第16話 チーム黄昏の空

「……っ」


 一度家に帰ってから学校にやって来た俺は、ホームルームまでの間、自分の席でアンデッドマンに関する検索をしていた。いわゆるエゴサである。すると、昨夜ダンジョン内でファンサがてらポーズを取っていた動画がSNSに拡散しれていた。何とも不愉快なことに、【#ダンジョンに現れた変質者】としてトレンド入りしていたのだ。


「さすがにこの恰好はどうなんだ?」


 クラスメイトの夏目くんに突然話しかけられたかと思えば、彼はアンデッドマンが映ったスマホ画面を突きつけるように見せてくる。


「カッコいいんじゃない?」


 と、素直な気持ちを伝えたのだけど、彼は不満げな様子で眉根を寄せ、ポリポリと頭をかいた。


「カッコいいのか……これ?」


 どうやら夏目くんはファッションセンスがないらしい。顔がいいとそういうところが疎くなると聞いたことがある。きっと彼は典型的なそういうタイプの人間なのだろう。


「というか、どうして俺に言うの?」

「いや、まあ……何となく。あはは」


 なぜそこで愛想笑いをする必要があるのか、俺にはさっぱりわからない。


「うふふ――やはり不死川くんもアンデッドマンがお好きなんですね」


 気がつくと傍らに立っていた黒井さんに若干驚きつつ、彼は有名な配信者だからねと頷いた。


「昨夜が初配信だったんだけどな」

「あら、アンデッドマンさんは初配信で有名になられたのですから、間違っていませんよ」

「あー……確かに有名にはなったっぽいね(悪い意味でだけど)」


 夏目くんは先程の俺のときと同じように、黒井さんにも例の動画を見せている。すると、黒井さんは自分のスマホを取り出し、両手で手早く操作してから、夏目くんにスマホ画面を見せていた。その顔がとても誇らしそうだった。


「黒井さん……保存したの?」

「スクショもしました(200枚ほど)」

「あっ……」


 黒井さんのスマホ画面を凝視していた夏目くんが、何やら耳打ちをしている。

 何を話しているんだろう。


「黒井さん、見えちゃってます」

「?」

「不死川くんって書いてるフォルダがばっちり見えています」

「っ!!」


 あ、黒井さんの顔がトマトみたいに赤くなった。夏目くんって意外と大胆なんだな。朝っぱらから教室でクラスメイトに愛をささやくなんて、普通はできない。


「ト、トレンド入りしてましたね!」

「あっ、誤魔化した!」

「――――」


 もの凄く睨まれている。どうやら夏目くんは黒井さんに振られてしまったようだ。

 こんな所で突然告白したら、まあそうなるだろう。夏目くん顔はいいのに、中身が典型的な残念なタイプなんだよな。


「トレンド1位ですよ! すごいです!」

「……それは多分、一部のアンチが結託して嫌がらせをしているんだと思うんだ。有名な配信者になればアンチは付きものだから」

「……そう、ですか」

「話、全然噛み合っていま――いっ……たぁ……」

「あら夏目くん、ごめんなさい。うっかり足を踏んでしまいました」

「いやいや、今のは確実にわざとでしょ! 思いっきりガンッ! ってやってたよね!」

「あ、虫です!」


 ――ガンッ!


「ひぃっ!?」

「逃げられたみたいです」

「いっ、いま確実に俺の足を狙ったよね! 俺陸上部だよ! 今年最後のインターハイあるんだよ!」

「去年、地区予選敗退でしたよね?」

「……よ、よく知ってるね」

「クラス委員長ですから」


 それからもしばらく、ふたりの間で小さな争いは続けられていた。


 そして、昼休み。

 昼食を摂る必要もない俺はやることもなく暇なので、引き続きエゴサをしていた。すると、気になる投稿を発見する。


【相次ぐ、人気ダンジョン配信者の失踪】


「随分と物騒な話題だな」


 貼られていたリンク先の記事に移動して内容を確認する。


 ――――――――


【墳墓の迷宮】で次々とダンジョン配信者が行方不明になっています。ダンジョン協会が発表した行方不明リストの中には、探索者ランクBで知られる『みみちゃむ』氏の名前もあり、彼女のファンたちがSNS上で情報提供を呼びかけています。

 報道によれば、彼らの多くが配信中に突然通信が途絶え、その後の消息が全く不明となっているとのことです。

【墳墓の迷宮】は先日、最弱王と呼ばれる探索者が、新たな階層へ続く通路を発見したことで話題になっていました。また、世界初となるドラゴンの撮影に成功したことでも、世界的に注目を集めていました。しかし、同時に浅い層にドラゴンが出現したことから、一部専門家の間では、ダンジョンの危険度を引き上げるべきだという声も上がっています。

 このことについて、ダンジョン協会は危険度の見直しを検討しているという。


 追記。

 ダンジョン協会は行方不明となっている探索者たちの捜索を、【黄昏の空】に依頼したと――


 ――――――――


「みみちゃむも行方不明なのか……」


 知っている人がダンジョン内で行方不明になるというのは、精神的にくるものがある。といっても、実際に彼女と言葉を交わしたのは二日前がはじめてだったのだが。


「無事だといいんだけど」


 ダンジョン協会が集めた調査チームが捜索に向かうということなので、生きていれば多分大丈夫だと思うのだが、やはり心配だ。気になることはそれだけじゃない。ダンジョン協会が【墳墓の迷宮】の危険度を引き上げる検討をしているということだ。


「う〜ん」


 もしもダンジョンの危険度がひとつでも引き上げられると、Fランクの俺が【墳墓の迷宮】に入ることができなくなってしまう。【女神のなみだ】を見つけるためにも、入れなくなるという事態だけは避けたい。


「ランク、上げるしかないかな」


 今の俺の実力なら、Eランクは確実だと思う。

 ただし、問題は俺がスケルトンだということだ。昇格試験を受ける場合は、本名での参加が必須だ。そうなると、アンデッドマンの恰好でというわけにはいかない。


「困ったなぁ」



 放課後。

 何ひとつ解決策が思いつかないまま、俺は自宅に帰ることなくギルドへ直行していた。


「すごい人だな」


 ギルドにやって来ると、エントランスホールにはいつも以上に人が集まっていた。彼らの服装を見る限り、探索者シーカーではなく一般人なのだろう。

 羽川さんいわく、今朝から行方不明になっている配信者たちのファンが駆けつけているらしい。


「ちょっと通して、俺にも見せてくれ」


 一箇所に集まる彼らの視線の先には、五人組の探索者シーカーの姿があった。彼らのことは何度か写真で見たことがあり、SNSには人気探索者シーカーの写真がよくアップされている。


「あれがBランク最強の【黄昏の空】か」


 行方不明になっている探索者シーカーたちの捜索のため、【墳墓の迷宮】にやって来た探索者チームだ。ネット記事によると、【黄昏の空】のリーダー響鏡夜ひびききょうやは、今最もAランク探索者シーカーに近い人物と言われている。ホストっぽい見た目も相まって、女性人気が非常に高い。


「ん……おい職員! 不審者が紛れ込んでいるようだぞ」


 なに! どこだ!

 急いで辺りを見渡してみるが、どこにも不審者なんて見当たらなかった。


「……?」


 まるでGを発見したかのように、サッと周りの人々が遠ざかっていく。

 なぜだろう、なぜ彼らは俺から距離をとるのだろうか。


「不審者は貴様だ!」

「あ、俺か!」


 お馴染みの変装スタイルなので、このような誤解を生んでしまうのも仕方がない。


「鏡夜、多分だけど彼って……」

「なに!? じゃあコイツが例の……」


 何やら値踏みされるような視線。居心地がひどく悪かった。


「大怪我をして、ミイラ男状態というのは事実のようだな」


 ミイラ男……?

 怪我なんてしていないし、ましてや包帯なんてどこにも巻いていないのだが?


「最弱王、なんて言われて恥ずかしくないのか?」

「他人からの評価は気にしてないから、特に」

「お前が気にしなくても、僕たち探索者シーカーが気にする」

「なんで?」


 俺が世間から弱いと言われることを、なぜ彼が気にするのか、理解に苦しむ。


「誰もに務まる仕事だと勘違いされたくないんだよ。お前みたいな雑魚が調子乗ってダンジョンに潜るから、今回のように行方不明になる馬鹿が現れる。おかげて僕たちのようなトップ探索者シーカーに捜索やら救助の依頼がくる。正直迷惑してるんだよ」

「なら、断れば?」

「世間体ってのがあるだろ! ダンジョン配信は人気商売でもあるんだ。そんなことも分からないのか!」


 俺の配信は、あくまでダンジョン探索のついで。どうせ潜るなら、配信してお金稼げたらいいなーって思っているだけ(まだ1円も稼いだことないけど)。人気があろうが無かろうが気にしない。人気者になれたら儲かるだろうけど、それだけのために配信をしているわけじゃない。一番は楽しいからだ。


「でも、俺が見つけた通路使って視聴数稼ぐんだろ? 俺みたいな雑魚が調子に乗って【墳墓の迷宮】に潜っていなかったら、三層には一生行けなかったんじゃないの? 確かに、俺はあんたからしたら雑魚だったかもしれないけど、自分が役立たずだなんて思ったことは一度もない」

「なっ!? Fランクの最弱のくせに! この僕に意見する気かっ!」

「そりゃ最弱だって自分の意見くらい口にするさ。意見を言うことは悪いことじゃないだろ?」


 これは当たり前のディスカッションだ。


「ちょっと何なのこいつ! マジで生意気じゃない?」

「Fランクの分際でウチのリーダーに言ってくれるねぇー。何ならオレとやるか? あぁ?」


 胸ぐらを掴まれ、俺は暴力反対を示すために両手を上げた。


「ちょっと、何をしているの!」


 ギルド職員である羽川さんが駆けつけてくれたおかげで、男は俺から手を離した。


「探索者同士の争いは困ります!」

「先に吹っかけてきたのはそっちだぜ?」


 俺は何もしていないと首を横に振った。その態度が気に障ったのか、黄昏のメンバーから嘘を付くなと野次が飛ぶ。まいったなと頭をかいていると、「先に吹っかけたのは君たちだ!」人混みの奥から野太い声が響いてきた。


「私たちが嘘を言ってるっていうの!」

「では、君たちは我々職員が見ていなかったとでも?」

「……っ」


 騒ぎを聞きつけて来たのは、【墳墓の迷宮】を管理するギルド長だ。

 強面のギルド長を見た瞬間、【黄昏の空】のメンバーはバツが悪そうに顔をそらした。


「僕たちは、あなた方ダンジョン協会に雇われて、仕方なく捜索に協力するんですよ? その仕打ちがこれですか? この依頼、断ったっていいんですよ」

「そうしたいのなら、そうすればいい。こちらも無理強いはしない。君たちの他にも、優秀な探索者シーカーはたくさんいる」

「なんですって!?」


 怒りをあらわにする女性メンバーは、響の服を引っ張り、もう断っちゃおうよと口にしていた。


「ちょっと黙ってろ!」

「!」


 女性メンバーはわかりやすく拗ねてしまった。


「あんたも元探索者シーカーなら分かるだろ? 雑魚にうろちょろされると迷惑なんだよ」

「そのために、各ダンジョンには危険度が設定されている」

「なら早く見直せよ!」

「そうしている」

「……チッ。遅えんだよ」


 さすが元Aランク探索者。片足を失い義足となった今でも、ギルド長の覇気は健在だった。


「あ、待ってよ鏡夜!」

「この雑魚野郎! マジで覚えてろよ!」


 捨て台詞を吐き捨て、【黄昏の空】はダンジョンへと消えていく。結局ダンジョン協会からの依頼は引き受けるようだ。


「あの、何かすみません」

探索者シーカーは血の気が多いからな」

「あんな状況で言い返す宗ちゃんも宗ちゃんよ。日頃から魔物と命のやり取りを行っている探索者シーカーの中には、倫理観がおかしな人もいるんだから!」


 ギルド長は気にするなと言ってくれたが、羽川さんからはこっぴどく怒られた。時にはディスカッションせず、やり過ごすことも必要なのだと教えられてしまう。


「これがダンジョンの中だったら、誰も見ていないのをいいことに、ブスッと殺っちゃう人だっているのよ!」

「はい……肝に銘じておきます」


 反省していることを伝え、俺もダンジョンに向かった。

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