第5話 アネモネ②

 親父の言葉で俺は勇気を奮い起こすことができた。

ビリアが意識を取り戻して口が利けるようになったら、2人でしっかりと話し合おう。

彼女が俺との結婚を取りやめたいときっぱり言ったら俺は潔く身を引く……だがもし、彼女の心に俺の想いが少しでも残っているのなら、俺はこの命を懸けて彼女を守る!

彼女の重荷になるかもしれないけれど……彼女が幸せだと思えるように俺なりに頑張るつもりだ。


「アネモネ……」


「よう、ストレチア。 なんだ? 見舞いに来てくれたのか?」


 ある日……ストレチアが見舞いに来てくれた。

実をいうとこれが2回目……。

最初の見舞いでは俺が足を失った責任を感じていて、俺に頭を下げて謝ってきた。

でも俺はストレチアを恨んでいない……ダチとして当たり前のことをしただけだ。

足のことはショックだけれど……それでストレチアの命を救えたんだから後悔はない。


「うん……ねぇアネモネ。 気晴らしに海に行かない?」


 ストレチアが俺を海に誘ってきた。

金づちなストレチアが自分から海に行こうなんて珍しいな……やっぱりどこかで責任を感じているのか?

でもまあ……窓からは山しか見えないし、海をぼんやりと眺めるのも悪くない。


「……そうだな。 せっかくだし行くか!」


「わかった。 先生には内緒にしようね……バレたらダメだって言われるだろうし」


 結構優等生な野郎だと思っていたが……意外とはっちゃけている所もあるんだな。

俺とストレチアは先生の目を掻い潜って、海の見える崖へと向かった。

診療所からそんなに離れていないから、ほそっこいストレチアでも俺を乗せた車いすを運ぶことができた。


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「やっぱり海はいいな……」


 目の前に広がる青く大きな海……潮風が心地よく頬を撫で、波の音が奏でる音が胸の高鳴りを激しくする。

なんだか久しぶりに顔を出した俺を海が心配してくれているみたいだ。

この大名原を見ると、俺が今まで悩んでいたことが全部ちっぽけに感じてくる。

もう俺は海に出ることはできない……でも海はいつでも俺を待ってくれている。

いつでも俺に勇気をくれる……そうだよな。


「なあストレチア……俺さ、ビリアの親父さんに結婚を白紙にされたんだ」


「そうなんだ……」


「でも俺は……ビリアが好きだ。 今の俺に何ができるかわからないけれど、俺はまだこうして生きている。

きっと俺にできることは残されているはずだ。

ビリアの気持ちがどうかはわからないけれど……望みがあるなら、俺は彼女と一生を添い遂げたい」


 気が付くと、俺は胸の内をストレチアに話していた。

ダチの前ではかっこつけようといつも頑張っていたけど、海を前にして少し口が軽くなってしまったのかもな。


「連れてきてくれてありがとうなストレチア。 おかげで少し胸の中がすっきりした」


「いいんだ……だって、”これが最期になるんだから”」


「えっ? なっ!!」


 聞き返そうとしたその時!!

背中に衝撃が走ったのと同時に、車いすがわずかに前進した。

海を間近で見たいと欲張って落ちるギリギリの所で止まっていた俺は、あっという間に崖下へと落ちた。


ザブーン!!


 下は海で高さもそんなになかったから死ぬことはなかった。

でも衝撃を和らげる分、水深はかなりのものだった。

岸までは少し泳げばたどり着くが……両足を失っている俺はうまく泳ぐことができず、手をバタバタさせて顔を水面から出すのが精いっぱいだ!

いったい何がどうなっている!?

頭がパニックになる中……崖の上にいるストレチアの顔が視界に入った。

あいつは溺れている俺を見下すような視線を向け、嬉しそうに口元を緩ませている。

助けを呼ぶそぶりも見せず、ただただ溺れている俺を眺めているだけだ。

まさか……あいつが俺を突き飛ばしたのか?

いやまさか……でも突き飛ばされた感覚はあったし、そんなことができたのはストレチアだけだ。

実際、あいつは溺れている俺を助けようともしない……まさか俺を海に誘ったのも殺すため?

なんでストレチアが俺を?……なんで……俺達ダチだろ?

ずっと一緒にいた大切なダチだろ?

なのになんで……どうしてだよ!!


※※※


 バタつかせている手から徐々に力が抜けていく……助けを呼びたくても近くにはストレチア以外誰もいないし、そもそもまともに叫ぶこともできない。

体が海の中へと沈んでいくのと同時に、死への恐怖心が俺を襲う。


 ”俺……死ぬのか?”


 こんな訳も分からず死ぬのか?

ビリアとまだ話もしていないのに?……親父達が俺を待ってくれているのに?

嫌だ……そんなの嫌だ!!

俺にはまだやるべきことがたくさんあるんだ!!

俺は必死に生きようとしたが……体は限界を迎えて俺の言うことを聞いてくれなくなった。

俺の体は完全に海の中へと沈み……一筋の光もない闇の世界へと堕ちていった。


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 俺……死んだのか?

何も見えない……何も聞こえない……何も感じない……。

まるで真っ暗な海の底の中を浮いているような気分だ……。

これからどうなるんだ?

それとも永遠にこのままなのか?

怖い……怖いよ……1人でこんなところにいないといけないなんて……。

なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ?

俺、何かしたのか?

……いや、違う。

俺は何も間違ったことなんてしていない。


 ”俺の胸に何かドロドロした熱い何かがこみあげてくる”


 ストレチア……そうだ、あいつだ。

あいつが俺を殺したんだ。

あいつのせいで俺はこんな目にあった……俺が死んでもあいつはのうのうと生きているのか?

あの光あふれる世界で家族と一緒に温かな生活を送り続けるのか?

……ふざけるなっ!! 

俺の人生を奪っておいて……あいつだけ幸せになるなんて許せるか!!

あいつも俺と同じ痛みを味わうべきだ!!


 ”俺は上も下も分からない闇の中でもがいた!”


 殺してやる!!……ストレチア……お前だけは必ず俺の手でぶち殺してやる!!

どんな言い訳を述べようが……どんな事情があろうが……報復してやる!!

あいつを生かしたまま……死んでたまるかぁぁぁ!!

俺はただがむしゃらに手を伸ばした……


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 俺の手が何かを貫いた……その穴からわずかな光がこぼれている。

手から伝わる感触には覚えがある、これは……土?

まさか俺……今、土の中にいるのか?

よくよく神経を研ぎ澄ませてみると……体中に土の柔らかな感触を感じる。

俺はもう一方の手でさらに穴を大きくし、そこから外へと這い上がった。


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 地上に出るとそこは墓場だった。

雨が降った後なのか……少し地面がぬかるんでいる。

でもここは紛れもなくガデン島の墓場だ。

死んだじぃちゃんの墓参りで何度も足を運んだんだ……間違いない。

でもなんで?

俺は確か海の底に沈んだはずじゃ……それによく見ると、墓場の土がかなり派手に荒らされている。

墓石もいくつか倒されている。


 !!!


 俺はその時、初めて俺は自分の体の違和感に気づいた。


 ”なんで俺……歩けるんだ?”


 あまりに普通に歩けるから気が付かなかったけれど、俺は両足を失ったはず……なのになんで歩けるんだ?

よくよく考えたら、視界もかなり高くなっている。

俺、こんなに身長が高かったか?

それにどうして……俺は墓の下にいたんだ?

これじゃあまるで……!!


 なんだ……これ?


 何気なく落とした視界に入ってきたのは水たまりに映った俺の顔。

そこには長年見知った俺の顔ではなく、この世の者とは思えないおぞましい化け物の顔だった。

よく見ると、手や足……体全体が見たこともない化け物と化していた。


 これが……俺なのか?


 なんで俺がこんな醜い化け物になったのかはわからない。

でも不思議なことに……あまり驚きや戸惑いはなかった。


 ”まあいいや”


 俺はあっさりと化け物である自分を受け入れた。

それ以上に俺の心を支配するものがあったからだ。


 ストレチア……。


 俺の中にあるのはストレチアへの憎しみと怒りだけ……ただただあいつの息の根を止めたいという願望だけが俺を突き動かしている。


 これは……。


 何気なく振り返ると、そこには俺の名が刻まれた墓石が立っていた。

やっぱり俺は死んだんだ……ストレチアに殺されたんだ。

そして、どういう訳か化け物になってこの世に蘇ったってことか?

まるでゾンビだ……いや、もうゾンビでもいい。

いっそ夢でもいい。

ストレチアに復讐できるなら……俺はもう何者でもいい!!


『うぉぉぉぉ!!』


 雄たけびを上げ……俺はストレチアを探すために行動を始めた。


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「きゃぁぁぁ!!」


「助けてくれぇぇぇ!!」


「来るなぁぁぁ!!」


 ひとまず村に向かったが……村はすでに壊滅状態だった。

というのも、俺のような得体の知れない化け物共が村の連中を喰い殺しまわっている。

見知った奴らもちらほらいたが、助ける気はない。

そもそもあいつら……化け物になった俺を見て一目散に逃げていくからな……。

そんな化け物共だが俺を襲うことはなかった。

同類だからか……まずそうに見えたのか……まあ、邪魔にならずに済むならいい。

俺の目的はストレチアだけだ。

村中を捜索したが……ストレチアは見つからなかった。

島のどこかに潜んでいるのか?

俺は捜索範囲を広めることにした。


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 捜索を続ける中で、俺は”俺の体”の能力について少し理解した。

どうやら俺にはモグラのように土の中を潜る能力があるらしい。

残念ながら臭いを追うようなことはできないがな……。

でもその代わり……常人以上のパワーが俺にはある。

強固な岩を泥団子のように砕き……巨大な大木を片手で持ち上げることができる。

足も人間時代よりは数倍早くなっている。

いくら小さい島とはいえ、単独で人探しなんて無謀だ。

でも化け物となってすさまじい力を手に入れた今の俺なら、不可能じゃないと思う。


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 そしてついに……海岸でストレチアを見つけた。

遠目だがもう成人しているみたいだ……俺が死んでから相当な時間が経ったんだろうな……。

だが、俺の目は自然と奴の横にいる女へと移った。


 ビリア……。


 彼女もそれなりに歳を取っていたが、ストレチアの横に立っていたのは紛れもなくビリアだった。

ここからでもわかるほどビリアに明らかな変化があった……それは大きく膨れ上がった腹。

彼女の腹には新しい命が宿っている。

2人の様子から見て、それがストレチアの子であることは直感的に理解した。


 そうか……ストレチアは俺の人生だけでなく、ビリアまで奪ったってことか?

それともビリアが心変わりしたのか?

もしかしたらビリアとストレチアがグルになって俺を殺したって可能性も……。

いや、やめよう……直接本人に聞けば済むことだ。

だがどんな話をしようともストレチアは必ず殺す。


『うぉぉぉぉ!!』


 俺は猪突猛進の如く、ストレチアに襲い掛かった。


「逃げろっ!」


 だが俺の爪が届く前に、見たことのない男が俺の前に立ちふさがった。

何者かは知らないが、こいつに用はない。

俺は鉱山に逃げていったストレチアとビリアを追いかけていった。


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 モグラのような能力のおかげで俺は鉱山内を自由自在に動き回ることができた。

一方のストレチアにとって鉱山は巨大な迷路……言ってみれば牢獄に近い。


「ひっひぃぃぃ!!」


 そんなストレチアを化け物になった俺が追い詰めるのに、それほど時間は掛からなかった。


「うわっ! なっなんだ!?」


 この期に及んで逃げようとするストレチアをひと睨みすると、どういう訳か地面が陥没して奴の足が埋もれてしまった。

これも俺の能力なのか偶然なのかはわからないけど、そんなことはどうでもいい。


『なぜ……おれ……した……』


 俺は思うように動かせない口を強引に動かし……口から発せられる音を1つ1つ組み合わせて言葉を作っていった。


『なぜ俺を殺した!? ストレチア!!』


 俺はようやく、ストレチアに投げかけたかった言葉を発することができた。

2人共、俺がアネモネであることに気づかないみたいだ。

まあこんな外見なら当然か……。


「こっ殺した?奪った? なんのことだ!?」


『俺はお前を親友だと思っていた……だがお前は俺を裏切った! 忘れたとは言わさんぞ!!』


「!!!……まっまさかお前……」


 俺のこの言葉で、ストレチアの顔がさらに凍った。

どうやら俺のことに気づいたみたいだ。

だったらもう口を割るのもすぐだろう……こいつは昔から腰抜けの臆病者だったからな。

命惜しさにペラペラと話すはずだ……。


「あ……アネモネ……なの?」


 俺の背後から懐かしく温かな響きが背中越しに伝わってきた。

もう呼ばれることなんてないと思っていた……俺が生涯大切にしようとした女。


『……ビリア』


 思わず振り返って彼女の顔を見た。

変わらない美貌と優し気な目……俺が惚れてたあの頃のまま……。

でももうきっと……俺達は一緒にはいられない。

仲良く島をめぐっていたあの頃の仲良し3人組にも……将来を誓い合ったあの頃の2人にも戻れないんだと思う……。


 だって今の俺は……”復讐に囚われた醜い化け物”なんだから。




※最後まで読んでくださってありがとうございました。

中途半端な所で申し訳ありませんが、この続きは『マインドブレスレット ~ティアーズオブザデッド~ 以下略』で書きたいと思います。

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信じていた親友に裏切られて殺された男はゾンビとなってこの世に舞い戻る。 婚約者であった幼馴染も孤独に耐えきれずにその親友と結婚して子供まで身ごもっていた。 panpan @027

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