第29話 羽川さんがウチに来た日②

「ちょっと長くなるかもしれませんが、聞いてもらえますか?」


 フリーズしてしまった羽川さんに問いかけると、彼女は小さく頷いた。


「実は――――」


 俺はあの日、【墳墓の迷宮】でドラゴンに遭遇したことから、今日までに起きたすべての出来事を、正直に話した。


 ――ぺたん。


 やがて、黙って話を聞いてくれていた羽川さんは、脱力するように床に座り込んでしまった。


「それでその、死体からやっと生者に進化できたんですが、見ての通り、グールになってしまって、何を食べても生ゴミのような味がしてしまうんです。……何か食べられるものはないかと、昨夜いろいろと試してはみたんですけど、ダメでした」


 心からの謝罪と共に、羽川さんを傷つけるつもりはなかったことを表すために、俺は土下座をした。


「……信じてないわけじゃないんだけど、君のステータス画面を共有してもらえない?」


 俺は少し考えてから、


「わかりました」


 羽川さんの提案を受け入れることにした。



【不死川宗介】

 レベル:35/60

 HP:1869/1869

 MP:1977/1977

 SP:498

 経験値:4869/480637


 種族:グール

 腕力:1022

 耐久力:1093

 魔力:1176

 敏捷性:1203

 知性:859

 運:803



「なっ、何よこのステータス!?」


 羽川さんの反応は正しい。俺が彼女の立場だったとしても、同じように反応するだろう。それほど、俺のステータスは異常だ。


「長年ギルドに務めているけど、これ程のステータスを見るのは初めてよ。……ここ、【職業】じゃなくて【種族】って表記されているわね。種族別能力開放画面か……ん? ちゃんと職業別能力開放画面もあるじゃない」

「あっ、ちょっと待って!」


 そこは見ないでくださいと言おうとしたのだが、遅かった。彼女はステータス画面を操作して、禁断の画面を開いてしまった。


 選択可能職業一覧。

 【小日向由佳】

 【金剛尚也】


「え……」


 彼女が画面を見つめながら眉をひそめた。その表情から、彼女が困惑していることが伝わってくる。


「小日向由佳、金剛尚弥……この名前、どこかで……はっ!?」


 彼女は気付いてしまったのだろう。口元に手を当て、目を見開いていた彼女は、まるで親しい友人の訃報を聞いてしまったかのようだった。


「これって……」

「はい……」


 俺は観念したように、頭を垂れることしかできなかった。


「彼らは先日亡くなった、【黄昏の空】のメンバーです」


 素直に認めると、彼女は小さく「そうよね……」とつぶやいた。その表情は、難事件に遭遇したベテラン刑事のようだった。


「どうして彼らの名前が?」


 尋ねられた俺は、ステータス画面を操作して、最初のページに戻した。

 そして、そこに書かれていたある文面を指し示す。


 唯一才能ユニーク・タレント

 墓荒らしの簒奪者:貴方は死者から力を奪い取る。


「貴方は死者から力を奪い取る……どういうこと?」


 意味がわからない、と彼女の顔に書かれていた。


「俺はモンスターを倒すと、倒したモンスターの能力を一部、自分のものにしてしまうらしいんです。当初はモンスターだけに発動する能力だと思っていたんですが、五層で彼らの遺体を発見し、触れた瞬間、彼らの力の一部が俺の中に……」


 この唯一才能ユニーク・タレントに関しては俺自身、わからないことが多すぎた。

 但し、この力があったお陰で、俺は今もこうして生きていられる。


「このこと、他に誰かに話した?」

「いえ」


 俺は話していないと首を横に振った。


「賢明な判断よ。モンスターの力だけでなく、死んだ人の力を奪い取る能力なんて、公表すれば何を言われるかわかったものじゃない。下手したら、君がふたりを殺した犯人だと言い張る人も出てくるわ」

「そんな!?」


 数万人のリスナー証言者はいるものの、あーだこーだ因縁をつけて誹謗中傷する輩はどこにだって存在する。

 誤解が解けても、一部の宗教団体が死者の魂を拘束しているという理由で抗議に来る可能性もある。


「それも確かに問題なんだけど、一番の問題は……君が人間ではないということ」

「俺は……っ、人間です!」


 覚悟していたことだが、やはり面と向かって人間ではないと言われると、堪えるものがある。


「それ、証明できる?」

「証明……ですか?」

「君が自分のことを不死川宗介だと言い張っても、あたしたち人類にはそれが本当なのか、嘘なのか判断できない」

「いや、でもっ!」

「もし未知の生物やモンスターが不死川宗介に成りすましていると言われたら、その証明方法はあたしたち人類にはない。そして、そのことが公になってしまうと、世界中の人々が疑心暗鬼になり、職場の同僚や学校のクラスメイト、近所の人々までが本当に人間なのか疑うことになるでしょう。恐怖や不安から人々は大きなストレスを抱え、そのすべてがこの問題を提起したあなたに向けられる」


 つまり、俺はダンジョンに住むモンスターと同様に、人類の敵と見なされる可能性があるということだ。


「まあ、そこまで思い詰めることないわよ。君がアンデッドになってしまった事実を知るのは、あたしだけなのよね? なら、隠し通すことは不可能ではないはずよ」

「報告……しないでいてくれるんですか?」

「もちろん! ところで一つ疑問なんだけど、人間とグールの間に子供って作れるのかしら?」

「え……」


 思わず背筋を伸ばして固まってしまった俺に、


「冗談よ」


 羽川さんが怪しく微笑んでいた。


「さて、それじゃあ、試してみましょうか」

「ええっ!? た、た、試すって何をですかっ!」

「……何って、勿論、君が食べられるものがないか、だけど?」

「あ……」


 なんだ、俺が食べられるもの……か。

 タイミングがタイミングだっただけに、変なことを考えてしまった。そのせいで、顔が熱くなってしまう。


「ははぁーん、さては君、お姉さんとエッチなことができるんじゃないかって考えていたでしょ」

「ち、違いますっ!」

「……そんなにムキになって否定しなくてもいいじゃない。あたしだって傷ついたりするんですけど……」

「なにか言いました?」

「別に」


 羽川さんは床に突き刺さったままの包丁を回収した後、少し不機嫌そうに台所に向かった。包丁を流し台に置いて、冷蔵庫の中をゴソゴソと探っている。

 

 また何か作ってくれようとしているのだろうか。彼女には申し訳ないが、たぶん何を食べても結果は同じだと思う。


「へ……?」


 手間な上に食材がもったいないので断ろうとしたところ、ドンッ! とテーブルに生肉が置かれた。

 肉を詰めたパックには、本日のサービス品と書かれたシールが貼られており、バーコードにはブラジル産若鶏モモ肉(1454g)843円と表記されていた。


「唐揚げでも作るんですか?」


 疑問に思ったことを口にすると、


「そんなの作っても、どうせ君、食べられないでしょ? また吐き出されたら、たぶん、今度はあたし本気で君のこと刺しちゃうと思うし」

「………」


 なんかさらっと怖いことを言っている。いやまあ、吐いてしまった俺が全面的に悪いのだが……。


「では、これは……?」

「昨夜なにか食べられるものはないかって、一通り食べてみたのよね?」


 YESと力強く頷いた。


「でも、生肉はまだ試してないんじゃない?」

「え……いや、まあ……はぃ」


 そんなもん食べたら腹を壊してしまう。

 カンピロバクター菌にサルモネラ菌、生肉には様々な菌が存在する。下手をすれば、命に関わることさえある。


「グールを漢字で書くと、食屍鬼って書くでしょ? つまり、グールは屍を食べる鬼なのよ。ようは死体しか食べられないんじゃないかなって思うのよね」

「う〜ん……でもそれなら、とんかつだって豚の死体ですよね?」


 言うと、羽川さんはそうねと頷いた。


「例えばの話だけど、宗ちゃんが人間だった頃、冷凍庫でカチンコチンに凍らせたとんかつを出されて、食べられると思う?」

「いえ」


 そんなもん、食べられるわけがない。


「長時間泥水に漬けたとんかつだったらどう?」

「無理です。そんなの食べたら吐いちゃいますよ」

「だよね。あたしもそう思う」

「……?」


 羽川さんは何が言いたいのだろう。


「つまり、グールにとって卵、小麦粉、パン粉、油、これらがまさにそれなんじゃないかって思うのよね」

「調理したお肉がダメだったってことですか?」

「あくまで可能性の話だけど」


 自分の仮説を検証するためにも、羽川さんは俺に、生で鶏肉を食べるように言っている。


「ためらう気持ちもわかるけど、このままだと君、餓死しちゃうんじゃない?」

「……ですよね」


 羽川さんに促されるまま、俺は生肉を手に取った。ヌメヌメしていて気持ち悪く、食欲なんて微塵も湧き上がらない。

 やっぱり違うんじゃないかと羽川さんを見ると、


「男の子でしょ。覚悟を決めてかぶりつく!」

「……覚悟、ですか」


 そうは言っても、実際にこうして生肉を食すとなると、やはり緊張する。

 額から変な汗まで出てきた。


「くそっ」


 ヤケになって生肉にかぶりついた瞬間、


「――――!?」


 な、なんだこれ!?

 口いっぱいに広がった旨味。ジューシーな肉は噛めば噛むほどに甘みが滝のように口の中に広がってくる。


 うまい!

 美味すぎて手が止まらない。

 何日振りの食事だったのだろう。俺は目の前に羽川さんがいるにも関わらず、無我夢中で生肉を食べ続けた。

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