第34話 相談と報告
数時間の議論の末、一応俺に対する誤解は解けたようだ。
しかし、エルミアの表情はまだ深刻だった。
「アンデッドマンと言ったな。貴様に敵意がないことはわかった。しかし、だからと言って、貴様の話を全面的に信じることはできない。そこで、私をダンジョンの外まで案内してはくれないか? 自分の目で見て、確かめたいのだ」
気持ちはわかるけど、エルフ族の彼女をギルドに連れて行くのは気が引ける。下手をすれば大騒ぎになってしまう。
「それなら問題ない。私にはこれがあるからな」
エルミアの中指には、美しい宝石の指輪がはめられていた。
ルビーだろうか? 綺麗だな。
「それは?」
「
要は、あの指輪は人間に化けるための道具ということか。
スケルトンだった時にあったら便利だっただろうな。
「おおっ!」
「え……それだけ?」
「それ以外に何がある?」
「いや、まあ……そうだけど……」
エルフと言っても、耳以外は白人と大差ない。印象的な耳さえどうにかしてしまえば、エルフか人間かの見分けはつかないというわけだ。
「異世界人って、やっぱり白人なの?」
「黒い肌の者もいれば、貴様のような平べったい顔の者もおる。一括りに人族と言っても、その種類はさまざまだ」
その点は、異世界もこちらと変わらないんだな。
「人種差別とかないの?」
「なぜ人族どうしで差を付け合う必要があるのだ?」
「そうだね」
まったく同感だ。
異世界にはこちらと違って人種差別はないということか。素晴らしいことだな。
「何をしている、置いていくぞ」
「あ、ちょっと待ってよ!」
エルミアをダンジョンの外へ連れ出すことに不安がないわけではなかったが、断れる雰囲気ではなかった。
「絶対に目立つ行動はしないでくれよ」
「わかっておる。貴様もしつこい奴だな。それより、先程から平べったい顔の人族としかすれ違わないのはなぜだ?」
ギルドが近づくにつれて、
異世界で多様な人種を見てきたエルミアにとって、日本人ばかりというのは不思議な光景なのだろう。
「この国はそういう人種の国なんだよ」
「部族の集まり、みたいなものか?」
違うような気もしたけど、まあ間違っているとは思わなかったので、「まあそんな感じかな」と流しておいた。
「おお、ここが異世界のギルドか!」
「あっ、ちょっと、あんまりキョロキョロしないでよ。目立つ行動はとらないって約束したばかりだよね?」
エルミアは俺との約束をまったく守ってくれない。どうやら何もかもが彼女にとって物珍しいようで、まるで子供のようにギルド内を駆け回っていた。
「ちょっと、それはさすがにまずいよ!」
「おお! あの鉄の箱はなんだ!」
エルミアは窓ガラスに顔を押し付け、まるで三歳児のように道路をじっと見つめていた。彼女の奇行とも言える行動に、ギルド内からは冷ややかな視線が送られていた。
「いい加減にしてくれよ!」
「――あ、何をする!? 私はまだ見ているのだぞ!」
エルミアの腕を引いて、俺は羽川さんが待つ受付カウンターに移動した。
「――と、いうわけです」
諸々の事情を説明し終えると、羽川さんは大きくため息をついた。
「君、もしかして【墳墓の迷宮】に呪われているんじゃない?」
羽川さんの指摘は理解できるが、今はお説教を受けている場合ではない。
緊急事態なのだ。
「とにかく、一旦家に連れ帰るしかないわね」
「外に連れ出してもいいんですか?」
「もう既に連れ出してしまってるから、どうしようもないでしょ? それに、ダンジョンの中に放っておくわけにもいかないでしょ?」
それは、確かにそうだけれど……。
「彼女のこと、配信には載せていないわよね?」
「咄嗟にカメラを壊してなんとか……」
「賢明な判断よ。もしも彼女が異世界から来たということが公になってしまったら、世界中が大騒ぎになるもの。……それに、気になるのはやっぱり
「ですよね。でも……なんて報告するんです?」
う〜ん……と羽川さんが珍しく困り果てていた。
世界中には無数のダンジョンが出現しているが、人語を話す魔物なんて聞いたことがない。
説明したところで、信じてもらえるとは思えなかった。
「そのあたりはあたしがうまくやっておくから、君は彼女のことをしっかり見張っておいて。わかった? くれぐれも目を離さないように――って、ちょっと! 言ってる側からどこに行くのよ!」
「エルミア!?」
好奇心の塊のような彼女が、ギルドを飛び出してしまった。
「すぐに追いかけて!」
「えっ、でも、まだ着替えてないんですけど!」
「そんなのいいから、すぐ追いかけなさい!」
羽川さんに促されるように、俺はギルドを飛び出した。
◆◆◆
「エルミア! 勝手な行動はしないって約束しただろ!」
「……すまない。鉄の馬車や巨大な建物に、つい興味を引かれてな」
なんとかギルドを出たところで、エルミアを捕まえることができたのだが、
「ママ、アンデッドマンだ!」
「こら、怪しい人を指ささないの」
「ママ、アンデッドマン知らないの?」
「まーくん、ああいうのは変態っていうのよ」
俺は思いがけないダメージを受けることになった。
……くそっ。
「馬に引かれているわけでもないのに、なぜ動いているのだ。不思議だ……」
俺は人気のない駐車場で素早く私服に着替え、彼女が勝手に動き回らないように手を繋ぎながら家路を急いだ。
「不死みん!?」
今は誰とも会いたくなかったが、コンビニ前でみみちゃむと偶然出くわしてしまった。
「だ、誰この女ッ!」
みみちゃむは、まるでモンスターを威嚇するかのように、エルミアを凄まじい表情で睨みつけていた。
さすがBランクの
みみちゃむは、本能的にエルミアが人間ではないことに気づいているのかもしれない。
「まさか、彼女!?」
「いや、さすがに違うよ」
「なら、なにッ!」
「え、えーと……と、友達?」
「友達って……どう見ても外人じゃない! 不死みん外人の友達なんていないでしょ!」
「え……」
なぜいないと決めつけるのだろうかと疑問に思ったが、めんどくさいので反論することはしない。
「ホ、ホームステイに来ているんだよ」
「……なんで手を繋ぐ必要があるわけ?」
「え、あー……はぐれないように? まだこっちに来たばかりで不慣れだから」
怪しい……と、ジト目を向けてくるみみちゃむからエルミアを隠すように、俺は彼女の前に一歩出た。
「何で隠すのよ?」
「いや、あの……エルミアは恥ずかしがり屋なんだ」
「何を言っている。私はそのような臆病者ではないぞ」
「あっ、ちょッ――」
「本人が違うって言ってるじゃない」
みみちゃむからの敵意を感じたエルミアも、威圧的な目つきで睨み返している。
二人はまるで対峙する龍と虎のようであり、今にも殴り合いの喧嘩に発展するかもしれないと、内心ひやひやしていた。
「そ、そういえばみみちゃむは今度アンデッドマンとコラボするんだってね!」
「そうなの! 不死みん的にはどんな企画がいいと思う?」
何とかみみちゃむの興味をエルミアからそらすことに成功した俺は、安堵のため息をついた。
「個人的には、遊園地デート企画がいいかなって思っているんだけど、不死みんは遊園地と水族館ならどっちがいいのかしら?」
「え……」
なぜ俺にそんなことを聞くのだろう。
そもそもダンジョン系の配信者が遊園地や水族館で撮影することに違和感を感じてしまう。ダンジョン系の配信者のコラボといえば、やはりダンジョン探索だと思う。
そのことを伝えると、
「却下!」
即座に却下されてしまった。
「そんな普通のことをしても、今どきは再生数なんて稼げないわよ。それよりも、スーパーアイドルみみちゃむと、新星アンデッドマンのデート企画♡ これは絶対にバズると思うのよね! 不死みんもそう思うでしょ!」
「あ、あぁ……うん。そうだね」
視聴者層が違うような気もするのだが、凄まじい熱量の彼女には、きっと何を言っても無駄なのだろう。
アンデッドマン側から、後でそれとなく別の企画にするようお願いしておこう。
「エルミアに街を案内しないといけないから、俺たちはもう行くね」
不満そうなみみちゃむから逃げるように、俺たちは足早に移動した。
「あっ」
しばらく歩いた後、雪菜の入院費の支払いが今日だったことを思い出す。
エルミアを連れて行くことには迷いがあったが、支払いが遅れて病院側に迷惑をかけたくなかった。
「エルミア、今から行くところでは、絶対におとなしくしててよ。くれぐれも、さっきみたいに勝手に歩き回ったらダメだからね。約束できる?」
「そんなことよりアンデッドマン、あの白い泡みたいなモノはなんだ! 食べ物なのか?」
エルミアは、通りすがりの男の子が食べていたソフトクリームに興味津々だった。
「食べたいの?」
「食べたい!」
「なら、勝手に動かないって約束できる?」
「できる!」
ホントかな……?
でもまあ、お星さまみたいな目を向けられたら、買わないわけにはいかないよな。
「あと、顔を隠していない時に、俺のことをアンデッドマンっていうの禁止」
「なぜだ? 貴様の名前なのだろ?」
「アンデッドマンは身分を隠している時の姿と名前なんだよ。今の俺は不死川宗介」
「ややこしいやつだな」
「ややこしくても守ってもらわなきゃ困る」
「なぜだ?」
「なぜって……エルミアだって、人族の街に行くときには人に変装するだろ? つまり、そういうことだよ」
「……なるほど、理解した」
本当に理解しているのだろうか。
彼女の視線は、先程からソフトクリームに向けられており、俺の話を聞いているようには見えなかった。
不安に思いながらも、俺はソフトクリームをひとつ購入し、雪菜が待つ病院に向かった。
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