第44話 地下街

「くそっ」


 男は駅の地下街に逃げ込み、俺たちをあざ笑うかのように、人混みに身を隠した。


「奴の邪気を追跡するのはできないか?」

「この人混みだ、無茶を言うな」


 ラッシュ時のピークは過ぎ去ったはずなのに、霊園町の地下街は未だに人でごった返している。おそらく、その要因は大型デパートとの直結だろう。


「あ」とも「が」ともつかない、ひしゃげたような声が聞こえ、その方を向くと、【黄昏の空】のリーダー、響鏡夜が、まるで殺人鬼を見つけたかのように俺を指差していた。


 不安そうに首を振り、周囲を気にしながら、こちらに急ぎ足で近づいてくる。


「お前、こんな時に呑気に出歩いて大丈夫なのか!?」

「なんで?」

「なんでって、だってニュースでアンデッ……」


 何かを言いかけて、急いで両手で口を押さえた。

 おかしな奴だ。


「そういう響こそ、朝からギルドに行くのか?」

「あ、いや、僕はほら、例の事件の捜査で警察から協力を求められているからな。もし犯人が探索者シーカーなら、警察だけでは手に負えないだろ?」


 なるほど。そういうことか。

 ということは、やはり響もアンデッドマンの行方を追っているのだろうか。


 単刀直入に尋ねてみると、


「警察はアンデッドマンを疑っているみたいだけど、僕は犯人は別にいると思っている」


 意外だった。

 あの報道を見ても、響はアンデッドマンを信じてくれているようだ。


「どうしてそう思うんだ……?」

「言っとくけどな! 僕はそこまで恩知らずじゃないぞ! 命の恩人をイカれた殺人鬼だなんて思うはずないだろ! そもそも、そんな奴がどうして、自分の命をかけて他人を助けようなんてするんだ! 道理に合わないだろ! 僕は警察に何度も言ったんだ、アンデッドマンは120%犯人じゃないって。なのにあの頭でっかちっ!」


 よっぽど不快な思いをしたのか、響は「あ〜くそっ!」と床を踏み抜いていた。


「お前もお前だよ。少しは僕のことを頼ってくれてもいいだろ。人のことを何だと思っているんだ。そりゃ、初対面のときは色々と嫌味言っちゃったけど……」


 響は、突然怒ったかと思えば、突然拗ねたように唇を尖らせては、恨みがましい視線を向けてくる。


「とにかく! 僕たち【黄昏の空】は、アンデッドマンが犯人だなんてこれっぽっっっちも思っていないからなっ! むしろ、アンデッドマンの無実を証明するために、こうして大学サボって犯人探ししてるんだ! 本当は単位ヤバいんだからなっ! あと、みみちゃむも学校サボって捜査しているから」

「え、みみちゃむも!?」

「みみちゃむだけじゃないぞ。警察から捜査協力受けていない……あの飲んだくれ達も必死になって犯人を追っている。それと、お前のリスナーたちも、SNSなんかで真犯人の情報を呼びかけていたぞ。みんな、アンデッドマンが無実だって知ってんだから、だから……自棄を起こすなよ」


 数瞬、真剣な眼差しの響と目が合う。

 そして、ふと疑問に思ったことを口にする。


不死みんのリスナーって……もうしばらく配信してないんだけど……」

「え、あっ……いや」


 数秒の沈黙が響き、響の表情には緊張が滲んでいる。


(そういえば、不死みんとアンデッドマンは別人設定だったんだっけ。はぁ……糞めんどくさい奴だな)


「それはそうと、そっちは何か掴めたのか?」

「え?」

「お前も犯人の行方を追っていたんだろ? 違うのか?」


 さすがBランク最強と謳われる探索者シーカー。実に鋭い指摘だ。


 だが、どこまで情報を伝えるべきか迷う。少し前に逃走した少年、エルミアは犯人で間違いないと断言したが、その主張を裏付ける術はない。


「犯人ならさっき見つけた」

「!?」

「ほんとか!?」


 どうすべきかと立ち尽くす俺の前で、ドヤ顔のエルミアが自慢げに口を開いた。


「エルミアだったな。で、犯人を見つけたというのはどういうことだ。詳しく聞かせてくれ」


 余計なことを言うんじゃないと目で圧をかけたが、エルミアは私に任せろと微笑を浮かべていた。


「私は魔眼持ちだ」

「魔眼だと!? 激レアスキルじゃないか!」


 おいおい、そんな適当なこと言って大丈夫なのか?

 おそらく、エルミアは妹の部屋にあった【魔眼勇者の異世界転生】を読んだのだろう。

 にしても不安だ……。


「私の魔眼は人の悪を見抜く。そしてついさっき、警察官が殺された書店前で、不審な男を目撃した。気になってその男に魔眼を使ってみたところ――」

「悪の化身だったというわけか!」


 エルミアはその通りだと頷いた。


「あんなに悪意が全身から滲み出る者はそうそういない。一人や二人殺していなければ、あれほどの邪気をまとうことはなかっただろう。そして、犯人は必ず現場に戻ってくる! これは喜納越英二郎きなこしえいにろうの言葉だ!」

「おおっ!」


 おおっ! パチパチパチじゃないんだよ!

 つーかこいつこっちの世界に溶け込みすぎだろ。アニメだけじゃなくドラマも観てるとか、最早ただのテレビっ子じゃん。


 今朝はスマホが欲しいと中学生のように駄々をこね、仕事に向かう羽川さんを困らせていた。そして、なんとちゃっかり羽川さんの古いスマホを貰っていた。電話が繋がらないのに嬉しいのかと思ったら、単純に移動中、暇だから電車の中でサブスクアニメを観たかっただもんな。これじゃあ引きこもらない【江戸前エルフ】さんじゃないか。そのうちゲームを始めたり、通販で勝手に物を買い出すんじゃないだろうかと、想像しただけで恐ろしい。


 近頃は経済的に余裕が出てきたとはいえ、それはオタエルフを養うための資金じゃない。妹の入院費、高校進学費、大学進学費、そして将来の結婚資金など、兄として貯めておかなければならないお金がある。オタエルフの娯楽に費やす余裕などウチにはない!


 閑話休題。


「で、その悪の化身はどこだ!」

「この人混みで見失ってしまったんだ」


 と、俺は周囲を見渡した。

 響も地下街を見渡し、この人混みでは無理もないと言った。


 その後、彼は俺を気遣うようにそっと肩に手を置きながら、


「犯人がこの近くに潜伏しているってわかっただけでも上出来だ!」


 と言い、満面の笑顔を浮かべた。


 そして、すぐにどこかへ電話をかけ始めた。


「――僕だ。ああ……間違いないと思う。なんたってこっちには人の本質を見抜く魔眼持ちがいるんだからな」

「フフフ」


 頼られていることが余程嬉しいのか、先程からエルミアはにんまりと笑っている。


「仲間を呼んだ。時期に警察が地下街ここを封鎖するだろう」


 響は犯人を地下街に閉じ込めるつもりのようだ。


「でも電車に乗られたら……」

「安心しろ不死みん、電車はもう運行を停止している」

「は? 電車を止めたの!? 嘘だろ!? そんなこと可能なのか!?」


 電車を停止させるのはそんなに簡単なことなのか? 遅延だけでも莫大な損失が出ると聞いたことがあるけど。


「相手は警察官を殺している犯人――となれば、魔法やスキルを持っていることは間違いない。もしも犯人が毒魔法ポイズンを習得していたらどうなると思う? 1995年――3月の悪夢が再び訪れる可能性だってある。いや、それ以上の大惨事になるだろう」


 警察や探索者シーカーの警告を無視してしまった結果、未曾有の大惨事を引き起こすことになれば、鉄道会社の信用は地に落ちることだろう。

 これは日本史上、かつてないほどの巨大なテロへと発展する可能性があるのだ。


「おっ、早速動き始めたみたいだぜ」


 避難勧告のアナウンスが始まると、人々が慌ただしく動き出した。警察官や駅の職員が地下街を慌ただしく走り回り、人々を避難させるよう誘導している。


「でも、この混乱の中で犯人も一緒に外に出てしまう可能性があるんじゃ……」


 しかし、その心配は杞憂だと言う。


「なぜそう言い切れるんだ?」


 尋ねると、響は鼻で笑った。


「犯人は十代で、黒と金が混ざった髪の男だろ? そんな派手な容姿、逃がすわけないだろう?」


 しかし、犯人は帽子をかぶるなどの変装をするかもしれない。この地下街はデパートと直結しているので、変装道具を入手することは容易い。


「不死みん、ここは霊園町だぜ? すぐそこにはお前が通い続けていた霊園町ギルドがある。今頃、元S級のギルド長が大量の探索者シーカーを引き連れ、地下街の出入り口をすべて封鎖してる頃だろう。ちょっと変装したくらいで、探索者猟犬共の目を欺けるなら欺いてみやがれってんだ! 探索者僕たちはそこまでマヌケじゃないぞ」


 初めて【黄昏の空】のリーダー、響鏡夜を頼もしいと思った。



 プルルル、プルルルル――突然、電話の呼び出し音が響き渡る。


「はい――」

『あ、宗ちゃん?』


 電話の向こうの声は羽川さんのものだった。


「どうかしたんですか?」

『一応報告しとこうかと思ってね。こっちはギルド長と探索者みんなの協力もあって、ばっちり封鎖しているわよ』


 羽川さんは、わざわざ報告の電話をかけてくれたようだ。


『あ、あと……ね……』


 ん?

 なんだか羽川さんの声音がいつもと少し違うような気がする。うまく言えないのだが、緊張していると言うか、ソワソワしている感じだった。


「あの、どうかしたんですか?」

『え、ええ、その……大したことじゃないんだけど……【天空の楽園エデン】のリーダーがそっちに行っちゃったのよ』

「えっ!?」

『伝えたわよ、じゃあ――』

「あっ、ちょっと!」


 プー、プー……。

 逃げるように電話を切られてしまった。


 呆然と立ち尽くす俺の脳裏には、小さな胸を突き出した、白と黒のツートンカラー&ハーフツインテール眼帯少女が――――がっはははと腰に手を当て高らかに笑っていた。

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