第10話 SNSで俺の切り抜き動画がバズりまくっている件。

「焦ったぁ」


 逃げるようにギルドを飛び出した俺は、【墳墓の迷宮】へと続く建物を見上げ、嘆息した。


 さすがにあれだけの数に見られるのは良くないよな。


「バレていなきゃいいんだけど……」


 ダンジョンの入口は地震とともに現れ、出現地を予測することが難しい。一般市民が突然現れたダンジョンに誤って足を踏み入れないよう、ギルドは入口を隠すように建てられていた。その外観が市役所に似ていることから、稀にお年寄りが間違ってやってくることがあると、受付の羽川さんに聞いたことがあった。


「帰還報告、したかったんだけどな……」


 いつも俺のことを何かと気にかけてくれる羽川さんに、ダンジョンから無事に戻ったことを報告したかったのだが、あれだけ注目されてしまっては、さすがにいつものようにとはいかなかった。


「万が一素顔を見られでもしたら、取り返しがつかないもんな」


 ただでさえ配信者で溢れかえっていたあの場に、あれ以上長居するのは危険だと判断した。角度によっては骨が見えてしまう可能性もあった。


「それにしても、まさかみみちゃむまで来てるとは」


 やっぱりうちのリスナーがあの通路のこと、SNSで拡散してしまったんだろうな。


「まいったな」


 あの状況から察するに、これからも【墳墓の迷宮】には多くの探索者シーカーが集まることが予想される。

 未踏破のエリアにはトップ探索者シーカーでないと入れない。それがランク制限なしで、比較的に安全な二層から行くことができるとなれば、当然全国から人が押し寄せることになる。


「これは本格的に困ったな」


 もし【墳墓の迷宮】が人で溢れかえることになれば、これまでのようにレベル上げが難しくなってしまうだろう。戦闘中にマスクが外れたり、サングラスが取れるといったリスクがある以上、人前での戦闘はできるだけ避けたい。


「あの状況だと、そういうわけにもいかないんだろうな」


 Fランクでも入れる別のダンジョンがあればいいんだけど、そうなると県外になってしまう。学校があるし、妹の病院のこともあるから、俺はこの街から離れるわけにはいかなかった。


「これは何か対策を練る必要がありそうだな」


 今後の方針を考えていると、複数の視線が自分に向けられていることに気がついてしまう。


「ちょっと、あの人の恰好……あれなぁに?」

「今はもう5月よ」

「不審者じゃない? 警察に通報したほうがいいかしら?」


 やばい。

 俺は急いでその場から離れることにした。




 ◆◆◆




「3日振りの我が家だ」


 自宅はオートロック付きのマンション。広さは3LDK。築20年と少し古いが、亡くなった両親が残してくれた大切な家だ。

 本当は妹の雪菜とふたりで住んでいたのだけど、今は独りで住んでいる。


「どう見てもスケルトンだよな」


 帰宅した俺は、改めて洗面所の鏡に映った自分の姿に戦慄していた。


「こんな姿になってしまって、一体これからどうするんだよ」


 重い足取りで洗面所をあとにする。腹も減らなければ寝る必要もなかった俺は、とりあえずノートパソコンでスケルトン化について調べることにした。


「ダメか……」


 わかってはいたことだが、探索者シーカーがスケルトンになったという報告はどこにも上がっていなかった。次に【墳墓の迷宮】について調べてみることにすると、SNSには俺の動画が大量にアップされていた。


「これは……」


 完全にやらかしてしまっていた。


 急いでいたため、アーカイブを非公開にするのを忘れてしまっていたのだ。その結果、動画サイトには大量の切り抜き動画がアップされ、中には3億再生されているような切り抜きまであった。


「3億!? うそだろ」


 信じられないほどの再生数に、一瞬自分の目を疑ってしまったが、何度確認してみても『3億回視聴』と表示されている。2、3分の短い動画とはいえ、収益化していたとしたらいくらぐらいになるんだろう? 仮に1再生0.1円で計算したとしても、その額は驚異の3千万円だ。


「……」


 これは動画サイトに収益の分配を訴える必要がある。上手くいけば半分くらいはもらえるかもしれない。最悪、著作権の侵害で訴えてもいい。しかし、そうなると弁護士費用だけで莫大な費用が必要になってしまう。雪菜の入院費はローンが利かないので、訴訟は現実的ではない。


「【世界初のドラゴン映像に世界が驚愕】……ネットニュースにまでなっているじゃないか」


 通りで【墳墓の迷宮】にあれほど多くの探索者シーカーが集まっていたわけだ。


「おっ! 俺の方も再生回数伸びてる」


 普段は数百再生すれば御の字だったアーカイブが、あの日のものはすでに280万再生もされていた。

 ドラゴン効果恐るべしだな。


「うーん」


 しかし、登録者数が少し増えたものの、32人という数字には正直がっかりだ。これでは収益化は当分先の話だ。


「ん……これは?」


 アーカイブのコメントを見ていたところ、『あれってレアアイテムですか?』という書き込みが目に留まる。

 一体何のことだろうと思いながらコメントをスクロールしていくと、俺が頭に乗せている王冠についてのコメントだった。


「そういえばアイテム、宝箱から入手したっけ」


 アーカイブをチェックしてみると、ドラゴンブレスを受ける直前まで、たしかに俺の頭の上には黄金の王冠が乗っかっていた。

 でも、あれはドラゴンブレスで灰になったはず……と思ったそのとき、ふと思い出したことがある。


【アイテム――不死の王冠の効果が発動されました】


 意識がなくなる寸前、頭の中に聞こえたあの声。


「アイテム、不死の王冠……まさかな」


 妙な胸騒ぎがして、冷や汗が頬を伝ったような気がした(骨なので汗は流れないが)。


 ――カタカタカタカタ。


 俺は急いでアイテム【不死の王冠】を検索してみた。


「ヒットなしか」


 ますますレアアイテムだった可能性が強くなる。




 ◆◆◆




「もう朝か」


 これからのことを考え、色々と準備をしていたら、あっという間に夜が明けていた。


「お、まだ動く」


 愛用していたスマホがドラゴンに溶かされてしまったので、しばらくは以前使用していた旧スマホを使うことに決めた。SIMカードの再発行はオンラインで済ませた。


「【アンデッドマン】、少し単純すぎたかな」


 新しいSNSのユーザー名だ。

 これからも配信活動を続けたかった俺は、以前使用していた『不死みん』アカウントの使用をひとまず止め、新たなアカウントで再出発することを決めた。

 もしもスケルトンであることがバレてしまったとしても、【アンデッドマン】が不死川宗介だとは誰も思わないだろう


「よし」


 制服の上からパーカーとダウンを羽織り、ネックウォーマー、マスク、サングラスで顔を隠したら完璧だ。


「おっと」


 カツラを装着するのを忘れていた。フードをとられてしまった時のことを考えると、どうしてもカツラは必須アイテムになってしまう。



「少し早いけど、もう行くか」


 昨日(月曜日)は無断欠席になってしまったので、早めに行って先生に謝罪しようと思う。誠心誠意謝ればきっと許してくれるはずだ。

 学校帰りに雪菜の病院にも寄らなければいけないので、今日も何かと忙しくなりそうだ。

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