第21話 最弱王と呼ばれた男
「みみちゃむだ!」
︰ウソ!?
︰マジで見つけたのか!
︰お前優秀すぎ!
︰黄昏よりすげえじゃねぇか!
︰でかした!
︰さすがです!
︰喜ぶ前に生存確認だろ!
︰死体とかいうオチはやめてくれよ
︰生きているのか?
みみちゃむは生きていた――が、彼女の置かれている状況はかなりまずい。
彼女は数名の
「ひどいな……」
みみちゃむは腹部を怪我しており、ひどい出血が見受けられた。
スライム越しに『鑑定』を発動し、彼女の状態を確認する。
【
レベル:44/80 状態異常(怪我)
HP:5/366
MP:147/370
SP:3
経験値:18691/489300
職業:魔槍士
腕力:139
耐久力:137
魔力:191
敏捷性:142
知性:156
運:136
以下の情報は『鑑定Ⅳ』にならなければ表示できません。
強っ!?
すべてのステータスが余裕で100を超えていた。特にみみちゃむの魔力値は桁違いだった。
しかし、この高いステータスを持つみみちゃむでも、ハイコボルトの群れには勝てなかったということか。
「んん!?」
みみちゃむのHPが5から4に減少した。
「状態異常(怪我)だと!?」
状態異常(怪我)になってしまうと、状態異常を治さない限り、HPが自然回復することはない。治療には
Bランクのみみちゃむが回復アイテムを持っていないわけがない――と思ったが、彼らはすでに数日間もこの五層で孤立している。手持ちのアイテムが尽きていても何ら不思議ではない。
「くそっ」
鑑定を使用して
「!?」
しかも、最悪なことに、彼らのもとにハイコボルトが迫りつつあった。
︰みみちゃむは無事なのか?
︰答えてくれアンデッドマン!
︰黙っていたらわからないだろ!
「……っ」
俺は今しがたスライムを通して見たすべてをリスナー達に伝え、みみちゃむ達の元へ走った。
――頼む、間に合ってくれ!
◆◆◆
「……っ」
どうして、こんな事になった。
私は朦朧とする意識の中で腹部に視線を落とした。
すると、穴が空いてしまった体からは、今も止まることなく血液があふれ出ていた。
それを見た瞬間、唐突に死への恐怖が全身を襲う。
……怖い。
恐怖からか、それともひどく寒かったからなのか、手の震えが止まらなかった。
しかし、これを止める手段はもうない。
アイテムはすでに使い果たしていた。共にダンジョンへやって来た
わたしも、死ぬのかな……?
考えると、自然と泣けてきた。
ダンジョンで死を覚悟したのは、これで二度目だ。
一度目のあのとき、助かったあのときに、
思い出すのは一度目のとき、私がまだ、Gランク探索者だった時のことだ。
中学を卒業したその年の春、私は仲がよかった友人達に誘われて、探索者ライセンスを取得した。
義務教育を終了すると、日本では探索者ライセンスを取得することが可能となる。
私の地元では、ライセンスを取得すると度胸試しに、【墳墓の迷宮】に潜ることが通例行事となっていた。
Gランクのままだと、根性なしのレッテルを貼られてしまうのだ。
見栄っ張りの私はそれが嫌だった。
「ウチら最強だし余裕っしょ!」
「でも、ちょっと怖いかも」
私がボソッと本音をつぶやくと、
「みみちゃむビビり過ぎ」
友人たちは馬鹿にするように笑い、そしてある
「ここは最弱王ってゴミみたいな
「あー、その人知ってる! 隣町の一個上の人だよね? バカ弱いんでしょ?」
「そうそう。しかも【墳墓の迷宮】はここ一年間、一人も死んでないって有名じゃん」
「こんな所で死ぬやつなんていないって、先輩も言ってたよね」
「他県からもGランク卒業するために、わざわざ来るくらいだからね。だから、ビビリのみみちゃむでも大丈夫だって!」
「う、うん」
【墳墓の迷宮】は当時、世界でも類を見ない低層ダンジョンとしてギネス登録までされ、そこに潜るシーカーのほとんどがGランク探索者だった。たまにFランク探索者がレベル上げのために挑むこともあるが、数日経つとレベルが上がらなくなり、結局誰も潜らなくなってしまう。
しかし、最弱と嘲笑される彼は、すでに一年間も【墳墓の迷宮】に挑み続けていた。
この時、私は知らなかった。
最弱と揶揄される彼が、実は最弱ではなかったということを。
そして、この一年間【墳墓の迷宮】で死者が出なかった真相について。
私は何も知らなかった。
「話、違うくない!?」
「こんなのどうやって倒すの!?」
ダンジョンに潜り、薬草を採取して戻るだけの簡単な任務と思われた。
しかし、それは違った。
ダンジョンは聞いていた以上に遥かに複雑な構造を持ち、まさに迷宮と呼ばれるに相応しい場所だった。
【墳墓の迷宮】には雑魚モンスターしか出現しないと言われていた。
ゴブリンは小さく、非力な生物。先輩たちは「女のお前たちでも簡単に倒せる」と言っていた。
嘘だ!
ゴブリンは小さく非力な生き物だが、その手には鋭い刃物が握られている。
さらに、ゴブリンは予想以上にすばしっこく、何よりも凶暴だった。
「いっ……」
「「みみちゃむ!?」」
ゴブリンの振るった剣先が腕を掠めたが、幸運にも傷口は浅く、出血も大したことはなかった。
「大丈夫、掠っただけだから」
「よかった」
「なら、逃げるわよ!」
私たちはゴブリンから逃れるためにダンジョン内を走り回り、なんとかゴブリンを振り切ることに成功した。
「はぁ……はぁ……」
しかし、異変はすでに起きていた。
「ちょっとみみちゃむ!?」
「どうしたのよ!」
ゴブリンから逃げ切れたことに安心したのか、突如全身から力が抜け落ちていく。
「ゔっ……」
崩れそうになる体を支えようと壁に手をついた瞬間、激しいめまいと吐き気に襲われ、私はその場で吐いてしまった。
「え……?」
「みみちゃむ!」
友人たちが背中を擦ってくれるけど、気分は一向に優れない。
それどころか、症状はどんどん悪化していった。
全身に悪寒が走り、冷や汗が止まらない。
やがて息苦しさを覚え、視界がぼやけ始める。
その頃だった。
「ひっ!?」
友人がゆっくりと私の元から離れた。
「まや……ちゃん? ……みか?」
すり足で後退する彼女たちは、どこか一点を見つめている。その顔は恐怖に歪んでいた。
私もすぐに友人たちが見つめる方角に顔を向け、暗闇に目を凝らした。
「!?」
薄暗い通路の奥には、先程のゴブリンがこちらを睨みつけるように立っていた。
「ごめん……みみちゃむ」
「た、助けを呼んでくるからっ!」
「まやちゃん! みかッ!」
彼女たちは、私を置き去りにしたまま走り出してしまった。
「……そ、んな。――まっ、待ってぇッ!」
お願い、置いて行かないで。
私はすぐに彼女たちの後を追うため立ち上がろうとしたのだが、
「……な、んでっ!」
ぐらりと全身から力が抜け落ちた。
動けなくなってしまった私を、ゴブリンは暗闇の中からじっと見つめていた。
「いやぁっ、来ないでぇッ!」
恐怖に泣き叫ぶ私は、涙と鼻水まみれの顔で必死に地を這った。
死にたくない――死にたくない――死にたくない!
首をまわして後方を確認すると、僅かに口元を歪めたゴブリンが、刃物を振りかぶりながら走ってきていた。
――殺される。
その瞬間、15年間の出来事が、まるで映画のフィルムみたいに脳内を駆け抜けた。
それは走馬灯だったのだろう。
永遠のように長い数秒間から目が覚めると、ゴブリンは目前にまで迫っていた。
「――――っ」
恐怖から逃れるため、ギュッと瞼を閉じた。
しかし、1秒、2秒と時が経過しても、私の体には今以上の痛みに襲われることはなかった。
何かがおかしい。
そう思い、固く閉ざした瞼をそっと持ち上げると、そこには大きな背中が広がっていた。
「へ……?」
見ず知らずの誰かが、私を庇うように、ゴブリンが放った刃を剣身で受け止めていたのだ。
鉄がぶつかる甲高い音を何度も響かせながら、彼は動じることなく、ゴブリンの攻撃を冷静に防いでいた。
「大丈夫か!」
それだけではない。
その人はゴブリンと戦いながら、私のことを気にかけてくれていた。
私がダンジョンの中ではじめて出会った
︰もう大丈夫たぜ!
︰間一髪だったな!
︰よく頑張った!
︰不死みんがすぐにゴブリンを退治してくれますからね
彼はおそらくダンジョン配信者なのだろう。背後に浮かぶ
「動ける?」
「……」
あれほど凶暴なゴブリンを、彼はあっという間に倒してしまった。
「ん? ゴブリンの毒にやられたのか。ちょっと待っててね゙、今毒消し草をすり潰すから」
リュックサックからすり鉢を取り出し、彼は慣れた手つきで薬草をすり潰した。
「うぅっ……」
「苦いけど、効き目は抜群だから」
初めて口にした毒消し草の味は、とても苦かった。けれど、毒消し草を口にしてすぐに、私はその効果を実感する。
あれほど私を苦しめていた倦怠感も、めまいも吐き気もすべて、まるで嘘みたいに消えてしまったのだ。
「あ、ありがとうございます!」
初心者専用の【墳墓の迷宮】で、これほど強い探索者に出会えるなんて、私はきっとツイていたんだ。
彼はさぞ、名のある探索者なのだろう。
「あの、お名前を聞いても?」
「名乗る程の者じゃないけど、不死川宗介っていいます」
不死川宗介さん……とても素敵な名前。
私はこの人の名前を生涯忘れることはないだろう。
︰またの名を不死みん!
︰良かったらチャンネル登録よろしくな!
︰【墳墓の迷宮】内しか配信しないから視聴者いねぇけどなww
︰私たちがいるじゃないですか!
︰巷では最弱王って呼ばれていまーすww
「え……」
そのコメントには、彼が噂の最弱王だと書かれていた。
嘘だ、ありえない!
そう思って彼の顔をまじまじ見つめると、彼はとても恥ずかしそうに頭をかいた。
「最弱王です……」
「……」
あんなに強いのに、この人が最弱王だということが信じられなかった。
それから彼は私をギルドまで送ってくれただけではなく、逸れた友人たちを探し出し、救出までしてくれたのだ。
あとで羽川さんというギルド職員に聞いた話なのだが、彼が【墳墓の迷宮】に潜るようになるまで、【
その話を聞き、私は
いつか私も、彼のように誰かを助けられる
「まだ……誰も助けられていないのにっ」
こんなところで死ぬわけにはいかない。
残りHPは3……このままだと時間の問題で死んでしまう。
いや、諦めるのはまだ早い。
ここはダンジョンなのだ。
ならば、必ずどこかに薬草が生えているはず。それを見つけ出して調合することができれば、まだ助かる。
「!?」
そう思ったのだが、
「うそだろ!?」
「なんでここが分かったんだよ!」
間の悪いことに、ハイコボルトが数体、こちらに向かってくる。
「あ……」
探索者たちはハイコボルトに気づき、逆方向へ一斉に走り出した。
「……っ」
彼らとは仲間ではない。単なる同じ境遇の者たちだ。
残りHP3の死に損ないを助ける理由はない。逃げるための時間稼ぎに使うべきだ。
もし私が彼らと同じ立場なら、きっと同じ行動を取るだろう。
あの人なら……。
諦めかけた私の脳裏に、あの日の勇敢な後ろ姿が花火のように浮かび上がる。
――諦めない。
どれだけ世間から馬鹿にされ続けても、彼は決して
病魔と戦う妹さんのために、彼はきっと今も【女神のなみだ】を探し続けている。
「わたし、だって……っ」
されど、どれほど強く願おうとも、私の身体は錆びついた機械のように動かない。
「――――っ」
私の姿をその眼に捉えたハイコボルト達が、角砂糖にむらがる蟻のように向かってくる。
「くそっ……」
ここまでか……。
私は一年前と同じように、恐怖から逃れるように目を伏せた。
けれど、あのときと同じように、一向に痛みが襲ってくることはない。
まさか!?
そう思い、瞳を開くと、
「なん、で……」
そこには見覚えのある背中があった。
私が憧れ続けた英雄の背中。
あの日と同じように、その人は私を背に庇いながら真っ赤な火花を散らし、三体のハイコボルト達と戦っていた。
――――
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