第33話 目覚めた、エルフ
「う、う〜……ん」
おっ、目が覚めたようだ。
状態異常(怪我)を治すためにスライムカプセルを使用し、一定程度のHPが回復したところでカプセルから出しておいた。
スライムの中で目を覚ますと驚かれるかもしれないので、その点に配慮してのことだ。
「ハッ!? き、貴様何者だ!?」
驚いた様子で飛び起きたエルミアは、反射的に腰の剣を手にしようとしたが、そこには本来ならあるべき剣がなかった。
「あ、言っておくけど俺が盗んだり隠しているわけじゃないよ。はじめからなかったから」
剣がないとわかると、エルミアは手のひらを俺に向けて突き出した。
どうやら魔法で牽制しようとしているようだ。
「な、何のマネだ!」
俺は争うつもりがないことを伝えるため、ホールドアップして両手を上げた。
「君と戦うつもりはない」
「……っ」
しばらくの間、にらみ合いは続いたが、こちらに戦う意志がないことが伝わったのか、エルミアの肩から力が抜けた。
しかし、完全に警戒が解かれたわけではないようだ。彼女は周囲に俺の仲間がいないかを疑っている。
「貴様、あのデーモンの仲間か?」
「それって、菫色の髪の男のこと?」
彼女が頷くと、「彼ならどこかに去ってしまったよ」と俺は伝えた。
「貴様の……その変な格好はなんだ! なぜ素顔を隠している」
「ヒーローってわかる? 戦隊モノとか……」
顔にわからないと書いてあったので、俺はスマホを取り出し、ギャラリーに保存していた戦隊モノの写真や、アメコミヒーローの画像を見せることにした。
「まるで理解できん」
女の子に戦隊モノの魅力を理解しろという方が無理なのかもしれない。そういう意味では、彼女の反応は実に女の子らしいものだと言えた。
「ここはどこだ」
注意深く周囲を観察していたエルミアは、先程の少年、メフィストフェレスと同様の言葉を口にする。
「【墳墓の迷宮】だけど」
「墳墓……迷宮……」
と、彼女は不思議そうに繰り返していた。
「あいつにやられて、それから体が宙に浮いて、次元の裂け目に吸い込まれたまでは覚えているんだけど……ん? そういえば傷が癒えている」
「あっ、重症だったので治療しておいたんだけど」
「治療……?」
彼女が少しでも警戒心を解いてくれるといいのだが…。
じー。
そんな淡い期待を抱いていたのだが、なぜか逆に好奇の目が向けられた。
「貴様、アンデッドだろ」
「!?」
またバレた!?
メフィストフェレスくんといい彼女といい、どうして俺がアンデッドだってわかるんだ。
「いや……」
「隠しても無駄だ。光の民であるエルフの私には、貴様から発せられる闇が見えるのだ」
「え!?」
俺の体からそんなものが出ているのか!?
自分の全身を隅々までチェックするが、彼女が指摘する闇というものが俺には見えなかった。
エルフにしか見えなかったりするのだろうか。
「今のは言葉の綾だ」
「な、なんだ……」
真に受けてしまったじゃないか。
「なぜ、私を治療した」
「なぜって……死にそうだったから?」
「なるほど、新鮮な状態の私を食らおうという、そういう腹かっ。私も随分となめられたものだな!」
「いや、食べないけど……」
エルミアは何かとんでもない勘違いをしているようだ。
「我が名はセルティアの森に住まうアイグノールの娘、エルミア! 貴様のようなアンデッドに遅れはとらぬっ! ――――あっ」
エルミアはまた腰の剣帯に手を伸ばしている。恐らくは癖なのだろう。
仕方ない。
「あ、あの……もしよかったら、これをどうぞ」
俺は『アイテムボックスⅤ』からソルジャーアントの長剣を取り出し、エルミアへと差し出した。
「おっ、これはすまないな」
「いえ、やっぱり腰に得物がないと落ち着かないですよね」
「そうだな」
静かに剣の感触を確かめるエルミアだったが、
「って、ちがーうッ! 私は貴様の敵なのだぞ! わざわざ敵に武器を渡すバカがいるかっ!」
「いや、だから――」
「それとも何かっ! 貴様、アンデッドの分際で騎士のように正々堂々、私を打ち負かしたいと言うつもりかっ! その上で私を喰らうとッ! そういうことか!」
「誤解だってばっ!」
「ええーい、うるさいっ! 私に剣を与えたこと、冥府で後悔するがいい!」
「げっ!?」
滑らかな身のこなしから放たれる突きは、まるで俺の心臓を射抜こうとするかのように正確に向かってくる。
カキィーン!
しかし、狙いが正確な分、対処するのはそう難しくはない。
「私の突きを受け止めただと!? 貴様、やはりただのアンデッドではないな」
「いや、だから、俺はエルミアと戦う気はないんだってばっ!」
「アンデッド風情が、馴れ馴れしく私の名を呼ぶでないわ! ――――あっ!? な、なんだこれは!?」
俺は近くに待機させていたスライムを使って彼女を囲み、『造形技術』と『性質変化』を駆使して檻を作り出した。
「き、貴様卑怯だぞ!」
「そんなこと言われても……エルミアが襲ってくるのが悪いんじゃないか」
「私は私を喰おうとした野蛮な貴様から、身を守っているだけだ! それのどこが悪いっ!」
「だ・か・ら、俺はエルフなんて食べないって言ってるだろっ!」
彼女が信じられないと言うので、俺は『アイテムボックスⅤ』からお弁当箱を取り出し、その中身を彼女に見せることにした。
「動物の生肉か?」
「俺は食用として売られている生肉しか食べない」
「しかし、貴様
「まあ一応、今はそういうことになっているけど……」
「今は……何か訳ありか?」
話してみろというエルミアに、俺はグールに至るまでの経緯を話すことにした。
羽川さん以外に話すつもりはなかったが、彼女がエルフだったことで少し気が緩んでいたのだろう。
「要するに、数日前まで貴様は人間だった……そういうことか? にわかには信じられんな」
訝しむエルミアに対し、俺は「君も俺と同じ状況なのではないか?」と尋ねた。
「私は生まれも育ちも光の民、エルフ族だ」
「ってことは、やっぱりダンジョン出身のモンスターってこと?」
「アホかっ! この私のどこがモンスターだというのだ! 貴様の目は節穴かっ!」
「ご、ごめんなさい」
怒らせてしまった。
どうやら言い方に問題があったようだ。
ゲームなどでは、エルフはモンスターではなく、妖精と表記されることがある。
たぶん、そのせいだと思う。
「でも、ダンジョン出身なんでしょ?」
「ダンジョン? 何を言っている。私の故郷はセルティアの森だ」
「セルティアの森……?」
聞いたことないな。
ヨーロッパ圏にある森の名称だろうか?
「そのセルティアの森ってのはどの辺にあるの? フランス? それともイタリア?」
「バルタイル王国から西に数百キロほど向かった先だ」
「ば、バルタイル……王国!?」
そんな国があったっけ?
というか、生まれも育ちもエルフと言っている時点で……なんだか頭が痛くなってきた。
「ひとつ聞きたいんだけどさ、日本、アメリカ、イギリス、中国、ロシア……聞いたことある?」
「何だそれは? 食べ物の名前か?」
「……」
マジか……。
この地球上で生きていて、これらの国を一つも知らずに育つなんてあり得るのか?
アマゾンの奥地に暮す少数部族とかならあり得るだろうけど、どう見てもそんな風には見えない。
つまり、エルミアはこの世界の人間ではないということだ。いや、そもそも人間ではなくエルフだった。
俺は、例のアメリカの研究者の言葉を思い出していた。
『そもそもダンジョンとは何者かによって異世界から転送されてきたものである。ただし、まれに転送に失敗するダンジョンが存在する。そのダンジョンはまだ異世界と繋がっているのかもしれない』
この仮説が正しいと仮定すれば、エルミアは異世界から来たエルフである可能性が高い。
確かめる必要がある。
「エルミア、落ち着いて聞いてほしいんだけど、おそらくここは君がいた世界とは異なる世界だ」
「異なる……?」
「ここは地球という星に存在する世界なんだ」
俺はまず、この地球に関する説明をすることにした。
その後、エルミアがどのようにしてこちらの世界にやって来たのかを尋ねることにした。
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