第9話 みんなのスーパーアイドルみみちゃむ登場!?

 ――うわぁ、めっちゃ見られてる。


【墳墓の迷宮】の出口付近に近づくに連れ、探索者シーカーとすれ違うようになってきた。

 いつもは人なんてほとんどいないはずなのに、なぜか今日に限って人が多い。


「……?」


 通りすがる探索者シーカーたちの装備を一瞥し、少し違和感を覚える。彼らの多くが初心者用の装備を身に着けていなかったのだ。


 【墳墓の迷宮】は初心者向けダンジョンであり、基本的にはダンジョン協会が初心者価格で提供している『初心者探索セット』を装備するのが一般的だった。俺もその例外ではない(2年前に購入したものなのでボロボロだったが)。


 中には初心者セットを身にまとっている者もいたが、そうでない者が不自然なほどに多かった。



「あれ暑くないのかな?」

「レア装備とかなんじゃない?」

「いや、どう見ても私服だろ」


「――――っ」


 俺はギュッと拳を握りしめ、急いで地上へ続く階段を目指した。


 薄暗い中、大きな階段を上がると、そこに広がるのはダンジョン協会が運営するギルドだ。しかし、やはり何かがおかしい。


「なんでこんなに人がいるんだろ?」


【墳墓の迷宮】があるギルドは、いつもは閑古鳥が泣いていたのに、今日は大盛況だ。ギルド内は人であふれかえっていた。


「は〜い、ということで本日も始まりました! 無敵の迷宮探索職人、みんなのスーパーアイドルみみちゃむだよ〜。今日はね〜、今SNSやダンジョン掲示で噂になっている【墳墓の迷宮】に潜りたいと思いま〜す! どう? 楽しみ? えぇー初心者ダンジョンだからつまらなそう? そうかな? オタクくんたちは知らないの? 最近【墳墓の迷宮】では、新しい階層に続く通路が発見されたって話。何でも、あの最弱王の異名を持つ、不死みんが何らかの条件を満たして入口を解放させたんだって。不死みんすごすぎ〜」



 うそ!?


 超人気配信者、迷宮探索職人のみみちゃむがギルドのど真ん中で配信している。

 Bクラス探索者の彼女がここに居ることにも驚きだが、それ以上にみみちゃむの可愛らしさに目を奪われてしまう。歌手デビューしている芸能人ということもあり、オーラというか存在感が一般人とは比べものにならない。


 しかも、あのみみちゃむの口から『不死みん』というワードが飛び出したことにも驚きだ。自分が人気配信者に認知されているという事実に、感動がこみ上げてくる。


 いや、感動している場合ではない。


 今のみみちゃむの発言が本当なら、【墳墓の迷宮】に多くの探索者たちが集まっていることにも納得がいく。彼らはいち早く新しい階層に挑戦し、レアアイテムを手に入れたり、ダンジョンのマッピングをしてそれをダンジョン協会に売りつけて利益を得ようとしているのだ。


 よくよくギルド内を観察すると、みみちゃむ以外にも見覚えのあるダンジョン配信者の姿が目立っていた。

 宙に浮いた球体型自動撮影カメラに向かって話し続ける彼らの前方には、無数のコメントがすさまじい勢いで流れていた。



 もし俺も配信できていれば、今頃はバズって人気配信者の仲間入りだったかもしれない。

 と思ったのだけど、自分がスケルトンだったことを思い出す。

 さすがにこの姿で配信はできないよな。


「ん? 季節外れの変なのがいた? どれどれ〜、オタクくんたち教えて〜って、あれだ!」


 ――げっ!?


 好奇心に瞳を輝かせたみみちゃむが、すごい勢いで接近してくる。


「そこの探索者シーカーく〜ん、ちょっとインタビューさせてもらってもいいかな~?」

「えっ、あっ、はい」


 自分の状況を考えると、本来なら断るべき申し出なのだろうけど、彼女の勢いに圧倒され、つい「はい」と返事をしてしまった。


「すっごい私服っぽい恰好だけど、お兄さんの探索者ランクを教えてもらってもいいですか?」

「えーと、その……え、Fです」


 :クソ雑魚確保w

 :初心者ダンジョンなんだから別にいいだろ

 :誰だってはじめはFランクを通るんだから普通よ

 :そういうコメやめろ。みみちゃむが炎上するだろ

 :探索者になったばっかりっぽいな

 :兄ちゃん気にすんなよ

 :三ヶ月もあればEランクに上がれるからな

 :Dまでは結構楽勝だよな


 配信画面ライブウィンドウに浮かび上がるコメントが視界に入り、俺は気まずさから顔をそらしてしまった。


「新人さんだ〜! ちなみに、どうして探索者シーカーになろうと思ったのか聞いてもいいかな〜」

「えーと、その、妹が病気で……でも、ダンジョンには何でも治せる【女神のなみだ】っていうアイテムがあるって聞いたんです!」


「【女神のなみだ】か〜、あれは伝説級のアイテムだよ? 昔、アメリカのトップチームが発見したことで一気に有名になったレアアイテムだよね。でもそれ以来、一度も発見されてないはずだよ? 最低でもAランクくらいにならないとキツいかな〜」


 :探すの無理ゲーすぎww

 :その前にAランクがな……

 :よっぽど才能タレントに恵まれていないときついよな

 :まだ探索者シーカーになって三ヶ月未満なんだから可能性はある

 :みみちゃむの弟子にしてもらえ


「みんな夢がないこと言っちゃダメだよ〜。彼はまだ、探索者シーカーになって日が浅いんだから。ね?」

「……いや、えーと、2年目です」

「え……」


 一瞬、ギルド内の時間が止まったかのように、誰もがこちらを注視していた。コメント欄もしばらく停滞していたが、次の瞬間にはものすごい勢いでコメントが流れ始めた。


 :こいつ最弱王の不死みんだ!

 :ニ年間Fランク&【墳墓の迷宮】にいる探索者シーカーなんて、不死みん以外考えられないだろ!

 :超新星みみちゃむと最弱王の突発コラボとかマジかよ!

 :それ誰得なんだよwww

 :でも不死みんて死んだんじゃねぇの?

 :あー不死みんとこの数少ないリスナーが言ってたよな

 :まじ?

 :まじまじ。例の新たに出現したって通路配信が行われてからSNSの更新も止まってるしな

 :ちな、そこを管理してる職員も不死みんがダンジョンから出て来るところを確認してないらしいぞ

 :え、不死みんの配信があったのって3日前じゃ……

 :3日潜るのなんて普通じゃね?

 :そこ、【墳墓の迷宮】な。

 :普通のダンジョンならそうだろうけど、【墳墓の迷宮】は二層までしかない上に、食糧が入手できないことで有名

 :食糧持っていってたんじゃねの?

 :軽装備だったらしいぞ

 :あ、御臨終ですw

 :いや、本人目の前にいるからww



 コメントから、自分が3日間も【墳墓の迷宮】にいた事実を知る。ただでさえダンジョンの中は陽が出ないので、時間の感覚が麻痺していたようだ。それに加えてスケルトンになってしまったことで、体内時計の感覚が完全に狂ってしまっていた。


 やってしまったと落ち込む前に、今はギルド内のこの空気を何とかしたい。


「え……君って不死みんなの!? というかその恰好なに?」


 :みみちゃむ素が出てるぞ

 :声とキャラはいいのか?

 :みみちゃむテンパるとすぐに素が出るからなww

 :みみちゃむ意外と不死みんファンだもんなw

 :それはないだろ

 :可能性はあるだろ。たまに不死みんの話ししてるし

 :あれはイジってるだけな

 :はい、お前は童貞確定

 :イジるだけならあそこまで擁護しないだろ

 :だよな


「あ、ヤバっ。じゃなくて、そ、その恰好は何なのかな〜――――ってちょっと!」

「ご、ごめんなさい!」


 :みみちゃむ振られた

 :スーパーアイドルが振られるところなんて見たくなかったww

 :相変わらずの不憫属性で草

 :それでこそ俺らのみみちゃむだよな


「なんで逃げるのよ!」

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