第17話

「介護士の銃、初めて見た。どうなってるの?」

 多希は職業柄、対ハナミネコ用の麻酔銃を毎日目にしているが、史人には新鮮だったらしい。

 奈直は、思案するようにしばし目を伏せた後、お兄ちゃん達だから話します、と口を開いた。

「介護士が麻酔銃を携帯できるのは、介護保険で介護サービスを提供する間や、老人福祉法を根拠とした入所施設、介護も必要とされる医療を提供している病院などです」

 この時点で、史人は面食らっていた。

「デイサービスやリハビリ、訪問ヘルパーを使っている人、老人ホームに入所している人、病院などです」

 多希が言い直すと、史人は曖昧に頷いた。

「今回、佐々木橘子先生には、介護保険の申請をして頂きました。要介護度が出ています。まあ、ちょっと、あれですが……」

 奈直は言葉を濁した。それ以上突っ込んだことは話さなかった。

 多希の想像では。橘子が骨折して歩けなくなった時点で介護保険の申請をしたことで、介護の重さのランクを行政に届け出た。要介護度が出れば、介護保険のサービスを利用することができる。間違ってはいないが、あまりクリーンな方法ではない。このからくりを知った人が真似しないとも限らない。

「サービス提供票や利用票を開示してもらえばわかることなのですが、橘子さんは今月、福祉用具貸与……車椅子のレンタルと、訪問介護の生活支援を利用しています。このうち、訪問介護サービスの事業所から訪問させて頂いている介護士が、自分になります」

「その……訪問介護の仕事中だから、銃を携帯できる、と」

「ハナミネコ用の麻酔銃です」

 史人が銃と言ったところを、奈直は訂正した。容赦ない言い方は、介護士としての矜持だと多希は解釈することにした。

「あ……ごめんなさい。奈直、続けて」

「はい、では。訪問介護の時間は、介護報酬で分けられていますが、基本的に細切れで、半日や1日中サービスが受けられるわけではありません。普段の訪問でも、お家からお家の移動の際に麻酔銃を携帯しなければなりません。この時間を、介護士は待機時間と呼んでいます。今回の橘子さんの場合は……生活支援を1日の中で何度か利用し、待機時間もつくれるようにして、俺が麻酔銃をほぼ常に携帯できるようにしてもらいました。本当なら、こんな風にサービスを利用するのは……これは聞かなかったことにして下さい」

 また奈直は言葉を濁した。

「それと、麻酔銃は、試験に合格して国に登録された介護士しか使用することまはできません。尚且つ、出勤時に携帯するための操作を行い、ケアマネージャーが作成したサービス提供票に照らし合わせて介護サービスが提供されると認識されたときに、術式が構築され、介護サービスを提供する介護士のみが麻酔銃を使用できるようになります。他の人は、麻酔銃に触れることもできません」

「条件が多いんですね……?」

 史人は理解し切れず、なぜか敬語になってしまった。

 多希としては、「荻野の」というフレーズを久々に聞いた。ハナミネコから街を守る結界ばかり意識していたが、介護士の麻酔銃も、荻野の術に因るものなのだ。この国はもはや、荻野の一族なくては存続できない。

「はい、奈直先生。質問です。そもそも、ハナミネコはなぜハナミネコという名前なんですか?」

「ハナミネコネコ」

 史人の質問に、多希が反射的に答えていた。史人が戸惑い、奈直も答える。

「ハナミネコネコ、ですよね」

「ですよね」

 ハナミネコウイルスの根源であるハナミネコは未知の生物であり、当初名前すらなかった。

 ハナミネコウイルスに感染した人が認知機能の検査を受けた際に、ある質問に「ハナミネコネコ」と答えたことがSNSで広まり、ハナミネコという俗称になった。それが公称になったのは、後のことだ。

「史人さんは、ハナミネコを見たことがありますか?」

「ない、です」

「一生見なくて良いです」

「奈直、辛辣だな」

「本当のことです。もしもハナミネコを見たら、刺激しないようにして逃げて下さい。ハナミネコには、物理攻撃が効きません。効くのは、結界と麻酔銃と、保健所や研究機関が使う術式くらいです。もう一度言います。ハナミネコを見たら、刺激しないようにして逃げて下さい」

 奈直の口調は、冷たく、強くなる。史人は余計なことを言わず、はい、とだけ答えた。

「それと、訪問予定の岩巻いわまきですが、俺の出身地です。もしも俺の知り合いみたいな人がいても、驚かないで下さい。まあ、いないとは思いますが」

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