第14話
「せっかくだから、飲みに行きませんか?」
「のみ!」
「奈直くん、飲めるの?」
「飲めます! 3月に20歳になりました!」
「飲める年齢ではあるけれど……」
史人は頭を抱えてしまった。
「行きましょう。奈直くんが飲める年齢になったお祝いに」
多希は、史人に手を貸してもらって立ち上がった。それを見た奈直は不安の表情になってしまい、多希のスーツの紙袋を持ってくれた。もしかして、奈直は先程のやり取りを聞いてしまったのではないだろうか。聞こえていたから、手を重ねようとしたり、不自然なまでにもたれかかってきたのではないか。本人に訊けるはずもないが。
飲み、と聞いて、多希が想像していたのは居酒屋だったが、史人が選んだのは小洒落たバルだった。隠れ家をコンセプトにしているようで、案内された丸テーブルは、半個室になっている。
「俺、飲むの初めて!」
奈直は一気に元気になりドリンクメニューを手に取って、アルコールのページを開いた。
「もしかして、下見ですか?」
多希が訊ねると、史人は図星とばかりに固まってしまった。
「誰にも言いませんよ。特に、愛美さんには」
「多希さん……意外と腹黒いんですね」
「よく褒められます」
史人を自分のペースに乗せた気がして、多希はちょっと気分が良くなった。
「史人さん、お願い。俺、ワインが飲みたい」
「初めて飲むんだから、軽いものにしなさい」
「駄目ですか?」
奈直は上目遣いで史人を見つめ、史人は眉根を寄せる。数秒見つめ合って、史人が「くっ」と悔しそうに目をそらした。
「奈直……小悪魔とか言われない?」
「可愛いねって言われます」
「……小悪魔じゃねーですか」
ぼそっと多希がつぶやくと、奈直も史人も目を見開いて絶句した。
「俺、何か変でした?」
「多希さん……意外と口が悪いんですね?」
「よく褒められます」
ノンアルコールのスパークリングワインで乾杯し、史人が「とりあえず」注文したカンパーニュとレバーパテ、クリームチーズを頂く。
「レバーのペースト、初めて食べました!」
奈直は、すっかりテンションが高い。今までは淡々としていたな、と多希は思い返した。こう見ると、奈直は上京したばかりの大学生みたいだ。かく言う多希も、飲み会には縁がなく、初めてカンパーニュにレバーパテを添えて口にした。
「レバーをペーストにすると、こうなるんですね」
「料理のレクリエーションでも出せそう。フランスパンとレバーのペーストで」
「良いですね。レバーを焼いて、ミキサーととろみ粉でペーストに出来るでしょうか」
「ペースト
多希と奈直で盛り上がっていると、史人が、すみません、と小さく手を上げた。
「レバーパテが病院食みたいな響きになっています」
「ごめんなさい」
「すみません」
多希も奈直も、素直に謝った。
「誰だ、黒ビールを注文した人は」
「俺です」
「奈直か!」
「俺、カシスオレンジで」
「多希くんと奈直のイメージが逆なんだけど!」
「俺、お手洗いに行ってきます」
ぴょこっと、奈直は席を外した。
ふたりきりになり、史人は深く息を吐いた。
「多希くん……多希さん」
「改まらなくても大丈夫ですよ、史人くん」
「じゃあ、多希くん。ショッピングモールにいた人、ちょっと気になったんだ」
多希があの男に迫られていたのを、史人は見ていたのだ。
「俺がジュエリーショップに入ったとき、あの人とすれ違ったんだ。網みたいなエコバッグを持っていたから、覚えている。リングを入れるようなアクセサリーケースをコートのポケットに入れて、店を出ていった。その後、店員が話していたんだ。あれは明らかに男にプレゼントするものだよね、と。店員の態度はどうかと思ったけど、それは置いといて。あの人、どこかで見たことがある」
ぎくり、と多希が固まる番だった。
「仕事中だと思う。話したことはないけど、多分、近くで見たんじゃないかな。何となくだけど」
「……そう、ですか」
オフの史人は、陽気でよく喋るが、観察眼は
あの男は、格好つけているようで昔から不器用で、ネットショップだと商品がわかりづらいからと言って店頭購入派である。しかも、複数の店をまわるときに順番を間違える。今も、変わっていなかった。
「ごめんなさい。話せないです。ただ、奈直くんに聞かれていたかもしれません。嫌な思いをさせてしまったかも」
お待たせー、と奈直が戻ってきた。
「赤ワイン頼んで良い?」
「これ、度数高いぞ⁉」
「お願い、お兄ちゃん達」
小悪魔奈直の上目遣い攻撃。早くも史人が屈した。
「くっ……俺も飲む!」
「飲むんですか」
結局、多希も赤ワインを注文し、肉盛り合わせとアヒージョも追加した。意外と酒に強い自分に驚き、酒に弱く酔い潰れた奈直と史人にも驚いた。
このふたり、どうしよう。
3人分の会計を先に済ませてしまった多希は、たっぷり悩んだ末、愛美に電話してしまった。
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