第42話〈戦士VSお姫様〉

「呪いを帯びたメタナイフ……『ヴィンテージ』にはァ、それぞれに固有の名前が与えられる。そうだろ?」


 腕から血を垂らしながら、眼帯男がアリスの背中へ声をかける。アリスは振り返って、眼帯男をジッと見た。


「おじさん、誰?」


「しがないおじさんさァ」


 虚ろな目で小さく笑いながら、眼帯男は続ける。


「君の持つそのヴィンテージ……名はなんという?」


 眼帯男の話を聞いているのかいないのか、アリスは男のちぎれた腕を見つめながら、呟くように言った。


「……おじさん、腕大丈夫?」


「質問に答えてくれよ」


 そんな二人の会話にしびれを切らしたヴァシリスが、神経質な声色で怒鳴りつけた。


「き……貴様ら‼人を馬鹿にするのも大概にしろ‼我々の存在を軽視しおって‼……今は聖戦の最中なのだ。戦いに集中しろ‼」


「ごめん……なさい」


 アリスが首を傾げながら、ヴァシリスへと謝罪した。ヴァシリスは舌打ちをすると、アリスに奪われたヴィンテージのメタナイフを睨みつつ、彼女に言う。


「……また会ったな小娘……。貴様のような卑怯者、許してはおけない‼正々堂々、俺と戦え‼」


 きょとんとした顔で、アリスがヴァシリスを見る。『また会った』などと言われたが、一体どこで会ったのか、覚えていない様子だ。彼女のそんな表情から、考えていることを理解したらしいヴァシリスは苛立ちを強めた。


「……そうか覚えていないか……!どこまでもふざけた小娘だ……‼」


 そう言ってヴァシリスは足元に落ちていたナイフを拾い上げると、アリスへと刃先を向ける。一方のアリスは、ヴァシリスから目を背けてジッと辺りを見渡している。血を流して倒れる憲兵やブラックカイツの面々、呪いのメタナイフによって殺された者達の成れの果て、赤黒い砂塵、腕を失い座り込む眼帯の男の姿などが彼女の瞳に映る。


 そんな彼女の元に、先ほどまで乗っていた馬車が、人を轢かないようにゆっくりと近づいてくる。中に乗るサヴァイヴが、アリスへと声をかけた。


「アリス乗って!早く行かなきゃ」


 しかしアリスはその場から動かずに、何か考え込むようにサヴァイヴを見ていた。腕を組んだままつまらなそうに戦いを傍観していた赤毛の青年、クレバインが、サヴァイヴを見つけて嬉しそうに笑う。


「お、サヴァイヴじゃん。また会ったなー。これも何かの縁かな!」


「あなたは……」


 サヴァイヴが小さく顔を顰める。それから再度促すように、アリスに目線を戻した。しかしやはりアリスは動かない。やがて意を決したかのように、彼女は言った。


「先に行って……サヴァイヴ。私は……ここに残る」


「ええ⁉」


 馬車の中から、リカが驚きの声を上げた。


「なぜですかアリス!そんな必要は無いです。早く行きましょう!目的地まであと少しなんですから……」


 そう呼びかけるリカの肩を、サヴァイヴが無言でポンと叩く。サヴァイヴはアリスに向けて小さく頷いた後、馬車を引くドリュートン先生に言った。


「先生、行ってください!」


「しかし……」


 戸惑うように振り向いた先生に無言の意味のこもる視線を向けて、サヴァイヴはまた頷いた。先生が馬車を引っ張り、走り出す。アリスは一人その場に残ってヴァシリスを見据えた。


 先へ進む馬車から、リカのサヴァイヴを責めるような声が聞こえてくる。


「なぜアリスを置いて行くんです⁉」


「僕らは確実に薬を届けなきゃいけない。追手の足止めをしてくれる人がいた方が良いんだ」


「そんな、アリスを囮にするようなことを……!」


 非難するリカを横目に見ながら、サヴァイヴは力強く言った。


「大丈夫だよ。アリスは強い。……それに、珍しいでしょ。あの子が自分から何かをしたいって言うの。何か考えがあるのかもしれない」


 リカは心配そうな表情でサヴァイヴを睨みつつも、何も反論せずに聞いていた。


「アリスって、普段あまり心の中を表に出さないけど……きっと、色々なことを考えているんだと思うんだ。言葉やしぐさに出さないだけで、多分、僕や先輩よりもたくさん。今だってきっとそうだと思う。僕は、アリスの考えを尊重したいんだ。」


 サヴァイヴの言葉に対し、リカは納得しかねるという顔をしつつも、それ以上は何も言わずに小さくなっていくアリスの影をただ見つめていた。





 遠くなって行く馬車とテイラーに見向きもせずに、アリスは目の前で刃物を構えたヴァシリスへと静かな視線を向けている。ヴァシリスの横に立つクレバインが、名残惜しげに馬車を目で追いながらアリスへ尋ねる。


「自ら足止め役を買って出たってこと?殊勝なことだね。でも僕としては、サヴァイヴと戦いたかったなあ。正直、君にそこまで興味は無いんだよね」


 ニヤニヤと、からかうように笑うクレバインに対し、アリスは冷たく言い放つ。


「大丈夫……。私もあなたに用は無い」


「あ?」


 クレバインはあからさまに気分を害したらしく、声のトーンが低くなった。しかしアリスはそんな彼の様子を無視して、指を真っ直ぐに伸ばして目の前のヴァシリスを指した。


「用があるのは、あなた」


 指されたヴァシリスは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの不機嫌そうな表情に戻って、神経質な声色でアリスへ問う。


「……つまりは、この俺との正々堂々とした勝負を受けるということだな?」


 アリスは何も言わずにただ頷いた。睨み合う二人を見るクレバインが、たいそう白けた顔でその場に胡坐をかいて座った。いつの間にか、辺りの戦闘は膠着状態へと変わっており、憲兵もブラックカイツも皆、負傷した味方を運び、傷を治療しながらも、睨み合うアリスとヴァシリスの二人に目を向けていた。


 アリスは手にしていたヴィンテージのメタナイフをヴァシリスへと差し出して、囁くように言う。


「『ラスティヘイズ』……それが、この子の名前」


 その『ラスティヘイズ』を鞘へ納めると、訝しげに睨むヴァシリスへ、柄の部分を向けた。


「……使う?」


 ブラックカイツの面々から、さざ波のようにざわざわと、困惑の声が上がる。ヴァシリスはまたしても目を見開いて柄を見たが、不快そうに舌打ちをしてアリスの差し出すラスティヘイズを払い落した。


「……ふざけるな、ふざけるな‼施しのつもりか⁉どれほど俺を見下せば気が済むのだ‼」


「見下してはいない。でも事実、私はあなたより強い。だから、あなたに強い武器をあげないとバランスが取れない。それが、正々堂々」


 ヴァシリスは歯ぎしりをしてアリスへ飛びかかり、持っていたナイフを突き出した。その手首を片手で掴んだアリスは、そのまま勢いよく彼の手を引いて体を引き寄せ、空いた手で作った拳をヴァシリスの腹に撃ち込んだ。


「グハァッ」


 ヴァシリスの口から唾液が飛び、彼はその場に膝をついた。


「ヴァシリスさん‼」


 遠巻きに見ていたブラックカイツの者達が動揺して声を上げた。


「な、なんて怪力だよ……!あんな細い腕のどこにそんな力が……」


「怪力だって?」


 胡坐をかいて不機嫌そうに二人を見ていたクレバインが、ブラックカイツ団員達の言葉を聞いて呆れたように笑う。


「あの子レベルの傭兵が本気を出せば、ヴァシリス君の腹には風穴が開いてるさ」


 眼帯男も同調して頷く。ちぎれた腕の傷口周辺を布できつく縛って止血しながら呟いた。


「あの天使のお嬢ちゃん……手加減しているなァ……。そうだろ?戦闘を長引かせようって魂胆かァ……?」


「天使?」


 クレバインが引き気味に呟いた。


 そのような外野の会話を聞いていたらしいヴァシリスが、苦しげに咳き込みつつ、眼前のアリスを見上げて唸る。


「どういうつもりだ貴様……!俺相手には本気を出せないって言うのか……」


「本気を出したら、すぐ終わっちゃう」


 ヴァシリスを見下ろしながら、アリスは低い声で言った。


「あなた達は、この国の人達にたくさんの迷惑をかけた。だから……」


「この国へ害を成しているのは貴様らの方だ‼貴様ら異国の者達が我が国の貴重な資源を奪い取っていく‼貴様らのような外の国の者達に負けない強い国を作るために、ブラックカイツは戦っている‼」


 そう怒鳴って立ち上がると同時にアリスの顔めがけて殴りかかる。しかしその拳が届く前に、アリスがヴァシリスの顎を蹴り上げた。真上に吹き飛ばされ、その勢いのまま背後に倒れ込んだヴァシリスは、脳が揺れて意識が飛びかけたようだが、ギリギリで気絶までは至らなかったらしく、地に倒れたまま目をギョロギョロと回している。アリスはまたゆっくりとヴァシリスの元へ近づいて彼を見下ろした。


「……そう。あなた達は……外の国の人に怒ってる。だから、こんなことをする。でもそのせいで、この国のたくさんの人達に迷惑をかけているのは間違いないこと。だから……分かってもらわなくちゃ。あなた達の怒りが他の人達に向かないように。……それは、全部私に向けて欲しい」


 少しずつ定まってきたヴァシリスの視線が、アリスに向けられる。何を言っているか分からないと言った様子で眉を顰め、彼女を睨む。アリスはさらに続けた。


「……どうしてなのか分からないけど……あなたは私に怒っているみたい。だから、ちょうどいい。他の誰も傷つけないで。ただ、あなたの怒りは全部私に向けて。……私は、絶対にあなたには殺されないから」


「化け物が……‼」


 忌々しげに吐き捨て、またヴァシリスはゆっくりと体勢を起こした。眼帯男が少し驚いた様子でヴァシリスを見ていた。


「タフだなァあいつ……。並の傭兵でも、あれ食らったらなかなかキツイぜェ。そうだろ?」


「別に?僕だったら余裕だけど」


 クレバインが鼻で笑った。


「化け物……」


 アリスが少し傷ついたように呟く。ヴァシリスは手を頭に当てながら、さらに言った。


「俺はこれまで、血の滲むような鍛錬を行ってきた‼過酷な修練に耐えてきた‼……今は、貴様に及ばないかもしれない。だがしかし……この先も俺は、己を鍛え続ける……‼……貴様を殺せるレベルまで追いついてやる……‼覚悟しろ。そうなれば、お前にもはや安息の時は無い‼……四六時中命を狙われる恐怖を味わせてやる……‼」


 その言葉と共にアリスへ掴みかかり、両手を首に当てて思いっきり締め上げる。しかしその首はまるで血管に鉄でも詰まっているかのように固く、ヴァシリスの握力ではとても太刀打ちできないものであった。脂汗を流して首を絞めて来るヴァシリスを眺めながら、アリスはかすれた声を出した。


「四六時中命を狙われるなんて……慣れてる。それに……あなたは私を超えられない。……戦いの才能が無いから」


 そう言いながらアリスは、ヴァシリスの両手首を掴んで握る。骨が軋むような音が鳴って、ヴァシリスの口からうめき声が漏れた。手を離すと同時に離れようとするヴァシリスを追ってアリスは地を蹴り宙で横に回転し、その頭に回し蹴りを食らわせる。再度地に伏せるヴァシリスの目の前に着地すると、アリスはその場にしゃがんだ。鼻血を抑えながら上体を上げたヴァシリスに視線の高さを合わせて、彼女はさらに続ける。


「……信じてもらえないかもしれないけど……私は、あなたが羨ましいの」


 ヴァシリスは目の下をピクリと動かした。アリスの言葉に理解が追い付かず、何も言えない様子でただただ彼女の言葉を聞いていた。


「……私は、物語のお姫様になりたい。……お姫様は、戦ったりしない。とっても弱くて……誰かに助けてもらう。でも、色々な人達から愛されて、頼りにされて、たくさんの人達を引っ張る力を持っている。……あなたは……私よりも、お姫様の才能を持っている」


「ふざけるな‼」


 そう怒鳴ったヴァシリスであったが、アリスの銀色の瞳と目が合い、口を噤んだ。彼女の純粋な羨望のまなざしに気圧されて何も言えなくなってしまった。


「私は、物心ついた時から強かった。だから、あなたの弱さが羨ましい。私は、人を動かすことなんてできない。だから、あなたがブラックカイツを動かす力が羨ましい。私は、自分の感情を上手く話せない。だから、あなたの感情を露わにした言葉が羨ましい。……あなたが、私の持つ戦いの才能を羨ましがるのと同じくらい、私も、あなたの持つたくさんの才能を羨ましく思う。あなたの持っている才能は……どれもお姫様に必要なものだから」


 ヴァシリスは何も言えずに、ただパクパクと口を動かしていた。そんな彼の気持ちを代弁するかのように、周りにいたブラックカイツの団員達が口々に叫んでアリスを非難する。


「いい加減にしろ‼偉大なるブラックカイツの幹部たるヴァシリス様を侮辱することは許されない‼」


「ヴァシリス様は、崇高な使命を持ってこの国に変革をもたらすために戦う戦士なのだ‼」


「貴様のような小娘のふざけた頭でヴァシリス様の能力を測る事などできない‼」


「立ってくださいヴァシリス様‼あなたは偉大な戦士なのだから‼」


 彼らの声を聞いたアリスが、ヴァシリスに言う。


「……ほら、あなたは皆からこんなに愛されている。やっぱり、お姫様」


 ヴァシリスはその場で立ち上がると、足元に落ちていたナイフを拾って、アリスに向けて振り回した。その斬撃全てを手で払っていなしつつ、アリスは囁き続ける。


「私にとって、私の強さは呪いみたいなもの。いらないのに、持っている。持たされている。あなたの弱さもあなたにとっては呪いと同じ。でも、私はあなたの呪いが羨ましい。あなたは、私の呪いが羨ましい。……なんでだろう?もしかしたら、皆そうなのかも。自分がもう持っているものは邪魔に感じて、持っていない物を欲しいって思う」


 周囲から数発銃声が鳴った。ブラックカイツの団員達がアリスへと発砲しているのだ。ヴァシリスを援護しようと言うのだろう。しかし銃弾は全てアリスの持つ『戦場の呪力抗体』によって弾かれる。ヴァシリスが怒鳴った。


「手を出すな‼邪魔をするな‼」


 銃声が止んだ。ヴァシリスは虚ろな目でアリスを見つめていたが、直後、その口から高笑いを発した。ブラックカイツの者達もアリスも彼の狂ったような笑い声に驚愕し、その口を閉じてただ見ていた。彼はその目から涙を流して大口を開けて笑い続けたが、やがて息切れを起こすと、荒々しい呼吸と共に、アリスへと憎悪を向けた。


「この俺が……偉大なるブラックカイツの革命戦士であるこの俺が……『お姫様』だと?……ふざけている」


 そう言って、手に持つナイフの刃先でアリスを指す。


「……この屈辱……決して忘れない。……必ずや俺は、貴様を超える戦士へと覚醒し、貴様を殺してやる。……それも、決して楽には殺してやるものか。ありとあらゆる苦痛を与えて、貴様の大切なものを全て壊して、泣いて許しを懇願する様を見届けながら、殺してやる」


「うん。もう、他の人のことは傷つけないで。他の人に目を向けないで。私だけを見ていて。私のことだけを考えていて。私だけを恨んでいて。……一生」


 アリスは、ヴァシリスに向けてニッと笑った。ヴァシリスはその手に持つナイフを思いっきり振り下ろす。その刃を掴んでへし折った後、アリスは両腕をヴァシリスの首の後ろに回して、彼の腹部に突き刺すような膝蹴りを食らわせた。ヴァシリスは呻き声すら上げることなく、泡を吹いてその場に倒れ、ピクリとも動かなくなってしまった。


「ヴァシリス様……‼」


 駆け寄るブラックカイツを尻目に、アリスはゆっくりと眼帯男の元へと歩み寄った。


「……怪我……大丈夫、ですか?」


「なァに。大した事ないさァ。心配してくれてありがとねェ」


 ニヤリと笑う眼帯男。そんな二人の元へ、あからさまに面白く無さそうな顔をしたクレバインが近づいてきた。不審げに睨むアリスに向けて、乾いた拍手を送る。


「つまらんショーをありがとう。やっぱ君、期待外れだな」


 大きく溜め息を吐いて、半目でアリスを見た。


「弱さが羨ましい……だって?ありえないね。僕は……僕の『強さ』を呪いだなんて思わない。これは祝福さ。戦の神様からの愛情だよ。それが分からないようじゃあ……君も『こちら側』じゃ無かったんだな。サヴァイヴと違って」


「……どういうこと?」


 アリスの問いに対し、クレバインは半笑いで返す。


「数多いる傭兵の中にも、『本物』は数えるほどしかいないってことさ。君はどーやら生まれつき強いらしいけど?……そもそも、そんなの自慢するような事じゃ無いぜ?傭兵の最低条件さ。僕らに本当に必要な才能は『強さ』なんかじゃない。『戦いを楽しむ』才能。戦神の寵愛を受ける真の傭兵ってのは……殺し合いの刹那に快楽を見出せる者の事さ。そういう、僕達第十三番部隊や、サヴァイヴみたいな奴の事を『才能ある傭兵』って言うんだよ。その点、君やそこの眼帯のおっさんは失格。僕からしたら、結局ヴァシリス君達となんら変わらない凡人に過ぎない」


「……そうなんだ。……だから……何?」


 冷たく言うアリス。クレバインは舌なめずりをすると、獲物を見つけた爬虫類のような視線で彼女を見た。


「……だからー、君なんかには興味ないんだ。でもさー、血に塗れた君の死体を持っていけばさ、サヴァイヴは僕と戦ってくれるんじゃないかな?……それも、最高の戦意と殺意でさ」


 突如クレバインの体から竜巻のように苛烈で残虐な殺気が吹き荒れ、周囲一帯を包み込んだ。それは、感覚の鈍い人の身ですら感じ取れるほどに強力なものであり、彼の周囲にいた者は憲兵、ブラックカイツ共に恐れをなして、まるで獰猛な猛獣に出会ったかのように駆け出し逃げ惑う。地面に腰掛けていた眼帯男も瞬時に警戒態勢になって立ち上がり、後方に下がってクレバインを見据えた。アリスもまた、地に落ちていたラスティヘイズを素早く拾い上げて抜刀して構える。


 周囲の畏怖や警戒の視線を全身に浴びながら、クレバインは笑い声を上げた。


「……ほんの少し。ほんっの少し!……ほんとに、ほんの一滴の酒と同じくらいで良いからさ!それっくらいの高揚感はちょうだいよ!頼むぜマジで‼久しぶりに、戦って、人を殺せるってンだからさぁ……‼少しくらいは僕を楽しませろよ‼」


 次の瞬間、アリスの体は彼女自身の血によって紅く染まった。肩から胸にかけて深く切り裂いた傷痕が入っていた。


 しかし致命傷にも思えるその傷は、『裂傷の呪力抗体』によって即座に再生した。数瞬前まで離れた位置にいたクレバインがすぐ目の前で血濡れのメタナイフを振るい二撃目を食らわせんとするのを見たアリスは瞬時に地面を蹴って飛び上がり、斬撃を回避して後方へと着地した。空を切った刃を軽く振りながら、クレバインはニヤリと笑う。


「一発しか当たらなかったかー。しかも、もう再生してやんの。君の呪力抗体、強力だね。普通その深さの傷は治らんぜ」


 言いながら刃に付着したアリスの血を指でなぞって拭い取ると、ペロッと舌で舐める。アリスは不快そうにクレバインを睨みつけた。


「ある一定以上の実力ある傭兵同士の殺し合いは、中々決着がつかないんだよな。知ってる?」


 メタナイフの峰を肩に乗せつつ、クレバインが語る。


「強力な呪力抗体を持つやつ同士だと、即死レベルのダメージを与えないと治っちまう。……でも実力者相手にそんな大きな傷を食らわせるのは難しい。じゃあ、どうやって決着をつけるか?」


「……失血死」


 アリスが囁くように答えた。クレバインが満足げに笑う。


「そうそう。そのケースが多いよね、やっぱ。いくら傷が治るって言っても、流れ出た血は戻って来ない。どんな強力な抗体を持つ傭兵でも、血を失ったら死んじまうんだから」


 目をカッと開いたクレバインは、獲物を見るようにアリスを見据えて、低い声で囁いた。


「君の血を飲みつくしてやるよ」


「……気持ち悪い」


 アリスが吐き捨てるように言った。

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