第27話 帰還報告

「ふわぁ〜」


 翌日、俺は自宅のベッドで目を覚ました。

 眠気眼を擦りながら、ぼんやりと昨日の戦いを思い出していた。


 コボルトロードを討伐した後、スライム探索隊総動員で【女神のなみだ】を探したのだが、結局見つからなかった。がっかりしながら四層に引き返すと、五層へ続く階段前で口論しているみみちゃむ達とばったり出くわした。


 彼らは俺の顔を見るやいなや、一斉に「アンデッドマン!?」と叫び声を響かせ、まるで幽霊を見たかのように驚いていた。


「あ、あ、あんた生きてんのかい!?」

「オレァてっきり死んじまったかと!」

「信じられない、これは夢ではないのか!?」


 彼らがオーバーリアクションをしている一方で、響はみみちゃむの腕を掴んだまま固まってしまっていた。


「あ、ちょっ!?」

「不死みん!」


 響の手を乱暴に振り払ったみみちゃむが、久々に飼い主と再会したゴールデンレトリバーのように飛びかかってきた。


「うわぁ!?」


 突然の出来事に対応できず、俺はその場で尻もちをついてしまった。


「い、痛い……」

「よかった、不死みんが無事で本当によかった!」


 心配してくれるのはありがたいが、俺は不死みんではない。そのことを彼女にしっかりと伝えながら、身を引き離した。


「あ、うん。そうだった。今はアンデッドマンなんだよね」


 その言い方は少し気になるが、まあ良しとしよう。


 ︰おい、アンデッドマン! お前炎上したいのか!

 ︰いつまで抱き合ってんだよ!

 ︰みみちゃむから離れろ!

 ︰彼女はスーパーアイドルなんだぞ!

 ︰アンデッドマン許さん!


 一部厄介そうなリスナーを作りながら、俺たちはギルドに向かった。



「アンデッドマン!!」



 ダンジョンからギルドに戻ると、そこには多くの探索者シーカーや職員、そしてみみちゃむや響たちのリスナーが待ち構えていた。


「「鏡夜!」」

「沙也加! 麻里奈!?」


 ギルドには死亡したと思われていた【黄昏の空】のメンバーが二名、自力で帰還していた。金剛尚也と小日向由佳の両名は命を落としてしまったが、自分以外の仲間が生きていたことにホッとしたのか、響の目からは涙がこぼれ落ちた。


 それからは本当に大変だった。

 一連の出来事をギルドに備え付けられたモニター越しに観ていた人々からは、素顔を見せるようしつこく迫られ、【墳墓の迷宮】を管理するギルド長からは探索者ランクを変更したいという理由で、ライセンスの提示を求められた。もちろん、俺は全ての申し出を断った。


 現状を正しく説明できない以上、アンデッドマンの正体が最弱王である不死川宗介だと知られる訳にはいかなかった。

 したがって、


「あ、と……その、えーと……そうだ! バイトの時間だ!」


 苦し紛れの言い訳を叫びながら、俺は逃げるようにギルドを飛び出した。

 茜色の夕日がやけに眩しかったのを覚えている。





「あっ!」


 大事なことを思い出し、俺はベッドから飛び出して、急いで洗面所に向かった。鏡に映る自分の顔を見て、安堵の表情が浮かんだのだが、同時に、ある問題にため息が漏れた。


「どうしよう……」


 と言うのも、死体ゾンビから生者グールに進化したことで、ようやくまともな肉体を手に入れたのだが、髪は雪のように白く、白目は悪魔のように黒く染まっていた。さらに爪はマニキュアを塗ったように黒かった。


「そりゃ骨よりかはマシだけど……」


 それでもやはり、これはこれで気になってしまう。

 昨日のうちにネットショッピングで黒染めと全眼カラコンを注文しておいたので、今日中には届くと思う。


 しかし、問題はそれだけではない。


 グールになったことで、生きものとしての欲求が目を覚ました。

 その中でも特に問題なのは、食欲があるということ。

 単に食欲があるだけなら、それ自体は問題ではない。

 では何が問題なのかというと、


「不味っ!?」


 何を食べてもひどく不味いのだ。まるで生ゴミを咀嚼しているかのようで、吐き気を覚えるレベル。さらに、水すらも不味く感じるほどの異常事態。


 以前、グールを題材にした漫画を読んだことがある俺は、インスタントコーヒーならばと期待を込めて飲んでみたのだが、


「うぇ゛ッ……」


 残念ながら不味かった。

 結局、何を飲食しても不味いのだ。

 しかし、困ったことに腹は減り、喉は渇く。これでは、スケルトンの方がマシだったのかもしれないと思ってしまうほどだ。


「にしても、えらい騒ぎになっちゃったな」


 昨日からネットニュースやSNSでは、『謎のヒーロー(?)アンデッドマン』に関する話題で持ちきりだ。


 SNSのフォロワーはわずか二晩で16万人に達し、動画サイトのチャンネル登録者数は21万人に達した。

 昨夜収益化申請を行ったので、早ければ来週から収益が発生する見込みだ。夢だったスーパーチャットも解禁となる。

 今から楽しみで仕方がない。


「DMの量もすごいな」


 不死みん時代にも何度かDMが届いたことはあったが、それらはすべて誹謗中傷で、DMに対する良い印象はなかった。

 しかし、アンデッドマンになってからは、届くDMの多くが、みみちゃむや響たちを助けたことへの感謝の言葉で溢れていた。中には交際を申し込んでくる怪しげな女性からのDMもあった。


「あっ、みみちゃむからだ!」


 なんとあのみみちゃむからもDMが送られてきていた。

 DMの内容は、なんとコラボ動画のお誘いだった。


「みみちゃむが俺とコラボ!?」


 チャンネル登録者数120万を誇るみみちゃむが、この俺とコラボ……想像しただけで手汗がすごい。


『よろしくお願いします(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)』


 俺はすぐに返信した。


 その後、学校に電話して昨日の無断欠席を謝罪し、さらに一日休むことを伝えた。


 奇抜な服装をやめて普通の格好になったのはいいことだが、制服にサングラスというのは逆に目立つような気がした。


「これじゃあ、まるで非行少年みたいだよな」


 今日は妹の状態を確認しに病院に行って、それからは家で静かに過ごすつもりだ。






「お、お兄ちゃん!? 何よその頭……まさかグレちゃったの!」


 病室の扉を開けると、すぐに妹からツッコまれたが、問題はない。

 言い訳ならここへ来る途中に考えていた。


「違う違う。街を歩いてたら美容学校の人にカットモデルってのを頼まれてさ、兄ちゃん断れなくて……気付いたらこうなってたんだ」


 雪菜は落胆の表情で頭を深く下げていた。俺は妹に再び嘘をついてしまい、少し心が痛んだ。


「学校、大丈夫なの?」

「ウチの学校は髪色は自由だから問題ないよ。個人的に不良っぽくて嫌なだけだ」

「へぇー、それなのにわざわざ見せに来たんだ」

「今日中にはネットで買った黒染めが届くからさ、記念に雪菜に見せておこうかなって」

「白は確かにダサいと思うけど、青とか緑ならおしゃれなんじゃない?」

「えー、そうかなぁ?」


 派手な髪色の方が韓国アイドル風でおしゃれだと言うけど、あれはイケメンがやるから成立するのであって、俺のような普通の男が真似すると、ただの浮いた奴になりかねない。何より、そんな派手な髪色で学校に行く勇気が俺にはない。


「あっ、そうだ。お兄ちゃんアンデッドマンって知ってる? 今すごく話題になってるんだよ」


 妹から予想外の名前が出てきたことで、俺のBPMが一気に跳ね上がった。


「ああ、アンデッドマンなら友達だよ」

「えっ、本当に!?」

「もちろん。何なら俺の弟子だよ」

「………あぁ、そうなんだ」


 なんでそこでテンションを下げるんだよ。そこはむしろ、大袈裟なくらいに驚くところだろ。


「で、アンデッドマンがどうかしたのか?」

「ううん、ただ少しだけ、お兄ちゃんに似ている人だなって思っただけ」


 アンデッドマンは素顔を公表していないので、似ているかどうかなんてわからないと思うのだが、なぜそんな風に思うのだろう。


「何となく。でも……やっぱり違うよね」


 遠くを見つめる彼女に、真実を告げるべきか悩んでいる間に、昼食の時間が訪れてしまった。

 俺は妹に声をかけて、病室をあとにした。



 ぐ〜〜〜〜〜っ。


 帰宅途中、何度も腹の音が鳴ったが、何を食べても生ゴミの味がしてしまうことを考えると、食欲が失せていく。


「はぁ……こりゃ拷問だな」


 トボトボと腹をさすりながら自宅前まで帰ってくると、


「「あ」」


 偶然にも羽川さんとばったり出会ってしまった。


「奇遇ですね。羽川さんの家もこの辺なんですか?」


 笑顔で尋ねると、羽川さんはあきれたように肺の中の空気をどっと吐き出してから、キリッと俺を睨みつけた。


「そんなわけないでしょ」

「なら……散歩ですか?」


 彼女はこめかみを押さえながら、違うと首を横に振った。


 では、なんだろう……?


 羽川さんが手にした資料を見ると、そこには俺が探索者ライセンスを取得する際に書いた書類があった。


「ひょっとして……俺に会いに来てくれたとか?」


 そんな訳あるはずないよなと笑い飛ばしたのだが、羽川さんは意外にも、その通りだと頷いた。


「君、また帰還報告を怠ったわよね?」

「あ……」


 めちゃくちゃ睨まれている。


「この間は騒ぎになっていたから、宗ちゃんが無事に帰ってきたことを確認できていたけど、今回はそれもない。他の探索者シーカーに君の目撃情報を提供してもらおうと声をかけても、誰も見ていないっていうじゃない。だからもしかしたらと思って、こうして確認しに来たのよ」

「な、なるほど。そういうことでしたか」


 だから羽川さんがウチの前にいたのか。


「でしたかじゃない! ちゃんと説明してもらいますからね、君がどうやってあたしに見つからずダンジョンから、ギルドから外に出たのか!」

「いや、あの……その、えーと……」


 俺が言葉に詰まると、羽川さんは静かに鞄からスマートフォンを取り出し、片手で素早く操作し始めた。


「へ……?」


 羽川さんがスマホ画面をぐっと突きつけてくる。


「!」


 彼女のスマホ画面には、アンデッドマンの画像が映し出されていた。


「な、なんですか……これ?」

「アンデッドマンよ。知らないわけないわよね?」

「……ええ、まあ、その……今すごくバズってますから」


 と言うと、羽川さんはにっこり微笑み、良かったと言った。


「では、とりあえず君の家でゆっくり話をしましょうか」

「話……? 何の?」

「勿論、アンデッドマンがどうやって【墳墓の迷宮】に入ったのか、君がどうやってダンジョンから出たのか。それと、そのへんてこな髪色についてよ!」

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