第15話 三層
「おおっ!」
ダンジョン内はピラミッドのような構造で、下層になるほど広がりが増していく。層ごとに雰囲気がガラリと変わり、一層と二層のオーソドックスな洞窟に対して、三層は果てしなく広がる荒野だ。
「まるで異世界だな」
見上げると、満天の星空がどこまでも続き、青白い光が夜の幻想を照らし出していた。
「なんで月があるんだろ」
不思議なことに、三層には月が存在した。しかも、驚くべきことに、そこにあるはずの天井がどこにも見当たらなかった。
「これは、一体どうなっているんだろ?」
疑問を口にすると、ここぞとばかりにリスナー達がコメントを打ち始める。
:正確には魔力の塊ですね
:空も作り物だぞ
:要は空の壁紙だ
:ちな、昼間は太陽に切り替わる
:空にファイアボール放った奴いたよな
:天井ないと思って撃ちまくったら、実は天井があったってやつだろ?
「その人はどうなったの?」
:崩れた天井の下敷きになって死んだ
:当時かなり話題になってたな
:逆パターンもいたよな
:いたいたww
:近道しようとして穴掘ったやつだろ?
:馬鹿の発想w
:嫌いじゃないけどな
:死んだら意味ないだろ
「その人も死んだのか」
:移動してる最中に自動修復でグチャ
:未だに死体すら見つかってないぞ
:そりゃ見つからんだろ
:誰も探してないしな
:文字通り土に帰った
:南無阿弥陀仏
:んっなことより、夜の荒野はシャドーウルフ出るっぽいから気をつけろ
シャドーウルフか。
敏捷性の高いモンスターなので危険だと、羽川さんにも忠告されていた。
太陽と月が存在する層では、出現するモンスターが昼夜で変化する。その中でも特に厄介な魔物が、今しがた話題に出たシャドーウルフである。逆に昼間はスカイスパイダーに注意するように言われていた。
:スキル使えるからって油断するなよ
:出現するモンスターのレベルも上がってるからな
:これまで以上に慎重に、ですよ
:無理は禁物だ
:ヤバそうなら迷わず引け
:逃げることもまた勇気だ
しかし、逃げてばかりでは目的から遠ざかってしまう。俺は【女神のなみだ】を入手するためにダンジョンに来ているのだ。そのためなら、多少の無茶は必要になる。
四層へ続く階段を探しながら、三層内を探索していると、巨大な岩石を発見した。この手の岩石には、強化素材が埋まっていることがあるとダンジョン探索(初級編)で読んだことがある。ちなみに、強化素材を使用することで、ダンジョン産の武器を強化することが可能となる。ここでいうダンジョン産の武器とは、ダンジョン内で入手した素材で作った武器のこと。もしくは宝箱などから入手した武器のことである。
「少し掘ってみるか」
:発掘するのか?
:道具持ってないだろ
:まさか素手!?
:それは無理
リスナーたちの心配をよそに、俺はお馴染みのスキルを組み合わせ、ツルハシを作り出した。
:おい、ちょっと待て!
:マジで何なんだよ!
:いい加減説明しろ
:そんなスキルや魔法みたことねぇぞ
:やっぱりスライムですよね?
:説明してもらおうか!
無視して発掘しようかとも思ったのだが、やはりどうしてもリスナーを失いたくないという思いが強く、このまま知らんぷりを続けることはできなかった。
:倒したモンスターのスキルツリーを獲得できる!?
:それって普通にヤバくないですか?
:やばいとかいうレベルじゃないだろ
:これまでの常識が覆るんじゃ……
:でもモンスターのスキルって強いのか?
:モンスターのスキル知らんからな
:あのドリルの威力はえぐかったけどな
:それな
:スライムでツルハシ作れる時点で、もはや何でもありだよな
「あった!」
スライムツルハシを使用することで、硬い岩石もプリンみたいに簡単に掘れる。本で見た通り、強化素材は紫色の石なので非常にわかりやすい。
「――――ガルルッ」
強化素材を掘るのに夢中になってしまい、気がついた時には漆黒の狼が5匹、こちらに向かって獰猛な牙を光らせていた。
:これヤバくないか!?
:すぐに逃げろ
:今からでは間に合いません!
:スライムドリルで対応しろ!
:一匹仕留めてる間に噛みつかれるぞ
:ならどうすりゃいいんだよ!
確かに『釘』ではこの数を相手にするのは厳しい。早撃ち、もしくは『釘』の複数展開を覚えるまでは、複数戦での使用は控えたほうがいいだろう。
となると、やはりこれか。
:な、なんだ!?
:あれは……!
:緑色の剣です!
:厨二病を患った奴なら誰もが一度は考えるスライムソードだ!
:軽くディスってて草
:こんな時に草生やしてる場合か!
:でもアンデッドマン全然ビビってなくね?
:気持ち悪いくらい落ち着いてるな
:これまで何度も修羅場をくぐり抜けていますから
:雑魚モンスター相手の修羅場とシャドーウルフは別物だろ
:来るぞ!
「グウゥゥッ!」
四方に広がるシャドーウルフたちが、俺を取り囲んで威嚇の唸りを上げた。 血走った目、剥き出しの牙、荒い息遣い、そしてよだれまみれの口元。
「面倒だな」
めんどくさそうに呟くと、シャドーウルフは興奮した様子で「ガウッガウッ!」とさらに吠えた。
「よっと」
大きく口を開けながらこちらに突っ込んでくる一匹を視界に捉え、俺は上段から軽く剣を振り下ろした。刃渡り85センチだったスライムソードは、シャドーウルフの頭上に到達した時には、すでに4.5メートルにも達していた。
「ブギャッ……」
一匹目を縦一文字に斬り伏せた俺は、そこから流れるような動きで横になぎ払った。剣身が伸びたことに戸惑うシャドーウルフだったが、単調すぎたのか、これは簡単に避けられた。しかし、スライムソードは変幻自在の剣。グニャグニャと波打つ剣身は、次の瞬間には鞭のように不規則な動きでシャドーウルフに襲いかかる。
ぶんっ!
凄まじい刃音が響き渡り、スライムソードは次々と獲物を仕留めていく。 スキル『操作範囲拡大』によって、剣身だけを操作すれば余計な動作なしに刃を振ることができる。さらに、スライムソードは周囲ニメートル以内に入ってきた敵を優先的かつ自動的に切り刻んでいく。あっという間にミンチの山ができ上がった。
「あ……」
五匹目は即座に勝てないと判断したらしく、身をひるがえして逆方向に走り出したが、貴重な経験値をみすみす逃すつもりはない。
「試しておくか」
スライムソードを解除した俺は、すかさずスキル『ボーンブーメラン』を発動する。すると、犬の玩具のような骨が手の中に現れた。
「ただの骨か」
カシャッ!
と、思ったが、まるで仕込み手裏剣のように骨から湾曲した刃が2枚飛び出した。そして、『ボーンアタック』同様、視界にターゲットリングが浮かび上がり、【LOCK ON】してから適当に投げた。
「――ギャンッ」
仔犬の鳴き声のような断末魔を響かせながら、シャドーウルフが地に倒れた。
威力は申し分ない。
【シャドーウルフの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】
おっ! やはりレベル差がなくなったからなのか、ステータス上昇率がゴブリンの時とは比べものにならない。
【不死川宗介】
レベル:6/10
HP:96/148
MP:108/112
SP:17
経験値:1260/1440
種族:スケルトン
腕力:58
耐久力:61
魔力:60
敏捷性:66
知性:51
運:31
スキル:『ボーンアタック』『ボーンブーメラン』『スライム生成』『強度調整』『操作範囲拡大』『素早い逃走』『造形技術』『性質変化』『擬態』『探知』『スライムカプセル』『ためる』『疾風』
魔法:なし
墓荒らしの簒奪者:貴方は死者から力を奪い取る
素早さに特化したシャドーウルフだったからなのか、敏捷性がかなり上がっていた。倒したモンスターの特性によって、『墓荒らしの簒奪者』で上昇するステータス値に多少の変化があるのか? それともやはりランダムか?
以前検証した時とは異なる結果に、多少の戸惑いを覚えてしまう。
新たなスキル『疾風』と、シャドーウルフのスキルツリーも獲得したようだ。
スキル『疾風』
効果:風を纏い、一定時間敏捷性が向上します。
これはかなり使えるスキルなんじゃないだろうか。あとでMP消費量を詳しく調べる必要がありそうだ。
:もう驚かねぇけどさ
:強すぎじゃね?
:やっぱり別人なんじゃ……
:声は一緒です
:それはそうなんだけど……
:数日でここまで変わるものなのか?
:あの2年間はなんだったわけ?
:だよな
:では質問してみるというのはどうですか?
:どんな?
:アンデッドマンさんの目的は?
:なるほど
:わかりやすいな
:おい、アンデッドマン答えろ
:いい加減コメント見ろ!
ステータスを確認しながら、シャドーウルフから得られる経験値を計算していると、リスナーから質問が飛んできた。
「目的?」
ちなみに、二層のスライムから得られる経験値は15で、ゴブリンは20だった。それに比べて三層のシャドーウルフは一体で100も経験値を獲得できた。
「私の目的は、【女神のなみだ】を入手することだ」
:なるほど
:答えは出たな
:でもなぁ……
:まだ納得できませんか?
:それよりも、そのキャラまだ続けるのか?
:本人が気に入ってるんだから仕方ないだろ
:そのうち飽きるんじゃねぇ?
:私は意外と好きですよ
:天使ちゃんは全肯定だからなぁ……
:そういう女がダメ男を量産するんだ
:独身、じゃなくて華の独身貴族はダメ男に恨みでもあんのか?
:いちいち書くな。思い出したくもない!
:察し
:君のような勘のいいガキは嫌いだよ
:www
:自分の心をキメラ化したんじゃねぇw
:おい、やめww
:さすがに草
:貴様らマジで許さん
質問しておいて無視とかひどいな。できればリスナーだけで盛りあがるのやめてほしいんだけど……言っても無駄だよな。
「スキル『疾風』ってのを習得したから使ってみるけど、いい?」
突然使うと驚くかもしれないので、一応リスナーに確認を取っておく。
:それシャドーウルフのスキル?
:マジでモンスターのスキル覚えたのか!?
:昔やってたRPGにそういうキャラいたわ
:決まって雑魚だったよなwww
:序盤だけ使ってあと空気要員なw
:ネタ枠だから弱いのはしゃーない
:お前ら失礼すぎww
:わかりやすく石ころ蹴って拗ねちゃったぞ
:皆さんがいじめるからです!
もういいや、サクッとスキルの確認だけ済ませちゃお。
「ん?」
スキル『疾風』を発動したけど、特に見た目の変化はないようだ。
「――――ッ!?」
試しに軽く地面を蹴って駆け出してみると、予想以上に早く走れてしまった。立ち止まって振り返ってみれば、さっきまで掘っていた岩石がはるか後方に見えた。
:うそだろ!?
:速すぎじゃねぇ?
:一瞬でこの距離を移動したのか!?
:これのどこがネタ枠なんだ!
:シャドーウルフが速いわけですね
:だな
:MP消費はどの程度なんだ?
:正直それ次第のところあるよな
:ある程度MP必要だったとしても、バフは使い勝手いいだろ
:ヤバいとき逃げるのにはいい
:で、MPどのくらい?
:はよ
「今確認するからちょっと待って」
何度か『疾風』を使用して、MP消費量と発動時間を計算した。スキル『疾風』は15秒毎に1MPを消費し、一度発動したら自分で解除しない限り、継続して使用されるようだ。
:MP50で12分30秒か、結構シビアだな
:MP50もあるわけないだろww
:使えても2分30秒くらいじゃね?
:MP10か……
:他のスキルも使うとなるとかなりきつくね?
:やっぱり問題はMPですよね
リスナーには、『墓荒らしの簒奪者』によってステータス値が更新されることを伝えていないので、そのような反応になっても仕方がない。実際、15秒で1MPはコストパフォーマンス的にも最悪だと思う。とはいえ、爆発的なスピードアップがあるので、使い勝手はよさそうだ。
:明日学校なんでそろそろ落ちます
:もう3時か
:仕事行きたくねぇ……
:私もそろそろ寝ます。アンデッドマンさんも無茶しないでくださいね
:俺は全然付き合えるぞ
:さてはお前ニートだろ?
:は? ちげぇし! つーかなんでてめぇにそんなこと言われにゃいけねぇの? てめぇは何様だよ!
:ヒステリックニート発動してんぞwww
:ガチ感半端ないから落ち着けww
:だからちげぇーって言ってんだろ!
もうそんな時間なのか。時間の感覚が狂ってしまうのは、ダンジョンのせいなのか、それとも疲れ知らずのスケルトンだからなのか。多分、どちらも関係しているのだろう。
「付き合わせてしまうのも申し訳ないんで、今日の配信は一旦ここで終わりにしようと思います」
:オッケー
:了解だ
:おつかれ
:お疲れさん
配信を終了した俺は、レベル上げをしながら四層に続く階段を探し、羽川さんとの約束通り、朝方には地上に戻っていた。ちなみに、収穫した魔石などはすべて売却し、21万5千円という過去最高額の大幅な更新を達成した。
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