第29話
初めての夜勤業務の最中。つかの間の仮眠から目覚めたとき、どこにいるのか一瞬わからなかった。
今も似たような体験をしている。岩巻のホテルだとわかるまで数秒かかってしまった。シングルベッドにもうひとり入り込んでいることにも。
相手の男が、長いまつげに縁取られた双眸を、うっすら開けた。美青年は、まどろむ様も絵になる。同性でありながら、多希は彼を美しいと感じてしまった。横になったまま頭を撫でてやると、彼は安心したように息を吐いた。
「奈直くん、大丈夫ですよ。俺は生きています」
多希の声に奈直は、うん、と頷いた。
有り体に申し上げれば、自分のベッドに戻ってもらいたい。狭くて寝返りが打てず、寝た気がしないからだ。
パニックを起こして荒れてしまった多希を、奈直は力ずくで取り押さえて落ち着かせてくれた。多希の事情を知った奈直は、また多希が独りで変な気を起こすのではないかと不安になっているらしい。
「迷惑をかけて、ごめんなさい」
ううん、と奈直は小さく首を横に振り、目を閉じた。
が、こうも密着されると、違う意味で変な気を起こすのではないかと多希は不安になる。きちんと服は着ているが、自覚していない性癖があるのではないかと自分を疑ってしまう。
よくよく考えてみれば、多希が空いているベッドに移動すれば済む話だった。充電中の奈直のスマートフォンがあるベッドに移動し、多希は快眠を得た。
はずだった。
いつの間にか、奈直も移動してきた。
「なんでこっちに来るんですか」
「こっち側でスマホを充電しているからです」
奈直は多希に背中を向け、充電しながらスマートフォンを操作する。
「あいつ、明日から蒼右森で予定があるみたいですね。今日は早過ぎる前乗りだったんでしょうか。わざわざ岩巻に寄り道しなくても良いのに。しつこい男は嫌われますよ」
奈直はすっかり目を覚まし、毒を吐く。良くないと思いつつ、多希は奈直のスマートフォンを見てしまった。荻野保希のSNSを見ている。
「昔から不器用なんです。許してあげて下さい」
「あなたは甘いんですよ。エレベーターの中であんなに怯えた顔をしていたのに、あいつの肩を持つんですか」
「あの執心は怖いですが、悪い人ではないので。良いところもありますよ」
「うわ、無理」
奈直はSNSを閉じ、ウェブサイトを開く。
「そのブレスレット、これですよね。俺の収入じゃあ、買えそうにないです」
奈直が開いた画面には、海外の有名ブランドのバングルが載っている。多希は着けたままだったバングルを外し、スマートフォンの近くに持ってくる。
「うわ」
奈直の声が歪んだ。バングルの内側に光を当てて見ている。多希は気づかなかったが、アルファベットで多希の氏名と誕生日が刻印されている。
「誕生日、今日だったんですね」
「はい。恥ずかしながら」
高校2年の誕生日のあの出来事以来、誕生日になると精神が不安定になってしまう。
「でも、大丈夫です」
「そうですよ。死ぬときは一緒です」
奈直はスマートフォンを伏せ、体の向きを変えた。儚げに微笑み、目を閉じる。
「なんで、そんな」
理由は訊けなかった。奈直も何か抱えている。
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