第45話〈刃の力、鞘の心〉

 左腕の銃創から目を離して顔を上げたサヴァイヴは、目の前に立つハクアへ言う。


「世の大半の人達が持ってる、『殺し』を否定する感情。それが、もし僕を鈍らせるとしたら……いえ、そうだとしても、僕はその感情と付き合っていかなくちゃいけないと思います。だって僕は、殺しや戦闘に高揚感を覚える自分が嫌いだったんだから」


「君自身を弱体化させてしまうその感情を、それでも受け入れたいと言うのかい?」


 興味深げに笑いながら、ハクアが問う。サヴァイヴは口に手を当てて、自分自身の心を見極めるように、視線を動かし呟き始めた。


「ええ。…………いや、やっぱ違います。違うみたいだ。弱くはなりたくない。だから……ちょっと自分でもまだ整理できていないんですけど、『殺しを否定するモヤっとした気持ち』を持ちながらも、殺すための力は失いたくないってことです」


「欲張りだね。そのような二律背反が果たして可能なのかな?」


「難しいでしょうね。……でも、それを無理だと言い切るのは簡単なんです。僕はもう……簡単な方へ逃げるつもりは無いので」


 彷徨っていた視線を再びハクアへ固定して、サヴァイヴは力強く結論付けた。そんな赤い瞳に宿る何かに気づいたように、ハクアは一回溜め息を吐いてから、何かを諦めたように苦笑いをした。


「そうだったね」


 それから左手に持つ銃をくるりと回して弄びながら、さらに問いかける。


「では、君がその道を選ぶのは良いとして、君が持ち続けるその力は一体何のための力なんだ?つまり、『殺し』を否定する心を育てながらも『殺しの能力』は持ち続ける。その『殺しの能力』は一体何のためにある?宝の持ち腐れじゃ無いか」


「それは、結局『殺しの能力』が無ければ、僕には何も無いからだと思うんです」


 サヴァイヴの返答は早かった。彼の中で、もうその答えは出ていたのだ。


 それが正解かどうか、改めて確かめるように、自身の口にした言葉を脳味噌で反芻しつつ、サヴァイヴは続ける。


「僕には……船長みたいに大きな船を率いる能力も、色々策を考えたり交渉したりする能力もありません。トムさんみたいに様々な業務をテキパキこなす手腕もありません。ベンさんみたいに自分より格上の相手を生け取りにするスキルも根気も持ってませんし、リカ先輩みたいな強い感覚も常識も持ってません。リランさんみたいな愛嬌も、ボリスさんみたいな厳しさも、ハミオさんみたいなパワフルさも、ニコラさんみたいな冷静さも、ジョーさんみたいな快活さも、ありません。シーナみたいな薬草の知識も無ければドリュートン先生みたいな医術や人を安心させる穏やかさも無いですし、ブルースさんみたいな狡猾さや人脈も無いです。ロウカンさんのような文才も、死裂症に罹ったあのお母さんのような植物の知識も、モルトさん達のような農耕の技術も料理の技術も持ちません。エグゼのような確固たる正義も無い。アリスのような叶えたい夢も無い。……テイラーのような翼も、無い。でも」


 手に持つメタナイフの刃先を真っ直ぐに、ハクアへと向ける。


「でも、そういう僕が持ち得ないものを持ってる皆は、あなた達のような悪意で牙を剥く奴らによって簡単に壊されてしまう。……それは、それだけは、良くないんだ。……だから、僕は剣になりたいんだ……きっと」


 右手にはメタナイフを、左手にはその鞘を。それぞれ手にして、ハクアに示す。


「殺すための能力は刃。殺しを否定する気持ちは鞘。その二つを併せ持った剣になりたい。僕なんかよりよっぽど素晴らしい能力を持った、武器のない全ての人達を、あなた方のような悪意の牙から守るための剣に、僕はなりたい。これが……僕の答えです」


「……そうかい」


 ハクアは低い声で笑った。


「『悪意の牙』か。否定はしないさ。我々が悪意を持って君達と相対しているのは確かだからね。……だが、一方的なのは良くないな。私には、私の正義がある。第十三番部隊の皆を守ると言う正義がね。それに則って、この国を地獄に変えようとしている」


 サヴァイヴからその目を反らすことなく、迷うことなく、ハクアは言う。それは自分の心に確かめる必要もない、彼の中の絶対の信念であった。


「私の部下は皆、私自身の手で選りすぐった精鋭達だ。……戦争が終わり、用済みとなった我々には、食い扶持と生きがいが必要なのさ。私は、私の部下達を戦場以外で死なすわけにはいかない。絶対に守り切る。そのためならば、たとえ恩師をこの手にかけようと、国一つを戦乱へ巻き込もうと、構わないんだよ。それが隊長である私の責任なのだから。これが、私の正義。これは、悪意と正義の戦いではないよ。正義と正義の戦いなのだ」


 銃とメタナイフをクロスさせて構え、サヴァイヴへ向ける。その表情から、笑みが消えた。


「……だから、もう遊びは終わりにしよう。分かっているのだろう?君は、本気を出さなければ私には勝てない。そう、君達アルバトロスの切り札、『暁血(アルバ)』だ」


 少しの間が空いた後、サヴァイヴはハクアから目を反らし、乾いた台詞を吐いた


「暁血には……リスクが伴います。知っているでしょう?発動の際に、常に死の危険が付きまとう。おいそれと使うわけにはいきません」


「そのようなリスクを恐れる君ではあるまい?それは、言い訳だよ。無意識のうちに戦いを楽しみたいと思ってしまっている君は、暁血によるワンサイドゲームを恐れている。……だが、心配する必要は無い。私には、君の切り札への勝算がある。君を退屈させはしない」


 その虹色の瞳は、獲物を捉えた猛禽の如き熱を帯びている。両掌の皮膚が白色に染まり、手首にある褐色の地肌との境目は波のようなギザギザの形状をとっており、それはまさに白色の翼を思わせた。


「……我が名は『白翼の死神』。私は、伊達や酔狂で『死神』を名乗っているわけでは無いよ」


 ハクアの身から舞い上がる、羽ばたきのような殺意に当てられて、サヴァイヴの表情が変わった。意を決したように低く呟く。


「…………『暁血アルバ』」


 地平線から顔を出した朝陽の如き橙色の煌きが、サヴァイヴの全身を覆う。全身の血流がまばゆく輝いた。頬には砂時計を思わせる光の線が描き出され、その落ちる砂が術の制限時間を物語る。両眼は暁色を帯び、その光をハクアが視認した直後、そこにもうサヴァイヴの姿は無く、自身の身から溢れる赤い血が、その視界を遮っていた。


「フッ……グゥッ‼」


 ハクアの口から呻き声が漏れる。しかし、その右手に構えたメタナイフは、サヴァイヴの振るう刃を抑えて止めている。それにより、サヴァイヴの想定よりもハクアの傷は浅くとどまっていた。ハクアは暁血の速度に寸前で反応して、不完全ながらその斬撃を受け止めたのだ。


 彼の口から、抑えようのない笑みが零れ出る。


「……ふふっ……ゥふふふァはははは‼……初撃は……捕らえた‼見える、見えるぜ……‼お前の動き……‼やはり私の力は……暁血にさえも届き得る……‼」


 サヴァイヴは不快げに顔を顰めて、メタナイフを握る手に力を加えた。


「まだまだ小手調べ。……速度を上げます。頑張って、ついて来てください」


 オレンジの残像を残し、ハクアの左方に反れた直後、その腹部を斬り裂いた。


「……クッ……ぐあッ」


 しかし、サヴァイヴが斬ったそれはハクアの腕と、その手に持つ拳銃。それも、拳銃の表面で斬撃を滑らせたことにより威力が殺され、直撃すれば腕を落とせたはずのその一撃は、深い切り傷一つを与えただけとなった。そしてその傷は、ハクアの持つ『裂傷の呪力抗体』によって瞬く間に再生する。


 小さく舌打ちをしつつ、さらにメタナイフを振るうサヴァイヴ。しかし、ハクアの視線は神速で動く刃の軌道を的確に追っていた。


「ァァ‼」


 サヴァイヴの斬撃に先回りしたハクアのメタナイフが、的確にその一撃を受け止める。サヴァイヴは困惑の声を出した。


「……なに⁉」


 暁血による、人の反応速度を遥かに超えた斬撃。それを今確かに、真っ向勝負でハクアは受け止めたのだ。ハクアはその顔面に狂喜を湛えて高らかに声を上げる。


「……クククク……俺を……侮るな……見くびるなよ……俺は、『白翼の死神』……‼そう、死を司る神‼……良いかい、神とはね……誰かによって任命されるものでは無いんだよ……神の上に立って選定する者などあり得ないからな……神とは、自ら悟るもの……‼俺は、悟ったのさ、あの地獄のような戦場で、無数の命に触れて来て……悟った‼『俺』こそが、『死を司る神』そのものであると……‼」


 爛々と輝く混沌の瞳は、確かにサヴァイヴの顔を見つめている。しかし彼の視線が向いているのはサヴァイヴではなく、その奥にいる別の何かであるようであった。その異常な目の色に、表情に、声色に、サヴァイヴは思わず恐怖の声を漏らした。


「い……いかれてる!」


「そんなこと言うなよ、俺は、正気だぜ……‼だから、これは真実なのさ……俺は、『暁血』にだって勝てる‼」


 高らかに笑って銃口をサヴァイヴへ向けると、彼と、数瞬先の彼がいるであろう地点に向けて連続射撃をお見舞いした。暁血による素早い知覚と判断によりそれらの銃弾を避けたサヴァイヴを待ち構えていたのは、神速でさえも避けようがない、『すでに食らってしまっている刃』であった。サヴァイヴの体前方を、左肩から右下腹部辺りまで一線、皮膚を裂き筋肉にまで達した斬撃が走った。鮮血が噴き出す。


「うぐァ‼」


 サヴァイヴの声に、ハクアは目をカッと見開いて笑った。


「痛いかい……?そうだろう。俺は呪力抗体を無効化するからね……。黒死術『人皮張星コルヴィス』。俺が殺して奪った人間の皮膚を媒体とした呪術さ。これが、我が白翼……どうだ、死神の羽ばたきが聞こえるか⁉」


 白く染まった両手を広げて早口で言いながら、サヴァイヴへと肉薄するハクア。サヴァイヴは小声で呟いた。


「黒死……術……⁉」


 銃弾を放ちつつ、ハクアはさらに続ける。


「黒死術は、非常に難度の高い呪術。これを扱いきれる術者は、呪術大国ヴィルヒシュトラーゼ及び、その擁する『キングフィッシャー』にすら数えるほどしかいないだろう……。世界最大の傭兵団『E・ロビン』にすら存在しない!だが、俺の部隊にはいる。今回このフォルトレイクでの任務に連れてきた我が配下の五人は全て、黒死術の使い手だ。これこそが我らの持つ牙。君の刃は、君の守りたいものを全て、この強靭な牙から守り切れるか?サヴァイヴ!」


 傷を受けてもなお、残像の残る速度を保ってハクアのメタナイフを回避するサヴァイヴ。勢いに押されて完全に防戦一方の彼を待ち構えるのは、先ほどハクアが撃った銃弾だ。未来のサヴァイヴに定めて放たれたその弾は、狙い通りに着弾する。


「ウッ……‼」


 呻き声を上げて、動きを止めるサヴァイヴに、ゆっくりと近づきながら、ハクアは告げた。


「名残惜しいが、こちらにも時間が無い。そろそろ終わりにしよう。実は、俺にも君と同じで、おいそれとは使えない切り札があるのさ。この力はあまりにも強力で、戦いが単調なつまらないものになってしまう。……しかし、君に暁血を使わせておいて、こちらは隠し続けるというのもフェアでは無いな」


 ハクアの纏う殺気が変化した。呪力抗体を無力化する術『人皮張星コルヴィス』とはまた別の、さらに異質な呪いの気配を感じたサヴァイヴは、警戒を露わにしてハクアから距離を取った。そんな彼を目で追いつつ、ハクアは言う。


「……狙撃手に必要な能力とは、何だと思う?狙撃の腕だけでは無いぜ。まずは、環境把握能力。周囲の状況や、狙った対象の情報。それらを得るのは大切なことだ。そして、周囲の環境に紛れて溶け込む能力。これが欠かせない」


 ハクアの体に青白い光の線が走り、独特な紋様を形成する。その線はやがて全体を覆い、ハクアの全身は淡く冷たく発光した。その状態で、彼は叫ぶ。


「刮目せよ……!……まあ、見ることができるならば、の話だがね……。俺のもう一つの黒死術『不可視の血判インヴィジブルクレスト』‼」


 青白い輝きがハクアを包み込んだ直後、その体は消え、サヴァイヴの目の前には何もいなくなった。しかし、ハクアがその場からいなくなったというわけではない。何故なら、ハクアのあの芝居がかった不敵な笑い声は、依然消えることなくその場に残っていたのだから。





「……もう、すっかり陽も昇りましたよ。昨晩から戦っているのに……彼らの体力は底無しなのでしょうか」


 憲兵の一人が、畏怖の表情で呟く。その上司である憲兵隊隊長の男が、頷いた。


「言い方は悪いが、化け物じみた連中だ」


 マクロの町にあるブラックカイツのアジトにて、戦い続けるエグゼとペンタチを見つめて隊長は言う。部下の憲兵は、手に持つ銃をペンタチへと向けた。


「あの少年を援護しますか?」


「……いや、そもそもあのペンタチと言う男は傭兵だ。銃は効かない。それに下手に手を出して、少年に当たってしまってはまずい……」


 言いながら、隊長は下唇を噛む。この国の防衛を任される憲兵であるにも関わらずこの戦いをただ見ていることしか出来ない。それが悔しくてならないのであった。


 彼らの見守る中で、満身創痍のエグゼは徐々に追い詰められていく。大柄な体格で長槍を手足のように操り振り回すペンタチは、息一つ切らさず爽やかな笑みを浮かべたまま、まるで踊るようにエグゼへ斬撃を食らわせ続ける。鞘に納まり布で巻いたままの大刀、処刑刃『ルイゼット』でペンタチの一撃一撃を受けてかわしながら、虎視眈々と反撃の瞬間を待っているようであった。


「キミ……段々、動きが良くなっていっているっすね。俺の動きに慣れてきたってことっすか?」


 ペンタチが問う。エグゼは答えなかった。エグゼの戦闘スタイルは、体術による接近戦。故に、敵の間合い深くまで入り込む必要があることから、長槍を扱う相手には非常に不利であった。手に持つ唯一の武器であるルイゼットを防御にのみ使用して距離を詰めようとするエグゼに対し、ペンタチは再度問う。


「……そのでっかい剣、いつ使うんすか?それ使ったら、もうちょっとマシな戦いになりそうなのに……」


「このルイゼットは、人を無駄に傷つけたり、動きを封じたりするために使われる野蛮な武器とは違う!これは神聖な『処刑道具』。故に、処刑以外の用途で用いることはない。貴様の首を落とす……その一撃のほかに、この刃を抜くことはない……‼」


 ペンタチは目を丸くして、「ひえ~」と言う呟きを漏らした。


「……いや、呆れるっすわ。キミ、変なこだわりが多すぎるっすよ。そんなに自分を縛りまくって自由を無くして……楽しいんすか?」


 聞きながら、大きく振りかぶった槍をエグゼに向けて振り下ろす。それをまたルイゼットで受け止めつつ、力で押し返してペンタチがややのけ反った瞬間を見逃さずに、エグゼは地を強く蹴ってペンタチの懐へ肉薄し、掌底をその胴体へと叩き込んだ。


「うッ……ォ⁉」


 その予想外の威力に、ペンタチは驚きの声を上げた。即座に後方へ飛んでエグゼから距離を取り、槍を構えなおして少し警戒を強めた視線を向ける。


「……やっぱり……気のせいじゃないっす。段々と、スピードもパワーも上がってるっす。キミのその力……一体何なんすか?」


 一瞬乱れた呼吸を整えながら尋ねるペンタチ。しかし、やはりエグゼは答えることなく素早く近づいて、再び掌を構えた。ペンタチはエグゼから一定以上の距離を保ちながら槍を向けて突く。それらの連撃を紙一重でかわしながら、エグゼは着実に距離を詰めていった。


 ペンタチの突いた槍を手で掴み、強く引き寄せて近づくと、地を掴むように足を強く踏み込んで、その勢いのまま両掌をペンタチに打ち付けた。


「くはァッッ」


 体の内部を直接殴りつけられたような衝撃を覚えて、ペンタチの口から呻き声が零れる。さらに警戒を強めたペンタチはエグゼを注意深く睨みつけて、槍の切っ先を真っ直ぐに向けた。


 憲兵が、隊長へ向けて言う。


「……少年の動きが変わりましたね。なんというか……先ほどより機敏で力強い」


 隊長は何やら思い出すように視線を斜め上に向けて独り言のように呟いていた。


「……処刑人。なるほど、あの少年、処刑人か。であれば……」


「処刑人って、何なのですか?」


 部下の問いに、隊長はゆっくりと答える。


「崇陽教会の一派閥から分離して、そこから独自の進化を遂げた思想集団。それが、『処刑人』だ。崇陽教会は太陽神『フェニクシス』を信仰し、その教義の元に善悪を説くが、処刑人は神への信仰の部分を捨てて悪への裁きという部分のみを追求した者達なのだ。すなわち『殺人者は絶対悪』という思想そのものを信仰し、そのために殺人者を処刑することに全てを賭ける集団と言える。そして、処刑人と呼ばれる者達は皆……通常とは異なる非常に特殊な呪術を扱うと言われている。敵にかかっている『血痕の呪い』を自身の力に変えるという呪術だ」


 部下は困惑顔で聞いていた。それを見て苦笑いをすると、隊長はより端的に説明する。


「早い話が、処刑人は、敵が買っている恨みを力に変えるんだよ。相手が凶悪犯であればあるほど、処刑人は強くなる」


 切れ長の、燃えるような赤い目でペンタチを強く睨みながら、エグゼは言う。


「俺自身を縛る数多の制約。これこそが、貴様ら罪人と、我ら処刑人との、明確な違いだ。『血痕の呪力抗体を持ってはならない』、『処刑以外の用途で処刑道具を開放してはならない』、『罪人で無い者は決して殺してはならない』『罪人であっても、処刑道具を用いずに殺してはならない』。このような縛りこそが、俺を処刑人たらしめる。そしてそのような制約を持つからこそ扱うことのできる術がある……‼」


 エグゼの体から、深紅の陽炎が立ち上る。それはエグゼの中に秘められた力ではなく、外部からエグゼに対して貸し与えられた力のようであった。


「貴様がこれまでに殺してきた者達の想いが、俺を強くする……‼貴様の持つ罪の深さが、俺の刃を研ぎ澄ます……‼俺を恐れろ、その恐怖は全て、貴様自身の持つ罪そのものだ‼」


 踏み込んだ地面にヒビが走り、エグゼの足を中心としてくぼみが生まれる。勢いよく蹴り込んで真っ直ぐにペンタチへ向かい、弓のように右腕を引いてそのまま体ごと捻って右掌を突き出した。槍で防御するペンタチの、そのガードの上から、撃ち抜くような掌底を食らわせた。


「ゴヴぉッ‼︎……ゔっ」


 吹き飛ばされ、ぐらりとよろめいた体躯を地についた長槍で支えることにより、ペンタチはなんとかその体勢を保った。しかし直後、内臓が破裂したかのような衝撃が彼の体内を襲う。


「うゔっ……ヴォぇァっ」


 口から血が噴き出した。苦しげに息をしながら、淀んだ目でエグゼを見つめたペンタチは、やがて血がついたままの口元にまた裂けるように深い笑いを浮かべて声を上げた。


「へへ、はは……うふふふふふはははは!良良良良良良良良良良良良良いぃぃ‼実に良いっすよ、キミ……‼ようやく……面白くなってきたァ‼」


 言いながら、懐から何か液体の入った小さな薬瓶のようなものを取り出す。本能的に悪寒を覚えたエグゼは即座にペンタチへ向かい、彼が何かをする前に制圧すべくまた掌を構えるが、ペンタチの鋭く横に薙ぎ払った槍に体を打たれて弾かれる。エグゼを退けつつペンタチはその小瓶を頭上に持って、瞳に向けて中の液体を垂らした。


「…………黒死術……」


 低い声で呟きながらエグゼの方へと向けたその眼は、白目部分が真っ黒に染まっていた。


「……『涙眼の宝冠ティアリー・ティアラ』‼」


 黒色の目玉をギョロリと回してエグゼを見て、ペンタチは狂的な笑みを口元に浮かべた。

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