第43話 交差する視線

「え……………?」


 昨日の予期せぬ出来事の疲労からか、帰宅後は疲れ果てて眠ってしまった。


 そして今朝、いつものように羽川さんとエルミアと一緒に朝食を摂りながらテレビを見ていると、朝のワイドショーのキャスターが、アンデッドマンの名前を口にした。


『昨夜、霊園町のファナティックホテルの一室で男女の遺体が発見されました。遺体は激しく損傷しており、状況から犯人が霊園町で発生した殺人事件と関連がある可能性が高いとのことです。警視庁は参考人として、覆面探索者シーカーとして活躍中のアンデッドマンさんから事情を聞いていたそうですが、突如として行方がわからなくなってしまったとのことです。元警視庁捜査一課の田辺さん、この件をどうお考えですか?』


『アンデッドマンさんがなぜ姿を消したのか、その点が疑問ですね。もし何も隠す必要がないのであれば、姿を消す理由もないはずです。したがって、アンデッドマンさんが何らかの形で今回の事件に関与している可能性は高いと言えるでしょう』


 ――――ぼとっ。


 画面に見入りすぎて、手に持っていた手羽先(生肉)を落としてしまった。


「な、なんだよこれ!?」

「宗ちゃん、これ」


 羽川さんが俺にスマホを手渡してきた。俺は彼女のスマホを受け取り、画面をのぞいた。


 そこには、普段俺がよく見るSNSアプリが表示されていた。


 ・俺は最初から胡散臭い奴だと思っていたけどな

 ・覆面の時点で怪しすぎた

 ・警察無線盗聴してた奴が言ってたんだけど、公園のトイレから忽然と消えたらしい。ちな、警官殺しの犯人も現場から忽然と姿を消してる

 ・黒じゃん

 ・確定だろw

 ・警察に目を付けられてる時点でヤバい


 SNSには、アンデッドマンに関するトピックで満ち溢れていた。一部の人々はアンデッドマンの無実を主張していたが、一般的な世論はアンデッドマンを犯人と断定していた。


 俺は苦虫を噛み潰していた。


 昨夜、刑事さんから逃げた時点で、俺が容疑者の一人になる可能性は考えていた――が、それはあくまで警察内部での話だ。ここまで大々的にテレビで報道されるとは思っていなかった。


 考えが甘かった、そう言われても仕方ないが、じゃあどうすればよかったのか。


 あのまま刑事さんたちに尾行され続けるべきだったのか?


 そんなことは無理だ!


 寝る場所もなく、食事すらできない状況が何日続いたかわからない。


「君、大丈夫? 真っ青よ……」


 羽川さんが俺を気にかけてくれる一方で、エルミアは今日も食パンにあんこチューブを塗っていた。


「何をそんなに落ち込んでいる?」


 小倉トーストを楽しそうに食べるエルミアは、今のニュースを観ていなかったのかもしれない。


「俺、アンデッドマンが殺人犯に仕立てられるかもしれないんだ。落ち込むのは当然だろ」

「うぅ〜〜〜〜〜〜うまいっ!」


 って、聞いているのかよ、こいつ。

 恨みがましそうな目でエルミアを見つめると、口元にあんこを付けた彼女が平然と口にする。


「しかし、宗介はやっていないんだろ?」

「当たり前だ!」

「なら問題ないじゃないか」

「いや、そうだけど……そうじゃないんだよ」


 本格的に警察が捜査に乗り出せば、アンデッドマンの正体が俺だってことは時間の問題で知られてしまう。それこそ、俺が利用しているSNSに開示請求を行えば、アンデッドマンの正体が不死川宗介だということはすぐにバレてしまうだろう。


 そうなれば、俺の身体の秘密も暴かれる。

 その後、俺を待ち受けるのは、日本政府による非人道的な人体実験の連続だ。


 あ〜、終わった。


「では、一刻も早く犯人を捕まえて警察に引き渡せばいい。そうすれば、警察もアンデッドマンには興味を持たなくなるんじゃないのか?」

「え、いや……まあ、そうだけど……」


 エルミアは時々、とんでもないことを平然と言ってのける。


「でも、警察が捕まえられない犯人を、素人の俺が捕まえられるのかな?」

「殺人事件の調査に関して私たちは素人だ――が、警察とは違い。私たちには魔法とスキルがあるだろ。魔法というものは本来、不可能を可能にするためにあるのだ」


 それに、とエルミアは続ける。


「私は光の民エルフだ!」

「それが何だって言うんだよ」


 問いかけると、エルミアは「フフフ」と得意げに笑った。


「私には邪気が見える!」

「……」

「……」


 とても自慢げにHカップの胸を強調するエルミアには申し訳ないが、俺たちには彼女が言う邪気が何なのか全く理解できなかった。


「エルミア、悪いんだけど、あたしたちにも理解できるように説明してくれる?」


 エルミアは頷いた。


 彼女の話を要約すると、こんな感じだ。


 光の民であるエルフには、悪意ある人間の邪なオーラが見える。つまり、悪党から発せられる邪気を感じ取れるということだ。

 この邪気は、相手が悪党であればあるほど強く、そして全身から強力に発せられている。

 相手が大罪人であるならば、それを見つけることはそう難しくないという。


「敵はこの街に潜伏しているのだろ? ならば意外とすぐに見つかるかもしれん」

「それなら、みみちゃむや【黄昏の空】と連絡を取ってみるってのはどう?」

「みみちゃむ達とですか?」

「彼らは警察の要請を受けて捜査に協力するみたいよ」


 ギルド長室から四人が出てきたことを思い出していた。


「いえ、やめておきます。しばらくはアンデッドマンの姿にはなれないので、彼らと接触することはできませんから」

「確かに、その点は考慮しないといけないわね」


 不死川宗介の姿で彼らと協力するわけにはいかない。


「それはそうと、君、今日学校じゃないの?」

「今日は休みます」

「そっか」


 こんな時に学校に行っている場合ではない。アンデッドマンの正体が露呈すれば、不死川宗介は容疑者として扱われてしまう可能性がある。

 その前に、必ず犯人を捕まえなければならない。

 時間との勝負だ。




 ◆◆◆



「そうか」


 あるビルの屋上に、メフィストフェレスと拝村が立っていた。

 メフィストフェレスの手には、拝村のスマートフォンが握られ、耳にはワイヤレスイヤホンを装着していた。


「何かわかったんすか?」


 スマートフォンで数々のライトノベル小説を閲覧していたメフィストフェレスが、拝村にスマートフォンを突き出した。その画面には、【俺だけ帰れる異世界転移〜実は日本に帰っているということは、クラスの連中にはナイショです】というタイトルの表紙絵が映し出されている。


「面白いんすか?」

「内容なんてのは二の次だぁ。重要なのは、異世界転移には膨大な魔力が必要になるってことだぁ」


 メフィストフェレスは拝村に、魔力を集める必要があると告げた。


「でも、どうやって魔力を集めるんすか?」

「てめぇは今から、俺様が指定した場所に魔力を持った連中をできるだけ集めろ」

「旦那の命令なら了解っす! で、どこに誘き出せばいいっすか?」


 メフィストフェレスは考え込んでから、「そうだな。結界を発動しても目立たない場所がいい」と述べた。


 彼の要望に対して、拝村は「あそこなんてどうっすか?」と言いながら地下鉄の入口を指した。


地下あそこなら、中に入らない限り、少しくらい派手にやっちゃったって誰も気づかないっすよ」

「地下道か……てめぇにしては上出来だ」

「お褒めいただき光栄っす! じゃあ、自分は魔力の強そうな相手を見つけて、巣穴に送り込むっす」


 拝村が屋上を出て行くと、メフィストフェレスも地下へ向かった。




 ◆◆◆




「こりゃひどいな」


 羽川さんを見送った後、俺たちも街に向かった。目的地は霊園町の最寄り駅にある商店街を抜けて5分ほど進んだ先にある、例の書店だ。


 書店の前には立ち入り禁止のテープが張られ、そこには薄っすらと血痕も残っていた。


「店の中には入れないみたいだな」

「問題ない」


 俺は手のひらから微量のスライムを生成し、蚊型のスライムを形成した。それを数匹、店内に向けて放つ。脳内に映し出される店内の様子を確認していると、エルミアが頬を膨らませ、俺の服の裾を掴んできた。


「なに?」

「私にも見せろ!」

「え……」


 そんな無茶なと思ったが、脳内モニターの端に【共有】と書かれていた。試しに脳内カーソルを【共有】に合わせてダブルクリックすると、【共有可能一覧】にエルミアの名前が白く表示されていた。その他にもみみちゃむや響、鬼助さんたちの名前もあったが、なぜかすべて灰色表示されていた。選択不可の状態だった。


 どういう仕組みなんだ……?


【共有】については何れ検証するとして、今は調査に集中しよう。


「おおっ! これは便利だな。まるでテレビの生中継を観ているみたいだ」


 エルフがテレビの生中継と言っていることに少し違和感を感じながらも、俺は店内の様子を入念に確認していく。

 現場保存というやつだろうか。店内の様子は犯人が荒した状態のままだ。その証拠に、入口付近に設置されたレジカウンターと雑誌コーナーはひどい状態だった。


 しかし、その他のコーナーは想像していたよりずっと綺麗で、特に荒らされた様子はなかった。


「宗介、あれは何だ!」

「?」


 店内に放った蚊スライムの数は六匹。脳内には六つのウインドウが表示されている。そのため、エルミアがどのウインドウのことを言っているのかがわからなかった。


「何番?」

「3番のモニターだ」


 3番のウィンドウに意識を向けると、画面が拡大表示に変わった。


「ん?」


 ライトノベルコーナーを探索していた3番モニターには、不自然に床に落ちた書物が映されていた。


【正しい異世界への行き方〜異世界でのんびりライフ】


 なぜ、この一冊だけ床に落ちているんだ?

 そもそも、書店を襲った犯人の目的はなんだ?


 報道によれば、店は破壊されただけで、特に何も盗まれていなかったという。単なる強盗であれば、レジや金庫の中身を狙うはずだが……。


 犯人の目的は金銭ではなかったということか?


「宗介……」


 名前を呼ばれ、俺は隣に立つエルミアへと目を向けた。彼女は険しい表情で一点を見つめていた。その視線の先には、金と黒が混ざった独特のヘアスタイルをした少年がボディバッグを身につけて立っていた。


「――――」

「……」


 彼と目が合い、少年はすぐに俺から目をそらし、その場を後にする。


「たぶんあいつだ」

「え……あいつって?」

「あの変な髪色の男から、凄まじい邪気が放たれている。あれは大罪を犯した者の邪気だ」

「!?」


 少しずつ遠ざかっていく少年の背中を睨みつけ、俺はその後を追うように歩き始めた。その時、振り返った男と再び視線が交差する。


「――――ッ」


 刹那、少年が走り出した。



「ま、待てッ!」

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