第11話 カツラとシュプレヒコール
「……」
この服装、やっぱり目立つよな。
三途高校が近づくにつれ、制服姿の生徒たちが増え、同時に俺に向けられる視線も増えていった。
「あれって……」
「ばかっ、よせ!」
「お前あの動画観なかったのか?」
「あれって……ドラゴンのやつだろ?」
「なら、わかるだろ?」
「そうよ、不死みんはドラゴンの炎を全身に受けたのよ」
「きっとあの下はひどい火傷なんでしょうね。可哀想に……」
みんなコソコソと何を話しているんだろう。
「昨日のみみちゃむの配信観た?」
「不死みんのやつでしょ」
「えっ、なにそれ、私知らない」
「不死みん、妹さんのためにダンジョンに潜っているのよ」
「だから最弱王なんて言われてるのに、
「そうなのよ。あたし、不死みんがダンジョンに潜り続けている理由聞いて泣いちゃった」
「妹さん、そんなに悪いの?」
「噂では、今年いっぱいらしいわよ」
「あたし、不死みんのこと抱きしめてあげたくなっちゃった」
なぜか女子生徒が捨てられた仔犬を見るような目で、こちらを見ていた。
「よかったらこれ飲んで、コラーゲンたっぷりだから」
「俺のあんぱんも食ってくれ!」
「うちの母ちゃんが作った弁当食うか!」
「あ、いや、え……」
いつもは最弱王と馬鹿にしてくる人たちが、なぜだか今日は色んなものをくれた。今月ピンチだったので素直に貰っておくが、考えてみたら骨なので飲食ができない。
受け取ってしまった手前、やっぱり要りませんとは言えなかった。
「失礼します」
学校に到着した俺は、昇降口で上履きに履き替え、貰ったものを鞄に詰め込み、2階の職員室へ向かった。扉の前で立ち止まり、2回ノックしてから職員室のドアを開ける。
一斉に向けられた教員たちの視線に、一瞬だけ気まずさを覚える。
ん……?
なぜかこちらを見た瞬間、先生たちがとても悲しげな表情を浮かべ、すぐに俺から視線をそらすように目を伏せてしまった。
「不死川! お前、もう大丈夫なのか!」
「へ?」
唯一驚いた様子で立ち上がったのは、古典の教員なのに、なぜかいつも白衣を着ている担任の宮下先生(28歳独身)だ。
「ひどい恰好だな」
「あ、いや、これには色々と事情がありまして」
「みなまで言うな!」
「え?」
「わかっている。わかっているとも。フードもサングラスも手袋も、全部私が許可する! 先生はお前の味方だからな!」
「……ど、どうもありがとうございます」
昨日無断欠席したことを叱られることなく、逆にこの季節外れの恰好を認めてくれた。授業中もフードやサングラスを取らなくてもいいという。一体何がどうなっているのやら。
職員室を後にした俺は、まっすぐ3階の教室に向かった。教室に入ると、クラスメイトたちが一斉に顔を向けた。
この恰好はやはり相当目立つようだ。
「不死みん、学校なんか来て大丈夫なのか!」
驚いた様子で駆け寄ってきたのは、クラスメイトの
「え、ああ、うん。昨日は風邪で休んだだけなんだ、ゴホゴホ」
スケルトンになってしまってダンジョンから出れませんでした。とはさすがに言えないので、風邪で欠席したということにした。それならこの厚着した恰好も少しは理解してもらえるはずだ。我ながら冴えていると思う。
「風邪……? ああ、そうなんだ。それより、体はもういいのか?」
「うん、お陰様で熱もだいぶ下がったから」
「……熱か、確かにあれは掠っただけでヤバそうだったな。あとさ、これ……不死みんの新しいアカウントでいいのか?」
「え……ぷげっ!?」
彼が見せてきたスマホ画面には、今朝作ったばかりの【アンデッドマン】のプロフィール画面が映し出されていた。
なっ、なんで夏目くんが【アンデッドマン】のX(旧Twitter)を知っているんだよ。
「ア、アンデッドマンなんて俺知らないよ!」
「……そっか」
それにしても、どうやって夏目くんが【アンデッドマン】のXにたどり着いたのだろう。まだ動画配信もしていないから、宣伝だってしていないのに。
「ふぇっ!?」
こっそり【アンデッドマン】のアカウントを確認してみると、フォロワーが増えていた。まだフォロワーは旧アカウントの【不死みん】だけのはずなのに、なぜかフォロワーが6人に増えている。サマー、黒い天使、戦隊マニア、熱海の男、華の独身貴族、サザエの壺焼き……全員【不死みん】のリスナーじゃないか。
「ち、ちなみにどうしてこの変なアカウントが俺だと? 全然関係ないのに間違われると迷惑だから、念のため教えてもらってもいい?」
「相互フォローになってたし、プロフィールに『Fランク探索者、普段は【墳墓の迷宮】に入っています。これから動画配信もしていくので、フォローお願いします。↓のリンクから動画サイトに飛べるので、チャンネル登録もお願いします』って書いてたから」
「へ、へぇー……そうなんだ」
なんでそれだけで俺が【アンデッドマン】だってわかるんだよ。お前は超能力者か!
そもそもどうして夏目くんが【不死みん】をフォローしているんだよ。何か嫌だ。クラスメイトだからフォローしないでくれとは、さすがに言えないよな。
「で、でもフォローなんてしたかな? 覚えてないなー、あっ、たまたま指が触れちゃったのかも! 面倒だしこのままでいいや。あと、【墳墓の迷宮】は初心者用のダンジョンだから、Fランク探索者が多くて当たり前なんじゃないかな」
理由付けとしては完璧だ。
澄んだ瞳でじっと見つめてくる夏目くんが少し怖かったけど、しばらくすると納得したのか、それ以上追求してくることはなく、自分の席に戻っていった。
「不死川くん!」
ホッとしたのも束の間、今度はクラス委員長の黒井アンゲル美咲さんがやってきた。 天使という意味のミドルネームを持つ彼女は、日本とアイスランドのハーフ。長い手足とプラチナブロンドが印象的な女の子だ。 ちなみに1年生の頃はよく、英語の追試を受けさせられていた。外国人みたいな見た目なのに英語だけが苦手な彼女は、その美貌もあいまって校内ではちょっとした有名人だ。
そんな彼女が鼻息荒く俺の前で足を止めた。そして、先程の夏目くん同様、【アンデッドマン】のプロフィール画面を表示させたスマホを突きつけてくる。
「これは不死川くんの新しいアカウントですか!」
またそれか。
繰り返しになるが、夏目くんの時と同様に説明することにした。
彼女もすぐに間違いだと理解してくれたようで、すぐに俺の前から立ち去った。その後は教室にやってきた宮下先生と夏目くんを交え、何やら真剣に話し込んでいた。話の内容までは聞こえなかったが、時折三人がこちらを見ているような気がした。
……俺がスケルトンだということに、まさか気付いたわけじゃないだろうな。
あの三人は要注意人物として、俺の脳内リストに登録しておく必要がありそうだ。
◆◆◆
「不死川、なんだその馬鹿げた恰好は!」
それは3時限目、社会の授業での出来事だ。
極道という渾名を持つ社会科の教師、
「え……と、宮下先生からは許可をもらっています」
「だから何だぁ? 今はオレの授業中だろ! わかったらさっさとフードを外してマフラーとサングラスを取れ! あとその季節外れのダウンも脱げ! 今すぐだ!」
それは無理な相談だ。
クラスメイトの前でスケルトンを晒すわけにはいかなかった。
どうしたものかと沈思黙考を続ける俺のもとに、痺れを切らした鬼山田先生が急接近。
「あっ――ちょっと!?」
「さっさと取れと言っているだろ!」
「やめてください!」
「うわぁっ!?」
半ば強引にフードを外そうとしてくる鬼山田先生の肩を軽く押すと、思いのほか吹き飛んでしまった。
「いっ……貴様、教師に手を上げてただで済むと思っておるのか! って、なんだこれは? ひえっ!?」
「あ」
フードを外されることは阻止できたのだが、代わりにカツラが鬼山田先生の指に絡まって取れてしまった。
予想外の出来事に腰を抜かして青ざめる鬼山田先生と、一斉に息を呑むクラスメイト。教室は一瞬にしてとんでもない空気になってしまう。
「貴様、なんでズラなんて被っているんだ!」
「いや、えーと、その……ちょっと髪を切りすぎたんで、おしゃれウイッグを買ってみたんです。返してください」
「黙れ! そして取れ! 今すぐにそのフードの中を見せてみろ!」
困ったなと黙り込んでしまうと。
「鬼山田先生、それはいくらなんでもあんまりです」
「黒井の言う通りだ! みんなだって不死みんが今どんな状況かわかっているだろ!」
「夏目くんの言う通りです。たとえどんなに辛い状況に立たされても、彼はこうして学校に登校してきたんです。それだけで十分じゃありませんか!」
「ふたりの言う通りよ! 生徒には生徒の事情があるのよ!」
「こんなのは横暴だ!」
「早くウイッグを不死川くんに返してあげてよ!」
「教育委員会に訴えるぞ、鬼山田!」
「そうだそうだ!」
「「「カツラを返せ! カツラを返せ! 不死みんのカツラを今すぐ返せ!」」」
「な、なんなんだお前ら……」
突然のシュプレヒコールに戸惑う鬼山田先生へ、クラス委員長の黒井さんがスマホを握りしめ歩み寄った。
「鬼山田先生! これを観ても、まだ不死川くんにフードを取れと言えますか!」
「っ……!?」
スマホ画面を見つめる鬼山田先生の表情が、みるみる深刻なものへと変わっていく。やがて涙ぐんだ鬼山田先生と目が合う。
「先生、知らなかったんだぁ! 許してくれっ、しなずがわぁああああ!」
「……はぃ?」
腰にしがみついてくる鬼山田先生が、先程とはまるで別人のように許しを請うてくる。
一体、黒井さんは鬼山田先生に何を見せていたのだろう。夏目くんはめっちゃサムズアップしてくるし、一体何が起きているのだろうか。
何はともあれ、無事にカツラを返してもらうことができたので、良しとしよう。それ以降、校内で服装に関することを言われることはなくなった。
というのも、ホームルームで俺の服装を指摘してはならないという趣旨のプリントが、クラスに、いや、全校生徒に配られたのだ。
「新種のインフルエンザだとでも思われているのかな?」
不思議に思いつつも、俺は妹の待つ病院に向かった。
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