第25話 希望

「走れっ!」


 誰かの叫び声に後押しされるように、俺たちは一斉に逆方向に駆け出した。


 刹那、


「グゴォォォオオオオオオオオオオッ!!」


 突風のような咆哮が吹き荒れた。

 コボルト村を出るための横穴は、東西南北に4つあり、その中の1つ、西の穴には階段があることが分かっていた。


「西だ! 西の横穴の奥に階段があるはずだ!」


 鮭の群れのように一つになって西の横穴を目指す俺たちの前に、コボルトキングの雄叫びを聞いたハイコボルト達が四方から飛び出してきた。


「む、無理だ! これ以上は進めねぇ!」

「立ち止まっちゃダメだ!」


 今ここで足を止めてしまえば、四方から押し寄せるハイコボルトの群れに押しつぶされてしまう。

 生き残るためには、このまま正面突破しかない。


「うりゃああああああッ!」


 響はさすがBランク最強と云われるだけはある。瞬時に状況を理解し、果敢にハイコボルトに斬りかかった。


「ここで戦わなければどの道全滅だぞ!」

「すべてを相手にすることはないわ! 一点突破で道を切り開けばいい!」


 響がハイコボルトの一撃を受け止めると、透かさずみみちゃむが氷の槍で敵の急所を穿つ。彼らは言葉を交わさずとも、互いに何をするべきか、どう動くべきかを理解していた。

 これがBランク探索者として経験を積んできた猛者たちの戦い方か。ずっとソロだった自分には、到底真似のできない技術だ。


「チクショー! やるしかねぇぞ、てめぇら!」

「くそったれぇっ、こうなりゃヤケだ!」

「こんなところでくたばってたまるかってんだよッ!」


 鬼助さんたちも西の通路を目指し、一心不乱に得物を振り上げる。


「背後は私に任せ、君たちは西の通路を目指すのだ!」


 俺は大量のスライムを壁代わりに生成し、ハイコボルトからみんなを守ることに努めた。

 そして、『釘マシンガン』を撃ち込んでいく。


「効いてない……!?」


 ハイコボルトに対して『釘マシンガン』が効果的であることは実証済みだったが、今回はなぜか貫通しない。

 ハイコボルトは出血をしているので、効果はあるようだが、以前ほどのダメージを与えることができないようだ。


 ︰コメントみろ!

 ︰気付け!

 ︰頼むからコメント見てくれアンデッドマン!


 爆速で流れるコメントを横目で追っていると、気になるコメントを発見する。


 ︰ハイコボルトたちは何らかのスキルによって一時的にステータスが上昇している可能性がある。


 試しに眼前のハイコボルトを『鑑定』してみると、


【ドドルガ】

 レベル:48/50 (状態︰支配下)

 HP:168/401

 MP:198/324

 SP:96

 経験値:2680/580631


 種族:ハイコボルト

 腕力:164(↑205)

 耐久力:179(↑223)

 魔力:139(↑173)

 敏捷性:201(↑251)

 知性:144(↑180)

 運:148(↑185)



 リスナーの指摘通り、ハイコボルトのステータスが大幅に上昇していた。

 統率者の支配下に入ることで、ハイコボルトはHP&MP以外の全ステータスが25%上昇するようだ。

 厄介だな。


 ︰可能であるなら上位のコボルトを先に叩くのだ。


 上位のコボルトって……あれか!?


 ハイコボルトたちの後方に、こちらを睨みつけるコボルトキングの姿が見えた。


 ……いや、いくらなんでもあれは無理だろ。


 しかし、このままではジリ貧、みみちゃむ達のMPが底を尽きるのも時間の問題だ。

 何とかして彼女たちだけでもここから逃さなければ……。


「試してみるか」


 俺は西側の通路に立ちふさがるハイコボルトへと手のひらを突き出し、意識を集中させた。使うスキルはオリジナルの『釘』。イメージとしては、アフリカゾウの巨体に風穴を開けられるほど巨大な、自動車ほどの大きさの『釘』だ。


「「「!?」」」


 こちらに振り返ったみみちゃむ達が、目を見開き、金魚のように口をパクパクさせている。

 俺は彼らの反応を気にすることなく『釘』を完成させ、さらにスキル『ためる』で威力を上げた。


 ――――まわれ!


 スキル『操作範囲拡大』を駆使して横回転を掛けると、ギュィーン! と、まるで怪鳥の鳴き声を思わせる回転音が洞窟内に響き渡った。


「ちょっ――――」

「うそだろ……」


 よし、この質量ならいける。


「みんな避けてくれ!」


 俺はハイコボルトの群れに向け、超特大級の『釘』を放った。


 ――ズガガガガガガガガガッッ!!


 放たれた『釘』は轟音を立てながら、ハイコボルトの体を引き裂き、通路の奥深く、暗闇へと消え去っていく。

 その光景は、まるでモーセが海を割った時のようだった。


「――今だ、振り返らずに走れっ!」


 俺は心の底から叫んだ。

 ハイコボルトの群れを突破し、全員が西の通路に無事到達したことを確認してた後、急いで『スライム生成』を発動する。

 大量のスライムで西の通路を塞ぎ、『特質変化』で厚さ30センチの鉄の壁を作り出し、彼らとハイコボルトを分断した。


「――――アンデッドマン!?」


 鉄の壁の向こう側からみみちゃむの叫び声が聞こえてくる。


「その先をまっすぐ進むんだ。そうすれば四層に続く階段が――」

「そんなことを言ってるんじゃないわ! どうしてあなたがそちら側に残っているのよ!」


 怒気を含んだ声音と共に、ガンッ! と打撃音が響いた。


「残念だが、ハイコボルトならこの程度の壁は簡単に粉砕してしまうだろう。そうなれば、君たちの足では確実に追いつかれてしまう」


 コボルトキングのスキルである『支配下』の影響を受けたハイコボルトの敏捷性は251であり、一方、みみちゃむの敏捷性は142である。その差は100以上もあり、逃げることは不可能だ。


 最悪の事態を避けるためには、誰かがここに留まり、ハイコボルトを引き寄せる必要があった。


「だからってどうして不死みん・・・・が残らなきゃいけないのよ! ランクは私たちの方が上なのよ!」

「確かに、そうだな」


 まったく以ておかしな話だ。

 Fランクの俺が、Bランク最強の彼らを逃がすために一人、ハイコボルトの群れの中に残ろうなんて。


「だったらここを開けて! みんなで生きて帰れる方法を探すべきよ!」

「それは、できない」

「どうして!」

「全員が生き残るためだ」


 俺は何も、自己犠牲の精神でこのような行動をとっているわけではない。正直、彼らにそこまでする義理はないと思っている。


「私は今、自分にできる最善の策を取っているに過ぎない。全員が生き残るためには、私がここへ留まることが一番だと考えた」


 俺ではなく、彼らの中から一人、この場に留まる者を選んだとしても、その者はまず助からないだろう。

 下手をすれば、時間稼ぎにすらならないかもしれない。


 だが、


【ゾンビのレベルが上限に到達しました】

【条件を満たしたことで進化先が解放されました。ステータス画面から進化先を選択してください】


 この知らせが脳内でアナウンスされた瞬間、蝋燭のように風が吹けば消えてしまいそうな明かりだったが、確かに希望の火は灯った。 


「……っ」


 冷たい鉄の壁の向こうから、爪を立てる不快な音が響いてくる。


「かっこ悪くても、ぶざまでも、情けなくても、みっともなくても、最後の最後まで足掻き続けろ!」

「!?」

「これは以前、私が大切な人に向けて言った言葉だ」

「……」

「私はその者に恥じぬ生き方をしなくてはならない。救える命は一つでも多く救いたいし、救うと決めて探索者シーカーになったのだ!」


 強いとか弱いとか、そんなことは初めから関係ない。

 俺はただ、理不尽に大切な命を奪われたくないだけだ。


「お前……やっぱりあの時の変態か」

「あのとき……?」


 壁の向こう側から響の声がした。


「惚けるなっ! 他の連中のことは騙せても、僕の目は誤魔化せないぞ! 歩き方ひとつでお前の正体くらいお見通しだ」

「!」


 まさか……正体がバレている? いや、そんなはずはない。アンデッドマンの変装は完璧だ。誰もアンデッドマンの正体が、最弱王と呼ばれる不死みんだなんて思わないはずだ。


「なぜ……なぜ僕を助けたッ! 僕はお前にっ……なのに何故だアンデッドマン!」


 彼の言っていることが理解できなかったが、人を助けるのに理由は必要ない。そう言うと、先ほどよりも大きな反応が返ってくる。


「そんな答え、納得できるわけないだろっ!」


 怒りの声がますます大きくなり、まるでカンカンカンと打ち鳴らす半鐘のように、頭蓋の奥まで響いてきた。


「では、君はどうしてここにいるんだ?」

「! ……ぼ、僕は依頼を受けたから――」

「断ることだってできたはずだ。でも、君は断らなかった。君は自分の意志でここに来たんだ。彼らを救うために」

「……」

「ならばお互い、今できる最善を尽くそうではないか! 彼らのことを、最強の君に任せる!」


 とりあえず、Bランク最強と云われる彼が付いていれば何とかなるだろ。


「……あのときは、その……悪かった。お前を侮辱したことを謝りたい」

「……?」


 突然、声が小さくなり、何を言っているのか全然聞こえなくなった。


「だから、絶対に生きて戻ってくると約束しろ!」


 相変わらず、彼が何を言っているのかわからなかったが、


「ああ、約束しよう」


 とりあえずYESと返事をしておく。


「いや、離して! 私も残って一緒に戦うわ!」

「何を馬鹿なことを言っておるのだっ!」

「アンデッドマンの好意を無駄にするんじゃないわよ!」

「アンデッドマン聞こえるか! 彼女のことは責任をもってオレたちが上に連れ帰る。だからよぉ、てめぇは絶対に負けんじゃねぇぞ! 信じて任せるんだからなっ!」


 俺は鬼助さん達にまた後でと声をかけ、ハイコボルト達へと向き直った。


「ふぅー」


 ︰最大級のピンチだな

 ︰勝ち目はあるのか?

 ︰ないに決まってんだろww

 ︰相手はコボルトキングだぞw

 ︰対するアンデッドマンはFランクww

 ︰死亡遊戯確定www

 ︰かっこつけて死ぬとか草

 ︰こんな時にアンチとか糞だな

 ︰そんな連中は無視しとけ


 この状況が心細くないと言えば嘘になってしまうが、それでも一人ではない。俺にはアンチを含め、こんなにも沢山の人たちがついている。


 ︰最終回、なんてのは無しだぜ

 ︰お前は俺達の楽しみなんだからよ

 ︰お前はもう弱くねぇ!

 ︰正義は必ず勝つ!

 ︰不屈のド根性みせてやれ!

 ︰アンデッドマン、信じています!


 信じて見守ってくれているリスナーみんなのためにも、俺は勝たなきゃいけないんだ。

 決意を胸に、【進化選択画面】をタップすると、進化ツリーには二種類の進化先が表示された。


【進化先①→リッチ】

【進化先②→ゴースト】


 そうきたか。

 ただの死体から魔法使い、もしくは僧侶の死体にクラスチェンジというわけか。もうひとつの進化先はゴースト。肉体を捨て去りアストラル体になるということか。

 進化先がこのふたつなら、悩む必要はない(そもそも悩んでいる時間が俺にはない)。


 俺は迷わずリッチを選択した。

 すると、突然強烈な閃光が雷のように辺りを照らし出した。



 ︰うわぁ、目がぁ……目がぁあああ!?

 ︰ぬぉおおおおおおおおおおお!?

 ︰アンデッドマンに攻撃された……w

 ︰完全に目が死んだ……orz

 ︰↑年代が透けてるぞww

 ︰なんでお前平気やねん

 ︰グラサンかけてるww

 ︰部屋でグラサンかけてるとか草

 ︰厨二確定ww

 ︰部屋とは限らんだろ

 ︰ファミレス?

 ︰なおさら草

 ︰アンデッドマンは太陽拳まで使えたんか!?

 ︰ハイコボルトに効果抜群だったみたいだぞw

 ︰鉱山内で生活してるから尚更だろうなww

 ︰ざまあwww



「……」


 依然として身体は臭いままだったが、リッチに進化した瞬間、ハイコボルトたちは何かを感じ取ったかのように距離をとった。


 俺はその隙にステータスを確認する。



【不死川宗介】

 レベル:1/40

 HP:586/924

 MP:476/986

 SP:4

 経験値:0/120


 種族:リッチ

 腕力:402

 耐久力:428

 魔力:489

 敏捷性:501

 知性:396

 運:321



「!」



 ステータス値の上昇が想像以上に凄いことになっていた。

 しかし、今は感動している場合ではない。

 例え桁違いのステータスを手に入れたとしても、相手はAクラスが数人がかりでも勝てないと言われるコボルトキングだ。

 俺は用心に越したことはないと、SPを使い、手当たり次第にスキルを強化した。


 スキル:『ボーンアタックⅣ』『ボーンブーメランⅣ』『スライム生成』『強度調整Ⅳ』『操作範囲拡大Ⅳ』『素早い逃走』『造形技術』『性質変化』『擬態Ⅳ』『探知Ⅲ』『狂化Ⅳ』『スライムカプセルⅣ』『ためるⅣ』『疾風Ⅳ』『粘糸Ⅳ』『分解合成Ⅳ』『毒の知識Ⅳ』『環境適応力Ⅳ』『アイテムボックスⅤ』『鋼糸Ⅳ』

 魔法:サンダーボルトⅢ


「これで何とかなればいいんだけど……」


 リッチに進化したことで魔法も習得した。

 これで勝てなければ、どの道アウトだ。



「グゥオオオオオオオオオオッッ!!!」



 コボルトキングが威圧的な叫びをあげると、ハイコボルトたちが道を譲って身を引いていく。


「……っ」


 奥から出現したのは、この群れの支配者としてふさわしい怪物だった。


 何から何までデカいな。


 剣というよりも、巨大な鉄の塊を引きずりながら、その怪物は俺の数メートル手前で睨みつけるように立ち止まった。

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