第19話 魔の階層

「これは一体?」


 五層に続く階段の途中が、まるで蜃気楼のようにぐにゃりと歪んでいた。

 なるほど、確かに空間がねじ曲がっている。


 ここから一歩でも進んでしまえば、もう後戻りは不可能だ。

 一歩間違えれば雪菜を一人ぼっちにしてしまうことだってある。


 それでも――


「兄ちゃん、行くからな」


 :兄ちゃん……?

 :今兄ちゃんって言った?

 :アンデッドマン妹いるの?

 :アンデッドマンは病気の妹のために【女神のなみだ】を探してるんだぜ

 :最弱王と一緒じゃんw

 :みみちゃむが気にかけてたよな

 :みみちゃむは最弱王に甘いから

 :BランクがFランクのファンとか笑えるよな

 :みみちゃむは見る目あるな

 :だな

 ︰?

 ︰一日古参は最弱王好きなのか!?

 :天使ちゃんのライバル出現だな

 :さすがにみみちゃむは強すぎw

 :( -᷅ ̫-᷄ )✧負けませんよ

 ︰天使ちゃんが燃えてるwww


「鉱山か」


 歪んだ階段の先には、巨大な鉱山がそびえ立っていた。

 階段は鉱山麓に続いており、試しに今下りてきた階段を上ってみると、


「うわぁっ!?」


 まるで蜃気楼のように、反対側にすり抜けてしまった。

 リスナーの言うとおり、この階段から四層に戻ることは不可能のようだ。


「鉱山の周りを調べた方がいいかな?」


 ︰五層自体はかなり狭い

 ︰調べても何もないぞ

 ︰すでに調べ尽くされた後だしな

 ︰五層のメインエリアは鉱山の中だ

 ︰鉱山の周りを歩いても、すぐに一周するだけだ

 ︰要は小さい球体だな


 鉱山の外には何もないことが分かったので、鉱山内に移動する。鉱山には蟻の巣のように複数の穴があり、そこから中に入れるようだ。


「臭っ!?」


 鉱山内は湿度が高く、かなり蒸し暑い。そして、何より臭い。

 獣臭と糞尿の臭いだろうか、正直鼻がもげそうだ(スケルトンなので鼻なんてないのだが)。


「!?」


 薄暗い通路の先から、二足歩行の獣がこちらに向かって歩いてくる。俺は咄嗟に岩陰に身をひそめ、モンスターを注意深く観察する。



「あれは……レッサーコボルトか」


 どうやらこの鉱山はコボルトたちの根城になっているようだ。レッサーコボルトの背丈はゴブリンと同じくらいなのだが、敏捷性はゴブリンとは比べものにならない。


「よし!」


 レッサーコボルトを狙撃することに成功した。これなら何とかなるかもしれない。そう思っていたのだけど、少し考えが甘かった。続いて現れたコボルトを一撃で仕留めることができなかったのだ。さらにコボルトの上位種、ハイコボルトに関しては『釘』が通用しなかった。


「そんなっ!? ――――くそっ!」


 俺が放った『釘』は、ハイコボルトの上質な毛皮を貫通することができなかった。


「っ!?」


 間髪入れずに放った二発目、三発目を続けざまに躱されてしまった。

 奇襲は完全に失敗、怒り狂ったハイコボルトが湾曲刀シャムシールを振りかぶりながらこちらに向かってくる。


 速い!?


「――――ぐわぁっ!?」


 咄嗟にスライムソードでハイコボルトの剣を受け止めたが、その威力は予想以上に凄まじく、弾き飛ばされ、背中から壁に激突した。


「いったぁああああああ」


 あまりの痛みに転げまわっていると、追い打ちをかけるように二撃目が振り下ろされる。


「――――ッ!」


 間一髪で回避した俺は、ハイコボルトの素早い動きに対応するため、スキル『疾風』で敏捷性を強化。さらにスキル『粘糸』でハイコボルトの動きを止め、背後にまわり込むと同時にうなじに斬りかかった。


「なっ!?」


 しかし、スライムソードの刃が頚椎で止まってしまった。


「嘘だろ!」


 一度体制を整えるために距離を取る。深手を負った上に、ハイコボルトは『粘糸』で動きを封じられている。


 まだやれる!


 スキル『ためる』を発動した俺は、腕力値を引き上げてから、一気にコボルトの首を斬り落とした。


「はぁ……はぁ……はぁ……何とか勝てた」


 スカイスパイダーの『粘糸』に、ゴブリンの『ためる』がなければ勝てなかった。

 スケルトンになってから、これほど苦戦したのは初めてだった。

 五層に来てから、敵の強さが桁違いに跳ね上がっている。


「でも……まずいな」


 ハイコボルトが二体、あるいはそれ以上で襲ってきた場合、今のままでは確実に負ける。一刻も早くステータスを上げる必要があった。


「急がないと、マジで詰むかもな」


 完全に五層をなめていた。Bランクの探索者シーカーですら帰還困難な階層だと知りながらも、今の自分ならもしかしたら……そんな風に考えいた。

 とんだ思い上がりだ。俺は何も変わってなどいない。弱いままだ。


 ハイコボルトに勝ったことで、一部のリスナーはコメント欄で盛り上がっていたが、冷静なリスナーからは群れで襲われればアウトだと指摘が飛ぶ。


 ︰そこがコボルトの巣だということを忘れるな!

 ︰できるだけハイコボルトに出くわさないよう、慎重に行け

 ︰そんなことできるのか?

 ︰厳しいと思う


 そうか、その手があった。

 俺の目的はあくまで五層を探索することであり、コボルトを一掃することではない。鉱山内を探索し、【女神のなみだ】と四層へ続く階段を見つければいい。


「試してみるか」


 俺は『スライム生成』でバレーボール程の大きさのスライムを作り出し、それを鉱山内に放った。ある程度スライムが離れたことを確認してから、スキル『探知』を発動する。すると、切り離したスライムたちの周囲数メートルの映像が頭の中に浮かび上がった。例えるなら、監視カメラの映像が脳内で再生されている。


「これだと範囲が狭いな」


 問題は『操作範囲拡大』で操作できる距離が、俺から30メートル離れた場所までだということ。それ以上離れると、途端に潰れたゼリーみたいになってしまう。


「仕方ない」


 俺はSPを消費し、『操作範囲拡大』を強化することにした。

 習得したスキルの中には、強化可能なスキルが存在する。強化可能なスキルかどうかは、スキル一覧を開くことで確認可能だ。


 スキル『操作範囲拡大』を『操作範囲拡大Ⅱ』にするためには、10SPが必要になるらしい。最終的に『操作範囲拡大Ⅳ』にするため、トータル60SPも消費してしまった。


 しかし、その甲斐もあり、俺は400メートル先までスライムを操作することが可能になっていた。

 これで安全なルートを確保しながら、鉱山内を探索することが可能だ。また、単独行動をしているコボルトだけを狙うことも可能となった。


 ︰さすがアンデッドマン!

 ︰こいつ万能過ぎるだろ!

 ︰めちゃくちゃ優秀だなw

 ︰戦える上に斥候もやれるのかよ

 ︰頼む、みみちゃむを見つけてくれ!


 MPに余裕があったので、スライムの数を増やし、広範な探索を始めた。すると、すぐに横たわる女性を見つけた。


「――――」


 映像だけでは生死の判断はできなかった。確認のために女性のもとまでやって来たが、脈を確認するまでもなく息絶えている。

 ギャル風の彼女には見覚えがあった。【黄昏の空】メンバーの一員で間違いない。


「……ひどいな」


 せめて安らかに眠れるようにと、彼女の目に手を伸ばしたその瞬間――


【小日向由佳の死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】


「えっ!?」

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