血を手で拭いながら、拝村は愉快そうに肩を揺らした。
「御託はよい。貴様がモンスターならば、我も気兼ねなく斬れるというものじゃ。ほれ、はよかかってこんか」
挑発するように切先を動かす不遜な態度に、拝村の血管がピクッと脈打った。
「――――ッ! 人間如きが調子に乗るなっすぅうう!!」
戦場堂我は、獣のような超低姿勢で襲いかかる拝村の攻撃を、最小限の動きで躱していた。
「そんなっ、ありえないっすッ!?」
自分と相対した者はすべて、周囲を小うるさく飛びまわるだけの羽虫に変わる。
そのはずだった――
――な、なぜだ。
なぜ当たらない!?
メフィストフェレスから授かった自慢の短剣が、眼前の少女に届かない。
あと数センチ。僅か2センチで柔らかな肌を刺し貫くことができるのに、気づくと少女は遥か彼方に消えていく。いや、少女はまだそこにいて、拝村の前に変わらず立っている。
だけど、斬れない。
短剣を突き出すたび、斬りつけようと振り下ろすたび、目の前にいるはずの少女が数百メートル先にいるように感じられる。
遠く、あまりにも遠い距離に、拝村は愕然とする。
剣を振ることさえも無意味に感じられるほど、二人の間の距離はますます広がっていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
ついに、拝村は足を止め、手も止めた。
あれほど圧倒的だった少年が、顔に汗を浮かべている。まるで未知の生物と出会ったかのように、眼前の少女を見つめている。
「な、なんでぇ……なんで、まだそんなに動けるんすか?」
「言っておらんかったかのぉ? 余はデバフ耐性を習得しておる。故に、我にくだらん小細工などは通用せん」
転瞬、
――――――ザッ!
戦場堂我は目にも止まらぬ速さで大剣を振り抜いた。
「へ……?」
ぼとっという情けない音が聞こえ、同時にカランッ――という甲高い音が地下街に響いた。
先程まで振りまわしていた腕と短剣が、投げ捨てられた空き缶のように転がっていた。
それが自分の腕だと気がつくまでに、僅かな時間がかかった。
そして、
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッッ!!!?」
拝村は絶叫した。
「う、うう、うでぇっ……あ、ああぁ……う、うでがぁッ! うでがぁぁあああああッ!!」
壁と言わず天井と言わず、まるで火災報知器と連動して作動したスプリンクラーのように、拝村は周囲を赤く染め上げていく。
「なんじゃ貴様、モンスターの分際で人間みたいな反応をするでないは。気色悪い」
「ま、待てぇええッ!」
大剣を振り上げられた拝村は、後ずさりしながら命乞いを始める。
「じ、自分は元人間っす! あ、悪魔にそそのかされただけなんす! 嘘じゃないっすよ! 警察官を殺したのも悪魔なんすよ! 自分はやめた方がいいって止めていたんす! 本当っす!」
「嘘つけ、この野郎ッ!」
と、怒りを爆発させたのは鬼助だ。
「殺された警察官は二人、殺した犯人も二人だ! 黒く塗りつぶされていて顔はわからなかったが、奪った拳銃で警察官を撃ったのはてめぇだろ!」
「わ、わからない! 本当っす! 自分は悪魔に操られていただけなんすよ!」
「黙れっ! てめぇはマンションで男を殺しているはずだ。生き残った母子が証言してんだよ。夫を殺したのは十代の少年だったってな。その証言のガキと、てめぇの容姿が一致してんだよ!」
警察官殺しの事件とは関係ないと考えられていた事件だが、鬼助は拝村を見た瞬間から、マンションで起きた事件も拝村の犯行だと確信していた。
「だ、だから……操られていたんすよ!」
「母子の証言では、悪魔のような男は夫や自分たちには一切興味を示さなかったが、一緒にいたガキはバカ笑いしながら夫を滅多刺しにしていたって証言してんだよ! てめぇがやったんだろうがッ! 言い訳してんじゃねぇよ!」
「ぐぅッ……くそっ」
「あっ!? 逃げやがった」
走り去る拝村の姿を、戦場堂我はただじっと見つめていた。
「とどめを刺さなくていいのか!」
鬼助が「今すぐ追いかけて殺すべきだ」と訴える中、戦場堂我は「あれがどこへ行くのか興味がある」と言った。
「そこに悪魔とやらも居ることじゃろう。それに、アンデッドマンもおるかもしれん!」
最後のが本音なのかと、一同はため息をついていた。
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