第22話 狂化

「大丈夫か!」


 おかしな恰好をしているが、この後ろ姿は間違いなく彼だ。

 私が見間違えるはずがない。

 なぜFランクの彼がここに現れたのか、理解できない。


「どうして貴方がここに!」

「助けに来た!」

「!」


 助けに……わたしを!?

 だけど、彼の実力では五層はもちろん、四層にも辿り着けないはず。

 しかし、その考えはすぐに誤りだと理解した。

 目の前の彼は三体のハイコボルトと果敢に渡り合っていた。


「あ、あぶない!」

「ぐうわぁあああ……」


 二匹のハイコボルトが彼を制圧し、もう一匹が狡猾に横から回り込み、脇腹に猛烈な蹴りを叩き込んだ。

 彼は何度も跳ね返りながら地面を転がっていた。


 やはり、ハイコボルトを同時に三体も相手にするのは不可能だ。


「!?」


 守ってくれていた彼がいなくなると、動けない私に向かってハイコボルトが襲いかかってくる。


 ――まずい!


 私の残りHPは2。

 些細な攻撃であったとしても、掠っただけでも死んでしまう。


「させるがぁぁあああッ!!」

「!!」


 恐怖に震えながら顔を遮蔽するその瞬間、まるで光り輝く電球のような存在となった彼が、ミサイルの勢いでハイコボルトに向かって突進。不意の一撃にハイコボルトは吹き飛び、壁に激突していた。


 ︰みみちゃむ無事か!

 ︰無事なわけねぇだろ!

 ︰でも生きてる!

 ︰アンデッドマンが来たからにはもう大丈夫だからな!


 アンデッドマン……? いや、どこからどう見ても不死みんでしょ……。


「この状況で三体は……さすがにきついな」


 誰かを庇いながらの戦闘は通常よりずっと難しい。特に相手がハイコボルトなら、Bランクの探索者であっても、複数相手になれば勝率はかなり下がってしまう。


「……っ!?」


 さらに最悪の事態が発生。

 私の残りHPが1になってしまった。

 今から薬草を探していてはもう間に合わない。回復士ヒーラーが近くにいない以上、私が助かることはもうない。


「不死み――――」


 私のことはもういいから、不死みんだけでも逃げてと伝えようとしたのだが、


「スライムカプセル!」

「ぷうわぁっ!?」


 突然、彼の手のひらから大量のスライムが生み出され、またたく間に私の体を包みこんでしまった。


 ――な、なにこれ!?


 まるで水風船の中に閉じ込められてしまったような状態に、困惑の色を隠せずにいると、


【状態異常(怪我)の治療に成功しました。続いてHPの回復を行います】


「え!?」


 どこからともなく謎のアナウンスが流れてくる。


 そして――


【完全回復まで、残り1時間31分15秒】


 視界に文字が浮かび上がった。


 まさか!?

 そう思いながらステータスを確認すると、


「うそ……」


 先程まで1しか残っていなかったはずのHPが、2に増えていた。


 泣いちゃダメ。


 もう一年前の弱い私ではないのだと自分に言い聞かせるけど、次々と溢れ出てくる涙を止める術を私は知らなかった。


 私はまた、彼に命を救われたのだ。




 ◆◆◆




 あっぶなっ!

 一か八かでスキル『スライムカプセル』を使ってみたけど、なんとか成功したみたいだ。

 一応『鑑定』でみみちゃむのステータスを確認してみると、『状態異常(怪我)』が消えていた。


「ふぅー」


 ゆっくりではあるが、HPも回復している。

 しかし、安心するのはまだ早い。ハイコボルトは三体残っているのだ。

 そのうち一体は先程の『ボーンアタック』が効いているようで、まだ足下がおぼつかない様子だ。


「仕方ない」


 あまり気が進まないが、これを試してみるか。

 俺はスキル『狂化』を発動することにした。


 スキル『狂化』

 効果︰バーサーカーモードになることで、全ステータスが一時的に向上します。※使用するとHPの50%が減少します。


 このスキルは、ここへ来る途中に発見した狂戦士・金剛尚也(黄昏の空)の遺体から奪ったスキルだ。


 スキル『狂化』を発動すると、全身から黒い靄のようなものが噴出、同時に力が漲ってくる。


「あれは……狂戦士のスキル!?」


 低い体勢から走り込んでくるハイコボルトを、俺は真っ向から迎え撃った。大上段から振り下ろされた剣は、いつもより威力と速度が格段に跳ね上がっている。

 あれほど頑丈なハイコボルトの毛皮が、まるでバターのように簡単に断ち切れてしまう。


 さすが【黄昏の空】の前衛が持つスキル、その性能はまるで別次元だ。

 彼らがBランクトップの探索者チームと称される意味を理解した瞬間だった。


「グギャアアア!?」


 迫りくるもう一体には、待機させていたスライムから遠隔で『釘』を放ってやった。

『狂化』により魔力が向上しており、容易に体を貫通させることができた。

 最後の一体には、鉛筆サイズほどの小さな『釘』を十数発、ほぼ同時に撃ち込んだ。その名も『釘マシンガン』である。


 

 ︰さすがアンデッドマン!

 ︰ハイコボルトを三体同時撃破とかヤバいな

 ︰前衛、斥候、回復役、オールマイティ過ぎだろ

 ︰マジで強いわw

 ︰これでFランクはバグだろwww

 ︰は? F!?

 ︰何の冗談だよ……

 ︰みみちゃむを助けてくれてありがとう!

 ︰さっさと階段見つけて引き返そう!



 みみちゃむのHPが半分ほど回復したところで、俺は『スライムカプセル』を解除した。


「私、また不死みんに助けられちゃったね」

「!?」


 ︰不死みん?

 ︰……?

 ︰俺の聞き間違いか? 今みみちゃむ不死みんって言わなかった?

 ︰オレも聞こえたんだけど……

 ︰不死みんって……あの最弱王のこと?

 ︰いやいやいやwww

 ︰ないないないwww

 ︰アンデッドマンの正体が最弱王はさすがに草

 ︰いくらなんでも実力が真逆過ぎるだろw

 ︰みみちゃむさん……恐るべしです

 ︰天使ちゃんピンチww

 ︰強敵過ぎて草


 な、なんでバレてんだよ!?

 変装は完璧なはずなのに!


「み、みみちゃむくん、君は何か勘違いしているようだ。私は人気配信者不死みんではない。私は愛と正義の使者――アンデッドマン!」


 決まった。

 決めポーズを練習しておいて良かった。


 ︰うわ……

 ︰なに、今の……

 ︰さすがに引いた

 ︰みみちゃむ固まっちゃったじゃねぇかw

 ︰頼むからみみちゃむを困らせるな

 ︰俺等も困ってるんだが……

 ︰まあ恰好から察してた

 ︰だよなww



(そっか。不死みんの配信いまいち伸びてなかったもんね。キャラ変は当然だよね)


「え……と、勘違いしちゃったかな〜」

「うん、勘違いのようだ」


 上手く誤魔化せたようだ。

 ホッと胸をなでおろしたその時、


【スケルトンのレベルが上限に到達しました】

【条件を満たしたことで進化先が解放されました。ステータス画面から進化先を選択してください】

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