第26話 サンダーボルト

「――――――――――――――ッッ!!」


 再び、コボルトキングは猛獣のような雄叫びを轟かせ、俺を威嚇した。


「――――!?」


 ︰引いたらダメだアンデッドマン!

 ︰弱気になるな!

 ︰お前ならやれるはずだ

 ︰勇気を出せ!


 気圧されて、一歩後ろに下がりそうになる足に力を入れ、俺はその場に踏みとどまった。

 刹那、コボルトキングが大剣を振りかぶりながら襲ってきた。


「ッ!」


 逆袈裟斬りに振り抜かれた鉄の塊を、俺は即座にスライムソードで防御しようとしたが、その威力に吹き飛んでしまう。


 ︰飛んだ!?

 ︰マジかよ!?

 ︰完璧に受け止めたのに!

 ︰力えげつなすぎだろ……


 くそっ……何なんだよこの馬鹿力はっ!


 俺の筋力ステータスは402であるにもかかわらず、コボルトキングの一撃を受け止めた直後、3メートルも後方に転がった。


「……っ」


 すぐさま起き上がって体勢を立て直したが、腕がジンジンと痺れていた。まるで腕にスタンガンを押し当てられたかのように、今も衝撃が走っている感覚があった。


 本当にこんな怪物に勝てるのだろうかと、逃げ腰になりそうな自分に気合を入れ、スキル『疾風』を駆使し、身体能力を限界まで高める。その勢いで、全力を込めてコボルトキングの土手っ腹に剣を振り抜く。


「くっ……」


 一撃を放った後、まるで鐘楼の鐘を打ったかのような反動が返ってきた。コボルトキングは俺の必死の一撃を楽々と受け止めていたのだ。

 そして再び、俺は派手に吹き飛ばされた。


「何が、どうなっているんだ……」


 俺のステータスはBランクのみみちゃむよりもはるかに高い。技術や経験といった要素では彼らには劣るかもしれないが、純粋な能力値だけならAランクの探索者シーカーたちと同等、あるいはそれ以上だと自負していた。


 しかし、目の前の怪物に対しては、全く勝算を感じない。


 Aランクの探索者シーカーが数人がかりでも勝てないとは聞いていたが、まさかこれほどまでとは思ってもいなかった。


 ︰は?

 ︰何言ってんだよこいつ

 ︰適当なこと言うな!

 ︰どうせアンチだから気にするな


 ん……?

 先程からコメント欄が騒がしい。

 こんな時にリスナー同士で言い争いか?


 ︰何を訳のわからんことを言ってんだ!

 ︰ホラ吹き野郎は失せろ!

 ︰嘘ではない。そいつはコボルトキングではない。逃げろアンデッドマン!

 

「……コボルトキングじゃない?」


 この強さはどう考えたってハイコボルトではない。体格もハイコボルトとは比べものにならないくらい巨体だ。

 こいつがコボルトキングではないとすれば、一体何だという。


 ︰アンデッドマンよく聞け、お前が戦っているそいつはロード。コボルトキングの上位種だ


「は?」


 ロード……? コボルトキングの上位種? なんだよ、それ……?

 そんな馬鹿な話があってたまるか。

 俺は無意識のうちに、スキル『鑑定』を発動させていた。



【クグガ】

 レベル:86/120

 HP:1864/1864

 MP:1246/1466

 SP:156

 経験値:68469/1268642


 種族:コボルトロード

 腕力:714

 耐久力:686

 魔力:644

 敏捷性:768

 知性:526

 運:501



「……勝てるわけないだろ、こんなの」


 規格外のステータスを前に、俺の足は自然と後ろに下がった。


「ぃ……っ!?」


 そんな俺の心を見透かしたかのように、コボルトロードが猪のように突っ込んできた。


「くそっ!」


 『疾風』スキルにより敏捷性が向上しているにもかかわらず、コボルトロードの動きに追いつけない。さらに、剣で攻撃を防いでいるにもかかわらず、俺のHPが次第に削られていく。


 このままでは、負ける。


 ステータス値を向上させるために、スキル『狂化』を使うべきか悩む。

 だが、『狂化』を発動しても、コボルトロードの攻撃が依然として通ってしまえば、単にHPの50%を失うだけの結果になる。

 つまり、自らの死を早めるだけの愚策というわけだ。


 しかし、このままではいずれ俺は死ぬ運命にある――だが、まだ可能性は残されている。

 俺には、最強の唯一の才能 ユニーク・タレント、『墓荒らしの簒奪者』がある。

 そして現在、俺とコボルトロードを囲むように、山のようにハイコボルトが存在している。その数は今も増え続けている。


 奴らからステータスを奪い取ることができれば、俺にもまだ勝機はある。

 最後の1秒まで、決して諦めてはいけない。生きるために足掻き続けるんだ。


「グガァアアアアアアアアアッッ!!」


 コボルトロードが殺意を露わにして襲ってきた瞬間を狙い、


「『サンダーボルトⅢ』!!」


 俺は音速を超える電撃を放った。

 たとえ大きなダメージを与えられなかったとしても、このような強力な電撃を生身で受けると、どんな生き物でも一瞬動きが止まるだろう。その隙に、コボルトロードに向けて『粘糸』を繰り出す。少しでも時間を稼げれば良い。


「――――ッ!」


 その間、俺は一体でも多くのハイコボルトを討ち倒す。


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


「うらぁああああああッ!」


 もっと強く、もっと速く!

 コボルトロードやつと戦えるだけの力を手に入れるんだ。


 残りHPの50%を失ったが、今は一体でも多くのハイコボルトを殺すため、俺はスキル『狂化』を発動し、群がるハイコボルトに斬り込んだ。


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


 まだだ。


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


 全然足りない。


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 叫び声を上げながら、俺はハイコボルトを斬り伏せ、『スライム生成』と『特質変化』を使って沼地を形成した。これにより、少しでもコボルトロードの動きを鈍らせることが目的だった。


「くそったれぇッ!」


 粘糸を断ち切り、沼地をモノともせず、コボルトロードが猛スピードで近づいてくる。


「――――ッ!!」


 間一髪、身を翻してコボルトロードの一撃をスライムソードで受け止めた。その反動で、俺の体は石切りのように沼地をはねた――が、先程よりもHPの減りが少ない。


 しかし、ちまちま一体ずつ倒していてはきりがない。


 ︰今度は何やってんだ?

 ︰また泥沼か?

 ︰それは意味なかっただろ

 ︰泥沼じゃない! あれは……ガソリンだ!

 ︰は?

 ︰なんでガソリンなんて撒いてんだよ!?

 ︰アンデッドマンは頭がおかしくなったのか?

 ︰まさか……焼身自殺する気じゃないだろうな

 ︰そんな……

 ︰早まるなアンデッドマン!

 ︰まだきっと道はあるはずだ!


 俺は多くのスライムをガソリンに変え、泥沼も全てガソリンに変えた。その後、自分は『スライムカプセル』に身を隠し、カプセルから右手を突き出した。


「グゥォオオオオオオオオオオッ!!」


 コボルトロードが激怒し、突進してきたが、もはや手遅れだ。


 これでも喰らえッ。


「サンダーボルトッ!!」


 強烈な衝撃と爆発音が轟き、一瞬で全てが消し飛んだ。


「うぐぅ……っ」


 俺も『スライムカプセル』の中で身を守っていたが、爆発の衝撃でカプセルから弾き飛ばされ、炎の中を転がった。その時、自分のHPを確認すると、残り85と表示されていた。


 が、そこで異変に気付いた。


「!?」


 ステータス値がスロットのリールのように回転していたのだ。


 そして、脳内にあのアナウンスが何度も、何度も、頭がおかしくなってしまうんじゃないかと思うほど、繰り返し響いていた。


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


【ハイコボルトの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】



 そして、最後に――


【リッチのレベルが上限に到達しました】

【条件を満たしたことで進化先が解放されました。ステータス画面から進化先を選択してください】



 再び希望が湧き上がると同時に、燃え盛る業火の中で、コボルトロードやつの姿が浮かび上がった。

 巨体な体躯に、鉄の塊を手にした怪物が、血のように赤い眼を輝かせていた。


「なんで、ピンピンしてんだよっ……」


 視界がぼやけたまま、俺は無我夢中でステータス画面を操作していた。


「グガァアアアアアアアアアッッ!!」


 コボルトロードが鉄の塊を振り上げ、目の前に迫る瞬間、俺の体から強烈な光が放たれる。


「!?」

「――――――――ッ」


 炎が燃え盛る中、耳をつんざくような破砕音が轟いた。

 俺が倒れていた場所には、先ほどまでコボルトロードが振り上げていた鉄の塊が地面に突き刺さっていた。


「あっぶねぇー、間一髪だったな」

「!!」


 振り返ったコボルトロードは、驚きに目を見開いてこちらを見つめていた。


 俺はコボルトロードを横目に見ながら、ステータスを確認した。



【不死川宗介】

 レベル:1/60

 HP:85/1486

 MP:211/1596

 SP:289

 経験値:0/280


 種族:グール

 腕力:713

 耐久力:746

 魔力:821

 敏捷性:889

 知性:623

 運:602



 HPの最大量は負けているが、その他のステータスは互角、もしくはこちらが大きく上回った。


 ――――ガキィーン!!


 急襲からの袈裟斬りを、今度はノーダメージで受け止める。

 無論、吹き飛ばされることもない。


「!?」

「おっ!」


 最初はトラックに衝突したかのような衝撃が感じられたが、今はそれがラグビー部にタックルされた程度のものに感じられる。


 コボルトロードとの激しい鍔迫り合いで身動きが取れなかったため、右足にスキル『ためるⅣ』を使用する。

 その後、全力で前蹴りをたたき込んでやると、コボルトロードはサッカーボールのように吹き飛んでいった。


「うわ……マジか」


 これに驚いたのは俺だけではない。

 以前の経験から、耐熱加工を施したカメラを購入していたこともあり、一連の出来事を自動カメラはしっかり記録していた。


 ︰は?

 ︰え……ちょっww

 ︰今、ロードさん吹き飛びませんでした?

 ︰……急に強くなり過ぎじゃね?

 ︰壁にめり込んでいますけど……

 ︰ロード……死んだんじゃね?

 ︰蹴り一発で……?

 ︰あ、ありえない!? コボルトロードはSランク指定の超危険モンスターだぞ! こんなことができるのは〝大喰らい〝だけだ!

 ︰っんなこと言ったって吹き飛んでるし、なぁ?

 ︰お、おう

 ︰アンデッドマン、さすがです!

 ︰あっ、起き上がったぞ!


 まさにコボルトロードの名にふさわしい化物だ。

 全身を強打しながらも、まだ動けるとは。


「グガァアアアアアアアアアッッ!!」


 怒り狂って一直線に向かってくるコボルトロードを、俺は真っ向から迎え撃つ。

 燃えさかる業火の中、鉄のぶつかる激しい音が何度も響き渡った。


 やがて、息を切らしたコボルトロードが俺から距離をとった瞬間を見計らい、俺は左手を突き出した。


「――サンダーボルトッ!」


 そして、強力な雷を放つ。


「うそッ!?」


 その直後、コボルトロードの上半身が爆散した。

 残ったのは彼の立派な下半身だけだった。


【コボルトロードの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】



「え……」


 ちょっと強くなり過ぎでは?

 リスナーたちもドン引きして、コメントが止まってしまっていた。


 そして数秒後、爆速でコメントが流れはじめる。


 ︰えええええええええええええ!?!?

 ︰はあああああああああああああ!?

 ︰勝ったぁあああああああ!!

 ︰マジで勝ちやがった

 ︰絶対死んだと思ってたw

 ︰アンデッドマン強すぎワロタwww

 ︰あ、相手が弱ってただけだから……

 ︰弱らせたのもアンデッドマンな

 ︰やっぱりグラトニー並みじゃねぇか!

 ︰最初の苦戦はなんだったんだよ?

 ︰エンタメ?

 ︰あの強さなら十分あり得る

 ︰こんなに強いのに今まで何してたんだよ!

 ︰これでFランクとかありえないだろ

 ︰Sランク探索者爆誕じゃね?

 ︰伝説の配信キター!!!

 ︰とにかくおめでとう!

 ︰勝ててよかった!

 ︰信じていました!

 ︰さすがだな



 その後、俺はすぐには帰還せず、鉱山内を徹底的に探索した――が、目当てのモノは見つからなかった。

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