第23話 進化

「え……!?」


 唐突なアナウンスに、一瞬思考が第三銀河辺りまでワープしていた。


「不死み……じゃなくて、アンデッドマンどうかした?」

「え、いや……えーと、……」


 あっ、そうだ!


「い、痛い!」

「え? どこか怪我したの?」


 俺は大袈裟なリアクションで腹を抱え込んだ。


「お、お腹が痛くて。すまないが少しの間リスナー達の相手をお願いしたいのだが……いいだろうか?」

「それは構わないけど……大丈夫?」

「問題ない。ただの生理現象だ」


 ︰アンデッドマンうんこだってw

 ︰正義の味方もうんこするのかww

 ︰そりゃするだろw

 ︰ダンジョンってトイレあるの?

 ︰ない

 ︰あるわけないwww

 ︰なら……

 ︰アンデッドマン野糞確定ww

 ︰きったねw

 ︰探索者は全員野糞だろwww

 ︰ってことは……みみちゃむも?

 ︰そりゃそうだろ

 ︰なんか興奮してきた

 ︰先輩、おしっこもですか?

 ︰当然だろ

 ︰みみちゃむがダンジョンで一人放尿……

 ︰ちょっ、やめぇww

 ︰おい、↑こいつブロック頼むww

 ︰ガチの変態おるの草

 ︰ごめんなさい。ブロックまじ勘弁

 ︰それより拭くものあるのか!?

 ︰そこ重要!?

 ︰いや、めっちゃ大事だろ!

 ︰お前らマジでやめろwww


 なんて失礼なリスナー達なんだ。

 ダンジョン配信者にその質問はタブーだって知らないのかな。みみちゃむもすごく困っているじゃないか。

 そもそもスーパーアイドルのみみちゃむがトイレなんてするはずないのに。


「ゴホンッ」


 俺は一つ咳払いをしてから、『スライム生成』『造形技術』『特質変化』を駆使し、簡易式トイレを作り出した。


「すごっ!?」


 ︰アンデッドマンMPの無駄遣いやめぇw

 ︰お前らが野糞野糞言うからww

 ︰技術のすべてを簡易式トイレに注ぎ込む男ww

 ︰トイレマンに改名しろww


 失礼なリスナーのことはひとまず無視して、俺はカメラの追跡設定を一時的にみみちゃむに変更してから、ゆっくりトイレに入った。


 カチャ。


 しっかり鍵をかけてから便座に腰を下ろし、スポッ! とフルフェイスを着脱する。


「な、なんだこりゃ!?」


 早速解放されたという進化先を確認するためステータスを開いたのだが、真っ先に飛び込んできたのは予想外の数値だった。


【不死川宗介】

 レベル:10/10

 HP:242/586

 MP:201/649

 SP:296

 経験値:0/0


 種族:スケルトン

 腕力:206

 耐久力:226

 魔力:228

 敏捷性:269

 知性:189

 運:176

 スキル:『ボーンアタック』『ボーンブーメラン』『スライム生成』『強度調整』『操作範囲拡大Ⅳ』『素早い逃走』『造形技術』『性質変化』『擬態』『探知』『スライムカプセル』『ためる』『疾風』『粘糸』――etc

 魔法:なし


 唯一才能ユニーク・タレント

 墓荒らしの簒奪者:貴方は死者から力を奪い取る



「いや、待て! いくらなんでも伸び過ぎだろ!」


 レベル差のある魔物を複数体倒したことにより、これまで以上にステータス値が大幅な増加をしていた。

 レベル10でレベル44のみみちゃむより高い数値を叩き出している。

 何れこうなることはわかっていたことだけど、実際にこうなってしまうとバグとしか思えない。


「それより、問題はこれだ」


 ステータス画面に新たに表示された進化選択画面をタップすると、スキルツリーならぬ進化ツリーが広がっていた。

 そこには二種類の進化先が記されている。


【進化先①→スケルトンウィザード】

【進化先②→ゾンビ】


 一つはスケルトンの上位種であるとされているスケルトンウィザード。名前からして魔法を得意とする種族――骨なのだろう。

 もう一方の進化先は、当初考えていた通り腐った死体――ゾンビだ。


「さて、困ったな」


 ゾンビはスケルトンよりも人間に近い見た目ではある。その点においては、俺の望んでいる進化先のひとつなのだが、問題は腐肉ということだ。


 やはり、どうしても臭いが気になってしまう。


 生物が腐った際の悪臭は、非常に強烈で、殺人現場などで住民から臭いが指摘され、事件が発覚するケースも報告されている(ニュース番組での情報だ)。


 似たような話だと、俺は過去に鶏肉を腐らせてしまったことがある。

 あの時の臭いは強烈で、今でもトラウマになっている。

 人の見た目に近づくという点においては、ゾンビは非常に魅力的な進化先ではあるのだが、日常生活を送れなくなるリスクを考えると……どうしても躊躇ってしまう。


 では、進化先はスケルトンウィザードで決まりかと聞かれれば、それはそれで悩んでしまう。

 というのも、この進化ツリーがスキルツリーと同じ性質を持っていると仮定した場合、スケルトンウィザードを選んだ時点で、俺が人間、もしくはそれに近い存在に戻ることが不可能になってしまうためだ。


 一生骨のままというのは非常に困る。

 人間に戻れなかったとしても、せめて人間社会に溶け込める容姿でなければ進化をする意味がない。


 俺の一番の目的は【女神のなみだ】を入手することではあるが、その次くらいに人間に戻ることが目的だったりする。そのためにレベル上げを頑張ってきたのだ。


「ん〜〜〜〜〜っ」


 悩ましい。

 臭いというデメリットがある分、個人的にはスケルトンウィザードを選びたい気持ちの方が強いのだが、進化先がすべて骨シリーズだったらという不安が頭をよぎる。


 取り返しのつかない可能性がある以上、ここは慎重に選ぶべきだ。


「あぁ〜〜〜〜くそっ!」


 便座に座り、頭を抱え続けること30分、コンコンコンと小気味いい音が響き渡る。


「あっ、入ってまーす!」

「え……あ、うん、知ってるよ」


 そりゃそうか。

 では、何の用だろ?


「あの、大丈夫?」


 ……そっか、30分もトイレに引きこもっていれば、誰だって心配になるよな。


「う、うん。最近少し便秘気味だったんだ。もう少し気張ってみるから、みみちゃむはリスナー達と楽しくお喋りしててよ」

「……うん。あっ、みんな、そんな酷いこと言っちゃダメだよ! これは生理現象なんだから!」

「……」


 リスナー達はみみちゃむに何を言っているのだろう。少し気になったけど、どうせウンコマンとか便秘マンとか、俺の悪口で盛り上がっているんだろうな……って、そんなどうでもいいことを考えている場合じゃない。こっちは俺の一生がかかっているんだ。


 スケルトンウィザードかゾンビ。

 骨か、腐肉か……こんな究極の二択を迫られている奴なんて、世界広し探せど俺くらいなものだろう。


 ……

 ………

 …………


「よし、決めた!」


 散々悩んだ結果、俺は肉と皮を手に入れることにした。

 例えそれが腐っていたとしても、一生骨だけよりはマシだと思う。


 ……マシなのかな?


 すべての疑問が消え去ることはないけれど、次の進化に可能性がある分、やはりそちらに賭けたいと思ってしまう。

 これは言ってしまえば先行投資。

 進化を行った場合の現在の直接的な価値はマイナスだとしても、次の進化で結果としてプラスになればいい。目先の利益ばかりを優先していては、人間に近づくことなんて不可能なのだ。


 それに、現在いるここは糞尿まみれのコボルトの巣だ。

 多少、いや、かなり臭かったとしても、嗅覚が麻痺している今なら誤魔化せるはず。

 ダンジョンを出たらドラッグストアに行き、大量の消臭グッズを購入しよう。

 案外それで何とかなるかもしれない。


 ということで、早速ゾンビボタンをポチッと押してみた。


 すると、


「うほっ!?」


 まるで自分が閃光弾になったかのように、全身からピカーッ! と強烈な光が放たれる。

 あまりの眩しさに顔をしかめてしまった。


「うっ……んん……っ、あっ!」


 光が収まったのを確認してから手袋を外すと、そこにはいつもの白骨ではなく、とても不気味な青白い手があった。死人の手だ。


「うわぁ……」


 スーツの袖口から蛆虫がぼとっと床に落ちた。


「………」


 その瞬間、ゾンビを選んだことを死ぬほど後悔することになる。


「うっ、臭っ!?」


 ゴミ収集車に忘れ去られ、一ヶ月間放置され続けた真夏のゴミ捨て場のような臭いが、簡易式トイレの中を一瞬で満たしていく。


「臭っ!? 何この臭い!!」

「………」


 トイレの外からは、みみちゃむの悲鳴が聞こえていた。


「そりゃそうだよな……」


 俺は完全にやっちまったと項垂れるしかなかった。


「と、とりあえずステータスを確認するか」



【不死川宗介】

 レベル:1/20

 HP:251/601

 MP:211/674

 SP:296

 経験値:0/60


 種族:ゾンビ

 腕力:226

 耐久力:246

 魔力:248

 敏捷性:289

 知性:209

 運:196


 ――以下省略。



 進化前よりも全体的にステータスが上昇している。進化をすることでボーナスポイント的なものが、自動的に割り振られるのだろう。


 その他には新スキル『悪臭』を習得していた。

 こちらはゾンビ専用スキルだと思われる。


 スキル『悪臭』

 効果︰悪臭を放つことで敵から狙われにくくなります。


「外れスキルだな」


 これ以上臭くなってどうするんだよ。

 敵から狙われにくくなるって書いてあるけど、逆にヘイトが向いて狙われると思うんだよな。俺なら真っ先に狙うと思う。


「次のレベルアップまで経験値60か」


 進化条件がレベル上限に到達することだとしたら、思ったより早く進化できるかもしれない。

 なんたって、ここには高レベルのハイコボルトがうじゃうじゃいるのだ。


「一応試しておくか」


 俺は『スライム生成』で大量の消臭ビーズを作り出し、アンデッドスーツの中に流し込んだ。


 臭いことには変わりないが、これで少しはマシになると思う――思いたい。


「さて、出るか」


 臭いが気になるが、いつまでもトイレに引きこもっているわけにもいかず、俺は戦地に赴く兵士のような気分で扉を開けた。

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