第21話
もつれそうに足を止めて、肩で息をするのは、青野と呼ばれていた痩身の青年だった。多希と史人を見て安堵したように息を吐き、ボランティアスタッフのウインドブレーカーをぱたぱたさせた。
「佐々木くん……奈直くんは?」
「まだ検査と診察を受けています」
多希が答えると、青野はずり落ちそうな眼鏡を正した。
「感染は……?」
「何とも言えないです」
多希は肯定も否定もせず、希望的観測も挟まない。奈直が感染していないと思いたいが、職業柄、万が一のことを考えて主観的な発言は避けた。
青野は、がくりと膝を落としてしまう。
「座って下さい!」
史人はすかさず椅子から立ち上がり、青野を座らせようと腕を掴む。多希も青野の体を支えようとしたが、青野は逆に両膝をついてしまった。
「申し訳ありませんでした!」
病院の廊下に、青野の声が響く。すれ違った人が、何事かと振り返った。
「玄田先輩のこと、本当にすみませんでした! 僕が先輩を止められなかったから、奈直くんに……」
「待て待て待て。待って下さい!」
どうどう、と史人が青野を止める。
「とりあえず、座りましょうか、ね? 他の人もびっくりしちゃいますし」
「……はい」
青野は、這い登るようにして椅子に腰掛ける。
「あの……改めまして、岩巻大学教育学部3年の青野
端から見ても、奈直が玄田と青野を認識していないことは明らかだった。
「青野さん、奈直くんだと気づかないふりをして守ろうとしていましたよね?」
多希が訊ねると、青野はわずかに眉間のしわを緩めた。
「わかっちゃいましたか……でも、玄田先輩を止めることはできませんでした。奈直くん、大人な顔になりましたが、一瞬でわかります。あんなに綺麗な人、良くも悪くも忘れるわけがありませんから」
勝手に話して良いのかわからないけど、と前置きをして、青野は話し始めた。
青野と奈直は、同じ小学校に入学したが、クラスが違うため、青野が奈直を一方的に知っているだけだった。
奈直は色々な意味で有名な児童だった。まず、容姿に恵まれていた。両親にも兄姉にも似ていなかったが、親戚に似ている人はいるらしい。その親戚に似ているのが、家族に嫌われる理由だった。兄も姉も、校内では徹底的に奈直を無視し、家では手のつけられない問題児だと言いふらした。幼い青野が見ても、奈直は虐待されていた。足を引きずって歩いていたり、痛そうに肩や背中をさする様子も見た。奈直の両親が学校に呼び出されたときは、学校中が大騒ぎになった。
奈直の母親の発言を、青野は今も鮮明に覚えている。
「だったら、毎朝あの子の裸の写真を撮って皆が見られるように学校に張り出します。そうすれば、あの子の
話の通じない人がこの世にはいる、と幼心に知ってしまった瞬間であった。
奈直が虐待から解放されたのは、皮肉にも震災が原因だった。
奈直の両親と兄姉は、車で津波から逃げようとしたが、車ごと津波に流されてしまった。奈直は流された自宅の中で奇跡的に発見され、気を失っていたが一命は取り止めた。
震災の後、青野は誰ひとり欠けなかった家族と一緒に、親戚を頼って引っ越した。岩巻の地に戻ってきたのは、青野が中学校に入学するときだ。
中学生になったが、奈直がいることは一目で気づいた。成長したが、面影はあったからだ。中性的な美少年は、ブレザーにスラックススタイルでも、女子より美しかった。中学校は当時にしては早くから、女子がスカートかスラックスを選ぶことができたから、奈直を女子だと勘違いする人が続出した。そして、男子の先輩に告白された。
「俺、男ですけど、良いですか?」
奈直は告白に可も不可も出す前に、確認した。その一言は、告白現場を覗き見していた生徒を
奈直に告白をした先輩は、同性愛者だと一方的に決めつけられ、いじめを受けるようになった。それに勇気を持って対抗したのは、1年生だった。特に青野は、言動の酷かった玄田に口うるさく注意した。教員にも介入を求めたが、教員は、奈直が原因だから奈直が謝罪しないのはおかしいと言い出した。
学校は、いまだかつて無いと言われるほど、荒れた。1学期の期末試験の最終日、いじめを受けていた先輩は、カンニングを疑われ、証拠がないまま試験を全て0点にされた。試験が終わって帰宅したその日の夜、先輩は自宅で首を吊ろうとした。命に別状はなかったが、翌日から先輩は学校に来なくなった。2学期になっても、先輩は来ない。
今度は、奈直が先輩を自殺に追いやったと言われるようになり、奈直が不登校になった。2学期の終了と同時に、奈直は東都の親戚のところに引っ越した、と教員から説明があった。
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