第24話 怪物

「あっ! 不死み……じゃなくてアンデッドマ……ッ!」


 俺の姿を目にした途端、みみちゃむの顔からは笑顔が消え、苦悶の表情を浮かべながら、静かにあとずさりする。


「お、お腹は大丈夫?」


 遠くから優しく声をかけてくれる彼女は、できるだけ鼻から息を吸わないように口呼吸を繰り返していた。

 仕方ないことだとはわかっているが、やはりショックだ。


「う、うん。もう平気」

「よ、よかった」


 しばらくすると、臭いに慣れたのか、それとも嗅覚が完全に麻痺してしまったのか、みみちゃむが俺から距離を取ることもなくなっていた。


 ごめんね……。


 俺は一刻も早く四層に送り届けてあげたいと思っていたのだが、彼女はここなら【女神のなみだ】があるかもしれないから一緒に探そうと言う。


「いいの?」

「もちろん!」

「……あれ、でもなんで俺が【女神のなみだ】を探していることを知ってるの?」

「あー……ね」


 彼女は誤魔化すように微笑んでいた。

 ひょっとしたら、彼女はそういうスキルを持っているのかもしれない。




「!」


 ダンジョン内を慎重に移動していると、突如脳内に警報が鳴り響いた。スライム探索隊からの緊急連絡である。送られてきた映像には、見覚えのある探索者シーカーが数名、コボルトに襲われていた。


「どうかした?」


 頭の中の光景を彼女に伝えると、自分を見捨てた連中だと知りながらも、「助けなきゃ!」と口にした。

 その瞳に迷いの色はなかった。


「みみちゃむを見捨てた人達だけど……いいの?」


 尋ねると、彼女はしばらく考えた後、ちょっと腹が立つと言った。


「――ううん。本当はすっごくムカついたし、悲しかった。でも、だからって見捨てることなんてできない! 私、彼らを助けたい!」


 それは嘘偽りのない、彼女の本心だった。


 ︰よく言った!

 ︰それでこそ俺達のみみちゃむだ!

 ︰アンデッドマンリスナー! これが俺達の推しだぜ!

 ︰無敵の迷宮探索職人・スーパーアイドルみみちゃむの完全復活だ!

 ︰٩( ᐛ )۶BANZAーI!!

 ︰みみちゃむんとこのリスナーがどんどん増えてるw

 ︰同接5万キター!

 ︰登録者数1万人突破!

 ︰おめでとう!


 彼女にこれほど多くのファンがついている理由がわかった気がする。


「アンデッドマン、彼らのもとまで案内お願い!」

「了解した!」


 地面を蹴り上げ、ダンジョン内を全速力で駆け抜けること数分、前方にコボルトの群れが現れた。


 すると、


「このまま突っ切る! アンデッドマン援護をお願い!」

「了解!」

「グギャアアア!」


 みみちゃむの接近に気付いたコボルトが、犬歯を剥き出しに吠えた。

 しかし、彼女が足を止めることはない。


「来い、氷結槍ひょうけつそう!」


 みみちゃむの手の中に、身の丈ほどもある巨大な槍が出現した。それはどこまでも透明な美しい氷の槍だった。


「これは!?」


 その瞬間、俺はすぐに異変に気付いた。


 温度が、落ちた?


 あれほど蒸し暑かった鉱山内が、外気の冷たさで肌寒く感じられるほどになった。

 よくよく目を凝らして見れば、彼女の持つ槍からは薄っすらと白い霧状のものが噴出されていた。


 あれは、冷気か!


 何度か配信内で彼女の魔法を見たことがあった。

 さすが〝氷結〟の二つ名を持つみみちゃむだ。


「もー、鬱陶しいなっ! 食いちぎっちゃえ孤高の氷狼フェンリル!」


 召喚した氷狼を従いながら、彼女は苦戦を強いられている探索者シーカーのもとまで一気に駆け抜ける。

 俺はそんな彼女を援護するように、『釘マシンガン』と『粘糸』でコボルト達の動きを封じていた。


「ふぅー」


 ハイコボルトが一体しかいなかったため、俺たちは難なくコボルトの群れを一掃することができた。


「みみちゃむ……どうして」

「……っ」


 せっかく助かったというのに、探索者たちの表情は冴えない。バツが悪そうにみみちゃむから視線をそらす者、悔しそうに奥歯を噛みしめる者など、その反応は様々だ。

 自分が見捨てた女の子に命を救われたのだから、そのような反応になるのも無理はない。


「オレ達はお前を見捨てたんだぞ!」

「だからって見殺しにはできない。それに、私がみんなの立場でも、きっと同じようにしていたと思うから」


 僅かな沈黙の後、


「……オレ達を、許してくれるのか?」


 男の問いに、みみちゃむは素早く首を横に振った。


「許すわけないじゃない! ここを出たらちゃんと一発ずつぶん殴らせてもらうわ」

「あ……ああ」

「そ、そりゃそうだよな」


 探索者たちはわかりやすく肩を落としていた。


「にしても、よくあの状況から助かったな」

「彼が助けてくれたのよ」


 みみちゃむに紹介されたので一歩前に出ると、


「――ヴッ!?」


 探索者たちは一斉に顔をしかめて一歩後ろに下がった。


「な、なんだこの肉が腐ったような臭い」

「鼻がもげそうだ」


 まあそうなるよなとマスクの下で申し訳なく思っていると、


 ガンッ!


「いっ……たぁ……!?」


 みみちゃむが探索者たちの脛を蹴り上げた。

 それから改めて俺のことを紹介してくれる。


「アンデッドマンよ」


 ベテラン探索者の近藤鬼助こんどうきすけさんに、元ニートの国東清酒こくとうせしゅうさん。ちょっぴりエッチな雰囲気の最上佳奈さいじょうかなさん。他にも個性的なメンバーが沢山いた。


 彼らは皆、この鉱山でたまたま一緒になっただけだという。


「広範囲に渡る探知に、回復士ヒーラーまで担えるのか」

「そりゃ頼もしいな」

「へんてこな恰好してるけど、あんた強いんだね。あたし、強い男は好きだよ――!?」


 最上さんがこちらに身を寄せると、透かさずみみちゃむが間に割って入った。


「そんなことより、他のコボルトが来る前にここから離れなきゃでしょ、鬼助さん?」

「お、おう」

「あっ、ちょっと――」


 まるで俺から彼女を遠ざけているようだ。


 やはり、臭うのかな……。





「【黄昏の空】が来てんなら、連中と合流したほうがいいとオレは思うんだが、みんなの……いや、アンデッドマンはどう思う。オレはあんたの意見が聞きたい」


 スライム探知のおかげで、比較的安全に鉱山内を移動することは可能だが、みみちゃむの話だとハイコボルトの群れは数十体にもなるという。仮にそんな数のハイコボルトに襲われてしまえば、今の俺達ではひとたまりもない。ここは戦力を増やすためにも、鬼助さんの提案を受け入れようと思う。


「よし、なら四層に戻る階段を捜索しつつ、ついでに響も探すってことでいいな?」


 それで構わないと頷いた。

 本当は【女神のなみだ】の捜索を優先したかったのだが、今は人命を優先することにする。






「なんだよ、こりゃ……」


 下の階層へと進むと、不格好ながらも木製の小屋がいくつか見えた。

 スライムを使って村の中を一通り探索したが、コボルトの姿は見当たらなかった。


「おい、ちょっと来てくれ」


 コボルトの気配がないことを伝えると、国東さんはたちまち小屋の中に足を踏み入れた。

 彼に促される形で、俺たちもその後に続いた。


「これは……」


 小屋の中には、見たこともない生物が家畜として飼われていた。


 ――ガサガサ。


「――!? みんなすぐにそこから離れて!」


 最上さんの指示に従い、山積みになった藁から離れると、


「「「!?」」」


 突然、中から人が飛び出してきた。


「出たぁあああッ!? って……てめぇは響じゃねぇか!」


 なんと藁の中から飛び出してきたのは、【黄昏の空】のリーダー響鏡夜だった。


「た、助けに来てくれたのかッ! って……なんだお前達か……」


 鬼助さん達の顔を見た瞬間、響の顔には明らかな失望が現れた。


「相変わらずてめぇは失礼な野郎だな! つーか、こんな所で何やってやがんだ」

「馬鹿かっ! 隠れていたに決まっているだろ」

「隠れていたって……あんたあたし達を助けに来たんじゃないの?」

「ダンジョン協会に依頼されたのだろ?」


 尋ねると、響は気まずそうに視線を右上に向け、吹けもしない口笛をスースーと吹き始めた。

 誤魔化すの下手くそ過ぎるだろ。

 うちのリスナー達も、これには辛辣なコメントを書き込んでいた。


「仕方ないだろ。まさかあんな化物が相手だなんて、思ってもいなかったんだから」

「化物……?」


 響は、首を傾げる鬼助さん達を一瞥した後、「そうか……」と何かを理解したようにつぶやいた。


「この層の主はコボルトキングだ」

「「「!?」」」


 コボルトキングと聞いた瞬間、鬼助さん達の顔から血の気が引いていく。

 みみちゃむも強張った顔で唾を飲み込んでいた。


「マジでそんな化物がいるのか?」

「こんな時に嘘を言うはずないだろ。こっちは仲間を殺され、救助を待つしかない状況だったんだ。それなのに……来たのが飲んだくれのお前で、正直がっかりしているところだ」


 重苦しい雰囲気の中、珍しいものを見るかのような目でこちらをじっと見つめる響。


「見ない顔……というか、なんだこの変態は!」

「アンデッドマンに失礼なこと言ってんじゃねぇぞ!」

「アンデッドマン……?」


 鬼助さんは俺によって助けられたことを、簡潔に説明した。


「……そうか。思っていた・・・・・より腕は立つというわけか。ま、僕ほどではないだろうけどね」


 と、前髪をかき上げる響を、鬼助さんたちは冷めた目で睨みつけていた。

 彼は同業者からはあまり好かれていないようだ。


「とにかく、まだ戦力があるうちにさっさと四層に移動しちまおうぜ」

「賛成だね。コボルトキングなんてAクラスの連中でもヤバいモンスターだからね」


 話し合いの末、コボルトキングに発見される前にここを移動しようということになり、俺達は小屋を出ることにした。


 そして、


「……っ」


 小屋を出た瞬間、身につまされるような殺気が全身を貫いた。


「で、でかい……」


 これまでのハイコボルトとは比べ物にならないほど巨大な体躯を持つコボルトが、こちらを睨みつけるように立っていた。その手には身の丈ほどの大剣を握りしめている。


「うそだろ」


 ひと目見ただけで、その化物がコボルトキングであることが理解できた。

 そいつから放たれるオーラや威圧感は、まさに規格外だった。

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