第4話 骨人VS不定形の粘液

 暗いダンジョンの通路で、天井から粘りつくような音を立てながら、緑色のスライムが落ちてくる。


 スライムには様々な種類が存在する。

 ポイズンスライム(紫色)やレッドスライム(赤色)など、スライムは色によって強さや危険度が変わってくる。中にはAクラス探索者シーカーですら苦戦するようなスライムも存在している。


 ここ、【墳墓の迷宮】に現れる緑色のスライムは、何の特性も持たない最弱のスライムだ。ポイズンスライムのような猛毒もなく、レッドスライムのように熱くもない。ただドロドロしていて、不快な存在にすぎない。


 俺が剣を構えて相対すると、スライムは俺の存在を認識したように、


 ――プルプルッ!


 と笑っているかのようにゼリー体を揺らした。

 スライム。

 何度も戦った経験がある魔物だが、改めて見ると恐ろしく気持ちが悪い存在だった。

 ゼリー状のスライムには目も鼻も口もなく、これが生きものだということ自体が信じられない。


 だというのに、その不可思議な生きものは、見るたびに確かに、俺を愚弄するかのようにプルプルと体を揺らしている。

 スケルトンもスライム(緑色)同様雑魚モンスター扱いなので、ひょっとしたら俺を馬鹿にしているのかもしれない。あるいは、俺がレベル1の最弱スケルトンであることに気づいているのか。どちらにしても、スライム(緑色)に馬鹿にされて腹が立たないわけがなかった。


「これまでだって何体も倒してきたんだ!」


 スライム如きに遅れを取るつもりはない。

 そう決意して、俺は足を動かし、スライムのもとへ走り出そうとした。


 ――つもりだった。


 その速度は、自分でも驚いてしまうほどに遅かった。

 走っている、そう言われればそうだろうな、と頷ける程度の速度はたしかに出ているのだが、真剣に走ってないよね? と尋ねられかねないほど遅いのも、また事実なのだ。

 やはり、ステータスが下がってしまったことが関係しているのだろう。

 考えてみれば、そもそも筋肉がないんだよな。

 骨だし。


 もともと動物は筋肉によって体を動かしているのだから、それがなくなった状態で体を動かせていること自体が奇跡なのだろう。

 そんなことを言い出したらスライムはどうなるんだよって話なのだが……。

 やはり、骨も筋肉もないからすごく遅い。

 だからこそ、最弱の魔物と呼ばれており、Fランク探索者向けの魔物だったわけで、今まで俺が【墳墓の迷宮】で生き残れてこれたのも、彼らがいたからこそ。


 しかし、スライムの厄介なところは、その耐久性の高さと再生能力にある。

 ゼリー状の体をいくら斬りつけても、スライム本体にダメージは通らない。

 物理攻撃でスライムを倒す方法はひとつ、彼らの脳ともいうべき核を破壊することだ。


 ――だが、当たらない。


 俺の剣速がひどく遅いのはもちろんのこと、これまでのように剣が上手く振れなかった。安物とはいえ、俺が使用する鉄の剣の重量は約ニキロ。決して重たくて振れないという代物ではない。

 にも関わらず、剣を持ち上げることが難しかった。

 筋肉がないのだから当然である。加えて、レベル1になってしまった今の俺の腕力値は3。

 剣が振れないのも納得のステータスだった。


 それでも必死に持ち上げてみても、今度は剣に加える力の方向を反転させて振り下ろすのが難しかった。

 筋肉の有り難さが再認識される瞬間だった。


 もともと最弱の探索者シーカーと揶揄される俺のステータスは、決して高くはない。レベルが上がってもいずれかのステータス値が1上昇するだけなので当然といえば当然だ。

 それでもこの二年間、俺は【墳墓の迷宮】で生きてきた。

 スライム(緑色)もゴブリンも、スケルトンだって倒してきたはずだ。

 最弱なりの工夫とテクニックがあると自負していた。


 しかし、それも筋肉――腕力値が15あったからこそできたこと。1/5の腕力値ではこれまでのようには戦えない。


 ――どうすればいい。


 このままではスライムに攻撃されて死んでしまう。


「あっ、こら、よせ!」


 もたついていた間にスライムが足にまとわりつき、振り払おうと片足を上げた瞬間、俺はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。


「うわっ、ちょっと、これはなんだ!?」


 ここぞとばかりにスライムが全身にまとわりつき、あっという間に全身がスライムに覆われてしまう。

 たとえ最弱のスライム(緑色)でも、やはりダンジョンが生み出す魔物であり、スライム(緑色)は自らの体内に捕食対象を取り込み、時間をかけて溶解するという性質を持つ。


 このままではスライムの中で命を落とし、白骨と化すまで溶かされてしまうだろう。

 と、思ったとき、ふと気づいてしまった。

 自分がすでに骨だけの存在であることに。


 ――骨も溶けるのだろうか?


 二年間、【墳墓の迷宮】に潜り続けて目にしてきた光景を思い出す。

 薄暗いダンジョンの通路には時折、何かの生きものの骨が落ちていることがある。過去にスライムが生きものを捕食し、骨を吐き出している場面に遭遇したこともあった。

 結論からいうと、骨、すなわちスケルトンである俺がこれ以上、スライムの体内で溶けることはない。


 であるなら、問題はスライムの体内で溺死してしまうことなのだが……。


 ――あれ……苦しくない。


 スライムに取り込まれる前とあまり変わらない。

 ただ、ドロドロとした湯船に浸かっているような感覚で、なんだか不快だなーって感じるほどだ。


 ――そっか、そうだよな。


 スケルトンの俺には、そもそも肺がないのだ。

 つまり、初めから呼吸をしていないので、口や鼻を塞がれたところで、特に問題はなかった。

 すでに死んでるようなものだしな。


 ――よっこらせ。


 俺は体内で発見した核を握りしめ、スライムの膜を破って脱出しようとするも、その膜は予想以上に頑丈だった。


 ――全然出れない。


 腹を引き裂こうと引っ張っても、まるで分厚いゴムを引っ張っているように伸びて、いっこうに破れる気配がない。

 それならばと、今度は腹をぶち破ろうと拳を叩きつけてやったが、やはりこちらもびくともしない。

 スライムボディを突破するには、刃物でなければ無理そうだ。


 ――取れない。


 困ったことに、ロングソードは先程転んだ際に手放してしまった。必死に手を伸ばしても、剣はスライムの外側にあり、内側からではどうやっても届かない。

 このままスライムの中に閉じ込められていても死ぬことはないが、ずっとこんな状態でいるわけにはいかない。

 もしも、このような場面を探索者シーカーに見つかってしまえば、スライムもろとも倒されてしまうかもしれない。


 ――早く脱出しなければ。


 しかし、このスライムの皮膚というか、膜をどうやって突破するべきかが分からない。

 もっとも可能性があるとすれば、スライムが俺に飽きて、自然と吐き出してくれることなのだが、それが何時間後なのか予想できないのが辛いところだ。

 数日後だった場合、先程考えていた最悪が現実に起こるかもしれない。


 悠長に構えている時間はない。

 知恵を絞り、何とかこのスライムの腹から脱出しなければ、いずれ出くわすであろう探索者シーカーに殺されてしまう。


 妙案はないものかと、自身のステータスを確認していると、これまでは唯一才能ユニーク・タレント『器用貧乏』により、一度も覚えることがなかったスキル項目欄に目が留まる。 


 スキル:『ボーンアタック』

 効果:骨密度を上げた状態から、対象ターゲットに強力な体当たりを繰り出します。


 一般的な冒険者が使用するスキル『スラッシュ』などは、刃の備わった武器が必要なのだが、スキル『ボーンアタック』は武器の使用を必要としなかった。まさに現状に適したスキルと言えた。

 問題はその威力が果たしてスライムの膜を破壊できるほど強力であるかどうかというところなのだが、これについては、一度使用してみないことには何とも言えない。


 ――まあ、考えていても仕方がない。


 『ボーンアタック』を発動してみると、視界にターゲットリングが浮かび上がった。視線誘導によってスライムの核に【ROCK ON】したところで――キュイーン、と甲高い音が鳴り響き、同時に全身が発光する。まるで自分が電球にでもなってしまったかのように、骨という骨が壮大な輝きを放ち始めた。


 次の瞬間、俺の体は自ら動き出し、ミサイルのように核を破壊。スライムの体内から勢いよく飛び出していた。


「うえぇ……気持ちわる」


 なんとか勝ったけど、スライムの体液で全身ベトベトだ。

 スキルの方は威力ともに、実戦での運用も問題なさそうだ。


『ボーンアタック』は思っていたよりもずっと有用な技だった。

 スキルを使うとモンスター討伐がここまで楽になることを知ると同時に、今まで自分がどれだけ無謀な戦いをしていたのかを痛感していた。


「みんな強いわけだな」


 初めてのスキル発動に興奮冷めやらない中、俺は苦笑しながらスライムまみれの体を払い、安堵のため息を吐き出した。

 すると突然、全身が青白く発光しはじめ、謎の機械音声が脳内に響き渡った。




【スライムの死骸を確認致しました。スキル:墓荒らしの簒奪者が発動されました】





――――

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