第47話 奪われるMP

「時間だ」


 メフィストフェレスの頭上に黒い塊が出現すると、


「!?」


 一瞬、内臓が持ち上がるような奇妙な感覚に襲われる。


 今のは……なんだ?

 それに、メフィストフェレスの頭上のあれは一体……。


 違和感を感じていたのは俺だけではない。エルミアも困惑に眉根を寄せていた。


「貴様、何をしたッ!」

「ガタガタうるせぇなぁ。時期にわかることだ、大人しくしていろ。……それとも、あの時の野郎みてぇに、てめぇも刎ねてやろうかぁ?」

「――――ッ!」


 メフィストフェレスの挑発により、エルミアの中に秘められた怒りが激しく爆発した。


 ――カキィーン!


 蛍光灯がチカチカと明滅する中、エルミアの一閃が横一文字に放たれる。その瞬間、闇から剣を取り出したメフィストフェレスは、めんどくさそうに欠伸をしながら攻撃を受け止めた。


「言ったよなぁ? てめぇは糞つまらねぇってよぉッ!」

「ぐゔぅッ!?」


 エルミアが後ろに下がると、メフィストフェレスが一瞬の隙を突いて黒い斬撃を放った。俺はエルミアを庇うため、素早く『スライム生成』を発動し、巨大な盾を作り上げた。


「すまん、助かった」

「気にするな。それより、らしくないぞ」

「悠長に構えている時間はない」


 どういう意味だ……?


「やつの頭上の〝あれ〟を見ろ」


 メフィストフェレスの頭上に浮かぶ黒い塊が、先ほどよりもわずかに大きくなっている。


「あの黒い塊は、一体何なんだ?」

「おそらく魔力吸と呼ばれるものだ」

「魔力吸?」


 メフィストフェレスは地下街に特殊な結界を張り、その内部にいる探索者シーカーから魔力を奪っているという。


「魔力を奪うだと!?」


 俺は急いで自身のステータスを確認した。


 【不死川宗介】

 レベル:35/60

 HP:1870/1870

 MP:1846/1979

 SP:8

 経験値:5016/480637


 種族:グール

 腕力:1025

 耐久力:1095

 魔力:1179

 敏捷性:1204

 知性:861

 運:804



「!」


 エルミアの言う通り、ほとんどスキルを使用していないにも関わらず、MPが100以上も減少していた。


「あの黒い塊が魔力を吸い取っているってことか?」

「私も実際に魔力吸を目にするのは初めてだが、おそらく間違いないだろう」

「でも、どうして奴は魔力を集めているんだよ?」


 エルミアに尋ねると、彼女は【俺だけ帰れる異世界転移〜実は日本に帰っているということは、クラスの連中にはナイショです】というライトノベル作品を知っているかと聞いてきた。


「こんな時に何だよ?」

「知っているのか、知らんのか、どっちだ!」

「いや……まあ」


 数年前に一世を風靡したライトノベルだったと思う。妹の雪菜がお気に入りで、新刊が発売されると書店に買いに行ったこともあった。


「知ってるけど、それが一体何だっていうんだよ?」

「あの話にバルタイル王国という国が出てくることは知っているか?」

「いや、読んでないから知らないけど……」

「そうか。私が届けるはずだった手紙を覚えているな?」


 それなら覚えている。

 デタラメな文字で一切読めなかった。


「あれはバルタイル王国の、国王へ宛てた手紙だ」

「は? それって……」


 彼女は大きく頷き、そして――


「【俺帰る】の作中に登場する国や地名は、すべて私の世界に実在するのだ」


 信じがたい言葉を口にした。


「ちょっと待ってくれよ! お前は何が言いたいんだよ!」

「私にも何がなんだかさっぱりわからん。だが、【俺帰る】の中で、主人公はこちらの世界と私たちの世界を自由に行き来していた。さらに、作中に登場する女神が言っていたのだ。ふたつの世界を行き来するためには、膨大な魔力が必要になると」


 要するに、膨大な魔力さえあれば、空間魔法を使って異世界に行くことができると、彼女は主張していた。


 しかし、


「それってライトノベルの話だろ?」と反論する俺に対し、彼女はまだ理解していないのかと、呆れたようにため息をついた。


「【俺帰る】の作者は、私たちの世界に行ったことがある人物。もしくは、異世界人だ!」

「は?」


 足に根が生えたかのようにその場に立ち尽くす。きっと今の俺は、リアリティを失ったような拍子抜けの表情をしていたに違いない。


 :エルミアたんとアンデッドマンはさっきから何の話をしているんだ?

 :ラノベの話をしているみたいだな

 :俺帰るとか懐かしいな

 :もう何年も新刊出てないよな?

 :打ち切り?

 :噂では作者が失踪中らしい

 :マ!?

 :今はラノベの話なんてどうでもいいだろ!

 :みみちゃむ達もかなりヤバいぞ!

 :鬼助たちが助けに行ってるけど、相手はバケモンだからヤバいと思う

 :アンデッドマン、そんな奴さっさと倒してみみちゃむ達を助けてやってくれ!


「向こうもピンチのようだな」


 エルミアの声で我に返った俺は、再び自身のステータスを確認していた。


 何もせずともMPがどんどん減っていく。このままではMPが枯渇するのも時間の問題だ。


「え、うそっ!? どうして……」


 あの様子から察するに、柳さんはMPが切れてしまったのだろう。


 まずいな。

 俺やみみちゃむの戦闘スタイルはMPに依存している部分がある。

 このままでは、『釘』はもちろんのこと、スライムソードさえも使えなくなってしまう。

 その前に、メフィストフェレスを倒すしか手はない。


「時間がない。二人掛かりで攻めよう」

「最初からそのつもりだ――援護しろ!」

「――え、あっ、おい! くそっ、作戦もなしに飛び出すやつがあるかよッ!」


 エルミアが盾から飛び出すと、メフィストフェレスは待ち構えていたかのように、手のひらから漆黒のエネルギー弾を放った。


「何をしている! ちゃんと援護しろ!」

「っな、無茶なッ!」


 エルミアは、無数の飛来するエネルギー弾を全て俺に撃ち落とすように叫んでいた。


 率直に言って、そんなことは不可能だ。

 俺は狙撃の王様そげキングでもなければ、ゴルゴ13でもないのだ。


 だが、それができなければ、エルミアの剣がメフィストフェレスに届くことはない。


 であるなら、


 ――やってやるよ!


 俺は全神経を集中させ、飛んでくる全てのエネルギー弾を、一つ残らず『釘』で射抜いていく。


「チッ。やはり糞エルフより、てめぇの方が遥かに厄介だぁ」

「どこを見ている! 貴様の相手は私だァッ!」


 再び、エルミアの剣がメフィストフェレスを捉える。


 その瞬間、火花が舞い、空気が震えるほどの衝撃が地下街に駆け抜ける。その衝撃波によって、辺りは一瞬にして、まるで空襲に襲われたかのように、すべてが吹き飛ばされていく。


「これでは狙えない」


 メフィストフェレスは俺の『釘』を警戒しているのか、常に射線上にエルミアが来るよう、巧みに彼女を誘導していた。




 ◆◆◆




 アンデッドマンが西側でメフィストフェレスと交戦していた頃、東口方面には傷だらけの鬼助の姿があった。


「ぐぅ……そ………ッ」


 剣を支えに片膝をついた鬼助を、拝村はにやりと笑みを浮かべながら眼下に見ていた。


「なーんだ、探索者シーカーって思ったより弱いんっすね。なんだかガッカリっす。それとも、自分が天才的に強いだけっすかね?」


 この化物は強すぎると奥歯を噛んだ鬼助は、青白い顔のまま動かなくなった最上に視線を向け、その後、浅い呼吸を繰り返すみみちゃむへと視線を向けた。


「まだ動けるか?」

「……うごく、だけならね」


 みみちゃむは自身のステータスを確認し、眉を寄せては苛立ちをつのらせていた。


 ――なんで……MPが0なのよ!


 200近く残っていたはずのMPが、気がつくと0になっていた。

 魔槍士のみみちゃむにとって、魔力は生命線であり、枯渇しないように常に魔力管理を徹底していたはずだった。

 しかし、気がついた時には氷結槍ひょうけつそうを維持するだけの魔力すら残っていなかった。


 ――どうして回復しないのよっ!


 先程から魔力が全く回復しないことに、苛立ちを募らせているのはみみちゃむだけではない。鬼助と国東の二人も同様だった。

 ただし、みみちゃむとは違い、鬼助と国東は魔力が尽きても戦えなくなることはない。


「そりゃ良かった」

「?」

「最上はもう限界だ。このままだと確実に死ぬ。その前に、お前は最上を連れて地下街ここから離脱しろ」

「でも、鬼助さんたちは!」


 鬼助は額に脂汗を浮かべながら、自虐的な微笑を浮かべた。


「前に見捨てちまっただろ? あん時は悪かった。……でもなぁ、なぜか今はもう、誰のことも見捨てる気になれねぇんだ。ヒヒッ、年甲斐もなく、アンデッドマンに影響されちまったのかもな」

「鬼助殿、拙者も同じでござる。最後まで付き合うでござるよ」

「お前……殿ってなんだよ!? つーか、いつからござる口調になったんだ?」

「リスナーの助言を受け、路線変更したでござるよ」


「こんな時に路線変更かよ」と、鬼助は苦笑していた。


「とにかく、お前は最上を連れて走れ。逃げられる時間くらいは作ってやる」


 みみちゃむは鬼助と国東、そして最上の顔を交互に見ながら、最上の体を抱き上げた。ふたりはそれでいいと微かな笑みを浮かべていた。


「外の連中にかな姉を預けたら、必ず戻って来る。だから、それまで絶対に死ぬんじゃないわよ!」


 鬼助と国東は黙って親指を立て、みみちゃむは二人に背を向けて走り出した。彼女の背中に、拝村は不気味な笑顔を浮かべていた。


「逃げれると思っているのが笑えるっすね」

「行かせるかァ――――ッ!」

「貴様の相手は拙者らでござろう――ッ!」


 果敢に拝村に立ち向かった二人だが、彼らの剣は拝村には届かない。


「どうなっていやがんだァッ!」

「力が抜けていくでござる」


 拝村と対峙した瞬間、まるで強烈な失望や挫折を味わったかのように、ふたりの体から力が抜け落ちた。


「おじさんたち邪魔っすよ」

「ぎぅっ――――」


 普段なら避けられたはずの攻撃も、今の二人では全力を出せず、致命傷を避けることが精一杯だった。


「ぐぞぉっ……まぢやがれぇッ!」


 二人の存在など、もはや拝村の視界にはなかった。彼の黒い瞳が捉えるのはみみちゃむの後ろ姿だけだった。


 ――アンデッドマン……。


 助けを求めるように、心のなかで彼の名前を呼んだその瞬間、


「――――――ッ!?」


 みみちゃむの横を、凄まじい速度で何かが駆け抜けた。


 刹那、拝村の姿が消えた。


「あ、あなたは!?」


 振り返ると、ハーフツインテールの眼帯をした少女が、身の丈ほどある大剣を肩に担いで立っていた。


「どうやら、アマテラスの時代より盟約を交わした友ではなかったようじゃな。……まあ、よかろう」

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