第39話〈命を擦る賭け〉

 くすんだ金髪の青年、ベンジャミン・ゴールドの声が、ブラックカイツのアジト内に響く。愛する女性に抱きしめられ、体の自由を奪われた状態で、彼女が手に持つナイフを喉元に突きつけられている。その力は、彼女の体躯に合わない屈強な傭兵のそれであった。ガルザヴァイル・エシャントの呪術により彼に操られているアイリス・フロントの体は、ガルザヴァイル本人と同等の戦闘能力を有していた。


 しかし、体の構造が変わったわけでは無い。身体の強さも筋力量も、本来の彼女のそれからなんら変化はなく、その状態で、無理やりに限界以上の力を引き出されているのだ。ベンジャミンが抑える彼女の腕が、ミシミシと鈍い音を立て始めた。体が悲鳴を上げているのだ。それに気づいたベンジャミンは、覚悟を決めたように、抑えていた両腕のうち右腕を離して、腰の拳銃に手を当てた。


 ベンジャミンの愛銃『クエイルード・ブラザーズ』。右手に持つ『ルシウス』と左手に持つ『シアン』の二丁拳銃だ。


 銃声が鳴る。『ルシウス』から放たれた弾が、アイリスの足首をかすった。擦り傷から少量の血が飛ぶ。アイリスの体から力が抜け、手にしていたナイフが音を立てて地に落ちた。崩れ落ちる彼女の体を優しく抱き留め、そっと地面に寝かすと、ベンジャミンはガルザヴァイルを睨みつけた。ガルザヴァイルは、少し不思議そうな表情で、地に寝そべるアイリスを見て言う。


「『眠りの呪い』だな……?だが、俺の『統治者の指先ヘルシャフトスレイブ』は、意識を失った人間でも操ることが出来るはずなんだがなァ……何をした?」


「それをお前に話す必要があるか?」


 怒りに満ちた低い声で、ベンジャミンが答える。ガルザヴァイルは一瞬無表情で首を傾げた後、裂けたように深い笑みを口元に浮かべた。そして指を鳴らし、操り人形となったセトラを傍らへ呼ぶと、自身のメタナイフをセトラの首元に向けた。


 ベンジャミンが息を呑む。


「おい……っ」


「面倒な探り合いは嫌ェだ。さっさと吐けよ。テメェの呪術の、カラクリを全て」


 ガルザヴァイルは手首を小さく動かす。刃がセトラの喉仏に触れた。ベンジャミンは苦々しい表情で、観念したかのように口を開いた。


「……前に、お前が洞察した通りだ。俺は呪力を増幅する術『ルーレット』を扱う。八発と八発、二丁合わせて十六発の弾丸のうち、いくつの弾に呪いをこめるかによって、その呪力の強さが変化する。それで……」


「それで、『眠りの呪い』を強化したっつーことだろ?それで、俺があの女の体を動かせなくなるのはどういう事だ」


 セトラの首元でメタナイフを弄びつつ、思案するガルザヴァイル。そんな彼の手元に注意を向けつつ、ルシウスとシアンの二丁を構えながらベンジャミンは続ける。


「『眠りの呪い』は、厳密には人を眠らせる呪いじゃない。人の頭の一部を麻痺させるものだ。通常の威力では意識を遮断させて眠らせるだけだが、呪力を増幅した場合、身体の機能自体を麻痺させることが出来る。体の筋肉が麻痺していれば、いくらお前の呪術でも、動かせない」


「ほーぉ」


 納得したように頷くと、嘲るような笑みを顔面に浮かべて、骨の指輪で飾った指を、ベンジャミンに向けた。


「呪力を強化したと言うことは、テメェはさっき一発で当たりを引いたというわけか。どれくらいの確率だったか知らねェが、なるほど引きは強いらしい。……しかし、そんな身体機能を失わせる強さの呪いなんて、受けたあの女の体へかかる負担もさぞ大きい事だろうなァ!」


 向けた指を、鳴らす。その音に呼応するように、歴戦の戦士のような俊敏な動きで、セトラがベンジャミンへ掴みかかった。しかし迷いを捨てたベンジャミンの速撃ちにより、三発の擦り傷を負ったセトラの体は倒れ落ちた。その一部始終を観察するように見ながら、ガルザヴァイルは頷く。


「今度は当たりまで三発かかったか。かすり傷程度で抑えられるのも、テメェの射撃の正確さによるものってわけだ。……だが、傷をつけた事には変わりねェ」


「……ああ、そうだな」


 殺意のこもった表情を湛えたベンジャミンが、二丁の銃口をガルザヴァイルに向けた。


「だから、お前だけは絶対に許さねえ」


 二発の射撃音が鳴った。それらをかわしつつ、ガルザヴァイルが肉薄してくる。接近してきた敵へ臆することなく、ベンジャミンは至近距離で続けて銃弾を放った。ガルザヴァイルはそれをギリギリで避け、距離を取った。


「さっきのガキに使ったのが三発。女に使ったのが一発。残り弾数はいくつだ⁉」


 煽るように怒鳴る彼へ、ベンジャミンはさらに複数発砲する。それらも全てかわして、ガルザヴァイルは嗤った。


「『当たり』がいくつあんのか知らねェが、もし今の不発の中に当たりがあったとしたら、もうテメェの射撃に意味は無ェな!」


 刃を構え、瞬間移動の如き速さで向かってくるガルザヴァイルへ、真正面から二丁の銃口を向ける。引き金を引く瞬間、ガルザヴァイルは体勢を低くして弾道から体を外した。


 しかし、弾は出なかった。直後、ベンジャミンは二丁のうち右手のルシウスを宙へ投げると、その空いた右手で懐に持っていた銃弾を取り出し、目にも止まらぬ速さで左手のシアンへ再装填。今度はシアンを投げると、宙から降りて来たルシウスをキャッチし、同じ方法でこちらも再装填を終えた。


 ルシウス、シアン、いずれも八発装弾のリボルバー。二丁にこめられた全ての弾の内、たった一つにのみ、『眠りの呪い』を付与する。どちらの銃のどの弾に付与されたかは、ベンジャミン本人にも分からない。この高倍率により底上げされた呪力ならば、『眠りの呪力抗体』を持っているであろうガルザヴァイルにも作用するはずなのだ。


 切っ先を真っ直ぐに向け、刃を突いてくるガルザヴァイルへ、複数発撃ち込む。ガルザヴァイルのスピードに慣れてきたためか、半分ほどが命中した。しかしそれらの銃弾も『戦場の呪力抗体』により弾かれる。


「アブねえアブねえ!これが当たりだったらアウトだったわけか‼」


 愉快そうな笑みを口元に浮かべつつ、ガルザヴァイルはさらに刃を振るう。ベンジャミンの二の腕をかすり、血が噴き出た。


「クッつぅ……ッ‼」


 小さく呻きつつ、さらに二丁拳銃を連射する。銃弾の雨を的確にかわしつつも、また数発、ガルザヴァイルは被弾した。しかし、それらにも『眠りの呪い』はついていない。


「なるほど……これは、少し面白ェな‼テメェみたいな雑魚には期待していなかったが……弾を避けなきゃいけねぇ戦いは久しぶりだ……こういうギャンブルみてぇな戦闘はそうそう味わえねェ‼」


 テンションが上がるとともに、速度も上がる。先ほどとは段違いの動きで即座にベンジャミンに近づいたガルザヴァイルは、反応する隙を与えることなく、刃を振り払った。


 瞬時に体をひねったことで直撃は避けつつも、左肩から腕の部分まで刃を受けたベンジャミンは、鮮血と共に苦痛の声を上げ、左手に持っていたシアンをその場に落とす。さらにとどめを刺そうとするガルザヴァイルへ、右手のルシウスを向けて一発撃った。しかし、弾は出ず、カチッ、という乾いた音が鳴るのみであった。


「残念……弾切れ……!これで終いだ……‼」


 切っ先を真っ直ぐにベンジャミンへ向けて、突く。ギリギリで回避しようとするベンジャミンだが、背中の傷と、今負った腕の傷の痛みによりよろめいた瞬間、刃が左肩へと突き刺さってそのまま背後の壁に体ごと打ち付けられた。


「グッ……ゥぁあああああああああッ‼」


 刃の刺さった左肩から流れ出る液体が、体を赤く染めていく。メタナイフを突き刺したまま、ガルザヴァイルは自身の顔をベンジャミンに近づけ、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「雑魚にしちゃァよく戦った……だが、天と地ほどもある実力の差は……埋めらんねェ」


 そう言って、刺さった刃を軽く引く。ベンジャミンの苦悶の絶叫がアジト内に響いた。その声にガルザヴァイルの笑い声も鳴り合わさり、煉獄の如き合奏が建物内を包んだ。


 脂汗をダラダラと流し、息を荒げながら、最後の抵抗のつもりか、ベンジャミンは右手のルシウスを持ち上げ、銃口をガルザヴァイルの額に突き付ける。それを見て、ガルザヴァイルは愉快そうに叫んだ。


「おいおいおい、弾も入って無ェ銃で、何をするつもりだ⁉テメェは負けたんだよ!俺との勝負に……負けた‼呪いの銃弾を俺に当てられず、テメェは賭けに負けた‼負けたのさ‼弱い、力の無い、惨めなテメェなんかが、俺に勝つ可能性なんて、塵一つ分だって無かったのさァ……!」


 業魔の如き高笑いと共に、ガルザヴァイルが煽る。


「……それとも、何だ⁉まだ何か俺に勝てる策があるってのか⁉だったら見せてみろ‼そのすっからかんの銃で何か出来ると言うのならやってみな‼」


 歯を剥き出して嗤うガルザヴァイルの顔に虚ろな視線を向け、出血と苦痛により朦朧とした意識の中で、ゆっくりと、ゆっくりとベンジャミンは口を開いた。


「……策なんざ……無ェよ…………お前ら傭兵みてぇな……バケモン……俺がどれほどあがこうが、努力をしようが敵わない相手に……それでも勝つには……どんな策だって無意味……必要なのは……運……さ……!……最後に必要なのは……自分の命すら賭けても構わねぇという覚悟……‼……勘違いするな……俺はまだ……賭けて無ぇ……俺が賭けるのは……………………これからだ‼」


 ガルザヴァイルの額に向けて、引き金を引く。


 直後、『弾切れ』のはずのルシウスから発砲音が鳴った。


 糸が切れた操り人形のように、ガルザヴァイルの全身からスッと、力が抜ける。まるで指先からしびれるような感覚が、彼の体を襲い、その場に膝から崩れ落ちた。そんな態勢のまま信じられないと言いたげに目を見開くと、先ほどまでメタナイフを掴んでいた手で自身の顔面を思いっきりぶん殴るが、拳に力が入らず威力が出ない。


「なんだ……⁉これは……⁉『眠りの呪い』……?馬鹿な‼もう弾は入っていなかったはずだ……‼」


 困惑するガルザヴァイルに向けて、苦しげな息を吐きながら、ベンジャミンは答えた。


「さっきこめた弾は……十六発じゃねぇ……十五発さ……!一発だけ、空砲を作っておいた……テメェに弾切れと思わせて……油断させるため……!確実に命中する最後の一発を作り上げるためだ‼」


 それから深く息を吸うと、ベンジャミンは喉の奥が焼け落ちるかのような雄叫びを上げた。左肩と左腕、そして背中の傷。それらの全ての痛みを、今だけは忘れるために、最大級の気合と共に雄叫びを上げると、メタナイフが刺さったままの腕で、地に落ちていたシアンを拾った。二丁の拳銃を互い違いに宙へ投げ、再び銃弾を装填する。


 今にも失いそうな意識を必死に保ちながら、納得がいかない表情で、ガルザヴァイルはベンジャミンを見上げていた。


「だとしても……だ……‼空砲の後に残された一発が、『当たり』だったのは何故だ……⁉どうやって……そこへ当たりを持ってきた……⁉」


 装填を終えた二丁拳銃を、地に座り込むガルザヴァイルへ真っ直ぐに向けると、ベンジャミンは静かに答えた。


「言っただろ……お前に勝つのに必要なのは運だ、と……」


「まさか偶然だって言うのか⁉」


 ガルザヴァイルは信じ難いと言いたげに叫ぶ。


「馬鹿な……!一発だぞ⁉すべて撃ち尽くした後の、最後の一発……!すでに、もう呪いの弾は撃っちまったかもしれねェ……いや、撃っちまった可能性の方が断然高い……!そんな、そんなクソみてェに低い可能性に……自分の命を賭けれるっていうのか……⁉」


「お前は……自分が生きるために命を賭けれねぇのか?」


 切れそうな意識をギリギリで保ちつつ、ようやく触れたか細い勝ち筋を、希望の糸を決して離さず、手繰り寄せるように、ベンジャミンは目の前の男へ狙いを定めた。


「……俺は……ガキの頃から……悪運だけはあるのさ……弱い、力の無い、惨めな俺がお前のような圧倒的な実力差のある相手とやり合うためには、いつだって、命を擦る賭けが必要だった……!だがな、十六分の一の倍率を、確実に当てる方法が一つだけあるんだ……知ってるか?それはな……」


 二丁の引き金を引く刹那、ベンジャミンは言う。


「十六発全て命中させることだ……そのために俺は、銃の腕を磨いてきたのだから‼」


 火を吹き続けるルシウスとシアン。二丁の引き金を止めることなく、連射する。全ての弾が目の前の男に直撃し、弾かれていくが、『当たり』の銃弾が纏う呪いのみが、呪力抗体をすり抜けて命中する。発砲音が鳴り終わると、十六分の一の倍率により強化された『眠りの呪い』を食らったガルザヴァイルが火薬の匂いに包まれて地に倒れた。その姿を確認した後、ベンジャミンもまた赤い水音と共にその場に倒れ込んだ。





 首都ルトレ最大の薬品商、ブロンズ商会の所有する建物の中に、古びた薬品倉庫がある。今はもう使われていないその倉庫内に潜伏している一団があった。男もいれば女もおり、若い者から壮年の者まで、多種多様な人員が揃っている。首都ルトレの国政評議会を襲撃すべく国中から集った、ブラックカイツの本隊である。


 野望に向けて熱を帯びた彼らが熱いまなざしを向けるのは、この集団を率いる華奢な赤毛の青年だ。知恵の輪を弄りながら何やら独り言を言っている彼に、ブラックカイツの幹部、ヴァシリスが声をかける。


「クレバイン様。準備は整いました。ご指示を頂ければ……我々は、いつでも出陣できます」


 知恵の輪を弄っていたクレバインは、興味無さげな視線をヴァシリスに向けると、小さく溜め息を吐いた。


「……やれやれ、結局一番面倒な役割を押し付けられちゃったな……」


 そう呟いて立ち上がると、自分を見つめるブラックカイツの団員達に対して口を開く。


「……僕は、スタナム君やヤタラス……じゃ無かったガルザヴァイル様みてーな演説なんかしないよ。恥ずかしい。……ただ、一つ聞いておきたいんだけど、君達、覚悟はあるんだよね?これから、国の憲兵達と戦闘になる。憲兵達に勝つ覚悟や自信はあるよね?」


「もちろんです!そうだろう……?お前ら‼」


 ヴァシリスが、団員達を睨んで発破をかけるように言う。彼の声に答えるように、団員達は口々に肯定の声を上げた。


 その様子を、至極興味なさげに見ながら、クレバインはさらに話を続ける。


「まあ、やる気があんなら良いけど。……でも、敵はただの憲兵だけじゃない。ブロンズ商会のおっさんからの情報だと、首都を守護する憲兵の中には、元傭兵の実力者もいるらしい。それに、奪った治療薬を取り返しに来るだろうサヴァイヴ達ソフィー号の連中とも戦うことになるかもしれない。そういう奴らともまともに勝負して……勝つ自信はある?」


 団員達の上げる声が、少しだけ小さくなった。それは明らかな不安の表れであった。ブラックカイツの中にはこれまでに、ソフィー号の面々とぶつかって戦闘を行った者達が少なからずいる。その本人達と、彼ら彼女らから話を聞いた者達には、敵にいる傭兵や処刑人と言った強者達と戦って勝つことが出来るビジョンが湧きにくくなってしまっているのであった。早い話が、傭兵や処刑人と言った化け物達には決して勝てない、と言う考えに至ってしまっている者がかなりの数いるのだ。


 そのような空気を敏感に察したヴァシリスが、あからさまに不機嫌になり、団員達に向かって怒鳴り声を上げた。


「なんだ貴様ら……?まさか……怖気づいているわけではあるまいな……⁉貴様らは、栄光あるブラックカイツの戦士だろう……⁉『負けるかもしれない』『敵わないかもしれない』そのような……怠惰な考えを抱いた者は、恥を知って改心しろ‼……我々は、崇高な理念を持つ選ばれし存在‼天が、大いなる運命が、我々を勝利へと導いてくれる……‼」


 自分自身の信じる思想に酔いしれるかのように語るヴァシリスの肩を、クレバインがポンと叩いた。


「そんなフワフワしたこと言ってんじゃないよ。お前も、ゴルダの町の宿で、アリスに一発でやられちゃったんでしょ?今度またアリスと当たって、勝てる算段はあるのかよ」


「アリス……あのシルキー・ドールの小娘のことですか」


 不機嫌な顔が、さらに歪む。神経質に落ち着きなく髪を掻きながら、呪詛のような言葉を吐いた。


「……あの時は、抜刀する前に不意打ちを受けたのが敗因です。……抜刀を終えていれば……私は負けなかったのだ……!敵の卑怯極まりない策にはめられただけ……!次は、あのようなことは起こらない……!」


「ああ、そう。まあやる気があるだけ良いけどさ」


 多少吟味するようにヴァシリスを見ていたクレバインは、傍にいた団員の一人に指示を出し、自身の持ち物の中から一つ、ある物を持って来させた。団員が運んで来たそれは、厳重に布でくるまれている。クレバインはそれに指先一つ触れることなく、持って来た団員に、ヴァシリスへ渡すよう促した。


「……これは……?」


 受け取ったヴァシリスは、困惑顔でクレバインを見る。クレバインはニッと笑った。


「お前達みたいな雑魚……じゃないや、傭兵には実力で一歩劣る戦士達でも、傭兵を殺すことが出来る特別兵器って言ったところかな」


 それを聞いたヴァシリスは、目を輝かせて布を開き、くるまれている物を見た。中にあったそれは、荊の装飾が施され所々が錆びついた古いメタナイフであった。何やら赤黒い煙のようなものを纏っている。


「それは、ヴィンテージのメタナイフ。僕が戦場で拾ったどっかの誰かの落とし物だ」


 『ヴィンテージのメタナイフ』と言う、聞き馴染みのない言葉に疑問を覚えた様子のヴァシリスに対してクレバインが説明を始める。


「長い期間使われて、年季の入ったメタナイフは、時として呪力を帯びる場合がある。その刀身に吸ってきた血の量だけ、斬り裂いてきた命の数だけ、強力な呪いを持つようになるんだ。そういう呪いを持ったメタナイフのことを、僕達傭兵は『ヴィンテージ』って呼んでいる。これもその一つだよ」


 ヴァシリスは何やら取りつかれたような表情でそのヴィンテージを見つめていたが、やがて持ち手と鞘を両の手で掴むと全ての力を腕に集中させて、唸り声を上げながら、引き抜いた。現れた刀身はやはり赤黒い錆で覆われており、軽く刃を振ると、同色の煙のようなものが周囲に舞った。


 クレバインは無言でヴァシリスに手招きし、外へと連れ出した。離れた場所に生える木々の内の一本を指して言う。


「あの木に向かって、そいつを振ってみな。斬るようなイメージで」


「え?……ここからですか?」


 意図が分からないと言いたげに聞くヴァシリスに、クレバインはウインクをした。半信半疑ながらも、ヴァシリスは少し先の木の幹に刃を向けて、素振りのように振った。


 周りに漂う錆色の煙が、刀身から飛び出すように、刃の形となって飛んで行き、木の幹に切り傷を与えた。ヴァシリスは目を見開くと、歓喜の表情となってクレバインを見る。


「斬撃を……飛ばすことが出来るのですね……!これは素晴らしい!」


「それだけじゃ無いよ。見な」


 クレバインは木を指した。先ほど与えた切り傷の周りが、飛ばした刃と同じ錆色に変色していったかと思えば、腐り落ちるように崩れていく。錆色の変色はさらに木全体に広がっていき、その全てが崩壊して赤黒い塵へと成り変わるまで、そう時間はかからなかった。その異常な破壊力を目の当たりにしたヴァシリスと、他の団員達は、一言も発することなく、畏怖の表情を浮かべて再度ヴィンテージのメタナイフへ目を落とす。クレバインが、愉快そうに笑った。


「そいつを使えば、お前達みたいな雑魚……じゃなくて、戦士であっても傭兵を殺せる。刃を飛ばしてかすり傷一つでも与えれば、相手はおしまいさ。どう?少しは自信がついてきた?」


 ヴァシリスと、団員達が歓声を上げた。傭兵ですら蹂躙することのできる強力な武力を彼ら彼女らは手にしたのだ。士気の上がるブラックカイツの面々を見ながら、クレバインはいたずらっぽい笑みを浮かべて、指で唇をなぞる。


「だからさー、せいぜいド派手に暴れてよ?……期待しているからさ」


 そう呟きつつ、一瞬、視線をヴァシリスの手へと向ける。ヴィンテージのメタナイフを握る彼の手は、先ほど斬られた木の傷と同じく赤黒い錆色に変色を始めている。その色は、ゆっくりではあるが、少しずつ、ヴァシリスの手を侵食し始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る