第7話 擬態

「モンスターを狩り尽くしてしまった……」


 熱中しすぎて、この周辺のモンスターを一掃してしまったようだ。

 ダンジョン内のモンスターを全滅させても、完全に魔物が消えることはない。一時的な平穏が訪れたとしても、やがてモンスターは必ず再湧出リポップされるためだ。


 そこで、ふと、疑問に思うことがある。


「今は、俺もモンスター扱いなんだよな……?」


 この場合、俺は再湧出リポップされるのだろうか。

 仮に再湧出リポップしたとして、それは本当に俺だと言えるのだろうか? いや、そんなことを言い出したらスケルトンになっている時点で……という話になってしまう。

 

 やめよう。

 考えるだけ恐ろしい。


 何はともあれ、目標にしていたSP14を貯めることができた。これでスキル『擬態』を習得できる。



【不死川宗介】

 レベル:4/10

 HP:61/61

 MP:2/41

 SP:15

 経験値:25/360


 種族:スケルトン

 腕力:21

 耐久力:24

 魔力:24

 敏捷性:21

 知性:20

 運:14

 スキル:『ボーンアタック』『スライム生成』『強度調整』『素早い逃走』『操作範囲拡大』『造形技術』『性質変化』

 魔法:なし


 唯一才能ユニーク・タレント

 墓荒らしの簒奪者:貴方は死者から力を奪い取る



 レベル4にして、以前のステータスよりも遥かに強くなってしまった。

 俺の死ぬ気で過ごした2年間は、一体何だったんだろう。思い出すと泣けてくる。




 ◆◆◆




【新スキル:『擬態』を習得しました】


 早速スライムツリーからSPを7を消費し、念願だったスキル『擬態』を獲得することに成功する。


 スキル:『擬態』

 効果:環境に適応し、自身の外見を自在に変化させることが可能になります。


「スキル『擬態』発動!」


 ……

 ………

 …………ん?


 期待に胸を膨らませ、早速スキルを試すも何も起こらない。


「あれ?」


 不思議に思い、ステータス画面を開いてもMPゲージは2/41のまま変わっていない。


「ん〜〜〜……そっか!」


 きっとスキル『擬態』を発動するには、それなりにMPを消費するのだろう。

 人間に戻りたいあまり、MP不足という初歩的なミスを犯してしまったようだ。

 そうとわかれば人気のない場所まで移動して、全力で休息をとることにする。

 休息を取った場合のMP回復率は、大体5分で1MP程だ。対して、時間経過による回復は15分で1MPである。


「よし!」


 ダンジョンの端で膝を抱えつつぼーっと時間を待つのは退屈だったが、我慢の甲斐あり、MPゲージがMAXまで回復した。

 これで今度こそ人間に戻れる。


「スキル『擬態』発動!」


 しーん……。


 と、隙間風が眼窩を吹き抜けた。


「なんでぇっ!?」


 MPゲージはMAXのはず、MP不足は考えられない。

 ではなぜ、スキル『擬態』は発動しないのか。


 ――まさか……。


 俺がスライムではなく、スケルトンだからなのでは……?

 スライムのスキルツリーから習得したスキルはすべて、スライムを使用したスキルだった。

 しかし、今はスライムを出していない。

 人間に擬態したいのは生成したスライムではなく、俺自身なのだから当然だ。

 だが、そのせいでスキルの発動条件が満たされていないのではないだろうか。


「これならどうだ?」


 試しにスライムを出してから『擬態』を発動してみるが、結果は変わらなかった。


「さっぱり意味がわからない」


 せっかくスライムを生成したにも関わらず、スキル『擬態』は発動しなかった。

 そこで再度、スキル『擬態』の効果を確認してみた。


 スキル:『擬態』

 効果:環境に適応し、自身の外見を自在に変化させることが可能になります。


「自身の外見……か」


 たしかに生成したスライムを俺の外見というには無理がある。

 そもそもスケルトンの俺には、スキル『擬態』の使用は不可能だったのかもしれない。


「はぁ……」


 途方に暮れて座り込むと、緑色のぶよぶよが現れた。

 ぼんやりとそれを眺めているうちに、気づかされることがあった。


「スライムの本体って、スライムじゃなくてあの核だよな?」


 スライムという名前のモンスターだから、ついあのぶよぶよした部分をスライムだと思いがちだが、実際には核こそがスライムの本体で、スライム部分は皮膚や肉でしかない。


『擬態』に必要なのは、この皮膚や肉に該当する部分なのだが、実際には皮をかぶるスライム本体が認識されなければ発動しない。

 つまり、皮膚と本体、両方必要というわけだ。


「イケるかもしれない!」


 もしも俺の考えが正しければ、俺もあのスライムのように、肉を、皮膚を身にまとうことができれば、スキル『擬態』の発動条件は満たされる。

 要は、あの核の、スライムの真似をすればいい。そうすることで、俺はスケルトンでありながらスライムとして認識されることができるのだ。


 まさに天才的発想だ!


「試すしかない」


 まず、俺は『スライム生成』で全身を覆うほどの巨大なスライムを生成することに決めた。見た目は間抜けなスケルトンがスライムに閉じ込められたように見えるが、実際は俺自身が核となった巨大なスライムだ。



 ――スキル『擬態』発動!



「きた!」


 何も起きなかったこれまでとは違い、スキルを発動すると浮かび上がる文字。


 選択可能な個体を表示します。


【不死川宗介(人間Ver.)】

【スケルトン】

【ゴブリン】


「おっ!」


 擬態リストにはこれまで倒したモンスターの名前に加え、俺の名前も表示されていた。しかも、『人間Ver.』と丁寧に明記されている。

 複雑な気分だが、人間に戻れるのなら文句はない。


 俺は迷うことなく【不死川宗介(人間Ver.)】を選択した。


「おおっ!」


 擬態先を選択すると、俺を包んでいたスライムが自ら形を変え、あっという間に生前の姿に戻った。


「手だ! ちゃんと足に肉もついてるぞ! 顔はどうなっているんだろ」


 触った感じはぷにぷにしており、スケルトンのときのような硬さは感じられなかった。

 それでも、自分の目で確認しないことにはどうも落ち着かない。この姿で地上に出るのだから、万が一があってはならないのだ。


 しかし、俺は鏡を所持していなかった。


「スマホがあれば自撮りができるんだけどな」


 生憎、ドラゴンブレスによって剣以外の持ち物はすべて溶けてしまっていた。


「全裸なのも大問題だな」


 スケルトンのときは気にならなかったが、さすがに人間の姿だとそういうわけにはいかない。特に股間が丸出しなのは論外だ。

 今ここで誰かにに出くわそうものなら、変態探索者シーカーとして、一躍時の人になってしまう。


「とりあえず服だな」


『スライム生成』で新しくスライムを生み出し、服を作製する。スキル『造形技術』のおかげでお洒落な服も難なく作れてしまう。あとは完成した服に『特性変化』を使用すれば、見た目も素材感も完璧再現だ。

 これがスライム製とは誰も思わないだろう。


「あとは容姿の確認だけなのだが……あそこに行くか」


【墳墓の迷宮】を熟知する俺は、容姿を確認するため水源のあるエリアに向かう。




「間違いない、俺の顔だ!」


 水面に映る顔は、毎朝洗面所で見ている顔で間違いない。パーマをかけていると疑われ、何度も生徒指導室に呼び出されたこの癖毛も、確実に俺のものだ。


「よかった」


 しかし、その安堵もつかの間であった。


「え、なんで、ちょっと、何が…!?」


 湖に映った顔が突如としてグニャグニャと崩れ始めた。その突然の崩壊は顔だけでなく、細く美しい指先もなぜかアイスクリームのように溶けだし、あっという間に骨だけに変わってしまった。


「うそだろ……」


 なぜか理由は分からないが、『擬態』が強制的に解除されてしまった。

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