第19話
「
ボランティアスタッフのウィンドブレーカーを着た、眼鏡をかけた痩身の青年が、割り込んだ。玄田と呼ばれたのは、奈直に食ってかかった方だ。
「
「玄田先輩、落ち着いて下さい。何度も言ってるでしょう。あのとき悪かったのは佐々木くんじゃなくて先輩達だって。そもそも、この人は別人……」
「奈直って言ってたじゃねえか!お前、加害者の味方なのかよ! 信じて損した!」
玄田と青野というらしい20歳そこそこの青年が言い争いを始めたのを良いことに、史人が目で合図をくれた。逃げよう、と。
奈直はベンチから腰を浮かせたが、玄田に腕を掴まれた。
「その人を離して下さい」
史人が毅然と言ったが、玄田は史人を見据えて挑発的に顎を上げた。
「あんた、こいつのボディーガードか?」
「ええ。警視庁警備部警備課の
一瞬、玄田の表情が固まった。
「ね、玄田先輩、そろそろ持ち場に戻りましょう」
青野に言われ、玄田は「お、おう」と流されそうになったが、首を横に振った。
「こいつに吐かせる。こいつが百瀬にしたことを」
「先輩!」
「玄田さん、落ち着きましょう。多希くん、彼を連れて皆さんのところまで……」
「わかりました」
未だに状況が読み込めない奈直と多希は、救護用テントを出て、挨拶を終えた橘子の元へ向かおうとした。
人の波をかき分けているうちに、誰かが叫んだ。
「ハナミネコだ!」
直後、ステージを見ていた人達が騒ぎ始めた。どこかに逃げようとして、パニックになっている。
「多希くん! 奈直!」
史人が駆けつけた。
「お兄ちゃん達も逃げて!」
「奈直ひとりにさせられないって!」
「もー……逃げろって、俺ちゃんと言ったからな!」
奈直は利き手をホルスターにかけた。刹那、利き手にアニメの魔法陣のようなものが浮かび上がる。
「すご……」
「え、何が」
多希は感嘆したが、史人はぴんときていない。
「いえ、何でもないです」
口は災いの元だ。魔法陣のようなものが見えたことは、史人には言わないでおく。あの魔法陣は、荻野の術式だ。多希が、空をおおう結界を見つめていると見えそうになるものが、これである。
奈直はホルスターから対ハナミネコ用の麻酔銃を抜いた。逃げ惑う人々が気づき、驚く。ただびっくりするだけの人もいれば、非現実的な状況に面白がる人もいる。
麻酔銃は、警察官が携帯する拳銃と同じ大きさに見える。奈直が両手で麻酔銃を構えると、利き手に現れた術式の魔法陣が照準に重なる。だが、奈直は引き金を引かない。周りに人が多過ぎるせいもあるが、何かを探っているように見える。
「皆さん! どいて下さい!」
奈直が声を張った。近く人から、麻酔銃に撃たれないように道を開けてゆく。
奈直は麻酔銃の引き金を引いた。弾丸は、無い。術式で構築された光線が矢のように放たれた。
「当たった!」
多希が小さくこぶしを握りしめると、奈直がびくつき、振り返ろうとした。
「多希くん、目が良いな。俺は裸眼でニイテンゼロあるけど、見えなかった」
史人が感心する。多希は見えたわけではない。遠くの何かに当たり、術式が反応した感覚があったのだ。
人がすっかり引き、動物が突進してくる。
「ふたりとも、本当に早く逃げろ!」
奈直は麻酔銃を構えたまま、多希と史人に呼びかける。
「多希くん、行こう」
「え……はい」
そうこうしているうちに、テレビで見る外国の虎のような動物が迫っていた。
「ハナミネコって、猫じゃないのか⁉」
「三毛猫を想像しちゃ駄目です!」
多希も、始めて目の当たりにするハナミネコは、茶トラ柄で体長1mはある。
多希は史人に引っ張られながらステージ脇に身を隠す。
奈直は麻酔銃を何度も撃つ。光線は当たっている、と多希は感じる。だが、ハナミネコに効いていない。
奈直は深呼吸してから、あろうことかハナミネコに突っ込んでいった。ハナミネコが、奈直の利き手と逆の腕に噛みつく。
距離はあるがしっかり視界に入ってしまい、多希はぞっとした。
奈直は、しっかり噛みついたハナミネコを、あろうことか円盤投げのように宙に放り投げた。空を舞うハナミネコに麻酔銃を何度も撃つ。それと同時に、別の方向からも光線が放たれ、ハナミネコは脱力して地面に落ちた。
奈直が麻酔銃をホルスターに収めると、術式は消えた。
「奈直くん!」
「近づいちゃ駄目! 感染するかもしれない! 保健所とかに通報が行っているはずだから、その人達を待って!」
奈直に鋭く止められ、多希は「だるまさんが転んだ」みたいに制止してしまった。そのとき、多希の裸眼で両目1.2の視力でも、見えた。離れた場所から麻酔銃を撃った、女の子の姿が。
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