第40話 被疑者

「妙な空気だな」


 帰ってきたら、まるで葬儀場のような静寂がギルド内に広がっていた。

 普段はなじみのあるギルド職員たちがスーツを身にまとっている光景が当たり前なのだが、この日は見知らぬ大人たちが黒いスーツに身を包んで立ち並んでいたため、その異様な様子が目立っていた。


 強面の大人たちがギルド内で睨みを利かせているため、探索者シーカーたちがかなりピリついている。


「何かあったんですか?」


 状況を把握するため、俺は近くにいた鬼助さんたちに声をかけた。


「見ての通りだ」

「彼らは警察だ」

「あいつらは、あたしらの中に警官殺しの犯人がいるって言ってやがんのさ」


 今朝やっていた、ニュースのあれか……。


「っんなことより、配信観てたぜ。オレは鬼助だ。よろしくな、エルミア」

「拙者は国東清酒こくとうせしゅう。恋人募集中の32歳だ」

「エルミア、悪いこたぁ言わねぇ、清酒だけはやめとけ」

「は? なぜだッ!」

「そりゃあんたが元ニートのクズだからだろ? あたしは最上佳奈さいじょうかな。佳奈でもかな姉でも、あんたの好きに呼んでくれて構わないよ」

「待てっ! 今はお主らと同じように働いておるだろ! 国会議員共と違って、税金だってきっちり払っておるのだぞ!」

「私はエルミアだ。よろしく頼む」

「聞けぇええええええええええええええ」


 清酒さんの魂の叫びを、誰もが華麗にスルー。何事もなかったように、エルミアも自己紹介をしていた。


「何か聞かれたりしたんですか?」


 尋ねると、鬼助さんは首を横に振り、何も聞かれていないと言った。


「あいつらは、日頃からこのギルドに通っているオレたちの中に犯人がいると思っていやがんのさ。だから権力ってやつを楯にして、ギルドからオレたちの個人情報を奪い取っていやがんのさ。クソ面白くもねぇ」


 ダンジョン法によれば、ダンジョン以外でのスキルや魔法の使用は厳禁されており、この規則に違反すると、10年以下の懲役または1000万円以下の罰金が科される。また、ダンジョン協会に登録した探索者シーカーが事件を起こした場合、ダンジョン協会は警察と協力する義務がある。


 ニュース映像から見て、犯人は明らかにスキルや魔法を習得した人物である。人々がステータスを得るためには、ダンジョンに挑む必要がある。したがって、犯人は探索者シーカーである可能性が高いと言えた。


 ダンジョン発生直後のダンジョンでステータスを得ているケースもあるが、これはレアケース。まずは正規の探索者シーカーから調べるというのは妥当だ。


 ん……あれは!


 ギルド長室から、刑事らしき男性と一緒に四人の探索者シーカーが現れた。


 みみちゃむと【黄昏の空】のリーダー響鏡夜に、同じく【黄昏の空】の回復士ヒーラー柳麻里奈やなぎまりなと、盾役タンクを務める白銀沙也加しろがねさやかだ。


 こちらに気づいたみみちゃむが満面の笑顔で手を振りながら駆け寄ってくるが、エルミアの存在に気がついた瞬間、目元が険しくなった。


「なんでこの子がギルドここにいるのよ!」

「アンデッドマンのパーティメンバーなのだから、居て当然だろ」

「つまらない冗談言ってんじゃないわよ! 不死ッ……アンデッドマンはこれまで誰ともパーティを組まなかったのよ。今更あんたみたいなのと組むわけないじゃない。ね?」

「いや……実はパーティを結成したんだ」


 と言ったら、彼女は長い睫毛をぱちくりと数回鳴らし、ゆっくりと顔が驚きに満ちていく。


 そして、


「のっ、NOoooooooooooooooッ!?!?」


 大絶叫し、まるで大砲でも撃たれたかのように背中から壁に激突した。


「ぐばわぁッ!?」


 すごいリアクション芸だ……。

 やはり超がつく程の人気配信者だけはある。

 ギルド中の注目を一瞬で集めてしまった。


「あ、ありえない……今まで誰とも組まなかった不死みんが、ぱ、ぱぱぱ、パーティ……?」


 大丈夫だろうか。

 崩れ落ちたみみちゃむが四つん這いになりながら、床に向かってぶつぶつと何かを唱えている。


「あ、あああ、あのエロッフみたいな外人と不死みんが……ふたりっきりのパーティ!? 大丈夫かい、エロッフちゃん。ダメ……苦しいの。どこが苦しいんだい! む、胸が苦しい。アンデッドマンのことを考えると胸の真ん中あたりがキュン、キュンって苦しくなるの。そうか、ならば仕方ない。エロッフちゃんにとっておきのお薬を処方しよう。いや、エロッフお薬嫌いなの。俺のくちづけでもかい? エロッフ、お薬好き♡


 ゔがぁあああああああああああああああああああああああああ」


 ドンッ! ドンドンッ! ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!


「ひぃっ!?」


 突然、みみちゃむが床に向かってヘッドバンキングを始めた。

 何かに取り憑かれたような恐ろしい姿に、まるで蜘蛛の子を散らすかのように、みんながサーッとみみちゃむから離れていく。


「み、みみちゃむが壊れた!?」

「だ、誰だみみちゃむに混乱魔法コンフェガなんざ掛けた野郎はッ!」

「お、俺じゃねぇぞ!」

「お、お前だろ!」

「あたしそんな魔法使えないわよ!」


 騒然としたギルド内で、みみちゃむがガッ! と顔を上げた。


「げっ!?」


 彼女の額がぱっくりと割れており、どばどばと出血していた。


「麻里奈、回復ヒールだ!」

「は、はいっ!」


 おお! さすが【黄昏の空】の回復士ヒーラーだ。あっという間に傷が癒やされていく。


「ついでに状態異常も治療しておいてやれ」

「エスナ!」


 まるで清らかな光がみみちゃむを包み込むかのように、爽やかな香りがギルド内に広がり、心も清々しくなった。


 これでみみちゃむも正気に戻っただろう。

 一安心と思ったのだが……。


 えっと……なんだか、めちゃくちゃ睨まれている気がするんだけど?


「【不死鳥の探索者シーカーズフェニックス】というのはどうっ!」

「え……」


 みみちゃむがドラゴンのように灼熱の鼻息を吹き出しながら、ぐっと顔を近づけてくる。

 俺は一歩身を引きながら、


「な、なにが?」


 冷や汗が滲む声で尋ねた。


 すると、彼女はバッキバキに決まった目で、


「わたし達のパーティ名に決まっているじゃない!」


 吠えるように言った。


 なぜ、彼女が俺とパーティを組むことになっているのだろう。配信者同士がパーティを組む利点はない。実際、視聴者を奪い合うことになるので、デメリットばかりだ。


 そのことを説明すると、


「一日おきに交代で配信すればいいじゃない!」

「いや、でも……」

「アンデッドマンの登録者数は約21万人。わたしの登録者数は130万人! 一日おきに配信すれば、わたしの視聴者が全員アンデッドマンの配信を観に来るのよ! これから日替わりで配信するって宣伝すれば、彼らはアンデッドマンちゃんねるに登録だってするわ! メリットしかないじゃない!」


 本当にそうだろうか。

 もし彼女の提案通りに行動すれば、彼女のファンが不満を抱く可能性は……?

 その結果、炎上が起こり、みみちゃむのファンがアンデッドマンを特定しようと動き出す可能性があるのではないだろうか。

 みみちゃむと組むにはリスクが大きすぎる。


 しかし、今は断れる様子ではなかった。


「取り込んどるところ申し訳ないんじゃが、少しお話よろしいかな?」


 扇子をパタパタと仰ぎながら、警察手帳を片手に割り込んできた男が、俺の目の前で立ち止まった。彼の顔は、荒々しさと深遠な哲学が交差する地図のようだった。目は深く、善と悪、真実と虚偽の境界線を歩む孤独な探求者のように見えた。


「アンデッドマンさん、今ぶち人気みたいのぉ。失礼じゃが、そのマスク取ってもらえんか? それと、昨夜、午前一時頃、あんたどこにおった?」


 男の眼が、獲物を捉えた猛禽類のようにギラリと輝いた。


「おい、ちょっと待てよ! てめぇアンデッドマンを疑ってんじゃねぇだろうなっ!」


 稲妻のようなしわを寄せた鬼助さんが、刑事さんの胸元に手を伸ばす。


「これも捜査なんじゃよ。それにな、身元が判明しとらんなぁ彼だけなんじゃ」

「そんなもん、職員に聞けばいいだけだろ!」

「聞いてもわからんけぇ、こうして本人に直接きいとるんだけどのぉ。何なら、公務執行妨害で逮捕してもええんじゃよ」

「ゔっ……」


 刑事さんが肩で笑っているのに対し、鬼助さんの額からはじわじわと汗が滲んでいた。


「やめときな、鬼助」


 最上さんの介入により、鬼助さんは手を取り下げることができた。


「で、アンデッドマンさん、昨夜はどちらにおったんじゃ?」

「その時間なら、家で寝てましたけど」

「それ……証明できる?」


 困ったな。

 証人ならいるが、羽川さんの名前をここで出してしまうと、ギルド内でアンデッドマンと羽川さんが同居していることが広まってしまう。そうなれば、アンデッドマンの正体が不死川宗介であることがばれるのも時間の問題だ。


 では、エルミアを証人にするというのは……いやいや、それはない。論外だ。


「いえ……」

「そうか。ほな、同行よろしいか?」

「え……同行?」

「署の方で詳しい話を聞くだけじゃけぇ。あと、その仮面も取ってもらうね」

「いや、これ取れないんですよ」

「まあ、ええからええから」



 エルミアのことは羽川さんに任せることにして、俺はおとなしく刑事さんに同行することにした。

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