第46話 悪魔×悪魔

「――――ッ!」


 地下街を移動していたみみちゃむは、不審な男を発見して足を止めた。


「かな姉……あれ」

「金と黒が混ざった髪……チッ。間違いないんだろうね」


 貧乏くじ引いちまったよ、と最上は短く舌打ちした。


「さっきのアナウンスで逃げてないってことは、連続殺人鬼の片割れはあんたでいいってことかい?」


 最上は数十メートル前方の男に向かって大声で尋ねた。

 すると、男はにやりと笑みを浮かべる。

 その不気味な笑みからは、非常冷酷な性格を感じさせた。


「ねぇ、これ見てくれよ!」


 男はゆっくりとボディーバッグから短剣を取り出し、まるで自慢するかのようにそれを二人に向けて突き出した。


「なに、あの短剣……?」

「呪いでも掛けられてんのかねぇ?」


 男が手にする短剣からは、禍々しい何かが漂っていて、思わず〝呪い〟という言葉が口から出ていた。


「ダンジョン産……なのは間違いなさそうね」

「あんな短剣、見たことあるかい?」


 いえ、と小さく答えるみみちゃむに、最上はあたしもないねと答えた。


「となると、レアって可能性があるわね」

「レア武器はさすがに厄介だよ。下手すりゃ魔剣の可能性もある。そうなりゃ、あたしじゃちと厳しいだろうね」


 最上佳奈は、前衛のみみちゃむとは異なり、支援型の探索者シーカーである。

 近接戦闘は極力避けたいと考えていた。


 みみちゃむが彼女よりも一歩前に身を乗り出すのは、そのことを理解しているからだ。


「もう一度聞くけど、警察官を殺したのはあんたなの?」

「……」

「ファナティックホテルで、男女を斬殺したのもあんたで間違いない? ……答えなさいよ! あんたのせいで罪のない人が濡れ衣を着せられているんだからっ!」


 男はみみちゃむの叫び散らすような質問に、不気味な笑みを浮かべている。


「忘れた」

「あんたねぇ……」

「そんなことより、ダンジョンではどんなモンスターを殺してきたんっすか? 初めて生きものを殺した時って、やっぱり女の人は濡れたりするもんなんですか? 自分は初めて両親を殺した時に絶頂したっすよ」


 二人の顔が不快そうに歪んだ。


「みみちゃむ、この変態とは話すだけ時間の無駄だ」

「どうやらそうみたいね」


 周囲の温度が下がった。

 みみちゃむの足下がパリパリと凍りついていく。


「わたしが前衛を務めるから、かな姉は支援をお願い」

「あ、おいっ――」


 氷結槍ひょうけつそうを手にしたみみちゃむは、最上の返事を聞くことなく、男へと距離を詰めていく。


「なっ!?」


 男は横薙ぎの攻撃を軽々とかわし、乱雑な構えから突きを放つ。


 ――この動き、素人!?


 激しい攻防の中、最上はみみちゃむを援護するために支援魔法を発動した。


速度魔法クイックターン!」


 ――おかしい


 二人の戦いを離れた場所から観察していた最上は、男の動きに不自然さを感じていた。なぜなら、その動きがまったくの素人にしか見えなかったのだ。


 だというのに、Bランク探索者のみみちゃむがあしらわれている。

 支援魔法でみみちゃむの速度を上昇させたにもかかわらず、傍目からは速度が上がっているようには見えなかった。


 それどころか、みみちゃむの速度が低下していた。


「みみちゃむ!?」


 距離を取るように指示を出そうと思った瞬間、男が前蹴りをみみちゃむの腹部に繰り出した。


「ぷっ、ふははははははは――ねぇ、自分より弱いと思っていた相手に蹴り飛ばされる気分ってどんな感じっすか? それと、あんたらじゃ自分には絶対に勝てないっすよ」


 男の目が哄笑し、黒く染まり始めた。短剣からは黒い霧のようなものが吹き出し、次第に額と臀部に集まっていく。その黒い霧が角と尻尾を形成し、まるで新約聖書に登場する悪魔のような姿へと変貌する。


「何なのよ、こいつ!」


 :バケモノ!?

 :人間じゃない!?

 :みみちゃむ逃げろ!

 :応援はまだなのかよ!


「!?」


 あんぐりと口を開けたまま、呆然と男を見つめるみみちゃむの手を握った最上は、


「一旦引くよ!」


 彼女はためらうことなく逃げることを決断した。

 この決断力こそが、ダンジョン探索者にとって最も不可欠な能力なのだ。


「おーい、逃げるなんてつれないっすよ。お姉さん達は旦那がゲートを開けるための生贄なんすから。逃げてもらっちゃ困るんすよ」


 先ほどまでとは打って変わって、男が驚異的な速さで迫ってくる。


「――――!?」


 そんな、馬鹿なッ!


「みみちゃむ、あたしから離れなッ!」

「かな姉ッ――――!」


 最上は男からみみちゃむを遠ざけるため、遠心力を利用して一瞬で反対方向に投げ飛ばした。


「ぐうわっ!?」


 壁に激突するみみちゃむの前方で、二人が激しい攻防を繰り広げている。


 地下街に響く風切り音と破砕音。まるでハリケーンが通過したかのように、ショーウィンドウが砕け、壁には無数の亀裂が生じる。


 ――あの距離はまずい!?


 自分の間合いに戻るため、バックステップで距離を取る最上だったが、徐々にその距離が縮まっていく。


 ――やっぱりそうだ!


 みみちゃむは男との戦闘中、何か違和感を感じていたが、その原因をつかむことができなかった。

 しかし、ふたりの戦いを注意深く観察していたみみちゃむは、ついにその違和感の正体に気づいた。それを伝えようと口を開けた直後、最上の腹から大量の鮮血が流れ落ちた。


「――――!?」


 最上の腹部には深く短剣が突き刺さっていた。


「はぁ……はぁ、ぐそっ、たれぇ……」


 最上は息を切らしながら血を吐き出す。

 男は恍惚の表情を浮かべながら、短剣を横に引き抜くと共に肉を引き裂いた。


「かな姉――――――ッ!!」


 背中から倒れた最上の顔面を、男はブーツで踏みにじった。


 刹那、


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 憤怒に燃えたみみちゃむが、氷結槍ひょうけつそうを片手に突っ込んでいく。




 ◆◆◆




「ん?」

「どうかしたのか?」


 地下街に蚊スライムを放ち、敵の居場所を探るために『探知』を発動したのだが、警報音とともに【探知不可】の表示が脳内モニターに映し出された。


 そのことをエルミアに伝えると、


「考えられる可能性はただ一つ、地下街がすでに敵の結界の中にあるということだ」

「結界!?」


 エルミアは、敵は最初から地下街に俺たちを誘い込むことが目的だったかもしれないと言う。


「もし地下街ここがすでに結界の中にあると仮定すれば、それを短時間で、かつ私たちに気づかれずに張ることは不可能だ。あらかじめ準備していたのであれば別だがな」

「なら、あの男は?」

「おそらく、私たちを誘き寄せるための囮だ」


 犯人は俺たちが殺人事件の調査にやってくることを予想し、待ち伏せていたということか。


「でも、どうして俺たちを……?」

「私たちというよりかは、探索者シーカーを狙ったと考えるべきだろうな」

「どうして探索者シーカーを狙うんだよ?」

「それは――――」


 エルミアが何かを言いかけたその時、爆発音が地下街に響き渡った。


「西口だ!」


 俺たちが迷路のような地下街を全速力で駆け抜けていると、前方に見覚えのある人影を発見する。


「響!」


【黄昏の空】のメンバーはすでに満身創痍だった。盾役タンカーの白銀沙也加は気を失っており、回復役ヒーラーの柳麻里奈は意識はあるものの、自分の怪我を治療するだけで精一杯の様子。


 リーダーの響は仲間を守ろうと剣を構えているが、あの傷ではもう戦えないだろう。


「……あ、アンデッド、マン……」

「お、おい!?」


 俺の姿を見るや否や、響の体から力が抜け落ちていく。


「しっかりするんだ!」


 俺は仲間の近くに響を移動させ、獰猛な獣のように吠えるエルミアに目を向けた。


「貴様ぁあああああッ!!」


 彼女の視線の先には、菫色の髪の少年――メフィストフェレスが立っていた。


「てめぇはあの時の糞エルフじゃねぇかぁ。……そうか、てめぇ喰わなかったのかぁ」


 決して奴から視線を外すことなく、俺はエルミアの隣に移動した。


「これでわかったか、アイツは話し合いができるような相手じゃない」

「……っ」


 残念だが、これに関してはエルミアが正しいようだ。


「なぜ、こんなことをする。探索者シーカーを殺すことがお前の目的なのか? ……答えろ!」


 今にも襲いかかりそうな勢いのエルミアの手を握りしめ、俺はまだ動くなよと力を込める。


「俺様は自分の世界に還るだけだぁ。そのためには膨大な魔力が必要になる。手っ取り早く集めているだけだぁ」


 自分の世界だと!?


「お前っ、異世界に行く方法を知っているのか!?」


 もしそれが事実なら、異世界で【女神のなみだ】を手に入れることができる。


 雪菜を――妹を救うことができる!


 しかし、今はそのことに心を奪われるべきではない。

 わかっている。

 わかっているのに、どうしても気になってしまう。


「!?」


 エルミアは、俺の手を強く握り返していた。


「あんな奴に頼らずとも、私が必ず異世界に連れて行ってやる。だから、貴様はくだらん心配をするな!」

「エルミア……」


 彼女には、俺の考えなどお見通しだったのだろう。


「ありがとう」


 気持ちを切り替え、俺はスライムソードを手に取る。エルミアも同じように剣を構えていた。

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