第51話〈暁双刀剣の真実〉

「この技は、修羅に至るほどに強力な戦いへの渇望を必要とする。だが、それと同時に、君には万物への慈しみの心もまた持っていて欲しい。肝心なのは、その心なんだ」


 傭兵団『アルバトロス』の団長は、そう言った。





 サヴァイヴの振るう超神速の刃は、質量を持った残像を生み出してハクアの胴体を左右から挟むように斬りかかる。ハクアはメタナイフと拳銃を体の側方に構えて迎え撃った。双方が激突する瞬間、サヴァイヴの心にとあるヴィジョンが浮かぶ。


 ハクアの右手のメタナイフと左手の拳銃がそれぞれ斬撃を受け止めた。奥義『暁双刀剣アルバトロス』……サヴァイヴの渾身の一撃を、ハクアは防ぎきったのだ。


 二人の動きが止まる。サヴァイヴのメタナイフをハクアの刃が抑えている。その状態で、斬り傷の残る拳銃をサヴァイヴに向けて、ハクアは低い声で尋ねた。


「なんだ……今の技は……?」


 サヴァイヴはすぐさま後退し、ハクアから距離を取った。息を切らしつつ、メタナイフを構えなおしてハクアを睨む。暁血のタイムリミットが近づく中での切り札の奥義を止められてしまったサヴァイヴの心中は決して穏やかなものでは無かった。


 だが、心を乱され冷静さを欠いているのは、むしろハクアの方であった。細かく震えた声で詰問するようにサヴァイヴへ問う。


「今の技は、もし完全な状態でクリーンヒットすれば、私は真っ二つになっていただろう……だが、そうはならなかった。直前で君は威力を緩めた。手を抜いたんだ。だからこそ、初見の私でも止めることができた……何故だ?」


 サヴァイヴは何も答えず、息を整えながら注意深くハクアを見つめていた。ハクアは酷く気分を害した様子で顔を顰めつつ、更に問う。


「命を擦り合わせる死闘の中で……君はこの私に手を抜いた。分かっているのか?この私に対して不完全な技を食らわせるということの意味を……。私は、一度見た技術を理解し、攻略できる。君が愚かにも無駄にしたその強力な剣技は……もう私には効かない」


 銃口を真っ直ぐにサヴァイヴへ向けつつ、ハクアは言った。


「答えてもらおう。どういうつもりだ?」


「……僕にも、よく分かりません」


 サヴァイヴは困惑気味に答える。それはサヴァイヴ自身も理解不能な無意識的な行動であった。時間的余裕のない中での絶対に外せない一撃。それを、無意識に外してしまったのだ。自分自身に問いかけるように、サヴァイヴは少しずつ話し出す。


「……振るった刃があなたに到達する寸前、その瞬間、僕の頭の中に何か記憶が流れ込んできました。それが、おそらく僕の頭を惑わせた」


「記憶?なんのだ?」


「満天の星空のイメージです」


 訝しげに尋ねるハクアへ、サヴァイヴは告げる。


「僕とあなたの記憶です。それと……味です。あなたが温めた、携行食の味。フォルトレイクに着いてから少しの間の、エグゼも合わせた三人での旅の間の会話とか、ソフィー号であなたと話したこととか……」


 サヴァイヴの脳内に浮かんだのは、たくさんのヴィジョン、そして聞こえてきたのはいくつもの言葉。



「横向きに寝かせろ!頭を後ろにそらして、気道を確保する」

「レイモンド。医者だ!」

「つまり、どちらも少数精鋭ってことだな。アルバトロスも、死神部隊も」

「フォルトレイクでの道中は、よろしく頼む。危険な連中から守ってくれよ?騎士殿」

「脈拍が上がっているぜ?……王子様」

「……私は、命を敬う医者という身の上として……納得がいかないのさ。自らの首輪を自らの意思で絞めていく処刑人という生き物のことが……。こんな、若くて聡明そうな少年が、そのような苦痛を背負って生き続けなくてはいけないなど、理解に苦しむ」

「そんなつまらない物を食べていて楽しいか?せっかくの食事だ、せめて暖かく味のある物を食わなくちゃな」

「信じる神の姿から、その者の主義思想は読み取れる。初対面の相手がどういう人間か知りたかったら、神について尋ねてみると良い」

「そんな事務的な連絡事項だけじゃつまらないな。ついでに愛しの君へ思いの丈でも綴ってみたらどうだい」

「……今度からは、身体の状態が悪い時は正直に言うんだ。身体のダメージを隠すのは恰好の良いことでは無いぞ」

「……だが、男が女に惚れるのには、大層な理由なんて要らないのだよ。ただ『笑顔が素敵だった』。それだけで十分。なんてことない単純なきっかけで、男は女に惚れることが出来る」

「私は常に片思いさ。『命』という絶世の美女にね」



 サヴァイヴは戦闘の構えを解き、手に持つメタナイフを下ろした。下げられた刃を訝しげに目で追うハクアへ向けて、サヴァイヴは言う。


「……そうか……僕は、楽しかったんだ。あなたと話すのが。あなたの、僕にはない観点と思想から湧き出る言葉の数々が、好きだった。あなたと出会って、一緒に旅をして、楽しかった。……あなたも、僕の失いたくないものの一つに紛れ込んでしまっていたんだ。いつのまにか」


 自分の心を読み解くように、サヴァイヴは話す。


「だからこそ、あなたが敵だったと知って、嘘をついていたと知って、どうしようもない怒りが湧き上がった。それと同時に悲しかった。あなたと敵対するという事実が。……傭兵としての……強者と戦う高揚感を凌駕するくらいに、悲しかったんだ。つまり……僕は、本当は、あなたのことも殺したくないんだ。……レイモンドさん、あなたをここで終わらせてしまうのが、名残惜しくなったんだ」


 ハクアはまるで見えない平手打ちを受けたかのように、衝撃の表情を浮かべた。それから少し自嘲するように笑うと、銃を下ろして独り言のように呟く。


「レイモンド……か。またそう呼んでくれるとはね。だが、良いのかい?私を許してしまって。私はドリュートン先生を殺し、この街のたくさんの罪の無い人々を殺した。ブラックカイツを動かして、この国を混乱に落とした。そんな私を……」


「許すなんて、言っていません」


 サヴァイヴはハッキリと言い切る。


「罪は、罪です。でもそれをこの場での死でしか償えないなんて、僕には正しいとは思えない。自分の罪を自覚した先で何を成せるか、そこが重要であるはずです」


「エグゼ君みたいなことを言うなあ……」


 くくくっと、笑う。ハクアもまた、三人で語った夜空を思い返しているようだった。


 畳み掛けるようにサヴァイヴは言う。


「今頃、リカ先輩達が治療薬を目的の国営医療機関に届け終わっている頃です。僕らの仕事は完了。あなた達の負けです。だから……無駄な争いは避けるべきだ。降伏してください」


「君は、それほどまでに……この私に生きていてほしいと言うのか」


 サヴァイヴはゆっくりと頷いた。


「どのみち大罪人です。長くは無いでしょう。でも……ほんの少しでも、その命を長らえさせてほしい」


 サヴァイヴの真摯な赤い瞳が真っ直ぐにハクアを見つめる。その目にもはや殺意は見られず、願いにも似たハクアへの思いが込められていた。ハクアはまた自虐的な含み笑いをすると、サヴァイヴを見つめ返して言う。


「そうか、そこまで……。そうか……そうだな。であれば、仕方がない」


 ハクアの虹色の瞳が煌めいた。


「であれば、君はここで死ぬしかない」


 銃声が鳴った。即座に体勢を下げて銃弾を回避したサヴァイヴは、訴えかけるように叫ぶ。


「レイモンドさん!」


「レイモンド・キャビックは死んだ!レイモンド・ドリュートンと合わせて私が殺した。ここにいる私は……『白翼の死神』ハクア・C・レイヴンだ」


 素早くメタナイフを振るい、サヴァイヴめがけて突く。それを避けつつ即座に抜刀したサヴァイヴは、間髪入れずに向かってくる突きの連撃をいなしながら説得を続けていた。


「僕達が戦う理由はもはや無いはずです!あなた達の陰謀は潰えた!なのになぜ……」


「『なぜ』だと?……おかしなことを言うな。我々のような傭兵にとっては……戦闘こそが理由に成り得るのではないか?それに、君は何か勘違いをしている……。薬を届け終わったから、何だというんだ?」


 狂気をはらんだ冷酷な瞳をギラギラと輝かせて、ハクアは言う。


「今から君を始末してその国営病院とやらへ行って、薬を奪還することなど、容易い事だ。リカや、病院の医者たち……場合によっては病人だろうと、邪魔になる者は全て殺して我々の望みを完遂する。そんなこと、私にとっては簡単なんだよ。私にとっての最大の障壁は暁血を発動した君だけだ。君さえ殺せば……我々の勝ちだ。逆説的に、君は確実に私を殺さなければならないんだよ。君自身の使命を果たすにはなぁ‼」


「……そこまで堕ちる気ですか!」


 サヴァイヴは顔を顰めて刃を払った。


「仮にもあなたは、ドリュートン先生に憧れて人を救う道を選んだ医者であったはず。たくさんの死を目の当たりにして歪んでしまったとしても、それでも根柢のあなたはやはり医者であるはずだった。なのに……恩人を殺し、罪の無い人々を巻き込んで、挙句の果てには医者や病人まで手にかけてこの国に戦乱を起こそうとしている。それは、駄目です。上手く言えないけれど、絶対に良くない」


「根柢だと?私と君は同類だ。君にそのような説教をされる筋合いは無いな‼我々は同じ戦神の愛し子なのだから……‼」


「違う」


 ハクアの斬撃を、サヴァイヴのメタナイフが止める。その強靭な力で刃を弾き返すと、切っ先をハクアの首元に当て、凄むような視線をハクアへ向けた。


「あなたと僕は違う。僕は……物心ついた時から『そう』だった。でも、あなたは違う。あなたはただの医者だった。ただ、たくさんの救えなかった命と相対してきて、歪んで、『こちら側』に堕ちてきてしまっただけのこと。不幸にもあなた自身が元来持っていた天性の成長速度が……あなたを傭兵としても短期間で進化させてしまったことで、あなたは死神と呼ばれるほどに強力な力を持つ戦士となった。でも、根柢は違う。あなたは僕とは違う」


「そのようなことが、何故言える?君が私の何を知っていると言うのかな⁉」


 メタナイフを振り上げてサヴァイヴの刃を払いのけ、再度攻撃に転じるハクア。その怒涛の突きと銃弾を交互にかわしながら、サヴァイヴは続ける。


「分かるんですよ。僕には。命を擦り合わせる戦闘の最中に……僕は本を読んでいるように感じることがある。一冊の、立派な伝記だ。戦いが加速するほどに……ページをめくる手も進む。敵の事がよく分かってくる。そして、やがて……その結末が見たくて仕方なくなってくる」


 ハクアの切っ先を自身の刃に滑らせていなし、次いでこちらに向いた銃口から体を捻って銃弾を回避する。そのままメタナイフを振り上げてハクアの身体を斬り裂いた。ハクアの傷が『裂傷の呪力抗体』で再生するのを待たずにさらに剣を振るうも、それはハクアのメタナイフに阻まれる。


 互いの剣を交えて強く押し合いつつ、サヴァイヴは話を止めずに続ける。


「……でも、最近少し気づいた。そこで終わらせてしまうのはもったいないんじゃないかと思うことが増えてきた。終わった命には……続編は無い。どんなに見たいと思ったって、叶わない。それは少し惜しい事だ。命の取り合いしかない戦場とは違って……平和な世界はたくさんの可能性で満ちている。あなたの物語は……まだここで終わらせたくない。なぜなら、可能性があるから。あなたには、まだ可能性がある」


「可能性だと?」


 サヴァイヴの刃を弾きつつ、ハクアは顔を顰めて睨む。サヴァイヴは力強く頷いた。


「あなたはまだ堕ちきっていないという事です。ほんの小さな、細く弱い糸のようなものが、あなたの心の血の池には垂らされていて、あなたにはそれを掴んで這い上がる道が残されている。そのか細い糸の先には、どこまでも明るく眩い光がある。その先を、僕は見てみたい」


「……この私を、導こうとでもいう気かね?神にでもなったつもりか?上からこの私を見下して……『死神』であるこの私を‼」


 双方、一度後退して互いに距離を取った。構えを崩さず睨み合いながら、注意深くサヴァイヴは尋ねた。


「……『白翼の死神』ハクア・C・レイヴン。あなたにとって、神っていったい何なんですか?」


「完璧で万能な力を持った存在だよ。何者にも屈せず、朽ちず、この私を上から見下してくる存在さ……。そいつを撃ち殺してやるのが……私の夢なのだ」


 手に持つメタナイフを横に払い、そのまま自身の正面で縦に構えると、そのまま地を蹴って、独自の歩法で一気にサヴァイヴへ肉薄した。素早い突きの連撃を繰り出しながら叫ぶ。


「私が堕ちきっていないという君の考えが正しいとすれば……ならば私は自ら深淵へ身を投げよう‼垂らされている糸とやらを斬り裂いて、闇の中へ完全に身を堕とそう‼君を殺し、国営病院の者を皆殺しにして、薬を奪い、この国を地獄へ変える……‼そうして私は初めて到達できる……修羅の領域へと‼」


 突きの速度はさらに上がる。戦闘の最中に幾度も進化を遂げたハクアの剣速は、もはや暁血すら凌駕しつつあった。サヴァイヴは防戦一方となり、ハクアの連撃を捌くので精一杯となっていた。


「先ほどよりも勢いが落ちているぜ!殺気も覇気も感じられない……それは、君の心の『鞘』の影響かな?やはりその鞘は、君を弱体化させている!君はここで死ぬぞ!私に殺される!」


 サヴァイヴの表情に焦りが浮かぶ。暁血の限界が近い。それを過ぎれば確実な死が待っている。そしてサヴァイヴが死ねば、ハクアはもう止められない。先ほど彼自身が口にした惨劇を現実のものとするだろう。それだけは阻止しなければならない。サヴァイヴの仲間のため、この国の人々のため、そしてハクア自身のためにも。


 しかしサヴァイヴの心に産まれた『鞘』が、彼自身の足を引っ張る。今の彼は、自分の中にあった『レイモンドを殺したくない』という感情を自覚してしまったのだ。追い詰められ、絶体絶命の状態に陥った中でも、彼の心に響くのは過去からの声。アルバトロスの団長が『暁双刀剣』について話す姿が何度も何度も思い返される。まるで、そこに何かヒントが隠されているとでも言うかのように。


(この場を何とかするには……暁双刀剣を使うしかないってことなのか……)


 心の中で、サヴァイヴは呟いた。しかし、その技は既に先ほどハクアに見られている。もう一度繰り出したとして、恐らく効かない。


(でも、さっきの暁双刀剣は不完全だった。完全の状態で出せば……効果はあるか?)


 あるいはそうかもしれない。だが暁双刀剣を完成させるということは、ハクアの確実な死を意味していた。それを考えれば、今のサヴァイヴに完全な暁双刀剣は生み出せない。心に芽生えた鞘が、サヴァイヴの邪魔をする。


 記憶の中の団長が言う。



「古代の剣術の一つに……居合術というものがあるらしい」



「そうか……」


 サヴァイヴは、独り言を口にした。


「そうか、居合術なんだ」


「なんだと?」


 ハクアが怪しむように剣を突いた。


「なんのことだい」


「いえ、別に。ただ……分かったんですよ」


 不敵な笑みを口元に湛え、暁色に輝く瞳を真っ直ぐハクアへ向けながら、サヴァイヴは言い切った。


「あなたを止める術が、分かった。暁双刀剣の真実に……今僕は、辿り着いた」


 自身に溢れるその顔を見て、ハクアもまたニヤリと笑う。


「そうでなくてはな……。やっと私を仕留める覚悟が出来たというわけか。よろしい、見せてもらおうか。『暁双刀剣』……その真の姿を。そして、私はその完全体を受け止める!攻略して見せる‼」


 舞う羽のような柔らかく激しい大きく広がる殺気。それを展開させるハクアとは対照的に、サヴァイヴの身からはいかなる殺意も感じられない。全くの無音で剣を握っている。


(居合術とは、鞘から刃を抜刀して対象を斬る術)


 サヴァイヴの心の鞘が、彼の刃を包んで隠す。サヴァイヴの見つけた暁双刀剣の極意とは、零から百への瞬間的な加速の中で相手を斬る、刹那の居合術だ。心の鞘に納めた殺意を一気に解放して、殺意ゼロの状態から一瞬にして修羅の領域へ至り、発動する。


 サヴァイヴは手に持つメタナイフを構えることすらせずに、だらんと刃を下に垂らしたままゆっくりとハクアへ近づいた。


(……殺気がまるで感じられない)


 ハクアは眉をひそめてサヴァイヴを睨む。近づいてくる彼に向けて銃弾を放つが、それらを紙一重で避けながらもサヴァイヴはさらに距離を詰めてくる。ハクアは警戒を強めた。


(いつ来る?……どのタイミングで来る……?)


 暁血の効果時間を考えると、これが恐らくサヴァイヴの最後の一撃となる。そうハクアは予想した。彼にとっては確実に決めなければならない一撃であるはずだと。


 やがて、ハクアの目の前まで来たサヴァイヴはそこで歩みを止めた。身体中を走る光がその輝きを弱めていく。サヴァイヴは小さく笑って、ハクアへ言った。


「……これが、最後です」


 直後、サヴァイヴの全身が強く光り輝き、周囲一帯が暁色に染まる。爆発のような殺気が展開され、一瞬で修羅の深淵へ至ったサヴァイヴの振るう刃は、残像に質量を伴って二つに分裂し、ハクアの胴体を挟み込んだ。


暁双刀剣アルバトロス‼」


 重なる金属音、それに混じるサヴァイヴの雄叫びと共に届いた刃がハクアの身体を斬り裂いた。腰の両側にできた深い傷から、血が流れだす。しかしそれら二つの傷はハクアの強力な呪力抗体により即座に完治した。


 荒く呼吸をしながら、ハクアは呟く。


「……危なかった……」


 言いながら、自身の両手の武器を見る。右手のメタナイフは刃の中心でぽっきり折れて切っ先が地に刺さっており、左手の拳銃は銃口が無く、斬り落とされたそれがハクアの足元に転がっていた。暁双刀剣の直撃を受けたそれらは、真っ二つに切断されてその断面をハクアに見せている。もし防御が遅れていたら、ハクア自身の胴体がこれらの如く両断されていただろう。


「先ほどの『不完全版』を見ていなければ……防御しきれなかった……完全版は、速度も威力も段違いだな……まさか、ガードを超えて私の身体に刃を届かせるとは……だが……それでも、私は……防ぎ切った」


 勝ち誇ったような笑みをサヴァイヴへ向けて、高らかに宣言した。


「私の……勝ちだ‼」


 ハクアの高笑いを虚ろな目で見ていたサヴァイヴは、そのままその場に倒れ込んだ。体からは光が失われている。暁血が終わったのだ。そして、今のサヴァイヴにはもはや立って歩く力すら残されていなかった。


 地に倒れるサヴァイヴに近づき、その顔を見下ろしながら、ハクアは聞く。


「最後に……何か言い残すことはあるかい。愛しの君への遺言などあれば、喜んで届けるが?」


 弱弱しく息をしながら、サヴァイヴはハクアを見上げ、ゆっくりと口を開いた。


「……あなたに……今の、あなたに……僕を殺せるんですか……?」


「見くびられたものだな。私がこれまで、いったいいくつの人間をこの手にかけてきたと思うのだ。君だけが例外なんてことは、無いよ」


 小さく笑いながら、左手の銃をサヴァイヴへ向ける。そして、その銃が真っ二つにされていた事を思い出して、地面に投げ捨てた。その様子を見つつ、サヴァイヴは続ける。


「知っていますよ……あなたは殺してきた……銃で、ね……。戦闘で剣術を使うことこそあれど……人を殺すときは銃殺だ……。ドリュートン先生も、街の人達も、この聖堂の聖歌隊の人達も……それ以前にも、『白翼の死神』は凄腕のスナイパーだけど、剣で人を殺したという話を、聞いたことが無い……僕が、あなたが『こちら側』ではないと、思うのは……そこなんだ」


 ハクアはどこか不快気に顔を顰めつつサヴァイヴの話を聞いていた。そんな彼の表情を意に介さずに、サヴァイヴは続ける。


「……普通の人は……人を殺すのが嫌らしいけど……そういう普通の人が、殺人をするときは……決まって銃を使うんだ……『感触が無いから』らしい……僕には理解できないことだけど……普通の人は、人を殺す感触が嫌いらしい……あなたは、どうなんです……?」


 疲弊していながら、未だ強い意志の感じられる視線を真っ直ぐにハクアへ向けて、問う。


「あなたは……銃無しで、僕を殺せますか……?」


「馬鹿にするのも大概にしたまえ」


 ハクアは吐き捨てるように言って笑った。


「……なるほど、今分かったぞ……。君のさっきの一撃は、私の武器破壊を狙っていたのだな。私に一度見た攻撃は効かない。それを逆手にとって……防がれる前提の攻撃ならば、全力を出せる。私を殺したくない君にとっては確かに最適解かもしれない……だが、私を甘く見すぎだ」


 話しながら、ハクアは地に刺さっている折れたメタナイフの切っ先を拾い上げた。


「銃でしか殺したことが無い?……あるいは、そうかもしれないな。だが、それは偶然だよ。全くの偶然だ。『やってこなかった』からといって……『できない』わけではない。人体のどこを斬れば効率よく殺せるのか、私は医者だからよく知っている」


 サヴァイヴに近づいて、手に持った切っ先をその首元に当てる。それでもサヴァイヴは怯むこと無く続けた。


「……そう。……あなたは銃を失えば……近づくしかない……僕を殺すのに、近づくしかないんだ……大事な点はそこだ……僕があなたを攻撃するために……」


 言いながらサヴァイヴは今出せる全ての力を使って上体を起こし、拳を振り上げる。その拳はほとんど威力を持たないまま、ハクアの腹部に少しだけ触れた。そんな貧弱な一撃に目を向けつつ、ハクアは笑う。


「これが、君の最期の一撃ということで良いのかな?」


「ええ……構いません」


 息を切らし、今にもまた倒れそうな上体を必死に保ちながら、独り言のように呟き続ける。


「これも……偶然、全くの偶然なのですが……僕は『これ』を……実はあなたに一度も見せたことが無いんだ……『これ』を……あなたは知らない……その事実が大事なんだ……そして、『これ』は……僕自身の力でも僕の操る呪術でもない……肝心なのはそこなんだ。『これ』は、僕の身にかけられた呪い。僕の身を縛る呪縛!だから『これ』は暁血の副作用である今の衰弱状態には影響されない‼」


 段々と早口になるサヴァイヴの言っていることが、理解できない様子のハクアは、訝しげに口を開く。


「何を言って……?」


「ヘルシング・バザナードが言っていた!『奥の手』は!絶対に有効打を与えられると確信できる場面で使わなければいけない‼僕は『これ』を……ここまで取っておいたんだ‼」


 サヴァイヴが開いた拳の中、掌からは、皮膚が裂けて筋繊維が絡まって構成された銃口のようなものが生えており、ハクアの腹部を至近距離で狙っている。即座に離れようとするハクアであったが直後、強烈な破裂音と共にその体は宙に飛ばされた。


「……至近距離で……この威力で撃ったのは初めてです……どうか、死なないで欲しい。まあ……あなたならば大丈夫だろうけれど」


 そう言って、サヴァイヴはまた上体を倒して上に目を向けた。宙を舞った何かが地面に叩きつけられる音が聞こえた。


 やがて、その落ちてきた何かが動くような音がする。それと、狂気を帯びた笑い声も。


「くくくくく……なんだ、その呪術は……面白い……‼だが……それも、それももう覚えたぞ……二度とこの私には効かない……効かない‼」


 その後、吐血のような音と共に体が倒れる音がした。そしてそこから、何も聞こえなくなった。

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