第40話〈歪む真実〉

「新聞、一つおくれよ。何か面白い事件はあるかい?」


「まいどあり。今日は見物ですよ」


 街の大通りにて、新聞売りと客との間にそのような会話がなされる、首都ルトレの朝。人々が各々の用事のために道を行くその頭上を、一羽の大鴉が舞っていた。


 ギャアギャアと喧しく喚く大鴉は、大通りに面する巨大な赤レンガ造りの建物、ブロンズ商会の本部へと降り立った。外から部屋の窓を乱暴に突き、中の人間に何かを訴えるように鳴く。


「品の無い、煩い鳥ですねぇ……。もう少し大人しくしつけることはできないのですか?」


 室内の椅子に座っていたエラルド・ブロンズが、窓の外へ視線を向けて不快そうに言った。そんな彼を見て笑いつつ、黒髪褐色の青年、ハクアが席を立った。


「ライアのお行儀は、そう簡単に改善できないだろうな。奴は頭が良い。自分の有用性に気づいている。故に、傲岸不遜でいられるわけだ」


 言いつつ、窓を開けて大鴉のライアを室内へ迎えた。ライアは、ハクアだけに分かる翼の動きによる信号である情報を伝えた。それはハクアにとっては悪くない話であったらしく、口元に軽く笑みを浮かべる。


 その笑みを隠すように片手で口元を覆い、ブロンズに目を向けた。


「……薬を取り返しに、サヴァイヴ達がここへ向かっている」


「例の、あのトカゲ船の船員たちですか」


 余裕を崩すことなく、ブロンズは笑った。


「問題はありません。すでにお膳立ては済んでおります。指示さえいただければ、今すぐにでもあの記事を公表させられるよう、馴染みの新聞社と話をつけてあります。『国政評議会はクラフトフィリアに魂を売った。国の舵取りを委ねる代わりに、死裂症の治療薬を輸入している』この記事が世に出れば、国政評議会も、薬の運び屋達も、国民の支持を失う。我々が『正義』と成り得るわけです」


「そう上手くいくものなのかね」


「ええ。我々の手に治療薬がある限り」


 ブロンズは窓の外に目をやり、今いる建物の隣に立つ、大きく赤い石造りの倉庫へ目を向けた。ブロンズ商会の薬品倉庫である。


「事実、国政評議会はクラフトフィリアから薬を得ているわけです。そしてそれをまだ公にしていない。完全な嘘を人々に信じさせるのは難しいが、歪めた真実であれば幾ばくかの信憑性を持ちます。『薬を輸入している』という真実を、我々に都合の良いよう歪めるだけで、事は全て我々に有利に運ぶのです」


 上品ながら、悪辣な笑みをこぼすブロンズを見て、ハクアは独り言のように呟いた。


「その通りにいけば良いがね」


 扉の外からノックの音がした。ブロンズが答えると、重厚な装飾の入った扉を開いて、一人の男が入ってくる。男はブロンズに向けて会釈をすると、要件を伝えた。


「会長にお目にかかりたいと言う御客人がいらっしゃっています。どうも、政府の関係者のようで……」


 銃声が鳴った。ブロンズに向けて話していた男は、額から血を流してその場に倒れた。火薬の匂いと硝煙の残る拳銃をその手に構えたままのハクアに対し、ブロンズが少し驚いた様子で尋ねる。


「ど、どうしたのです。いきなり……」


「この男、見ない顔だな。いつからいる?」


「ひと月ほど前に雇った秘書です。何かと気の利く優秀な人物なのですが……」


 困惑するブロンズを尻目にハクアは銃を懐へとしまうと、男の死体に近づいてその服の中を漁った。やがて出てきたのは、クローバーの意匠が施されたメタナイフであった。


「スパイだな。『E・ロビン』の刺客だ」


「なんと」


 ブロンズは少し驚いたように顔を強張らせたが、すぐにまたいつもの余裕ある表情へ戻り、ハクアヘ笑いかけた。


「さすがですね。素晴らしい。よく分かったものです。……しかし、傭兵というものは銃が聞かないと聞き及んでいましたが」


 男の額に空いた風穴を見つめて呟く。ハクアは不敵な笑みを浮かべ、芝居がかった口調で答えた。


「『白翼の死神』は、呪力抗体を無効化する術を使う。『戦場の呪力抗体』をも無効化する力をね。死神のキスからは傭兵でさえも逃れることはできない」


 そう言って自身を指すハクアの手の皮膚は先程の褐色とは異なって、白翼の名に違わない純白へと変色している。白い肌は手首まで覆い、自前の褐色肌との間に黒い縫い目が見えた。やがて少し経つと、白い手のひらは元と同じ褐色へと戻り、縫い目も褐色に紛れて消えてしまった。


「さあ、このスパイの最期の言葉によると、御客人があなたを待っているようだが?」


 促すように、ハクアは笑った。





 私の名はテイラー、鳥だ。今私は、サヴァイヴの頭上に留まって周囲を見渡している。夜が明けて少しした頃に、ここルトレのブロンズ商会本部に辿り着いた我々は、建物内にある立派な部屋に通されていた。カラフルな刺繍の入った分厚い絨毯の上に黒い木製の机と大トカゲの皮で作られた椅子が並ぶ、応接室のような部屋だ。サヴァイヴ、リカ、アリスにドリュートン先生の四人は、横に並ぶ椅子に座って、この商会の長であるエラルド・ブロンズを待っていた。


「それにしても、こんなにすんなり入れてもらえるとは思わなかった」


 サヴァイヴがリカに囁く。リカは懐にしまった封筒に服の上から触れつつ、言う。


「船長が国政評議会から貰っていた証明書が役に立ちました。国政評議会から秘密裏に仕事を依頼されていることを証明する書類です。国の関係者とあれば、ここの会長も黙って帰すわけにはいかないのでしょう」


「しかし……薬を返すように頼んで、大人しく渡してくれるものかな」


 ドリュートン先生が不安げな口調で言う。顔に巻いた包帯の隙間から見える瞳にも心配そうな色が滲んでいた。その瞳を見ながらサヴァイヴが頷く。


「まあ、無理でしょうね。認めないでしょう。薬を盗んだことも、ブラックカイツや死神部隊と関わっていることも」


「ええ。しかし、この商会に治療薬があるのは確かです。具体的に言うと、この敷地内にある倉庫にあるようです」


 リカが自身の鼻を指して言った。


「なんとかして、その倉庫を調べられるよう話を誘導できれば良いのですが……そういう交渉事は苦手です。船長やシーナがいてくれたら……」


 リカは少し眉を潜ませつつ、自信なさげに目線を下の方へ動かした。こういった話し合いの場における駆け引きに関して上手そうな人間がここにはいない。


「……僕も、苦手だけど……それこそ今先輩が言った二人、船長とシーナのやり方を見てると、大事なのは相手に主導権を握らせないことなんだと思う。それと、相手が自ら僕らにとって都合の良い方向へ行くように促すこと」


 独り言のようにサヴァイヴが呟く。彼の言うことは尤もかもしれないが、要はそれを実際に行うのが難しいわけであって、易々と誘導できるのであれば苦労はない。


「……サヴァイヴには、それができる?」


 アリスが小声で尋ねた。そんな彼女へサヴァイヴは苦笑いを向けて言う。


「難しいかな。船長やシーナのように上手くはできない。でも、少しでも真似することができれば……」


「……できるよ。サヴァイヴ、器用だから」


 ニコッと、アリスが笑いかけた。サヴァイヴは小さく息を呑んだ後に、薄く紅潮した頬に気合を入れるように両手で叩くと、リカを見た。


「先輩、僕達にとって都合の良い方向って、何かな?」


 やがて扉が開いて、複数人の部下を引き連れたエラルド・ブロンズが入って来た。


「お待たせいたしました。私がエラルド・ブロンズです。よろしくお願いします」


 サヴァイヴ達も席を立って会釈をする。リカが四人を代表してあいさつをした。


「お忙しいところ申し訳ございません。私達は、とある事件について調査している者です。詳しい所属名は明かすことが出来ないのですが、国政評議会からの指令を受けております。それは、先ほどの書類でお分かり頂けたかと」


 国家直属の諜報組織。そういう体で、リカは自己紹介をする。ブロンズは頷いた。


「ええ。国の指示で動いていることは分かりました。いわゆる、仮面憲兵というものですかな。いや、お答えしなくて結構。立場上はっきり肯定するわけにはいかないでしょうからね」


 余裕のある穏やかな笑みを浮かべて、ブロンズは言う。


「それで、この私にどういったご用事で?」


 柔和な表情を崩さず、しかし目だけは刃物のように鋭い凄味を帯びて、ブロンズはリカを見つめた。彼女はその視線に気圧されるように眉を顰め、隣に座るサヴァイヴへ目を向けた。サヴァイヴが頷く。選手交代。ここからは、サヴァイヴの仕事だ。


「……なぜ我々がここへ来たか、心当たりがあるのではないですか?」


「何のことか、分かりかねますな」


「では、単刀直入に言いましょう。あなた達は、死裂症の治療薬を盗んだ。ブラックカイツと組んで、我々が運んでいた治療薬を奪ったんだ」


 サヴァイヴのあまりにも直球な問いに、一瞬驚いたかのように片眉を上げたブロンズだったが、すぐにまた余裕をその顔に戻して小さく笑った。


「何を言うかと思えば……初耳の情報ばかりですな。まず……いつのまに治療薬の輸入なんて決定したのです?」


 サヴァイヴは顔を顰めて軽く唇を噛む。そう、今回の話し合いで肝となるのがこの点だ。国政評議会は国民に無断で治療薬の輸入を決定し、秘密裏にそれを行っている。薬を盗んだということを追求する場合、どうしてもその『秘密裏に薬を輸入した』という事実を認めることになるのだ。それを前提としないと、話が進まない。しかしそれは同時に、相手に有利なカードを一つ与えてしまうことになる。


 そして案の定、ブロンズという男はそのアドバンテージを見逃すような者ではないようで、口元に笑みを浮かべたまま、サヴァイヴへ追及を始める。


「これはおかしな話だ……。まさかとは思いますが、国政評議会は民衆に何も伝えずに治療薬を仕入れているのですか?もしそうであればこれは重大な問題ですよ。いつからこの国は、国政評議会による独裁体制へと変わったのでしょう?これでは、他国の干渉を許していると国民から非難されても言い訳のしようがない……」


「国民のためです。死裂症に苦しむ人々を一刻も早く救うためには治療薬が必要なんです」


「それは、どこの国の入れ知恵ですかな?クラフトフィリア?ヴィルヒシュトラーゼ?どこにせよ、その治療薬の提供元の国には頭が上がらなくなってしまう。そうではありませんか?国政評議会は既に、他国の傀儡となってしまっているわけだ。この事実を国民が知ったらどう思うことでしょう……」


 サヴァイヴは鋭い視線で刺すようにブロンズを見て、声を荒げた。


「話を逸らさないで下さい!私達が言いたいのは、あなたがブラックカイツと組んで薬を奪ったということです!ブロンズ商会とブラックカイツとの間に繋がりがあると言うことは分かっているんだ。ここに薬があると言うことも!すぐに返して下さい」


 交渉は感情的になった方が不利であるという事を、その深い経験から知り尽くしている様子のブロンズは、熱くなるサヴァイヴを見てニヤニヤと笑っている。そして、肩をすくめて小馬鹿にするような口調で答えた。


「ええ。我々はブラックカイツと交流があります。しかし、それの何が問題なのですか?」


「何がっ……?」


 ブロンズの意外な問いかけに声を詰まらせるサヴァイヴ。ブロンズは畳みかけるように続けた。


「フォルトレイク自律傭兵団『ブラックカイツ』。彼らは真にこの国を憂い、この国の発展のみを願って行動する者達です。国民の意見を聞くこともせずに他国と癒着し、無断で治療薬の輸入を強行した国政評議会と比べ、本当に国民の事を考えているのはどちらでしょう?ブラックカイツを反政府組織と呼ぶ者も多い。しかし、その政府が間違っているとしたら?国民は、どちらを選ぶでしょう?国を構成するのは政府ではなく民衆です。例え国政評議会に反抗しようともこの国の民衆の事を想い行動するブラックカイツこそ、このフォルトレイクにとって真の正義と言えるのではありませんか?我々は権力に左右されない真の正義を支持するが故にブラックカイツと手を組んでいるにすぎません」


 早口だがはっきりとした滑舌の、聞き取りやすい口調。話している内容がすっと頭に入って来る。多くの情報を短時間で聞く者の頭に伝えて心を動かすことに長けている、高い演説能力を持つ男だ。サヴァイヴは少しの間どう反論すべきか思案している様子であったが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……とにかく、盗んだ薬を返して下さい。この国には、死裂症で苦しんでいる人達がたくさんいるんだ。それは、あなたも分かっているでしょう?本当にこの国のことを思うならば……」


「そもそも、私達が治療薬を所持しているという情報は、どうやって得たものなのです?」


 鮮やかな手口で話題をすり替えるブロンズに、サヴァイヴは何か言おうとするが、口を挟む隙を与えずに彼は続ける。


「実は先ほど、わが社に潜入していたスパイを捕らえたのですが、その男の正体はなんと傭兵団『E・ロビン』の者でした。クラフトフィリアからの間者と言っても過言ではない。もしかして、その者が情報源ですか?であればこれは、国政評議会とクラフトフィリアの黒い繋がりを裏付ける動かぬ証拠です。その点はどうお考えで?」


 逆に尋ねられて、サヴァイヴは黙り込んでしまった。その姿に勝ちを確信したらしいブロンズは、追い打ちをかけるように言った。


「国民に嘘を吐き、クラフトフィリアの言いなりになっている国政評議会はもはや信用に値しません。真に国を想う我々こそが治療薬を扱うにふさわしい。そもそも我が社は薬品を扱うプロフェッショナルです。我々の方が、国よりもより効率的に効果的に治療薬を分配できる。我々の方がより多くの国民を救うことが出来るのです。……どうです?真に国民の事を考えれば我々の手に薬を委ねることこそ、最善と言えるのではありませんか?」


 ついにサヴァイヴは何も言うことが出来ずに黙り込んでしまった。悔し気な表情で口をもぐもぐと動かし、机に視線を落としている。ブロンズは穏やかに笑いかけつつ、立ち上がってゆっくりとサヴァイヴへと近づきながらとどめの情報を提示する。


「実は、我々はすでに国政評議会とクラフトフィリアとの繋がりに気づいておりましてね、その事実を交流のある新聞社へ持って行って公表しようと考えておりました。……しかし、それを実行すれば国民の国政評議会への不満が高まり、まず間違いなく国は荒れる。それは私の望むところではありません。そこで、どうでしょう。提案なのですが……」


 サヴァイヴの耳元に口を近づけ、ブロンズは低い声で囁いた。


「……もし、我々の手に治療薬を委ねて下さると言うのであれば、その事実は公表しません。どうでしょう、悪い話では無いのでは……?」


 長い沈黙の末、サヴァイヴはひねり出すように、か細い声を出した。


「……一つ……条件があります」


「なんでしょう?」


「本当に、この場所に薬があるのか、本当にあなた方が治療薬を所持しているのか、確かめさせて下さい」


 サヴァイヴは懇願するようにブロンズを見た。その姿を見て、満面の笑顔をその顔面に湛えたブロンズは、サヴァイヴに向けて右手を差し出した。


「お安い御用です。治療薬を持っていることを示せれば、我々に治療薬を託して下さいますね?」

 静かに、サヴァイヴは頷いた。


 サヴァイヴ達四人は、ブロンズに案内されて敷地内にある大きく立派な薬品倉庫へと案内された。


「……実は、薬がここへ運ばれてからまだあまり日が経っておりませんのでね。わが社では扱う商品が多く、そうすぐに治療薬全てを収納するスペースを作ることは難しかった。そのため、未だ馬車に積んだままなのです」


 ブロンズが語る。彼の部下によって倉庫の大きな扉が開かれると、中から薬草の独特な匂いが漂ってくる。倉庫内は数多の種類の薬草や薬品が大きな木箱に入れられて高く積まれ、それらが倉庫内を所狭しと埋めていた。その中心部に、サヴァイヴ達が運んでいた馬車がぽつんと置かれていた。


「……そうでしょうね。短期間であの量をしまい込むのは難しい。多くの薬品を扱う商会ならなおさらです。だから、馬車には積んだままだろうって、僕達も予想していました」


 独り言のようにサヴァイヴは答えた。そして、隣に立つアリスと無言で目を合わせる。


 次の瞬間、四人は馬車に向かって駆け出した。アリスとリカは素早く馬車に乗り込み、サヴァイヴとドリュートン先生は馬車の前に立ってブロンズ達を正面に見る。そんな四人の行動に特に驚くこともなく、軽く笑いながら、ブロンズはサヴァイヴへ尋ねた。


「どうしました?もしかして、この状況で治療薬を取り返したとでも言いたいのですか?……言っておきますが、もし治療薬を持っていこうと言うのであれば、先ほどの話は無しだ。すぐにでも馴染みの新聞社に伝えて、国政評議会が民衆を騙していた事実を公表します。……そうなれば最悪、この国は戦火に包まれることでしょう。死裂症とは比較にならない死者が出ることになる」


「……そうはいかない。あなた達が言っている『事実』は真実じゃないんです。国政評議会は、クラフトフィリアの傀儡なんかじゃない。自分達の判断で、この国の国民のためを思って、治療薬の輸入を決断したんです。その事実を公表すれば……」


 ブロンズは、嘲るような笑い声を上げて、サヴァイヴを見た。


「甘い、青い、何も分かっていませんねお坊ちゃん……。つまらない『事実』よりも、印象の強い『歪んだ真実』の方が、人の心を掴むのです。それに何より、人は、先に出た情報の方を信用しやすい。国政評議会がクラフトフィリアに操られているという情報を人々が信じた後であなた方がどんな真実を公表しようと……民衆の心は動かせない。情報と言うのは、速さが大事なのです。何を先に伝えるかで、結果は大きく異なる……」


「その通り。船長も、同じことを言っていました」


 ここまでサヴァイヴに任せて黙っていたリカが、口を開いた。


「だから、確認したのです。最初にあなたに、『心当たりがあるのではないか』と、サヴァイヴに確認させたのです。あなたが『知っている』かどうかを確かめるために。……そして、あなたは知らなかった」


 リカの語る内容がいまいち理解できていない様子のブロンズは、軽く表情を歪ませて、尋ねる。


「……何のことでしょう?」


 その問いに対してはサヴァイヴが答えた。


「うちの船長と交流のある、フォルトレイクで最も歴史の深い新聞社が出した……今日の朝刊です。ブルースさんが書き、船長が国政評議会へ提案して掲載された、ある記事が載っています」


 そう言って、一つの新聞をブロンズへと放る。知らない名前や寝耳に水な話に困惑しつつ、訝しげな表情でブロンズはそれを開いた。そこには、大見出しでこのような記事が載っていた。



【国内最大大手の薬品商社であるブロンズ商会と、ブラックカイツとの繋がりが判明した。さらにブラックカイツの指導者が傭兵団『C・レイヴン』の者であるということも分かっている。C・レイヴンとは傭兵団『キングフィッシャー』の配下に属する組織であり、帝政ヴィルヒシュトラーゼに由来する。そのため国政評議会はブラックカイツの起こすテロ活動の裏にはヴィルヒシュトラーゼの介入があると見ている。すなわち、フォルトレイクの自律傭兵団を謳うブラックカイツの実態とはヴィルヒシュトラーゼの傀儡であり、このことから、他国からの介入を批判している組織が大国の影響下にあり、フォルトレイク国内における内戦を誘発しているというショッキングな事実が考えられる。さらに国内を代表する薬品商会でさえもそのような組織と黒い繋がりがあるということもまた事態の深刻さをより強めており……】



「ありえない‼」


 憤慨した様子で声を荒げたブロンズは、新聞を地面に叩きつけた。


「我々が、ヴィルヒシュトラーゼの傀儡だと⁉そのような事実は無い‼なんたるデタラメ‼このような大嘘をよくも書けたものだ……‼」


「『大嘘』ではありません。『歪んだ真実』です」


 サヴァイヴが、静かに答える。


「あなた方がブラックカイツと組んでいることも『真実』。そのブラックカイツを指揮するのがC・レイヴンであるということも『真実』。そして、C・レイヴンがキングフィッシャーの配下組織であることも『真実』。これらの真実を少しだけ、歪めただけにすぎません。僕達に都合の良いようにね。……しかし、この場合、あなた方にしらを切られたら困ってしまうのです。『治療薬など持っていない』『ブラックカイツとの繋がりなど無い』と言われてしまったら、こちらとしても薬を取り返すのが難しかった。無理やりの力技でこの倉庫に辿り着いて強奪することになっていました。しかし、それは避けたかった。……だから、今回の交渉における、僕達にとって『都合の良い方向』とは……あなた達に認めさせる事だった。『治療薬を持っている』『ブラックカイツと関係がある』この二つの事実を認めさせて、さらにこの倉庫へと案内してもらう。それが成せた時点で……この話し合いは、僕達の勝ちだ‼」


 ニヤッと、サヴァイヴは笑った。そんな彼の顔を刺すような鋭い瞳で睨みつけて歯ぎしりをするブロンズの肩を、音もなく現れた一人の男がポン、と叩き、笑う。


「いやあ、完敗だな。面白いじゃないか。百戦錬磨のあなたをこうも手玉に取るとは、少年の成長速度は恐ろしいね。少し前のサヴァイヴでは考えられなかった」


 黒髪褐色肌の青年が、その虹色の瞳を興味深げに輝かせて、サヴァイヴを見つめている。サヴァイヴはその瞳を睨みつけて、呟いた。


「レイモンドさん……いや、ハクア・C・レイヴン」


「さて、問題はここからどうするか、だな?サヴァイヴ」


 相変わらずの、芝居がかった大仰な仕草と口調で、試すように、サヴァイヴに問う。


「周りを敵に囲まれて、死神部隊の長であるこの私に阻まれているこの状況で、馬のいない馬車を、どうやって運び出す?君の策を見せてくれよ。サヴァイヴ・アルバトロス……!」

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