第20話
保健所のハナミネコ対応スタッフが駆けつけ、麻酔銃で身動きが取れないハナミネコが捕獲された。
式典とイベントは中止。警察と保健所の聞き取りが始まる。
奈直は、防護服で完全防備された救急隊員の対応で救急車に乗せられ、病院に搬送された。
会場にいた人全員、抗原検査をさせられ、陰性が出た人から、警察による聞き取りが始まった。多希が見た感じでは、陽性者は出ていないようだった。
聞き取りの最中、周りの人が噂していた。
「あの畠野だよ? 自作自演に決まってるじゃん」
噂していたのは、車椅子に乗った高齢者だった。警察が詳しく話を聞こうとする。車椅子の後ろに控える「女の子」という形容が似合う若い女性が、形見狭そうに俯いた。先程、遠目から見えた、麻酔銃で援護射撃をした人だ。
「多希くん、行こう。搬送先の病院」
「ああ……はい」
女性のことが気になったが、多希は史人と一緒に、奈直が搬送された病院に向かった。
「多希くん……愚痴っても良い?」
車の中で、史人が訊ねる。
「どうぞ。俺も愚痴りたい気分です」
「多希くんも? 多希くんは、奈直を守ろうととっさに体が動いた。俺はSPなのに、何もできなかった」
「そんなこと、ないですよ。史人くんが
いなければ、玄田という人に絡まれて何を言われるかわかりませんでしたから」
「ああ、あの人。奈直を知っているみたいだったね」
「そうでしたね。奈直くんは知らないようでしたが」
奈直が搬送された病院は、この辺りの総合病院だった。廊下で奈直を待ちながら、史人は立ったまま
「史人くん、座りましょう。余計に疲れてしまいます」
「でも、仕事中なので」
「疲れた顔を見せつけられる方が、
「……では、お言葉に甘えて」
史人は多希の隣の椅子に座り、大きく息を吐いた。
「ああ、くそ! ハナミネコめ!」
ついでに、毒も吐いた。
「俺、格好悪いな。今回の仕事で白旗を上げて、愛美にプロポーズしようと思っていたんだ」
史人は真面目に弱音を吐いたが、多希は違和感を覚えた。
「一旗揚げたかったんですね」
言い間違いを、表立って指摘しない。デイサービス勤務時代に覚えた処世術のひとつだ。
「そうそう。俺、体力だけは自信があって、子どもの頃の夢は、警察官か自衛官」
「叶いましたね」
「叶った。職業に就いてからが、スタートだったけど」
「わかります、わかります」
多希は幼少期、薬剤師になるのが夢だった。学力やその他諸々の理由で夢は敵わなかったが、代わりに目指した看護しになることができた。看護師になって勤務してからが、看護師としての本番だと気づいた。ハナミネコが社会を脅かすようになってからは、介護士にもなりたいと思うようになった。
それらの動機は、世間的に受け入れられるものではない。多希のことをサイコパスだと指差す人もいるかもしれない。だから、史人には詳しく話さない。酒の勢いで奈直には話してしまった。泣かれてしまった。涙の理由はわからないが、「俺だけじゃなかった」と言ったように聞こえた。その後から、妙に懐かれるようになった。
「実際、嫌なことばかりだよ。嫌なことというより、学生の頃は見られなかった、人の醜い面ばかり見るようになって、自分が毒を飲まされている気分になる。そんなとき、愛美と再会して……」
史人は急に元気になった。恋人の存在は偉大だ。
「あ、すみません。多希くんは」
「いません」
「奈直は? 奈直、多希くんのことが人間として好きなんじゃない? 多希くんに懐いてるじゃん」
「今回だけの仕事仲間です」
今回の仕事の後も、介護士と情報交換をしたいとは思っているが、それ以外の人間関係を築く気は無い。でも、まあ、仕事に無茶し過ぎだと思うから、注意して見ておきたい。
「しかし、あいつはどんだけ怪力なんだ。虎みたいなサイズの動物を片手で放り投げるなんて、無傷じゃすまないだろ」
「そうですよね。普通は投げ飛ばせないし、できたとしてもあの勢いでは、肩を脱臼しちゃいます」
「……やっぱり俺、格好悪いな。何もできなかった」
史人が再び落ち込み、俯く。
俺だって何もできなくて格好悪いよ、と多希がフォローしようとしたところ、慌ただしい足音が割り込んできた。
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